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第3話 オーリ 3
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「だ……誰?」
へたり込んでいたオーリは、目の前に立つ人を見上げた。
月光を受けた白い顔、少年のように細い体の線。
しかし、オーリよりは年上だろう。月の光のせいで銀色に見えるが、おそらく黒髪に黒い瞳。
風変わりな姿をしている。
しなやかな体に、見慣れぬ白い簡素な服。少年だと思ったのは、スカートではなく細身の下衣を履いているからだ。
そして、何よりも不思議なのは、その髪型だった。
黒くて長い髪を、耳の横で丸く輪に結《ゆわ》えている。毛先は長く、胸の辺りまで垂れていた。
「誰なの?」
あの嫌な化け物の気配はないと感じて、オーリは再び目の前の人物に尋ねた。
「お前こそ誰だ? 子どもがなぜ、こんな夜の森にいる?」
鈴が鳴るように涼やかな声だが、性別の判断はつかない。
オーリが見つめる前で少年は、片手に下げていたまっすぐな剣を腰へと収めた。それは猫のように滑らかで、無駄のない動作だった。
綺麗……かっこいい……。
オーリは少年らしく、密やかな光を放つ剣を見つめた。
その剣も、時々屋敷で見かけた衛士が持っているものとは違う形状をしている。
細くてまっすぐなのに、とても優雅だ。鞘には不思議な紋様が彫ってあり、光る石が埋め込まれていて、まるで芸術品のようだった。
「ぼ、僕はオーリ。えっと……君、君はその剣《けん》であの黒い奴を倒したの?」
いつまでも腰を抜かしているの姿を見下ろされているのが急に恥ずかしくなり、オーリは急いで立ち上がった。
まだ、膝が震えるが、それでも背後の樹木を背にして、なんとか立ち上がることができた。
目の前の人物は、頭ひとつ分背が高い。
「これは剣《けん》じゃなくて、刀《かたな》だ。これで倒した……というか、祓《はら》った」
「はらう?」
「あれはケガレという、悪霊がより合わさったものだ。普通の剣では倒せない。霊力のある武器で祓うために、私たちヤマトがいる」
「ヤマト? それが君の名前?」
「いいや」
少年が首を振ると、輪にした髪が揺れる。
「ヤマトは名前じゃない。でも説明するのが面倒だから、仕事の名前と言っておく」
「じゃ、じゃあ、君の名前は?」
「そんなことを聞いてどうする。というか、お前はこれからどうするつもりだ? まだ夜は明けない。別のケガレが出てくるかもしれないぞ」
「け、ケガレ? さっきの黒い奴がまだいるの?」
「そうだ。滅多に人が入らないところに、お前が来たから、今夜は森が騒がしい。いや、いつもの騒がしさとは違うような気もするけど。それに……」
彼は首を傾げて考え込んでいる
「ケガレとはなんなの? どうして人を襲うの?」
「私はあまりよく知らないが、昔この大陸でたくさんの戦いがあったそうだ。戦で多くの人が亡くなり、死体が広く浅く埋められた。そしてその上に強い恨みを持った誰かが呪いをかけてケガレが生まれた。人々はそれを封じるために、その上に樹木を植えたらしい」
「じゃ、じゃあこの木は、もしかして……」
「そう。亡くなった人を糧にして、こんなに早く大きく成長した。しかし、樹木では呪いは防げなかった。人々の恨みや憎しみは土に染み込み、土地は穢れ、あんな化け物を生み出してしまったんだ」
「そ、そんな……」
オーリは震え上がった。
「ケガレは、人の恐怖や憎しみに反応して現れる。そして、人を喰らうんだ。ほら、言っている間にまたおいでなすった。どうも今日は数が多いな、真言を使うか」
「ひぃ!」
恐怖でオーリの舌が縮みあがり、悲鳴にならない声が漏れた。
また、あれが来る!
「オーリ。できるだけ体を縮めなさい。それからケガレを見てはだめだ。お前の恐怖は、奴らのいい目じるしになる」
「だ、だけど君は!」
「大丈夫だ、オーリ」
少年はすらりと腰の刀を抜いた。
「私はユカリノ。君を助けてあげよう」
へたり込んでいたオーリは、目の前に立つ人を見上げた。
月光を受けた白い顔、少年のように細い体の線。
しかし、オーリよりは年上だろう。月の光のせいで銀色に見えるが、おそらく黒髪に黒い瞳。
風変わりな姿をしている。
しなやかな体に、見慣れぬ白い簡素な服。少年だと思ったのは、スカートではなく細身の下衣を履いているからだ。
そして、何よりも不思議なのは、その髪型だった。
黒くて長い髪を、耳の横で丸く輪に結《ゆわ》えている。毛先は長く、胸の辺りまで垂れていた。
「誰なの?」
あの嫌な化け物の気配はないと感じて、オーリは再び目の前の人物に尋ねた。
「お前こそ誰だ? 子どもがなぜ、こんな夜の森にいる?」
鈴が鳴るように涼やかな声だが、性別の判断はつかない。
オーリが見つめる前で少年は、片手に下げていたまっすぐな剣を腰へと収めた。それは猫のように滑らかで、無駄のない動作だった。
綺麗……かっこいい……。
オーリは少年らしく、密やかな光を放つ剣を見つめた。
その剣も、時々屋敷で見かけた衛士が持っているものとは違う形状をしている。
細くてまっすぐなのに、とても優雅だ。鞘には不思議な紋様が彫ってあり、光る石が埋め込まれていて、まるで芸術品のようだった。
「ぼ、僕はオーリ。えっと……君、君はその剣《けん》であの黒い奴を倒したの?」
いつまでも腰を抜かしているの姿を見下ろされているのが急に恥ずかしくなり、オーリは急いで立ち上がった。
まだ、膝が震えるが、それでも背後の樹木を背にして、なんとか立ち上がることができた。
目の前の人物は、頭ひとつ分背が高い。
「これは剣《けん》じゃなくて、刀《かたな》だ。これで倒した……というか、祓《はら》った」
「はらう?」
「あれはケガレという、悪霊がより合わさったものだ。普通の剣では倒せない。霊力のある武器で祓うために、私たちヤマトがいる」
「ヤマト? それが君の名前?」
「いいや」
少年が首を振ると、輪にした髪が揺れる。
「ヤマトは名前じゃない。でも説明するのが面倒だから、仕事の名前と言っておく」
「じゃ、じゃあ、君の名前は?」
「そんなことを聞いてどうする。というか、お前はこれからどうするつもりだ? まだ夜は明けない。別のケガレが出てくるかもしれないぞ」
「け、ケガレ? さっきの黒い奴がまだいるの?」
「そうだ。滅多に人が入らないところに、お前が来たから、今夜は森が騒がしい。いや、いつもの騒がしさとは違うような気もするけど。それに……」
彼は首を傾げて考え込んでいる
「ケガレとはなんなの? どうして人を襲うの?」
「私はあまりよく知らないが、昔この大陸でたくさんの戦いがあったそうだ。戦で多くの人が亡くなり、死体が広く浅く埋められた。そしてその上に強い恨みを持った誰かが呪いをかけてケガレが生まれた。人々はそれを封じるために、その上に樹木を植えたらしい」
「じゃ、じゃあこの木は、もしかして……」
「そう。亡くなった人を糧にして、こんなに早く大きく成長した。しかし、樹木では呪いは防げなかった。人々の恨みや憎しみは土に染み込み、土地は穢れ、あんな化け物を生み出してしまったんだ」
「そ、そんな……」
オーリは震え上がった。
「ケガレは、人の恐怖や憎しみに反応して現れる。そして、人を喰らうんだ。ほら、言っている間にまたおいでなすった。どうも今日は数が多いな、真言を使うか」
「ひぃ!」
恐怖でオーリの舌が縮みあがり、悲鳴にならない声が漏れた。
また、あれが来る!
「オーリ。できるだけ体を縮めなさい。それからケガレを見てはだめだ。お前の恐怖は、奴らのいい目じるしになる」
「だ、だけど君は!」
「大丈夫だ、オーリ」
少年はすらりと腰の刀を抜いた。
「私はユカリノ。君を助けてあげよう」
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