左和水火の敗北

みなみあまね

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目覚めながらにして見る夢

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   期末テストも終わって、一週間の秋休みに入ると、部活に入っていない私は、いつも駅前の書店に入り浸ることが多かった。一日中、静かな音楽を聴きながら、コーヒーを飲みながら、本に囲まれて過ごす時間が好きだ。枯葉が地面にキスをする、この秋のひと時が好きだった。

   さて、今年はどうしたものだろうか。

   私たちは秋休みだけれど、学校の先生たちはきちんと働く。本木先生も、もちろん休みではない。このところずっと土日は本木先生と一緒だったから、休みイコール会いに行くと頭が意識して、秋休みの平日に一人でいるのは少し寂しい。
   そして、私に『彼氏』ができたことは、速攻で両親にも友達にもバレた。
   そりゃそうよね、いつも本を読んで過ごしているような子が、急に毎週土日に着飾って出掛けていけば、両親にはバレるし、友達と遊ぶ回数も減って、遊んでも18時までなんて時間を区切ってたら、友達にはバレるし、さらにアリバイ作りまでさせてるんだから、速攻でバレる。
   両親は、大らかなのか、それとも本ばかり読んでいた子がやっと年頃の子と同じ感覚になったかという少しばかりの危機感があったからか、バレた後も時折『友達』の家に泊まりに行くことには何も言わなかった。もしかしたら、自分たちにもそんな過去があったのかもしれない。
   両親や友達にバレるのはいいのだけど、とにかくクラス中の噂になるのはウンザリだった。そして、とてもマズイ。どこの誰なのか、この前の合コンの男の子なのか、色々聞かれるけれど、笑って誤魔化した。嘘をついてもいいのだけれど、その噂が本木先生の耳に入ろうものなら機嫌を直すのに一苦労するから、それもできない。
   この状態をどうすればいいか、『彼氏』に聞いてみたことはある。答えはこうだ。
「意外だね。君、噂は気にしないって言ってただろう?それに、そういうあしらいは上手い方だと思ってたよ」
「もう!他人事だと思ってるでしょ?情報戦なのよ、女の子たちの噂は」
「そりゃ大変だね。それで、いつもはどうしてるの?」
「ただ笑ってます」
「・・・そういう態度だから、余計に聞かれるんじゃないかな?」
「じゃあ何て答えればいいのよ?そのうち飽きちゃうんだし、これ以上の対応はできないわ」
「今が旬なわけだね、君の噂は」
「そうよ。それに、みんな私が松岡先生か小宮先生のどちらかと付き合ってるって思ってるんだから。曖昧にしておいたほうがこっちも楽だし」
「・・・それは、旬というよりは『先生』と付き合っているかもしれないから噂になってるんじゃないかな?」
「あら、実際そうでしょ?どっちにしても、下手なことは言えないんだから、放っておくしかないもの。それに、敬介さんとは私、学校では接点もほとんどないし、噂になってないみたいだから、なおさら曖昧にしておいたほうが好都合よ」
「何というか、君は時々、妙に肝が座るんだね」
「そう言うなら、何か他にいい案を考えてよ。こう、みんなが納得して噂しなくなるようなの」
「いや、君の言う通り、それ以上の対応は難しいんだろうね。それより、松岡先生と小宮先生からは、それに対して何かアクションはあったりしたのかな?」
「うーん、そうね・・・。夏休み明けて、二人とも、私には注意も何もしなくなったし、居残りも無くなったし、快適よ。噂が噂だから、巻き込まれたら困るって考えたんじゃない?」
「ふうん。君は、二人が君に『彼氏』ができたから身を引いたとは考えていないわけだ?」
「はあ?だって、二人が私を好きって話も噂でしょう?もう関わり合いたくないって考えてるほうが妥当じゃない?」
「そうかな・・・まあ、僕も本人から直接聞いたわけじゃないからね。そう考えてもらえているなら安心かな」
「何が安心なの?」
「君に対して余計なアクションを起こさない事だよ。僕なら、すぐに取り返しにかかるからね」
「・・・そこがわからないのよね。以前、本木先生は卒業までは何も言わないつもりだとおっしゃっていましたけど?」
「時と場合によるんだよ、佐和。自分の好きな女が他の男に恋に落ちていく様を黙って見ている変態性は僕にはない」
「あっそう。じゃあ、『彼氏』もいなくて、恋愛もせずに高校三年間を過ごす女をずっと見ている変態性はあるわけね?」
「・・・まあ、無事に『彼氏』ができたんだから良かったじゃないか」
   無事にって感じでできた『彼氏』でもないんですけど。

   校庭の桜の木から枯葉が舞い、地面に落ちた。その瞬間、クラス中の解放感に包まれた話しや笑い声が耳の中に洪水のように押し寄せてきた。まだ学校にいる事をすっかり失念してしまったようだ。
   もとい、秋休みをどう過ごすか考えていたんだわ。後で本木先生に電話して聞いてみようかしら。でも、毎日会いに行くって迷惑よね?電話して、「忙しいから無理」なんて言われたしばらく立ち直れなさそう。
   そう考えると、やっぱりいつもどおり駅前の書店で読書が無難なような気もする。土日には会えるんだし。
   ああでもないこうでもないと考えていると、急に後ろから抱きつかれた。
「きゃっ!」
「佐和、どうしたのー?窓辺で物思いに耽ってさあ。何、彼氏のこと?」
   そうだけど、そうとは言えない。
「ちょっと、タマちゃん!急に抱きつかないでよ、ビックリするじゃない!別に・・・そういうわけじゃなくて、秋休みをどう過ごそうか考えていただけよ」
「え?彼氏と過ごすんじゃないの?」
   え?普通、そういうものなの?じゃあ、毎日会いたいって言っても大丈夫なのかしら?
「うーん・・・毎日ってしつこくない?」
「はあ?たまの一週間だからイチャイチャしたいんじゃん?」
   イチャイチャね。私と本木先生がそうしてるところを想像できないんですけど。
   私も本木先生もあまり人に甘える体質じゃないから、いつもは読んだ本の感想を話したり観た映画の感想を言ったり、黙って本を読んで、そしてセックスをして、また本の感想を話す。専ら本木先生の部屋で過ごしていて、外にはあまり出掛けない。私たちは純然たるインドア派なのだ。これをイチャイチャというなら、そうなんだろうけど。
   でも、よく考えると、これってすごく退屈じゃないかしら?本木先生は何も言わないけれど、変化がなさ過ぎるのもつまらないような気もする。私はのんびり部屋で過ごすのが好きだけれど、恋人がそうとは限らない。
   やっぱり、無難にいつも通りに過ごそう。すぐに飽きられても困るのだ。私には、この状態を変えられるような恋愛スキルなんてものは何もない。
「うーん・・・やっぱり毎日はちょっとなあ。普通に駅前の本屋さんかな・・・」
「佐和ってさあ、あんなに土日は彼氏と会ってるのにドライなこと言うよねー」
「ドライっていうか・・・断られたら悲しいから、誘わないだけよ」
   なんて、ちょっと正直に言ってみる。タマちゃんはちょっと驚いた顔した後、ニヤニヤと笑い出した。
「意外ー!佐和って恋すると乙女だねー」
   これでも一応乙女なんですけど。一体、貴女の中の私のイメージはどうなっているのかしら。
「でも、ダメ元で聞いてみたら?向こうも会いたいかもしれないじゃん?」
「うーん・・・それなら、金曜日とかからなら大丈夫かなあ。ちょっと一日増えるだけだし・・・」
「何、刻んでるのよ?佐和の彼氏って、そんなに気を使う奴なの?」
「そういうわけじゃないけど・・・」
   だって、毎日会って何したらいいかわからないもの。それに、十三も年上の男の人が毎日でも恋人に会いたいなんて、そんな執着を持ってるかしら?そんなんじゃ、仕事にならないじゃない。
   うんうん唸っていると、タマちゃんはしびれを切らして、机をパンっと軽く叩いた。ちょっとだけクラスの皆がこちらを見て不思議そうな顔をし、また通常の喧騒に戻る。
「あー、もう!よし、帰りにこないだのカフェ寄ろうよ。この玉川姉さんが恋愛相談に乗ってあげよう!」
「・・・けっこうです。タマちゃんに話したら、瞬く間に個人情報が漏れていきそうだわ」 
「こら、失礼なこと言わないの。いいじゃん、ここらで当たり障りない噂にしておかないと被害拡大するよ?ただでさえ、佐和の噂はセンシティブなんだし」
   センシティブときましたか。先生と生徒が付き合ってるなんて噂、毎年、誰かしら言われてるし、今さら珍しいとは思わないけど。
   でもまあ、タマちゃんは彼氏もいるし、いろいろ相談できるかも。気難しい彼氏の機嫌の直し方とかね。
   観念して、ため息を吐く。
「言っとくけど、ワリカンだからね」
「はいはい。失礼な奴だな。親友の初恋を応援しようという心遣いがわからぬか」
「・・・どうしてそんなことわかるのよ」
「だって、あんた、昔っから好きな子とかいなかったじゃん。だから、今の彼氏が初恋なんじゃないの?」

   初恋。

   タマちゃんにそう言われて、何も言えなかった。幼稚園まで思い出してみたけれど、何もなかった。

   これ、絶対に本木先生に知られたくない!

「・・・タマちゃん、それこそセンシティブでトップシークレットだからね。絶対誰にも言わないで」
「なんで?可愛いじゃん。佐和らしいし」
「ど、こ、が、私らしいのよ!」
「頭の回転早すぎて、感情が追いつかないとこじゃない?なんか、頭で恋愛しそうだもんね、あんた」
   タマちゃん、さすが私の幼馴染みだわ。
「・・・とにかく、帰りましょう。そういう話はカフェでね」
「オッケー!なんか、佐和と恋バナなんて信じられないけどねー」
   悪かったわね、今まで恋愛の一つもしない女で。

   二人して、机からカバンとマフラーを引っ手繰り、廊下に出る。廊下も教室と一緒で、秋休みにどこに遊びに行こうか、何をしようかを話す声で騒がしい。成績発表という断頭台までの束の間の執行猶予を皆が楽しむのだ。
   すれ違う別のクラスの友達にさよならの挨拶をしながら階段を降りる。二階まで来たところで、タマちゃんが振り返った。
「職員室、寄っていい?英語の課題、出していきたいからさー」
「オッケー。相変わらずお仕事が早いこと。じゃあ、私、ここで待ってるから」
    私はそう言って、階段の隅っこにカバンを敷いて、その上に座った。立っていると、時々貧血で倒れるから、何かを敷いてどこでも座る癖が付いてしまっている。タマちゃんは気にするでもなく、ヒラヒラと手を振って、職員室に入っていった。
   タマちゃんは昔から宿題は持ち帰らない主義で、テスト勉強もしない。とにかく、学校内で全てを終わらせて帰るのが『プロの学生』なんだそうだ。いつも見習おうと思うけど、私はどちらかというと後回し派だ。
   目の前を通り過ぎる子たちの足取りもどこか軽やかで、風に舞う枯れ葉のよう。子供は風の子ですもんね。

「センセー!先生は秋休み、どこか行くのー?」
「彼女とデート?いいなー!」
「はいはい。この学校の先生はすべからく君たちのテストの採点で仕事だよ。どこも行かない。君たちも、寄り道しないで帰りなさい」
   まあ、相変わらずおモテになること。
   キャアキャアと女の子たちに囲まれながら、本木先生が職員室にやってきた。ちょうど向こうからは私は壁に隠れて死角になるから見えない、と思う。念のため、視線は向けないように耳だけを澄ます。女の子たちはまだ本木先生と喋り足りないのか、あれやこれやと話しかけている。本木先生はそれに丁寧に適当に返していた。それでもめげないんだから、みんな、本当に本木先生の事が好きなんだなあと思う。
   壁にコツンと頭を付けて寄りかかる。私もあんな風に可愛く女の子らしく話せればいいんだろうけど、どうもそれら全てを母親のお腹の中に忘れてきたみたい。学校でも気軽に本木先生と話してみたいと思うけれど、生徒として親しくなるには時すでに遅し、といったところ。
   浅く息を吐いて気持ちを整える。どうも、本木先生の事になると平常心が飛んでいってしまうようだ。とにかく、本木先生はテストの採点で、『彼女』とはどこにも行かないくらい忙しいんだってさ。
「佐和、おまたせー!ごめん!ちょっと修造にとっ捕まってさあー」
   パタパタと小走りで、タマちゃんがこちらに駆け寄ってきた。今はあまり、名前を呼ばれたくなかったんだけどな。本木先生を見ないように下を向いて立ち上がり、カバンを持ち上げる。松岡先生の事を『修造』なんてアダ名付けてるの、タマちゃんだけだからね。
「どうしたの?何かした?」
「まあまあまあ。それはこの後、カフェでね。さ、さ、行こ、行こ!」
「・・・?松岡先生のほうは大丈夫なの?」
「大丈夫だよー。別に怒られたわけじゃないから」
「そう?なら、いいけど」
「早く行こう!あそこ、三時過ぎると混むからさあ」
    ポンポンと背中を押されて急かされる。こらこら、階段から落ちるでしょ。
「あ、言い忘れてたけど、階段で座るのいいとして、佐和の座り方、こっちからだとパンツ見えるから注意しなよー」
「なっ・・・!」
   そういうのは座った時に注意してよ!体育のない日の下着なんて、すごく油断してるんだから!違う、そうじゃなくて、職員室に出入りするみんなに見られてたかもしれないじゃない!
「嘘!?けっこう、見えてた?」
「うん、けっこうエロティックにバッチリ見えてた」
「余計な装飾語はいりません!」
「あはは。なんか、佐和は表情がねー。考え事してると、もう佐和自体がエロいから」
「何よ、それ・・・」
「まあ、そういうのを含めまして、お話しましょ!」
「そういうのは含めなくてけっこうよ!」
「佐和、玉川、二人も廊下で騒いでないで、早く帰りなさい」
   急に、本木先生の声が耳に入ってきて、どきりとする。
「本木先生ー!ちょっと聞いてよー」
   タマちゃんはくるりと振り返って、本木先生のほうに駆けていき、女の子たちの中に溶け込み始めた。変わり身早すぎでしょ。
   カフェ、混むって言ったじゃない。早くしてよね。階段の手すりに寄り掛かり、本木先生と女の子たちinタマちゃんを見つめる。
   どうせ、パンツが見えてたーとか、話しするんでしょ。その話、土日に注意されるんだからやめてよね。
「でねー、佐和が彼氏の事で悩んでて、恋愛相談したいからって今からカフェ行くんだけどさー。佐和ってねー」
   え!?ちょっと、ちょっと待った!その話はアウト!その人には駄目!
「タマちゃん、早く!カフェ、混むんでしょ!」
「あー、はいはい。じゃあねー、本木先生。バイバーイ!」
「・・・はい、さようなら」
   本木先生の声がワントーン下がった気がした。ああ、もう!これは、土日に根掘り葉掘り聞かれる・・・。
   タマちゃんの腕を掴み、急いで階段を駆け降りる。下駄箱からローファーを取り出して、下に放り投げた。
「ちょっと!だ、か、ら、センシティブでトップシークレットだって言ったでしょ!」
「怒らない、怒らない!ああやって話しておけば、彼氏が学校外の人って感じするじゃん?」
「・・・絶対ないわ、それ」
「そう?だって、うちの学校の先生が相手だったら、職員室の前でそんな話しないと思うじゃん?後は適当に周りの子たちが噂してくれんじゃない?」
「はあ・・・ほんとかなあ・・・。なんか、カフェ行く前に疲れちゃったんだけど・・・」
「お甘いのお、佐和殿。こんなんで疲れてたら、他の友達と話する時、倒れちゃうよ」
「・・・お手柔らかにオネガイシマス・・・」
   みんな、こんな話を普通にしてるの?私なら一日で根を上げちゃうわ。恋する女の子って、パワフルなのね。

    少し重い昇降口玄関の扉を開けると、フワリと秋の香りと共に風が顔を撫でる。思いの外、冷たい空気に頬がパッと赤みを指す。スカートがサラリ、サラリと風にはためく。もうそろそろタイツの時期かしら。
   首に絡みついた長い髪を手で払うと、それも秋の風に乗ってはためいた。払ったその指先を目で追う。頬と一緒で、予想外の寒さに驚き、赤くなってきている。どこもかしこも、秋だなと思う。カバンに引っ掛けていたマフラーを巻いて、ふうっと息を吐いた。  
   後ろから、コツンと頭を叩かれる。振り向くと、タマちゃんが困ったような顔して、こちらを見ていた。
「まず、佐和はその夢見るような感じをどうにかしないとね」
「は?」

   秋は目覚めながらにして見る夢だって、どこかの作家が言っていたわ。それをどうにかしなきゃいけないなんて、何てもったいない事を言うんでしょう。
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