GOD

みなみあまね

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ウィンター コールド

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   アンチクリスマス!

 例年、この季節になると、妙に忙しくなる。バイトのほうがマシだ。動いた分の給料はガッチリもらえる。しかし、女どもの相手は労力も金も出費だらけだ。思いつく限りの贅沢な暴言を吐きやがる。いつからケイケンなクリスチャンになったんだ?俺のプロスティチュート達は。
 全員の相手は面倒だといって一人に限定すれば、そいつが際限なく増長する。迷惑極まりない。俺には、女のフェイスもボディーラインも、イデオロギーもキャラクターもネームも必要ない。ベッドが温かければそれでいい。
 一つ必要なものを上げろと言われれば、論外なくアンコンサーンだ。
 結論的に、俺という存在が社会的に認められたジゴロであれば問題ないということになる。素敵だろう?プロスティチュート達とジゴロなら、全くもってアンコンサーン。
 今年の冬も寒くなりそうだ。
ダークグレーのロングコートも、値段のわりには役に立たない。ダァミット!
 こうして夜の街を歩いていると、過美な電光と飾りで一ヶ月も前からクリスマスを期待するウィンドウが多く目に付く。無論、待降節も公現日も知る由もない奴らのセールスだが。天にまします我らの父よ、願わくば御名の尊ばれんことを。サンタクロースは歓待されて、イエスは飯屋にも必要ないこの日本で、俺は何に救いを求めればいい?

 キャンパスに引き返せば、サンタクロースですら粒子と波動に分解されるだろうよ!

 日中は排気ガスと人口密度で温かい東京だが、午前零時になればさすがに凍りつく。日頃は鬱陶しい人波も欲しくなる。こんな日でも、ミスフォーチュンテラーはメトロプラザの街灯下に店を出しているのだろうか。
 西新宿が表だとするなら、東新宿と歌舞伎町は裏と言っていい。何せ、道が清潔になっていたためしがない。ゲロもガムも吸殻も酔っ払いも選り取り見取りで踏んづけて、女も男もユニセックスも年がら年中淫靡な姿をさらけ出す。
   雑多なコマーシャルボードと卑猥なネオンの道を通り抜け、五本の道がクロスする場所に出る。その向こう端に、ミスフォーチュンテラーがキャンプ用の折りたたみテーブルで店を出していた。客足が一段落ついたのか、人工照明にその瞳と全神経を奪われていた。
   コツコツとローファーで闇を鞭打ちながら近づいていくと、白く細い手がタロットカードを切り始め、到着する頃に一枚のカードを提示した。
「はい。今日の運勢はこれです」
 黒い服を着たジジイが、ランプで暗闇を照らしている。
「ヘイ、そこに科学はあるのか?」
「科学に何があるのよう?この世界にしがみ付いてる物質の神話でしょ?」
「イエッサー。それで、このカードは?」
「隠者もしくは賢者。これはね、科学者と信仰者を兼ね備えた人を意味するの。ここに来るまでに、クリスマスの事を考えていたでしょ?」
「ああ。寒くないか?」
 エナメルの歯は震えもせずに答える。
「少しね。でも平気。毎年慣れてるから」
「レディムーン、今日は店を閉まえ。おごってやる」
 ミスフォーチュンテラーは、怒りとも困惑ともつかない表情をして首を傾げた。
「えー?どうしたのお?さては何かあるなあ?」
 この小生意気な小娘は、その後も散々ありもしない事を気にして俺の表情をサーチした。先程まで上機嫌だった俺も、急降下で機嫌を堕落させる。
 人を疑う口に用はない。俺は左手を伸ばし、目の前の頼りない呼吸気管を締め上げる。細い腕がバタバタと憐れにもがき、深緑の長い髪がバサバサと楚に揺れる。俺のコートの袖が何度も叩かれ引っかかれる。充分苦しませてから、離してやった。
 怯えた桜色の唇から小刻みに出る息は、ダイヤモンドダストの白い光。見てみろイエス、俺が創ったこの神秘を。

   アンチクリスマス!

「わかったよう!暴力的だなあ。どうせなら、戦車のリバースが出れば良かったのに!」
 効きもしない呪いの言葉を吐き、ミスフォーチュンテラーはカードをアニエスの赤いバッグに入れた。テーブルをワンツースリーでたたみ、画板入れ用の黒いトートバッグに突っ込んで肩にかける。すると、マネキンのような体がバランスを崩して少しよろけた。
「貸せ」
「何よう?お金なんてないからね」
 俺は白い顔を睨みつけて、黒いトートバッグを奪い取った。
「それ、高かったんだから!売らないでよう!」
「それ以上ガタガタ言うと、お前ごと売り飛ばすぞ!」
 脅しをかけたが、全く黙らない。俺は無視して歩幅を大きく取った。二百メートルほど引き離す。聞き慣れた足音が忙しそうに追いかけてくる。
   新宿駅近くのマックに入り、適当にバリューセットを二つ頼む。さっさと受け取り、二階席に上がる。深夜の店内は客もまばらで、いる奴らもそれなりの人種だ。窓の外には、ビルというビルのネオンが如何わしげに闇雲を照らす。どうしたって、この街は如何わしげだ。全てがトリヴィアルだ!
 席に座るとすぐに、ダンダンと無器用な足音が聞こえてきた。階段から、白いタートルに紺のダッフル、赤いミニスカートとこげ茶のロングブーツを装着したマネキンが姿を現した。
「あー!勝手に頼んでるう!私、ベーコンレタスが食べたかったのに!」
 第一声を聞いて、俺はトレーを持つと無言で立ち上がり、ダストボックスへ直行した。
「待った!ちゃんと食べるから。もー!」
 俺の手から素早くトレーを取り上げ、バニラの香水をフワリと空間に浮遊させて席に座ると、ミスフォーチュンテラーは楽しそうに笑ってポテトをかじった。
「なんか、この季節になるとさあ、いくつになってもドキドキするよね。世界中が緑と赤と白と電光でピッカピカだもん。きっと宇宙から見ると、地球のカーニバルだね」
 やっぱりこいつはシリアスイディオットだ。俺は向かい合って座ると、鼻で笑った。
「セントニコラスのご加護を!」
「あー!馬鹿にしてるなあ?今はサンタさんに手紙だって書けちゃうんだからね」
「いい歳して、フェアリーカウンターか?マッドハウスに行ってこい」
「もー!サンタさんがいないと思ってるなあ?」
「俺は無宗教だ」
「私もそうだよう」
   なら、どうして信じられる?俺は俺自身も信じていない。
「うーん。小さい頃、クリスマスパーティーとかやらなかったのお?」
「したさ。俺の育った薄暗い家は、アメリカ人宣教師のトリックハウスだった。ガキども全員で、クリスマスの一ヶ月前から、せっせと貴重な木材資源を無駄遣いしてツリーを立て、ジンジャーマンをわずかばかり作って、祈りと聖歌を腐るほど合唱した」
「サンタさんのプレゼントは?」
「この命」
「って、神父さんが言ったのお?」
「違うね。ヌイグルミと添い寝するほど、俺はスウィートじゃなかった。ノーサンキューだったのさ」
「かわいそー!もらえなかったんだ?私はねー、サンタさんから沢山もらったよう」
 誰が可哀相だって?それは、この寒気の夜に働いてやがるお前だ!俺はコール一つで、三十五度以上の体温とベッドにダイビングできる。だが、お前はどうあがいたって悪寒のする奇天烈な家庭へ引きずり込まれる。父親はサポートカンパニー、母親はジャンキー、姉はフッカー。そこにハッピーやラッキーはあるのか?どのツラ下げて、俺に同情できる?
「いいか?奴の服は全くもってコカコーラカラーだ。サンタクロースは実存しない。お前も俺も、強大な商業主義的トリックハウスの住人なんだよ」
「ブー!不正解。最初にクリスマスのトリックを考えたのは、キリスト教でした」
「ああ?」
「あのね、クリスマスツリーってあるでしょ?あれは針葉樹です。さて、イエス様の生まれた場所はどこでしょう?」
「ヨルダン西部、聖地パレスチナの首都エルサレムから南約八キロの近くの町ベツレヘム」
「ピンポーン!うわー、詳しすぎー!」
 なるほど。中近東の砂漠に針葉樹が生えるわけがない、か。
「ツリーの起源は、北欧神話でオーディンという神様が魔法文字ルーンを得るために、世界を象徴する『ユグドラシル』っていう大きな木で首吊りの苦行をしたことにあって、それが木に生贄を吊るして祈願するということに発展したのね。それから、イエス様の生誕日も他宗教と対立がないように、ローマ時代のミトラス教の太陽神の生誕日にしてあるし、聖なるキャンドルもローマの農耕神の祭りから由来していて、クリスマス自体もキリスト教を広めるために、北欧信仰のユール祭っていう豊穣を祈る冬至のお祭りを取り入れたのよう」
   一体、クリスマスは何の祭りだ?少なくとも、商業主義の起源を祝う祭りだということは理解できるが。
「とすると、聖ニコラスってのは、何者なんだ?」
「紀元三00年頃にトルコに生まれた人だよ。伝説の多くが贈り物に関連していて、飢饉の時に肉屋が殺した子供達を復活させちゃうお話が一番有名なの。それで、子供の守護聖人なのよう。でも、おかしなことに聖ニコラスの日は、本当は十二月六日です」
「ヘイ、それがどうして二十五日になる?」
「あのね、クリスマスの起源になったユール祭では、赤い三角帽子と白髪、白ひげのユル・トムテっていう神様が豊穣のシンボルの山羊を連れて、子供達にプレゼントを配って歩くの。同じくユール祭で尊ばれるオーディンは青髭と青い服で、八つ足の怪馬スライプニルに乗って夜空を駆け巡っているの。彼は戦いの神様だけど、厳しい冬の後に春と生命をもたらす神様でもあるの。ね、二人ともサンタさんにそっくりでしょ?古い絵の聖ニコラスは青い司祭服だし。それぞれ合体して、クリスマスにサンタさんが来るようになったのよう。あ、サンタクロースの語源は聖ニコラスのオランダ語読みが訛ったものです」
「ふん。古代から、パーフェクトにクリスマスは如何わしいという事か」
「もー、そんな事いってると鞭打ちサンタさんがやって来るんだからね!」
「俺にそんな趣味はない」
「違うよう!悪い子は鞭で打たれて、袋に入れられてさらわれちゃうの!これも、北欧信仰のベルヒタという女神様がモデルなの。この女神様はゲルマンとスカンジナビアの神話にもいて、残忍な罰を与える反面、古代から豊穣や子どもに恵まれない女性に贈り物をする神様なの」
 どれが真実だ?
   一人の聖人がトルコからやって来た。こいつは、色彩豊かな司祭服を着た多重人格者だった。司祭服には異教徒どもの神が憑依して、頭には神を冒涜する様々な名が記されていた。さらに聖人は商業主義を歌い、口八丁手八丁で人々に消費媒体の座と、ガキどもに妄想を与えた。こいつの名を、サンタクロースという。
   現代の黙示録たるクリスマス。それでもお前は、サンタクロースを信じるのか?
「だからって、サンタさんはいないわけじゃないわ。色々な神様や人達が、子供達のために一緒になった『サンタクローズ』なの!ちゃんと良い子にはプレゼントをくれるのよう」
 違うね。俺たちはすでに、銀貨三十枚で神を売ったんだよ。窓の外を見ろ。月もなく星もなく、卑猥なネオンが渦巻く闇雲を照らしてやがる。クリスマスに降る雪も、卑猥色に染まるだろう。どんな夜も、眠れない絶望の深淵だ。果てしない闇の高みに悲しげな金切声を上げて、俺の心臓を引き裂いていく。

   アンチクリスマス!
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