『無能な聖女』と婚約破棄された私、実は伝説の竜を唯一従える『真の守護者』でした。~今さら国に戻れと言われても、もう遅いです~

スカッと文庫

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第2話:静寂を裂く銀の咆哮

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漆黒の闇が支配する「死の森」。
背後から聞こえていた衛兵たちの下卑た笑い声は、すでに遠ざかり、今はただ、重苦しい瘴気の揺らめく音だけが響いている。
普通の人間なら、この森に漂う毒に当てられ、数分と持たずに命を落とすだろう。

「……暖かい」

けれど、私は違った。
森の奥へと進むほどに、体温が上がり、胸の奥に眠っていた熱い塊が脈打ち始める。それは、王宮で「ゴミ」と吐き捨てられた私の魔力だった。
測定不能だったのは、低すぎたからではない。あまりにも高純度で強大すぎる力に、旧式の水晶が耐えきれず、目盛りを振り切って沈黙していただけなのだ。

「誰だ、と仰いましたか」

私は、声が聞こえた方向――巨大な岩壁へと歩みを進めた。
そこには、無数の鎖と、数千年前の古語で綴られた呪いの杭(くい)によって、一頭の巨大な生き物が縫い止められていた。
月明かりを浴びて鈍く輝く、銀色の鱗。天を衝くような立派な角。
それは、御伽話の中でしか存在しないはずの「伝説の銀竜」だった。

『……人間か。また我が力を奪いに来たか。愚かな。今の我には、貴様らを生かす魔力など残っておらぬわ』

銀竜の瞳は濁り、その巨体からは絶え間なく血が流れていた。
この森の瘴気は、呪われた竜の苦しみが漏れ出したものだったのだ。

「奪いに来たのではありません。……ただ、その痛みが、他人事とは思えなくて」

私は、吸い寄せられるように竜の鼻先に手を触れた。
不当に虐げられ、利用価値がなくなれば捨てられる。
王宮で味わったあの絶望が、この誇り高き生き物の瞳にも宿っている。

「私の光が、あなたの助けになるなら……全部持っていって」

その瞬間、私の体から爆発的な白銀の光が溢れ出した。
王宮の魔力測定器を沈黙させた「神聖魔力」が、奔流となって銀竜へと流れ込む。
パキパキと音を立てて、数千年の呪いが刻まれた鎖が弾け飛んでいく。死の森を覆っていた瘴気が一瞬にして浄化され、足元からは見たこともない色彩の花々が芽吹き始めた。

『なっ……!? この輝き……まさか、失われた「真の守護者」の血脈か……!』

銀竜の咆哮が、夜空を切り裂いた。
眩い光が収まった時、目の前にいた巨体は消えていた。
代わりに立っていたのは、銀色の髪を長く伸ばし、冷徹なまでに整った顔立ちをした一人の青年だった。
その切れ長の瞳は、琥珀色に輝き、私を射抜くように見つめている。

「……我が名はシル。数千の時を超え、我を呪縛から解き放ったのは、貴女か」

彼は私の前に跪き、泥に汚れた私の指先に、恭しく唇を落とした。
騎士が主君に誓いを立てるかのような、静謐で、けれど熱い口づけ。

「……シル、さん?」

「シルで構わない。我が主(あるじ)よ。……貴女の体には、世界を再構築できるほどの莫大な力が眠っている。それなのに、なぜこれほどまでに傷ついているのだ」

シルの瞳に、猛烈な怒りの色が宿る。
それは私に対してではなく、私をこんな目に合わせた「誰か」に対するものだ。

「……捨てられたのです。無能だと言われて、国外追放に」

「無能だと? この我を従える力を持つ者を、誰がそんな言葉で呼んだ。……許せぬ」

シルは立ち上がり、私の腰を引き寄せると、守るように抱きしめた。
これまで誰にも守られたことのなかった私にとって、その腕の強さは、痛いほどに優しかった。

「エルナと言ったな。……案ずるな。これからは、我の全てが貴女の剣となり、盾となる。貴女を泣かせた全ての者に、等しく絶望を与えてやろう」

「復讐……してくれるの?」

「復讐ではない。これは『正当な報い』だ」

シルの背後に、一瞬だけ巨大な銀竜の翼が幻視された。
私を捨てたカイル王子。私の手柄を奪ったミレーヌ。私を恥と呼んだ両親。
彼らが今、王宮で酒を酌み交わしている間に。
この死の森で、彼らの破滅へのカウントダウンが静かに始まったのだ。

「さあ、行こう。……まずは、貴女に相応しい『王座』を用意しなくてはな」

シルは私を軽々と横抱きにすると、一気に空へと舞い上がった。
眼下に広がる王国は、もはや私を縛る鎖ではない。
私を裏切った世界が、私の足元で震え上がる日が、もうすぐそこまで来ていた。
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