3 / 10
第3話:死神皇帝の瞳
しおりを挟む
夜風を切り、雲の上を駆ける。
シルの腕の中に抱かれた私は、眼下に広がる王国の街明かりが、まるで過去の記憶のように遠ざかっていくのを眺めていた。
つい数時間前まで、私はあの場所で惨めに地面を這い、絶望の淵にいたのだ。それが今では、伝説の竜の背に乗って空を飛んでいる。運命の皮肉に、私は小さく乾いた笑いを漏らした。
「……怖いか?」
シルの低い声が耳元で響く。
「いいえ。……とても、綺麗だと思って」
「そうか。ならばもっと高くへ連れていこう。貴女の瞳には、あの濁った王宮など相応しくない」
シルが指先を鳴らすと、私たちの周囲を柔らかな光の結界が包み込んだ。
そのまま私たちは国境を越え、隣国である「ゼノス帝国」の領土へと入った。軍事力と魔導技術で世界を席巻する、覇権国家だ。
私たちが降り立ったのは、帝都の北にそびえる漆黒の城――通称「死神の牙」と呼ばれる皇城の中庭だった。
着地と同時に、銀色の翼を消したシルが、再び青年の姿で私の前に跪く。
「ここには我の旧知の友がいる。……少々、態度の悪い男だが、今の貴女には『人間の盾』も必要だろう」
「旧知の友……?」
不審に思う間もなく、城の奥から重々しい足音が聞こえてきた。
現れたのは、夜の闇をそのまま纏ったような黒い軍服に身を包んだ男だった。腰に下げた漆黒の長剣。そして、見る者を凍りつかせるような鋭い、紅(くれない)の瞳。
「――深夜に中庭で騒がしいと思えば、トカゲの王が迷い子の連れ込みか?」
その男の放つ威圧感は、カイル王子のそれとは比較にならないほど重い。
彼こそが、戦場を血で染め、数多の国を滅ぼしてきたと恐れられるゼノス帝国の主――「死神皇帝」ゼクス・フォン・ゼノスその人だった。
「口を慎め、ゼクス。このお方は、我を数千年の呪縛から解き放った我が主だ」
シルの言葉に、ゼクスの紅い瞳が細められた。
彼は無言のまま私に近づくと、その鋭い視線で私を頭から爪先まで検分するように見つめた。私は思わず身を竦めたが、逃げ出さずにその瞳を見返した。
「……ほう。ラインハイト公爵家の家紋がついたボロボロのドレス。そして、この隠しきれない神聖な魔力」
ゼクスが私の顎を細い指先でクイと持ち上げた。
「お前が、あの無能な王国が『偽聖女』として死の森へ捨てたエルナ・フォン・ラインハイトか」
「……私の名前を、ご存知なのですか?」
「帝国に知れぬ情報などない。特に、王国の『本物の結界』を一人で支えていた少女の名くらいはな」
ゼクスは愉快そうに口角を上げた。
「あの愚王と王子は、自分たちが何を捨てたのか理解していないようだ。……エルナ、お前が我が帝国に力を貸すというのなら、相応の待遇を用意しよう」
「力を貸す……? 私はただ、追放された身です。何も持っていません」
「謙遜は不要だ。お前のその魔力、そして伝説の銀竜を従える権能。それだけで、一国を滅ぼすには十分すぎる」
ゼクスは私の手を取り、強引に、けれどどこか恭しくその甲に唇を寄せた。
シルの時とは違う、冷徹な独裁者による「勧誘」の口づけ。
「我が帝国は今、世界を再定義するための『鍵』を探していた。エルナ、お前こそがその鍵だ。……どうだ? お前を泥に塗(まみ)れさせたあの国が、絶望の中で這いつくばる姿を、私の隣で特等席から眺めてみないか?」
復讐。
その言葉が、私の胸の中で黒い炎となって燃え上がった。
優しかった私、耐え続けていた私、愛を乞うていた私。……そんな自分は、あの森に置いてきた。
「……私の力で、彼らが後悔するというのなら」
私は、ゼクスの紅い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「この力、あなたに預けましょう。……皇帝陛下」
「交渉成立だ」
ゼクスは低く笑い、シルの肩を叩いた。
「シル、この娘のために最高の部屋と、最高級のドレスを用意しろ。……明日の晩餐会で、帝国に『真の聖女』が降臨したことを世界に知らしめる」
シルの琥珀色の瞳と、ゼクスの紅い瞳。
二人の強大な存在に守られながら、私は初めて、自分の運命が自分の手の中にあることを実感した。
一方その頃、私が去った王国では、平穏な夜が終わりを告げようとしていた。
王都を囲む「神聖なる結界」に、蜘蛛の巣のような亀裂が入り始めたことに、まだ誰も気づいていない。
シルの腕の中に抱かれた私は、眼下に広がる王国の街明かりが、まるで過去の記憶のように遠ざかっていくのを眺めていた。
つい数時間前まで、私はあの場所で惨めに地面を這い、絶望の淵にいたのだ。それが今では、伝説の竜の背に乗って空を飛んでいる。運命の皮肉に、私は小さく乾いた笑いを漏らした。
「……怖いか?」
シルの低い声が耳元で響く。
「いいえ。……とても、綺麗だと思って」
「そうか。ならばもっと高くへ連れていこう。貴女の瞳には、あの濁った王宮など相応しくない」
シルが指先を鳴らすと、私たちの周囲を柔らかな光の結界が包み込んだ。
そのまま私たちは国境を越え、隣国である「ゼノス帝国」の領土へと入った。軍事力と魔導技術で世界を席巻する、覇権国家だ。
私たちが降り立ったのは、帝都の北にそびえる漆黒の城――通称「死神の牙」と呼ばれる皇城の中庭だった。
着地と同時に、銀色の翼を消したシルが、再び青年の姿で私の前に跪く。
「ここには我の旧知の友がいる。……少々、態度の悪い男だが、今の貴女には『人間の盾』も必要だろう」
「旧知の友……?」
不審に思う間もなく、城の奥から重々しい足音が聞こえてきた。
現れたのは、夜の闇をそのまま纏ったような黒い軍服に身を包んだ男だった。腰に下げた漆黒の長剣。そして、見る者を凍りつかせるような鋭い、紅(くれない)の瞳。
「――深夜に中庭で騒がしいと思えば、トカゲの王が迷い子の連れ込みか?」
その男の放つ威圧感は、カイル王子のそれとは比較にならないほど重い。
彼こそが、戦場を血で染め、数多の国を滅ぼしてきたと恐れられるゼノス帝国の主――「死神皇帝」ゼクス・フォン・ゼノスその人だった。
「口を慎め、ゼクス。このお方は、我を数千年の呪縛から解き放った我が主だ」
シルの言葉に、ゼクスの紅い瞳が細められた。
彼は無言のまま私に近づくと、その鋭い視線で私を頭から爪先まで検分するように見つめた。私は思わず身を竦めたが、逃げ出さずにその瞳を見返した。
「……ほう。ラインハイト公爵家の家紋がついたボロボロのドレス。そして、この隠しきれない神聖な魔力」
ゼクスが私の顎を細い指先でクイと持ち上げた。
「お前が、あの無能な王国が『偽聖女』として死の森へ捨てたエルナ・フォン・ラインハイトか」
「……私の名前を、ご存知なのですか?」
「帝国に知れぬ情報などない。特に、王国の『本物の結界』を一人で支えていた少女の名くらいはな」
ゼクスは愉快そうに口角を上げた。
「あの愚王と王子は、自分たちが何を捨てたのか理解していないようだ。……エルナ、お前が我が帝国に力を貸すというのなら、相応の待遇を用意しよう」
「力を貸す……? 私はただ、追放された身です。何も持っていません」
「謙遜は不要だ。お前のその魔力、そして伝説の銀竜を従える権能。それだけで、一国を滅ぼすには十分すぎる」
ゼクスは私の手を取り、強引に、けれどどこか恭しくその甲に唇を寄せた。
シルの時とは違う、冷徹な独裁者による「勧誘」の口づけ。
「我が帝国は今、世界を再定義するための『鍵』を探していた。エルナ、お前こそがその鍵だ。……どうだ? お前を泥に塗(まみ)れさせたあの国が、絶望の中で這いつくばる姿を、私の隣で特等席から眺めてみないか?」
復讐。
その言葉が、私の胸の中で黒い炎となって燃え上がった。
優しかった私、耐え続けていた私、愛を乞うていた私。……そんな自分は、あの森に置いてきた。
「……私の力で、彼らが後悔するというのなら」
私は、ゼクスの紅い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「この力、あなたに預けましょう。……皇帝陛下」
「交渉成立だ」
ゼクスは低く笑い、シルの肩を叩いた。
「シル、この娘のために最高の部屋と、最高級のドレスを用意しろ。……明日の晩餐会で、帝国に『真の聖女』が降臨したことを世界に知らしめる」
シルの琥珀色の瞳と、ゼクスの紅い瞳。
二人の強大な存在に守られながら、私は初めて、自分の運命が自分の手の中にあることを実感した。
一方その頃、私が去った王国では、平穏な夜が終わりを告げようとしていた。
王都を囲む「神聖なる結界」に、蜘蛛の巣のような亀裂が入り始めたことに、まだ誰も気づいていない。
1
あなたにおすすめの小説
「毒が効かない体になるまで毒を盛られた令嬢は、復讐なんて望まない——ただ、助けもしないだけ」
歩人
ファンタジー
侯爵令嬢エレーナは、義母と義妹に3年間毒を盛られ続けた。「病弱な姉」として
社交界から消し、財産と婚約者を奪う計画——しかしエレーナには、前世の記憶から
来る毒物の知識があった。毒の種類を特定し、密かに解毒しながら「弱った姉」を
演じ続け、証拠が積み上がるのを待つ。卒業の夜会で義妹が勝ち誇るその場で、
エレーナは3年分の診断書を差し出す。「復讐? いいえ。ただ、もう助けないだけ」
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
婚約者を妹にあげました
あんど もあ
ファンタジー
私の妹ポーリィは、私の持っている物を何でも欲しがってはすぐに飽きて捨ててしまう。そんなポーリィが次に欲しがったのは、私の婚約者ユージン。
「ポーリィ。人間は、飽きても捨てるわけにはいかないのよ」
「今度は飽きないわ!」
「私はポーリィを一生愛すると誓う!」
「ユージン様がそのお覚悟でしたらいいのですが……」
ポーリィとユージンは婚約するのだが……。
"お飾りの婿"として買った辺境伯令息が有能すぎました──女王の懺悔【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
女王ベレッタには、学生時代から愛し合う青年ルネがいた。
だが、彼は平民出ゆえ王配教育を修了できなかった。
王位継承者は独身でいることを許されず、追い詰められた王宮が用意したのは、痩せこけ覇気もなく、瓶底眼鏡をかけた“お飾りの婿”ロルフ。
「そちを愛することはない。
わらわが愛しているのは、このルネだ」
そう告げられても、ロルフは静かに頭を下げるだけだった。
教育費ゼロ、食費すら削られた家で育ち、“生かされるだけ”の人生を当然と受け入れてきた男。
しかし──
王宮での1年は、彼を別人へと変えていく。
栄養が満ち視力が回復し、語学・礼法・政治史・外交儀礼を吸収し、王配教育を異例の1年で修了。
そして建国祭の夜会。
少数民族の使節が激昂し、会場が混乱に包まれたその時──
流れるような発音で彼らを諭し、場を収めたのは、
かつて“骨のよう”だったロルフだった。
そして彼は紛争地へ自ら赴き、わずかな手勢で事態を鎮めてしまう。
一方、愛妾ルネは嫉妬と不安に揺れ、後宮では三者の関係が静かに軋み始める。
──買われた男は、なぜここまで自分を削るのか。
──女王は、どちらの“愛”に向き合うべきなのか。
──そして、歪んだ制度の中で誰が救われ、誰が壊れていくのか。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
タイトルは何度か変える場合があります。
この物語のプロローグは「真実の愛を守るため、悪役令息に婚約破棄を突き付けました」という題で投稿しています。
婚約破棄された宰相です。 正直、婚約者も宰相も辞めたかったので丁度よかったです
鍛高譚
恋愛
内容紹介
「婚約破棄だ! そして宰相もクビだ!」
王宮の舞踏会で突然そう宣言したのは、女性問題を繰り返す問題王太子ユリウス。
婚約者であり王国宰相でもあるレティシアは、静かに答えた。
「かしこまりました」
――正直、本当に辞めたかったので。
これまで王太子の女性問題の後始末、慰謝料交渉、教会対応、社交界の火消し……
すべて押し付けられていたレティシアは、婚約も宰相職もあっさり辞任。
そしてその瞬間――
王宮が止まった。
料理人が動かない。
書類が処理されない。
伝令がいない。
ついにはトイレの汚物回収まで止まり、王宮は大混乱。
さらに王太子の新たな女性問題が発覚し、教会は激怒。
噂は王都中に広がり、王宮は完全に統治不能に。
そしてついに――
教会・貴族・王家が下した決断は、
「王太子廃嫡」
そして。
「レティシア、女王即位」
婚約破棄して宰相をクビにした結果、
王宮を止めてしまった元王太子の末路とは――?
これは、婚約破棄された宰相が女王になるまでの
完全自業自得ざまぁ物語。
公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました
歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と
罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが
やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、
エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」
辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。
商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。
元夫が「戻ってこい」と泣きつくが——
「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている
歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が
ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が
一人分減るな、と思っただけ。
ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。
しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、
イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。
3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された
ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。
「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」
「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる