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第5話:遅すぎた求心
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帝都に滞在して一週間。
私は、ゼクス皇帝から与えられた白亜の離宮で、かつてないほど穏やかな時間を過ごしていた。
シルは常に傍らに侍り、私が魔法の行使で疲れないよう、細心の注意を払ってくれている。
「エルナ、あまり根を詰めるな。貴女一人が世界を背負う必要はないのだ」
シルの琥珀色の瞳が、慈しむように私を見つめる。その体温に触れるたび、凍りついていた私の心は少しずつ溶かされていった。
そんな穏やかさを切り裂くように、無粋な報せが届いた。
「陛下、サンクチュアリ公国より特使が到着いたしました。……エルナ様を『連れ戻しに来た』と喚いております」
報告を聞いたゼクスの口元に、獰猛な肉食獣のような笑みが浮かんだ。
「ほう、ゴミを捨てた場所をようやく思い出したか。……エルナ、どうする? 追い返しても構わんが」
「いえ。……直接、お断りさせていただきます」
謁見の間に通されたのは、かつて私を「ラインハイト家の恥」と罵った実父、ラインハイト公爵だった。
彼は私の姿を見るなり、驚愕に目を見開いた。ボロボロの娘を想像していたのだろうが、そこにいたのは、皇帝の隣で神聖なオーラを放つ、気高き聖女の姿だったからだ。
「エルナ……! おお、無事だったか! さあ、すぐに準備をしろ。カイル殿下もお待ちだ。お前がいないせいで結界が不安定になり、国中がパニックなのだぞ!」
父の言葉に、私は思わず失笑した。
「お父様、お忘れですか? 私は『偽聖女』として公爵家から除名され、死の森へ捨てられた身です。今の私に、あの国を助ける義理などありません」
「何を言っている! 家族だろう! お前が戻って祈りを捧げれば、すべて元通りだ。ミレーヌ嬢も『エルナが戻れば許してあげる』と言ってくださっているんだぞ!」
「……ミレーヌ様が、私を許す?」
あまりの身勝手さに、背後でシルの殺気が膨れ上がるのがわかった。ゼクスもまた、不快そうに椅子の肘掛けを指で叩いている。
「お父様。私は今、ゼノス帝国の守護聖女として契約を結んでいます。私の祈りは、この国と、私を必要としてくれる人々のためにあります。……王国(あなたたち)のために流す涙は、一滴も残っていません」
「貴様、親に向かって……! 恩知らずな娘め! 衛兵、この娘を連れて行け!」
逆上した父が手を上げようとした瞬間。
ドォォォォォン! と、空間を圧するような咆哮が響いた。
「我の主に触れるな、卑小な人間め」
シルの姿が、一瞬だけ巨大な銀竜の影と重なった。その圧力だけで、父と衛兵たちは床に這いつくばり、ガタガタと震えだす。
「……ラインハイト公爵と言ったか。我が帝国の客人に無礼を働くのであれば、今この場で『宣戦布告』と受け取っても構わないのだぞ?」
ゼクスが冷徹な声で追い打ちをかける。
「ひ、ひぃ……っ! そ、そんな……!」
「帰りなさい。そしてカイル王子に伝えて。……結界を失った絶望を、泥を啜りながら味わいなさい、と」
エルナの瞳には、かつての慈悲は微塵もなかった。
這いずりながら逃げ帰る父の背中を見送りながら、彼女は静かに、けれど確かな勝利の予感に唇を噛み締める。
復讐はまだ、始まったばかりだ。
私は、ゼクス皇帝から与えられた白亜の離宮で、かつてないほど穏やかな時間を過ごしていた。
シルは常に傍らに侍り、私が魔法の行使で疲れないよう、細心の注意を払ってくれている。
「エルナ、あまり根を詰めるな。貴女一人が世界を背負う必要はないのだ」
シルの琥珀色の瞳が、慈しむように私を見つめる。その体温に触れるたび、凍りついていた私の心は少しずつ溶かされていった。
そんな穏やかさを切り裂くように、無粋な報せが届いた。
「陛下、サンクチュアリ公国より特使が到着いたしました。……エルナ様を『連れ戻しに来た』と喚いております」
報告を聞いたゼクスの口元に、獰猛な肉食獣のような笑みが浮かんだ。
「ほう、ゴミを捨てた場所をようやく思い出したか。……エルナ、どうする? 追い返しても構わんが」
「いえ。……直接、お断りさせていただきます」
謁見の間に通されたのは、かつて私を「ラインハイト家の恥」と罵った実父、ラインハイト公爵だった。
彼は私の姿を見るなり、驚愕に目を見開いた。ボロボロの娘を想像していたのだろうが、そこにいたのは、皇帝の隣で神聖なオーラを放つ、気高き聖女の姿だったからだ。
「エルナ……! おお、無事だったか! さあ、すぐに準備をしろ。カイル殿下もお待ちだ。お前がいないせいで結界が不安定になり、国中がパニックなのだぞ!」
父の言葉に、私は思わず失笑した。
「お父様、お忘れですか? 私は『偽聖女』として公爵家から除名され、死の森へ捨てられた身です。今の私に、あの国を助ける義理などありません」
「何を言っている! 家族だろう! お前が戻って祈りを捧げれば、すべて元通りだ。ミレーヌ嬢も『エルナが戻れば許してあげる』と言ってくださっているんだぞ!」
「……ミレーヌ様が、私を許す?」
あまりの身勝手さに、背後でシルの殺気が膨れ上がるのがわかった。ゼクスもまた、不快そうに椅子の肘掛けを指で叩いている。
「お父様。私は今、ゼノス帝国の守護聖女として契約を結んでいます。私の祈りは、この国と、私を必要としてくれる人々のためにあります。……王国(あなたたち)のために流す涙は、一滴も残っていません」
「貴様、親に向かって……! 恩知らずな娘め! 衛兵、この娘を連れて行け!」
逆上した父が手を上げようとした瞬間。
ドォォォォォン! と、空間を圧するような咆哮が響いた。
「我の主に触れるな、卑小な人間め」
シルの姿が、一瞬だけ巨大な銀竜の影と重なった。その圧力だけで、父と衛兵たちは床に這いつくばり、ガタガタと震えだす。
「……ラインハイト公爵と言ったか。我が帝国の客人に無礼を働くのであれば、今この場で『宣戦布告』と受け取っても構わないのだぞ?」
ゼクスが冷徹な声で追い打ちをかける。
「ひ、ひぃ……っ! そ、そんな……!」
「帰りなさい。そしてカイル王子に伝えて。……結界を失った絶望を、泥を啜りながら味わいなさい、と」
エルナの瞳には、かつての慈悲は微塵もなかった。
這いずりながら逃げ帰る父の背中を見送りながら、彼女は静かに、けれど確かな勝利の予感に唇を噛み締める。
復讐はまだ、始まったばかりだ。
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