『無能な聖女』と婚約破棄された私、実は伝説の竜を唯一従える『真の守護者』でした。~今さら国に戻れと言われても、もう遅いです~

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第6話:泥濘に咲く毒華

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ラインハイト公爵が命からがら逃げ帰った王国は、もはや「楽園」の面影を失っていた。
王都を囲んでいた聖なる結界は完全に消失し、代わって立ち込めたのは、死の森から流れ出したどす黒い瘴気だった。
 
「エルナが戻らないだと!? 無能な癖に、どこの馬の骨とも知れぬ男の毒気に当てられたか!」
王宮の玉座の間で、カイル王子が荒々しく机を叩いた。
窓の外には、魔物の咆哮に怯え、祈りを捧げる民衆の姿がある。だが、肝心の「聖女」の座に座るミレーヌは、豪華な椅子に深く腰掛け、爪を磨くことしかしていなかった。

「殿下、そんなに怒らないでくださいまし。あんな地味で陰気なエルナなんて放っておけばいいのですわ。……私がいれば、この国は安泰ですもの」
「なら、今すぐその『五万』の魔力で結界を張り直せ! 民が死に絶えれば、我らの税収はどうなると思っている!」

カイルの切実な怒声に、ミレーヌの肩がわずかに跳ねた。
彼女は渋々立ち上がり、代々聖女が祈りを捧げてきた巨大な聖結晶の前に立つ。
「……えいっ! 聖なる光よ、出なさいな!」

ミレーヌが気合を込めて叫び、結晶に手をかざす。
しかし、結晶から漏れ出したのは、弱々しい光の欠片だけだった。それどころか、ミレーヌの袖口から「パキッ」と乾いた音が響く。彼女が魔力を偽装するために隠し持っていた魔導具が、あまりの負荷に耐えかねて砕け散ったのだ。

「……あら? おかしいわ、今日は調子が……」
「ミレーヌ、貴様。その手にある破片は何だ?」

カイルがミレーヌの手を掴み、無理やり引き剥がした。そこには、市井の闇市場で出回る『魔力増幅石』の残骸があった。
「……これは、偽装用の石か? 貴様の『五万』という数値は、すべてこれによる……詐欺だったのか!?」

「ち、違いますわ! これはただのお守りで……! ひっ、離してくださいませ!」
ミレーヌの美しい仮面が剥がれ、醜い恐怖の表情が露わになる。
カイルは愕然と崩れ落ちた。自分が愛し、選んだ女が「無能な詐欺師」であり、ゴミのように捨てたエルナこそが「唯一の本物」であったという事実。その代償は、あまりにも大きすぎた。

一方その頃。
ゼノス帝国の夜会では、エルナがシルのエスコートでダンスを踊っていた。
かつては人混みを避けていた彼女が、今では帝国の貴族たちから羨望の眼差しを向けられる存在となっている。

「エルナ、顔色が悪いな。……あの方位の淀みが気になるか?」
シルが優しく私の腰を引き寄せ、耳元で囁く。
「ええ。……感じるの。あの国の結界が完全に死んだことを。もうすぐ、魔物たちが王宮の門を叩くわ」

エルナの瞳には、かつての慈悲はない。
彼女が帝国で張っている結界は、王国のものとは比較にならないほど強固で、神々しい。その光の一部でもあれば、王国を救えるかもしれない。だが、エルナがその手を差し伸べることは、二度とない。

「エルナ様。……陛下がお呼びです」
現れたゼクス皇帝は、ワイングラスを片手に不敵に笑った。
「王国軍が崩壊したそうだ。……エルナ、準備はいいか? 泣きついてくる連中を、今度はこちらから『視察』しに行ってやる。帝国軍を引き連れてな」

「視察……。ええ、楽しみですわ、陛下」

エルナは静かに、けれど艶やかに微笑んだ。
かつて自分が泥水を飲まされた場所に、今度は「救世主」として、あるいは「断罪者」として降り立つために。
王国の崩壊は、彼女の復讐劇における、最高の舞台装置(ステージ)に過ぎなかった。
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