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第2話:泥を塗られた特待生
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翌朝、学園に足を踏み入れた瞬間、刺すような視線が突き刺さった。
昨日までの「冷やかし」ではない。それは明確な「嫌悪」と「拒絶」の混じったものだった。
「……信じられない、あんなことするなんて」
「特待生って言っても、中身は育ちが悪いのかしら」
すれ違う生徒たちの囁き声を無視し、自分の席へ向かう。そこには、赤ペンで『卑怯者』『消えろ』と書きなぐられた机があった。
「……なるほど。こういう手口か」
私は静かに溜息をつく。すると、教室の入り口が騒がしくなった。
「ハルト様……っ、もういいんです。私が悪いんですから……」
目に涙を溜めて、今にも倒れそうなエマが、ハルトに支えられながら入ってきた。その右腕には、痛々しいほど大げさな包帯が巻かれている。
「いいわけないだろう! エマ、あんな奴に突き飛ばされて、ピアノが弾けなくなったらどうするんだ!」
ハルトの怒号が響く。彼は私を鋭く睨みつけ、詰め寄ってきた。
「澪! お前、昨日放課後にエマを階段から突き飛ばしたそうだな。これを見ろ!」
ハルトが突きつけたスマホには、薄暗い階段で、エマが誰かに背中を押されて転落する動画が映っていた。画質は荒く、押した人物の顔は見えない。けれど、その服装――野暮ったい制服の着こなしとボサボサの髪は、どう見ても「私」だった。
「身に覚えがないわ。私はそんな場所に行っていない」
「往生際が悪いぞ! エマが嘘をつくわけないだろ!」
「……ええ、そうね。彼女は嘘をつかない『設定』なんですものね」
私の皮肉な返答に、エマがビクッと肩を揺らす。
「ひどい……。澪さん、私、ただハルト様と仲良くしてごめんなさいって謝りたかっただけなのに……っ。そんなに私が邪魔だったの?」
エマの涙に、クラス中が彼女の味方になった。
「謝れよ、佐藤!」「特待生剥奪だろこれ」「最低の犯罪者!」
罵詈雑言の嵐の中、ハルトが冷笑を浮かべて宣告する。
「今朝、生徒会と職員会議に報告した。お前の素行不良は特待生としてふさわしくない。奨学金の停止と、退学勧告が出るのも時間の問題だ」
その言葉を聞いた瞬間、エマがハルトの胸元で一瞬だけ――本当に一瞬だけ、勝ち誇った笑みを私に向けた。
(――ザマァみろ、貧乏女。あんたの居場所なんて、最初からどこにもないのよ)
声に出さずとも、その瞳がそう言っていた。
私はゆっくりと立ち上がる。周囲の嘲笑を浴びながら、カバンを掴んで教室を出る。
「……どこへ行くんだ! 逃げるのか!」
ハルトの声が背中に刺さるが、私は一度も振り返らなかった。
向かったのは、学園の屋上。そこには、事前に連絡しておいた『彼』が、手すりに背を預けて待っていた。
「……やれやれ。随分と派手にやられたな」
銀縁の眼鏡を指で押し上げ、退屈そうに空を眺めているのは、学園理事長の息子であり、学年トップの秀才・レン。
「動画の解析、終わった?」
私の問いに、レンはタブレットを差し出した。
「あんな稚拙な合成、三秒でバレる。エマのスマホと、その取り巻きの通信記録も全部抜いた。……で、いつまでその『地味ブス』の仮装を続けるんだ? 君の父親が知ったら、この学園ごと消し飛ばしかねないぞ」
「文化祭まで。……一番高い場所に登らせてから、真っ逆さまに落とすのが、一番綺麗でしょう?」
私は眼鏡を外し、屋上の風に髪をなびかせた。
レンズのない瞳に、学園を見下ろす冷徹な光が宿る。
「レン、準備を進めて。あの子たちが大好きな『学園ベストカップルコンテスト』。そこで、最高のプレゼントを贈ってあげる」
昨日までの「冷やかし」ではない。それは明確な「嫌悪」と「拒絶」の混じったものだった。
「……信じられない、あんなことするなんて」
「特待生って言っても、中身は育ちが悪いのかしら」
すれ違う生徒たちの囁き声を無視し、自分の席へ向かう。そこには、赤ペンで『卑怯者』『消えろ』と書きなぐられた机があった。
「……なるほど。こういう手口か」
私は静かに溜息をつく。すると、教室の入り口が騒がしくなった。
「ハルト様……っ、もういいんです。私が悪いんですから……」
目に涙を溜めて、今にも倒れそうなエマが、ハルトに支えられながら入ってきた。その右腕には、痛々しいほど大げさな包帯が巻かれている。
「いいわけないだろう! エマ、あんな奴に突き飛ばされて、ピアノが弾けなくなったらどうするんだ!」
ハルトの怒号が響く。彼は私を鋭く睨みつけ、詰め寄ってきた。
「澪! お前、昨日放課後にエマを階段から突き飛ばしたそうだな。これを見ろ!」
ハルトが突きつけたスマホには、薄暗い階段で、エマが誰かに背中を押されて転落する動画が映っていた。画質は荒く、押した人物の顔は見えない。けれど、その服装――野暮ったい制服の着こなしとボサボサの髪は、どう見ても「私」だった。
「身に覚えがないわ。私はそんな場所に行っていない」
「往生際が悪いぞ! エマが嘘をつくわけないだろ!」
「……ええ、そうね。彼女は嘘をつかない『設定』なんですものね」
私の皮肉な返答に、エマがビクッと肩を揺らす。
「ひどい……。澪さん、私、ただハルト様と仲良くしてごめんなさいって謝りたかっただけなのに……っ。そんなに私が邪魔だったの?」
エマの涙に、クラス中が彼女の味方になった。
「謝れよ、佐藤!」「特待生剥奪だろこれ」「最低の犯罪者!」
罵詈雑言の嵐の中、ハルトが冷笑を浮かべて宣告する。
「今朝、生徒会と職員会議に報告した。お前の素行不良は特待生としてふさわしくない。奨学金の停止と、退学勧告が出るのも時間の問題だ」
その言葉を聞いた瞬間、エマがハルトの胸元で一瞬だけ――本当に一瞬だけ、勝ち誇った笑みを私に向けた。
(――ザマァみろ、貧乏女。あんたの居場所なんて、最初からどこにもないのよ)
声に出さずとも、その瞳がそう言っていた。
私はゆっくりと立ち上がる。周囲の嘲笑を浴びながら、カバンを掴んで教室を出る。
「……どこへ行くんだ! 逃げるのか!」
ハルトの声が背中に刺さるが、私は一度も振り返らなかった。
向かったのは、学園の屋上。そこには、事前に連絡しておいた『彼』が、手すりに背を預けて待っていた。
「……やれやれ。随分と派手にやられたな」
銀縁の眼鏡を指で押し上げ、退屈そうに空を眺めているのは、学園理事長の息子であり、学年トップの秀才・レン。
「動画の解析、終わった?」
私の問いに、レンはタブレットを差し出した。
「あんな稚拙な合成、三秒でバレる。エマのスマホと、その取り巻きの通信記録も全部抜いた。……で、いつまでその『地味ブス』の仮装を続けるんだ? 君の父親が知ったら、この学園ごと消し飛ばしかねないぞ」
「文化祭まで。……一番高い場所に登らせてから、真っ逆さまに落とすのが、一番綺麗でしょう?」
私は眼鏡を外し、屋上の風に髪をなびかせた。
レンズのない瞳に、学園を見下ろす冷徹な光が宿る。
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