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第6話:暴かれる仮面
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体育館を支配していた熱狂は、一瞬にして刺すような静寂へと変わった。
巨大スクリーンに映し出されているのは、昨日までの「完璧な王子様」と「悲劇のヒロイン」の姿ではない。
『――ねえ、ハルト。あの女の机、もっと汚しちゃっていいよね?』
スピーカーから流れるエマの声は、耳を疑うほど低く、下劣な響きを帯びていた。
『いいさ。あんなゴミ、精神的に追い詰めて自主退学に追い込むのが一番手っ取り早い。特待生の身分さえ剥げば、あいつの人生は終わりだ』
映像の中のハルトは、エマの髪を愛おしそうに撫でながら、鼻で笑っている。
『階段の動画、編集うまくできてたろ? あいつが突き落としたようにしか見えない。……部費から協力者に金を回した甲斐があったよ』
会場のあちこちから、息を呑む音が聞こえた。
「……嘘だろ?」「ハルト様が、部費を横領……?」「エマの怪我って、自作自演なの?」
囁き声が波紋のように広がり、ステージ上の二人の顔から血の気が引いていく。
「な、なんだこれは……! 捏造だ! 澪、お前が仕組んだ捏造映像だろう!」
ハルトが狂ったように叫び、私に掴みかかろうとする。だが、その腕はステージ脇から現れたレンによって冷酷に払いのけられた。
「捏造かどうかは、今この瞬間、学園の理事会と警察に送信されているログが証明する。ハルト、君が協力者に振り込んだ口座の記録も含めてな」
「レン……! 貴様、なぜ……!」
ハルトがたじろぐ中、隣で震えていたエマが、涙を浮かべて観客席に訴えかけた。
「信じてください! これは、澪さんが私を妬んで……っ、レン様を抱き込んで作った嘘なんです! 私は、私は本当に突き落とされて……!」
その必死の演技に、最前列にいたエマの協力者たちが「そうだ!」「証拠もないのに責めるな!」と野次を飛ばし始める。一瞬、会場の空気が揺らいだ。
エマは、勝機を見たと言わんばかりに私を睨みつける。
「……証拠なら、まだあるわよ。エマさん」
私は俯いていた顔をゆっくりと上げ、懐から予備のスマホを取り出した。
「あなたが『協力者』に送った指示書。誰がどのタイミングで野次を飛ばし、どのタイミングで私に卵を投げつけるか。……今、この瞬間のあなたの指示も、すべて私の手元に届いているわ」
画面をスクリーンに同期させる。そこには、エマのスマホから発信されたばかりのメッセージが表示されていた。
『今よ、さっさと卵を投げてあいつを黙らせなさい!』
静まり返る会場。
最前列の男たちが、手に持っていた卵を隠そうとして慌てふためく。その無様な姿が、何よりの動かぬ証拠となった。
「……あ、あああああ!」
エマが短い悲鳴を上げ、その場にへたり込む。
もはや、彼女に「悲劇のヒロイン」の面影は微塵もなかった。あるのは、悪事を暴かれ、醜く顔を歪めた一人の少女の姿だけだ。
「さあ、ハルト。エマさん。……楽しいパーティは、ここからが本番よ」
私は、かけていた眼鏡をゆっくりと外し、足元に落とした。
バキリ、と安物のレンズが割れる音が、静かな会場に響き渡る。
私はレンに目配せをし、一度ステージ袖へと身を引いた。
「おい、待て! どこへ行く!」
ハルトの叫びを無視して、私は暗幕の裏へ。
そこには、レンが用意した「本当の私」へ戻るための、最後の仕上げが待っていた。
五分後。
ステージの照明が一度完全に落とされ、再び一筋のスポットライトが中央を照らし出した。
そこに立っていたのは、ボサボサの髪も、野暮ったい制服も脱ぎ捨てた、一人の女性。
夜空のように深いロイヤルブルーのドレス。
意志の強さを象徴する、琥珀色の鋭く美しい瞳。
観客席から、今日一番の、そしてこれまでで最大の「どよめき」が上がった。
「……誰だ、あの美女……?」「嘘だろ、まさか……佐藤、澪……?」
私は、絶望に目を見開くハルトとエマを見据え、優雅に、そして冷徹に微笑んだ。
巨大スクリーンに映し出されているのは、昨日までの「完璧な王子様」と「悲劇のヒロイン」の姿ではない。
『――ねえ、ハルト。あの女の机、もっと汚しちゃっていいよね?』
スピーカーから流れるエマの声は、耳を疑うほど低く、下劣な響きを帯びていた。
『いいさ。あんなゴミ、精神的に追い詰めて自主退学に追い込むのが一番手っ取り早い。特待生の身分さえ剥げば、あいつの人生は終わりだ』
映像の中のハルトは、エマの髪を愛おしそうに撫でながら、鼻で笑っている。
『階段の動画、編集うまくできてたろ? あいつが突き落としたようにしか見えない。……部費から協力者に金を回した甲斐があったよ』
会場のあちこちから、息を呑む音が聞こえた。
「……嘘だろ?」「ハルト様が、部費を横領……?」「エマの怪我って、自作自演なの?」
囁き声が波紋のように広がり、ステージ上の二人の顔から血の気が引いていく。
「な、なんだこれは……! 捏造だ! 澪、お前が仕組んだ捏造映像だろう!」
ハルトが狂ったように叫び、私に掴みかかろうとする。だが、その腕はステージ脇から現れたレンによって冷酷に払いのけられた。
「捏造かどうかは、今この瞬間、学園の理事会と警察に送信されているログが証明する。ハルト、君が協力者に振り込んだ口座の記録も含めてな」
「レン……! 貴様、なぜ……!」
ハルトがたじろぐ中、隣で震えていたエマが、涙を浮かべて観客席に訴えかけた。
「信じてください! これは、澪さんが私を妬んで……っ、レン様を抱き込んで作った嘘なんです! 私は、私は本当に突き落とされて……!」
その必死の演技に、最前列にいたエマの協力者たちが「そうだ!」「証拠もないのに責めるな!」と野次を飛ばし始める。一瞬、会場の空気が揺らいだ。
エマは、勝機を見たと言わんばかりに私を睨みつける。
「……証拠なら、まだあるわよ。エマさん」
私は俯いていた顔をゆっくりと上げ、懐から予備のスマホを取り出した。
「あなたが『協力者』に送った指示書。誰がどのタイミングで野次を飛ばし、どのタイミングで私に卵を投げつけるか。……今、この瞬間のあなたの指示も、すべて私の手元に届いているわ」
画面をスクリーンに同期させる。そこには、エマのスマホから発信されたばかりのメッセージが表示されていた。
『今よ、さっさと卵を投げてあいつを黙らせなさい!』
静まり返る会場。
最前列の男たちが、手に持っていた卵を隠そうとして慌てふためく。その無様な姿が、何よりの動かぬ証拠となった。
「……あ、あああああ!」
エマが短い悲鳴を上げ、その場にへたり込む。
もはや、彼女に「悲劇のヒロイン」の面影は微塵もなかった。あるのは、悪事を暴かれ、醜く顔を歪めた一人の少女の姿だけだ。
「さあ、ハルト。エマさん。……楽しいパーティは、ここからが本番よ」
私は、かけていた眼鏡をゆっくりと外し、足元に落とした。
バキリ、と安物のレンズが割れる音が、静かな会場に響き渡る。
私はレンに目配せをし、一度ステージ袖へと身を引いた。
「おい、待て! どこへ行く!」
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そこには、レンが用意した「本当の私」へ戻るための、最後の仕上げが待っていた。
五分後。
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そこに立っていたのは、ボサボサの髪も、野暮ったい制服も脱ぎ捨てた、一人の女性。
夜空のように深いロイヤルブルーのドレス。
意志の強さを象徴する、琥珀色の鋭く美しい瞳。
観客席から、今日一番の、そしてこれまでで最大の「どよめき」が上がった。
「……誰だ、あの美女……?」「嘘だろ、まさか……佐藤、澪……?」
私は、絶望に目を見開くハルトとエマを見据え、優雅に、そして冷徹に微笑んだ。
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