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第8話:断罪の夜、届かぬ救い
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バルドル帝国の夜は、魔導灯の淡い青色に彩られ、静寂と美しさに満ちていた。
しかし、その静寂を切り裂くように、リリアーヌの滞在する離宮の影で、数人の賊が動いていた。
「……いたぞ。あの女だ。寝室の窓が開いている」
「フン、帝国の警備も甘いものだ。魔力ゼロの欠陥品一人、殺すのは造作もない」
彼らはプロスペル王国が放った秘密部隊。エドワード王太子が、自らの失態を隠滅するために「リリアーヌが古代魔法を暴走させて自滅した」という筋書きを作るべく送り込んだ刺客たちだった。
彼らの手には、対象の魔力を強制的に暴走させる禁忌の魔導具『破滅の心臓』が握られている。
バルコニーから音もなく侵入した男たちが、ベッドで横たわる人影に向けて魔導具を突き出した。
「死ね、王国の恥さらしが!」
瞬間、眩いばかりの紅い光が部屋を満たそうとした。
――しかし、その光は「物理的な手」によって、虚空で握りつぶされた。
「……汚らわしいな。我が主の寝室を、そのようなゴミの放つ光で汚すとは」
暗闇の中から響いたのは、氷点下まで冷え切ったアルベルトの声だった。
男たちが驚愕して振り返ると、そこにはベッドに座り、冷徹な瞳でこちらを見つめるリリアーヌと、彼女の背後に影のように寄り添うアルベルトの姿があった。
「な……!? 罠か!」
「罠? いえ、掃除の時間ですわ」
リリアーヌが静かに指を鳴らす。
その瞬間、侵入者たちの足元の影が生き物のように伸び、彼らの体を壁へと縫い付けた。
「がっ……あ……! 離せ! なんだ、この魔力は……!」
「お前たちが持ってきたその玩具、なかなか興味深いですわね」
リリアーヌはベッドから降り、優雅な足取りで男たちに近づいた。彼女の足元からは、王宮全体を震わせるほどの漆黒の魔力が渦巻いている。
「『魔力を暴走させる』……。エドワード様らしい、浅はかな考えですこと。私がこの三年間、どれほど緻密な制御で自分の力を抑え込んできたか、あの方は何も分かっていない」
リリアーヌが男の手から『破滅の心臓』を取り上げると、その禁忌の道具は彼女の魔力に触れた瞬間、怯えるようにその輝きを失った。
「アルベルト様。この方たち、どうしましょう?」
「生かしておいては、リリアーヌ様の安眠の邪魔になります。……ですが、ただ殺すのは慈悲深すぎるでしょう」
アルベルトが冷たく笑い、男の一人の顎を掴み上げた。
「お前たちが持ってきたこの『暴走』。……そのまま、お前たちの雇い主へ返してやろう。リリアーヌ様、よろしいですね?」
「ええ。ちょうど、あちらの国の結界が完全に底を突く頃でしょうし。少しだけ、『花火』を添えてあげましょう」
リリアーヌが魔導具に指を触れる。
彼女の「古代魔法」によって術式が書き換えられた『破滅の心臓』は、紅い光から、禍々しい漆黒の光へと変貌した。
「これをプロスペル王国の王宮へ転送しなさい。……爆発の瞬間に、私の『声』が届くように細工しておきましたわ」
「畏まりました」
アルベルトが空間を引き裂き、黒く染まった魔導具を虚空へと投げ込んだ。
同時刻、プロスペル王国。
王宮の私室で、エドワードは苛立ちながら報告を待っていた。
隣ではミナが、魔力を失い衰えた顔を隠すように厚化粧をして震えている。
「まだか……。あの無能さえ消えれば、すべての責任をあいつに押し付けられる。そうすれば、父上も納得し、私は再び――」
その言葉が、完遂されることはなかった。
エドワードの目の前に、突如として黒い裂け目が現れ、そこから一つの物体が転がり落ちた。
彼が送り出した『破滅の心臓』。しかし、それはもはや彼の知る道具ではなかった。
『――ご機嫌よう、エドワード様。ミナ様もご一緒に?』
魔導具から、リリアーヌの透き通るような、けれど背筋も凍るような冷たい声が響き渡った。
『その道具、お返ししますわ。……卒業パーティーでいただいた泥の、ほんのお礼です。どうぞ、皆様で分け合ってくださいませ』
「な……リリアーヌ!? 貴様、何を――」
ドォォォォォン!!
漆黒の魔力が王宮の最上階で爆発した。
それは物理的な破壊だけでなく、王都に残っていた僅かな魔力をすべて食い尽くし、負のエネルギーへと変換する「魔力汚染」の爆発だった。
王宮の象徴であった大時計が崩れ落ち、王族たちの悲鳴が夜の街に響き渡る。
エドワードは爆風で吹き飛ばされ、自分の放った策が、自分自身と国を完全に終わらせたことを悟った。
しかし、その静寂を切り裂くように、リリアーヌの滞在する離宮の影で、数人の賊が動いていた。
「……いたぞ。あの女だ。寝室の窓が開いている」
「フン、帝国の警備も甘いものだ。魔力ゼロの欠陥品一人、殺すのは造作もない」
彼らはプロスペル王国が放った秘密部隊。エドワード王太子が、自らの失態を隠滅するために「リリアーヌが古代魔法を暴走させて自滅した」という筋書きを作るべく送り込んだ刺客たちだった。
彼らの手には、対象の魔力を強制的に暴走させる禁忌の魔導具『破滅の心臓』が握られている。
バルコニーから音もなく侵入した男たちが、ベッドで横たわる人影に向けて魔導具を突き出した。
「死ね、王国の恥さらしが!」
瞬間、眩いばかりの紅い光が部屋を満たそうとした。
――しかし、その光は「物理的な手」によって、虚空で握りつぶされた。
「……汚らわしいな。我が主の寝室を、そのようなゴミの放つ光で汚すとは」
暗闇の中から響いたのは、氷点下まで冷え切ったアルベルトの声だった。
男たちが驚愕して振り返ると、そこにはベッドに座り、冷徹な瞳でこちらを見つめるリリアーヌと、彼女の背後に影のように寄り添うアルベルトの姿があった。
「な……!? 罠か!」
「罠? いえ、掃除の時間ですわ」
リリアーヌが静かに指を鳴らす。
その瞬間、侵入者たちの足元の影が生き物のように伸び、彼らの体を壁へと縫い付けた。
「がっ……あ……! 離せ! なんだ、この魔力は……!」
「お前たちが持ってきたその玩具、なかなか興味深いですわね」
リリアーヌはベッドから降り、優雅な足取りで男たちに近づいた。彼女の足元からは、王宮全体を震わせるほどの漆黒の魔力が渦巻いている。
「『魔力を暴走させる』……。エドワード様らしい、浅はかな考えですこと。私がこの三年間、どれほど緻密な制御で自分の力を抑え込んできたか、あの方は何も分かっていない」
リリアーヌが男の手から『破滅の心臓』を取り上げると、その禁忌の道具は彼女の魔力に触れた瞬間、怯えるようにその輝きを失った。
「アルベルト様。この方たち、どうしましょう?」
「生かしておいては、リリアーヌ様の安眠の邪魔になります。……ですが、ただ殺すのは慈悲深すぎるでしょう」
アルベルトが冷たく笑い、男の一人の顎を掴み上げた。
「お前たちが持ってきたこの『暴走』。……そのまま、お前たちの雇い主へ返してやろう。リリアーヌ様、よろしいですね?」
「ええ。ちょうど、あちらの国の結界が完全に底を突く頃でしょうし。少しだけ、『花火』を添えてあげましょう」
リリアーヌが魔導具に指を触れる。
彼女の「古代魔法」によって術式が書き換えられた『破滅の心臓』は、紅い光から、禍々しい漆黒の光へと変貌した。
「これをプロスペル王国の王宮へ転送しなさい。……爆発の瞬間に、私の『声』が届くように細工しておきましたわ」
「畏まりました」
アルベルトが空間を引き裂き、黒く染まった魔導具を虚空へと投げ込んだ。
同時刻、プロスペル王国。
王宮の私室で、エドワードは苛立ちながら報告を待っていた。
隣ではミナが、魔力を失い衰えた顔を隠すように厚化粧をして震えている。
「まだか……。あの無能さえ消えれば、すべての責任をあいつに押し付けられる。そうすれば、父上も納得し、私は再び――」
その言葉が、完遂されることはなかった。
エドワードの目の前に、突如として黒い裂け目が現れ、そこから一つの物体が転がり落ちた。
彼が送り出した『破滅の心臓』。しかし、それはもはや彼の知る道具ではなかった。
『――ご機嫌よう、エドワード様。ミナ様もご一緒に?』
魔導具から、リリアーヌの透き通るような、けれど背筋も凍るような冷たい声が響き渡った。
『その道具、お返ししますわ。……卒業パーティーでいただいた泥の、ほんのお礼です。どうぞ、皆様で分け合ってくださいませ』
「な……リリアーヌ!? 貴様、何を――」
ドォォォォォン!!
漆黒の魔力が王宮の最上階で爆発した。
それは物理的な破壊だけでなく、王都に残っていた僅かな魔力をすべて食い尽くし、負のエネルギーへと変換する「魔力汚染」の爆発だった。
王宮の象徴であった大時計が崩れ落ち、王族たちの悲鳴が夜の街に響き渡る。
エドワードは爆風で吹き飛ばされ、自分の放った策が、自分自身と国を完全に終わらせたことを悟った。
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