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「――――ミコト? 」

「はははははいっ!! 」

 衝撃の事実に固まる私の様子を不審に思ったのか、アルが怪訝そうにこちらを覗いてきた。冷静でいられるわけがない。だってこれからアルと――致しちゃうかもしれないなんて!!

「何かあったか? 」

「いいえ、何にもないです!! 」

「……あったんだな。」

 何でわかるの!? ってびっくりして顔を上げたら、私を射抜く切れ長の瞳。真剣な眼差しで見つめられていた居たたまれなさで、恥ずかしさが一気に駆け上る。

(うわぁぁぁん! 無理無理無理!! キャパオーバー!! )

 とりあえずこの視線から逃れたくて、踵を返す。

 視界に入ったベッド。

 いろいろとアカンので、そこを避けた先に逃げる。

「おい、ミコト!! 」

「何でもないから! 気にしないで!! 」

 構わないでと言っているのに、この獣人騎士は追いかけてくる。狭い部屋では、逃げられるスペースも無くて――玄関まで追い込まれた。

 さっき何度確認しても駄目だったドアを、もう一度ガチャガチャ鳴らしてみる。

(お願い! 頼むから開いて!! )

 結果は、想像のとおりである。はぁああああ、と溜息をつきながら膝を抱えてうずくまった。

「なぁ……もしかしてこの部屋から出る方法、知ってるのか? 」

 不意に後ろから、近い距離で声が掛けられてきて身体がビクつく。振り返ると同じようにかがんで視線を合わせてきたアル。いつもは身長差で見上げる位置にあるアルの顔との距離が縮まって、ただでさえ早かった鼓動がさらに加速する。

「あ……や…………」

 驚きのあまり、バランスを崩して座り込んでしまった。背中には壁、目の前にはアル。

「言えよ。いつまで経っても出られなかったら大変だろ? 」

 少し開いた距離を縮めるかのように、アルがさらにかがんでくる。

「満足するまで……ってなんだよ。」

 駄目だって――そんなこと言えない――――

 恥ずかしくて、喉がカラカラで、上手く声が出せない。フルフル首を振りながら、抵抗する。そんな私の様子を困ったように見つめていたアルが、ゆっくり手を伸ばしてきた。

 頬に添えられた手に、左右に振っていた頭の動きを止められる。

「言えよ――」

「――っ!! 」

 さっきまでの困った雰囲気はどこへ行ったのか。瞳の奥に悪戯な光を宿して、ニヤリと笑ったアルに囁かれたら――アルのことが大好きな私は、為す術などないのです。

 促すように添えられた手の親指があごをくすぐってくる。さぁ、早く――と視線だけで催促される。

「満足ってなんだ……? 」

 先ほどより低められた声に、身体の芯を揺すぶられたのがとどめとなって、私は白旗を上げた。

「性的に……満足するってことだと思います…………」

「――――はぁ? 」

 撫でられていた親指の動きが止まる。

 居たたまれなくて目をつぶったまま、最後の力を振り絞る。

「俺の世界の――“絶対にセックスをしないと出られない部屋”とそっくりなんです……」

 恥ずかしすぎて目を開けることなど出来なかったけど、その時のアルは一体どんな表情をしていたのだろうか。


 ♢♢♢


 通称“絶ックス部屋”――

 何らかのトラブルに巻き込まれた男女、もしくは男男でも女女でも、部屋に入ったが最後、いかがわしいニャンニャンをしないと出られない。1回で済むこともあれば、この部屋にある砂時計のように、一定の基準を超えるまでニャンニャンの必要性に迫られることもある。

 説明後、気まずい空気が部屋の中を流れる。

 テーブルを挟んで向かい合わせに椅子に腰かけ、お互い何も言葉を発することはない。

(どうすればいいんだよ――)

 今の私は12歳の男の子だから――アルとは出来ない。そもそもアルは獣人だから――今ここで致してしまったら未来のお嫁さんに申し訳ないし、私を相手にしてくれるとも思えない。当たり前のことなのに、ズキリと心が痛む。

 アルは私のことを――年の離れた仲の良い友人としか思ってないのに。

(女の子ってバレるバレない以前の問題なんだよな――)

 どこまで行っても対象外の自分が情けなくて、椅子の上で出来るだけ小さく丸くなる。

 その後も続いた無言の時間。

「なぁ――。」

 背筋をピンと伸ばして、姿勢よく座り、射殺すような目で空を睨んでいたアルが、地を這うような低い声で沈黙を破った。

「性的に満足ってことは、一人でもいいと思わないか? 」

「……はい? 」

「そもそも定義が広いんだ。満足するまでだ。セックスしろと言っているわけじゃない。満足だ、満足。」

「……はぁ。」

「性的な満足だろ。子どものお前にはまだわからんかもしれないが、大人は一人で満足する術を知っているんだ。」

 えっと、それはつまり――

「とりあえず、お前は布団かぶっておとなしくしてろ。」

「うわっ――っ! 」

 立ち上がったアルはベッドから布団を持ってきて、私の頭の上にかける。

「その中で耳塞いで、目つぶって――いいか、絶対出てくるんじゃねぇぞ。」

 アルがドサリとベッドに移動した音が聞こえた。

「大丈夫だ――俺に任せろ。」

(えっ!? うそでしょ!? )

 どうやら布団一枚隔てた向こう側で、想い人の獣人騎士のオナニー大会が行われるようです。
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