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Ⅶ.作家の意地、読者の好み
23評価するランクは人それぞれ。
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どういう事だろう。
天城は未だに鷹瀬の空回りと、久遠寺対鷹瀬の勝負を一つの線で結ぶことが出来ない。
二木は思い出を語るように、
「一週間位前だったかな。鷹瀬くんは突然、奇妙な話を持ち掛けてきたんだ」
「奇妙な?」
「そう。まあ、奇妙って言っちゃうとちょっと言いすぎかな。不思議。そう。不思議な話を持ち掛けてきたんだ。ちょっとこれを読んでほしい。それで人にも勧めてほしい。その上で感想を聞きたいってね」
天城の中で何かが繋がる。それはつまり、
「紫乃は、自分の作品を、あくまで他人のものとして浩平に勧めた」
そう。
つまりはそういう事である。
二木は補足をするように、
「最初は何だろうと思った。だって、あの鷹瀬くんだよ?自分のものを読んでくれって言われるならまあ分かるんだけど、他人の書いたものだからね。感想を聞きたいってのも変だし」
間。
「だから僕は聞いたんだよ。これは誰が書いたものなのって?そしたら知らないって言うんだ。じゃあ、これはお勧めなの?って聞いたんだよ。そしたら今度は判断に困ってるって言うんだ。正直僕もよく分からなかったんだけどさ。でも、鷹瀬くんがそこまで言うならまあ、折角だからと思って読んでみたんだよ。勿論。知り合いに読んでみてほしいって紹介もした」
天城は尋ねる。
「ちなみに、感想は」
二木はうむと唸り、
「多分、君と同じだと思うよ。いい話だが、終わり方が良くない」
その通りだった。
異論がないのを確認して二木は語りに戻る。
「だからまあ、その最初はよかったけど終わり方が良くないという評価を、一応5点満点中の3点という形で入れたよ。それから、僕が勧めたやつらの中から、何人かはポイントを入れただろうね」
「ポイント、入れるんですね」
「まあな。一応これでも内部の人間ではあるんだけど、アカウントは持ってるしねえ。ちなみに公式でも何でもない。普通のアカウントね。そうしないと平等にならないだろうしさ」
二木はそこまで言いきると一息をつくように手元のカップに口を付ける。
彼が説明した、鷹瀬との一幕は、本来ならば何でもない日常の一コマとして、波のように流れては消えていく日々の思い出として、消化されるはずだった出来事だ。本来ならば天城に伝えられるようなことでは無かったはずだし、二木から聞かなければきっと気が付かなかったに違いない。
しかし、ひとたび知ってしまえばその事実はじんわりと天城の中に広がっていく。
感情や推察を抜きにして、起きたことを整理していくのであれば、鷹瀬が知り合いに作品を読んでみてほしいと勧めただけに他ならない。いくら鷹瀬とはいえ、他人の書いた小説を全く読まないなどという事は無いだろうし、ものによっては人に勧めることもあるだろう。そのこと自体には何の疑いもない。
ところが現実はそう純粋ではない。
二木はあえて肯定しなかったが、少し考えれば結論は出る話だ。
タイミングが良すぎる。
久遠寺と鷹瀬がコンテストという場を使って対決しているそのさなか、鷹瀬が、他人の作品だと念を押した上で、二木に作品を勧めてくる。その事実はつまるところ、自分の作品を他薦を装って二木に見せたということだろう。
天城は仮説を証明すべく、
「その作品のタイトルって『memories』ですよね?」
突きつけてみる。二木は軽く頷いて、
「まあ、そういうことになるね」
繋がった。
要は、鷹瀬が自分の作品を勝たせるために、作家としての名前を出さずに、他人の作品として勧めることで、ポイントを獲得していた、という事だ。
もっとも、その評価に関しては二木にゆだねられていたようだし、誰に勧めろとか、何人に教えないと呪うといった類の条件は付いていなかったのかもしれない。その辺については天城の預かり知るところではないが、何となくそんな気がした。
だから、その行為は一応、鷹瀬が自分の知り合いに対して直接、作品を宣伝しただけのことだし、ルール違反というにはやや微妙なところがある。
それでも、この話を天城にしたということは、
「星生」
「なんだろうか」
「これってありなのか?」
「ありといえばあり、無しといえば無し」
曖昧だった。星生が坦々と、
「元々、ネット小説という媒体で勝負をしたいと言い出したのは紫乃だった」
天城は面食らい、
「え、マジで?」
「マジだ。紫乃曰く、通常の新人賞はあんまり信じられないし、そもそもふたりとも駄目だったりしたら話にならない。かといって審査員を立てる方法だと、ふたりともに平等で、確かな審査をする人間を集めなきゃならない。だから、ネット小説大賞に乗っかってしまってはどうか、って」
確かに言い分としては通っている。
いわゆる新人賞の類は、例外を除けば基本的に大賞を取れるのは一作品で、その下にやれ審査員賞だとか、特別賞みたいな名前だけは大賞に顔負けしないような配慮がされたものがずらっと並ぶ形式になっているところが殆どだ。
金賞と銀賞のようにはっきりと順位が付くものならばまだいいが、そうでないものの場合、二つを単純比較するのはちょっと難しい。そうでなくとも、両方が何にも引っかからない可能性は当然考えるべきだし、そうなってしまえば、どちらが優れていると判断されたのかは恐らく闇の中であろう。
かといって、審査員を立てるやり方も難しい。
事は久遠寺と鷹瀬という二人の高校生が起こした、ちょっとした喧嘩に過ぎないのだが、当人たちがそう思っているはずもない。どちらが優れているかを判断する審査員の目が節穴では納得もいかないだろうし、なまじ学内でも人気がある二人だからこそ、当然、どちらかが贔屓されるという可能性もついて回る。
そんな二人を納得させ、結果に文句を言わせない審査員を、しかも短期間で揃えるとなると、それなりの苦労が想像されるし、少なくとも星生の力だけでは難しかったに違いない。天城が手を貸してもなお、厳しいだろう。
だからこそのネット小説大賞。その発想は自然なものであるし、天城が星生の立場でも、その決断を下したような気がする。だが、
「もしかして、この為だったのか?」
天城は、そんな可能性に思い至る。しかし星生は横に首を振り、
「違うと思う。あくまで、思い付き。そうじゃなかったら、最初から親衛隊だか何だかに宣伝しているはず」
「まあ、そうか」
「それでも、グレーなのは間違いない。鷹瀬は自分の知り合いに、自分ではない赤の他人の作品として『memories』を勧めた。それ自体は決して間違っていない。ただ、自分の知る限りだと、文音には編集者の知り合いはいない」
天城は腕を組んで、
「そりゃ、いないとおもうぞ。いたらあんなもんをありがたがらんだろう」
これに二木が、
「あんなもん?」
聞かれてた。
天城は曖昧に、
「えーっと……ちょっとまあ、色々ありまして」
星生がそんな態度を否定するかのようなタイミングで、
「ハウツー」
「ハウツー?」
二木が不思議そうな顔をする。天城は思わず星生の顔を見る。当の星生は涼しい顔で、
「本人に聞いた」
「ああ、話したんだ……」
何となく察する。久遠寺は星生と仲がいい。そして、その見る目には信頼が持てる
それならば、きっと、良さがわかってもらえるのではないかと期待したのだろう。
しかし、
「ちなみに、星生自身はどう思うんだ?アレ」
「……ノーコメント」
ノーコメント。便利な言葉だなと天城は思う。良いか悪いかには一切言及していない。嘘をつかず出来る、一番当たり障りのないコメントではないだろうか。
完全に置いてきぼりを食らった二木が、
「で?そのハウツーってのは具体的にはどういう物……っていうかタイトル聞いちゃった方が早いのかな?」
星生が簡潔に、
「これだけで売れっ子作家!物語の作り方」
それを聞いた二木は何とも歯切れが悪い感じで、
「あー……」
その表情には苦みをたたえたまま、
「まあ、良いところは良いんだけどね。うん」
天城は思わず、
「え、知ってるんですか?」
二木は「まあね」と笑い、何かを白状するような口調で、
「いや、ね。ああいうのって色々あるじゃない。モチロン、中には凄く良いものもあるんだけど、大体はその人とか、一部の人にしか通用しなかったりとか、説明不足だったりするんだよね。あれは、まあ、その典型例、かな」
びっくりした。
天城もまさか同業者から、こんな言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
「また、ぶっちゃけますね……」
「まあね。あ、これ、あの人に言っちゃ駄目だよ?僕がこらって怒られちゃいそうだから」
「そういうものですか」
「そういうものなんだよね。難しいけど。実際、あの人はあの人で結構実績のある人だからさ。僕がどれだけ売れる作品の編集者をやっても、永遠に認めてはくれないんじゃないかなぁ」
まいったねぇと後ろ頭を掻く。表情こそ全く困っているようには見えないが、実のところ、どう思っているのかはちょっと読めない。天城は二木の温度ははかりかねる。撤退するように話題を引き戻そうとする。
「えーっと……」
星生がアシストするように、
「だから、この場合は、文音の『私の嘘、あなたの音』を浩平にも読んでもらうのが良いと思った。だから、さっきはその話をしていた」
二木が後を受けて、
「そういう事。まあ、まだ僕しか読んでないんだけどね」
天城は気になり、
「どうでした?」
二木はあっさりと、
「良かったよ。うん。評価で言うならB+くらいかな」
聞きなれない基準が持ち出される。
B+とはなんだろう。
二木は、そんな天城の疑問を知ってか知らずか、
「B+ってのはね、上から二番目ってこと。一番上がAで、そこから段々と下がってく感じ。まあ、どこまで細かくするかは出版社によっても違うと思うけど、うちはA,B+、B-、Cの四段階でつけることか多いかな」
四段階の上から二番目。
その評価は決して悪くは無いはずである。何しろアマチュアではない。専門家の意見だ。それもそんじょそこらの専門家ではない。有能と噂されることも多い二木浩平の評価なのだ。本来ならば喜ぶべきことなのだろう。それでも天城は、
「あの」
「なんだい?」
「Aにならない理由って何でしょう?」
聞いてしまう。自分の関わった、自分が太鼓判を押したはずの作品が、一番いい評価を貰えなかったことが、どうしても気になって仕方が無かった。
そんな疑問に二木の回答は、
「うーん……何でかなぁ」
思ったより歯切れが悪かった。
天城は未だに鷹瀬の空回りと、久遠寺対鷹瀬の勝負を一つの線で結ぶことが出来ない。
二木は思い出を語るように、
「一週間位前だったかな。鷹瀬くんは突然、奇妙な話を持ち掛けてきたんだ」
「奇妙な?」
「そう。まあ、奇妙って言っちゃうとちょっと言いすぎかな。不思議。そう。不思議な話を持ち掛けてきたんだ。ちょっとこれを読んでほしい。それで人にも勧めてほしい。その上で感想を聞きたいってね」
天城の中で何かが繋がる。それはつまり、
「紫乃は、自分の作品を、あくまで他人のものとして浩平に勧めた」
そう。
つまりはそういう事である。
二木は補足をするように、
「最初は何だろうと思った。だって、あの鷹瀬くんだよ?自分のものを読んでくれって言われるならまあ分かるんだけど、他人の書いたものだからね。感想を聞きたいってのも変だし」
間。
「だから僕は聞いたんだよ。これは誰が書いたものなのって?そしたら知らないって言うんだ。じゃあ、これはお勧めなの?って聞いたんだよ。そしたら今度は判断に困ってるって言うんだ。正直僕もよく分からなかったんだけどさ。でも、鷹瀬くんがそこまで言うならまあ、折角だからと思って読んでみたんだよ。勿論。知り合いに読んでみてほしいって紹介もした」
天城は尋ねる。
「ちなみに、感想は」
二木はうむと唸り、
「多分、君と同じだと思うよ。いい話だが、終わり方が良くない」
その通りだった。
異論がないのを確認して二木は語りに戻る。
「だからまあ、その最初はよかったけど終わり方が良くないという評価を、一応5点満点中の3点という形で入れたよ。それから、僕が勧めたやつらの中から、何人かはポイントを入れただろうね」
「ポイント、入れるんですね」
「まあな。一応これでも内部の人間ではあるんだけど、アカウントは持ってるしねえ。ちなみに公式でも何でもない。普通のアカウントね。そうしないと平等にならないだろうしさ」
二木はそこまで言いきると一息をつくように手元のカップに口を付ける。
彼が説明した、鷹瀬との一幕は、本来ならば何でもない日常の一コマとして、波のように流れては消えていく日々の思い出として、消化されるはずだった出来事だ。本来ならば天城に伝えられるようなことでは無かったはずだし、二木から聞かなければきっと気が付かなかったに違いない。
しかし、ひとたび知ってしまえばその事実はじんわりと天城の中に広がっていく。
感情や推察を抜きにして、起きたことを整理していくのであれば、鷹瀬が知り合いに作品を読んでみてほしいと勧めただけに他ならない。いくら鷹瀬とはいえ、他人の書いた小説を全く読まないなどという事は無いだろうし、ものによっては人に勧めることもあるだろう。そのこと自体には何の疑いもない。
ところが現実はそう純粋ではない。
二木はあえて肯定しなかったが、少し考えれば結論は出る話だ。
タイミングが良すぎる。
久遠寺と鷹瀬がコンテストという場を使って対決しているそのさなか、鷹瀬が、他人の作品だと念を押した上で、二木に作品を勧めてくる。その事実はつまるところ、自分の作品を他薦を装って二木に見せたということだろう。
天城は仮説を証明すべく、
「その作品のタイトルって『memories』ですよね?」
突きつけてみる。二木は軽く頷いて、
「まあ、そういうことになるね」
繋がった。
要は、鷹瀬が自分の作品を勝たせるために、作家としての名前を出さずに、他人の作品として勧めることで、ポイントを獲得していた、という事だ。
もっとも、その評価に関しては二木にゆだねられていたようだし、誰に勧めろとか、何人に教えないと呪うといった類の条件は付いていなかったのかもしれない。その辺については天城の預かり知るところではないが、何となくそんな気がした。
だから、その行為は一応、鷹瀬が自分の知り合いに対して直接、作品を宣伝しただけのことだし、ルール違反というにはやや微妙なところがある。
それでも、この話を天城にしたということは、
「星生」
「なんだろうか」
「これってありなのか?」
「ありといえばあり、無しといえば無し」
曖昧だった。星生が坦々と、
「元々、ネット小説という媒体で勝負をしたいと言い出したのは紫乃だった」
天城は面食らい、
「え、マジで?」
「マジだ。紫乃曰く、通常の新人賞はあんまり信じられないし、そもそもふたりとも駄目だったりしたら話にならない。かといって審査員を立てる方法だと、ふたりともに平等で、確かな審査をする人間を集めなきゃならない。だから、ネット小説大賞に乗っかってしまってはどうか、って」
確かに言い分としては通っている。
いわゆる新人賞の類は、例外を除けば基本的に大賞を取れるのは一作品で、その下にやれ審査員賞だとか、特別賞みたいな名前だけは大賞に顔負けしないような配慮がされたものがずらっと並ぶ形式になっているところが殆どだ。
金賞と銀賞のようにはっきりと順位が付くものならばまだいいが、そうでないものの場合、二つを単純比較するのはちょっと難しい。そうでなくとも、両方が何にも引っかからない可能性は当然考えるべきだし、そうなってしまえば、どちらが優れていると判断されたのかは恐らく闇の中であろう。
かといって、審査員を立てるやり方も難しい。
事は久遠寺と鷹瀬という二人の高校生が起こした、ちょっとした喧嘩に過ぎないのだが、当人たちがそう思っているはずもない。どちらが優れているかを判断する審査員の目が節穴では納得もいかないだろうし、なまじ学内でも人気がある二人だからこそ、当然、どちらかが贔屓されるという可能性もついて回る。
そんな二人を納得させ、結果に文句を言わせない審査員を、しかも短期間で揃えるとなると、それなりの苦労が想像されるし、少なくとも星生の力だけでは難しかったに違いない。天城が手を貸してもなお、厳しいだろう。
だからこそのネット小説大賞。その発想は自然なものであるし、天城が星生の立場でも、その決断を下したような気がする。だが、
「もしかして、この為だったのか?」
天城は、そんな可能性に思い至る。しかし星生は横に首を振り、
「違うと思う。あくまで、思い付き。そうじゃなかったら、最初から親衛隊だか何だかに宣伝しているはず」
「まあ、そうか」
「それでも、グレーなのは間違いない。鷹瀬は自分の知り合いに、自分ではない赤の他人の作品として『memories』を勧めた。それ自体は決して間違っていない。ただ、自分の知る限りだと、文音には編集者の知り合いはいない」
天城は腕を組んで、
「そりゃ、いないとおもうぞ。いたらあんなもんをありがたがらんだろう」
これに二木が、
「あんなもん?」
聞かれてた。
天城は曖昧に、
「えーっと……ちょっとまあ、色々ありまして」
星生がそんな態度を否定するかのようなタイミングで、
「ハウツー」
「ハウツー?」
二木が不思議そうな顔をする。天城は思わず星生の顔を見る。当の星生は涼しい顔で、
「本人に聞いた」
「ああ、話したんだ……」
何となく察する。久遠寺は星生と仲がいい。そして、その見る目には信頼が持てる
それならば、きっと、良さがわかってもらえるのではないかと期待したのだろう。
しかし、
「ちなみに、星生自身はどう思うんだ?アレ」
「……ノーコメント」
ノーコメント。便利な言葉だなと天城は思う。良いか悪いかには一切言及していない。嘘をつかず出来る、一番当たり障りのないコメントではないだろうか。
完全に置いてきぼりを食らった二木が、
「で?そのハウツーってのは具体的にはどういう物……っていうかタイトル聞いちゃった方が早いのかな?」
星生が簡潔に、
「これだけで売れっ子作家!物語の作り方」
それを聞いた二木は何とも歯切れが悪い感じで、
「あー……」
その表情には苦みをたたえたまま、
「まあ、良いところは良いんだけどね。うん」
天城は思わず、
「え、知ってるんですか?」
二木は「まあね」と笑い、何かを白状するような口調で、
「いや、ね。ああいうのって色々あるじゃない。モチロン、中には凄く良いものもあるんだけど、大体はその人とか、一部の人にしか通用しなかったりとか、説明不足だったりするんだよね。あれは、まあ、その典型例、かな」
びっくりした。
天城もまさか同業者から、こんな言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
「また、ぶっちゃけますね……」
「まあね。あ、これ、あの人に言っちゃ駄目だよ?僕がこらって怒られちゃいそうだから」
「そういうものですか」
「そういうものなんだよね。難しいけど。実際、あの人はあの人で結構実績のある人だからさ。僕がどれだけ売れる作品の編集者をやっても、永遠に認めてはくれないんじゃないかなぁ」
まいったねぇと後ろ頭を掻く。表情こそ全く困っているようには見えないが、実のところ、どう思っているのかはちょっと読めない。天城は二木の温度ははかりかねる。撤退するように話題を引き戻そうとする。
「えーっと……」
星生がアシストするように、
「だから、この場合は、文音の『私の嘘、あなたの音』を浩平にも読んでもらうのが良いと思った。だから、さっきはその話をしていた」
二木が後を受けて、
「そういう事。まあ、まだ僕しか読んでないんだけどね」
天城は気になり、
「どうでした?」
二木はあっさりと、
「良かったよ。うん。評価で言うならB+くらいかな」
聞きなれない基準が持ち出される。
B+とはなんだろう。
二木は、そんな天城の疑問を知ってか知らずか、
「B+ってのはね、上から二番目ってこと。一番上がAで、そこから段々と下がってく感じ。まあ、どこまで細かくするかは出版社によっても違うと思うけど、うちはA,B+、B-、Cの四段階でつけることか多いかな」
四段階の上から二番目。
その評価は決して悪くは無いはずである。何しろアマチュアではない。専門家の意見だ。それもそんじょそこらの専門家ではない。有能と噂されることも多い二木浩平の評価なのだ。本来ならば喜ぶべきことなのだろう。それでも天城は、
「あの」
「なんだい?」
「Aにならない理由って何でしょう?」
聞いてしまう。自分の関わった、自分が太鼓判を押したはずの作品が、一番いい評価を貰えなかったことが、どうしても気になって仕方が無かった。
そんな疑問に二木の回答は、
「うーん……何でかなぁ」
思ったより歯切れが悪かった。
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