このセカイの偽りを俺だけが知っている

蒼風

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Ⅰ.ラブコメ前夜の静けさ

1.ラブコメの勝ち負けは出来レースなんだよ。

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「ほら、お兄、行くよ」

「ん」

 朝食と身支度を済ませた俺とこまちは一緒に家を出て、高校へと向かう。

 去年までは無かった光景だ。

 一応、妹の通っていた区内の中学と、今年から通う高校は、家からの距離で言えばそんなに違わない。

 が、悲しいことに、向かう方角が全く違う。従って、こまちは、どれだけ俺と同じ時間に狙って家を出ようが、一緒に歩けるのはそれこそ数十メートルしかなかったことになる。

 それが今年からは違う。

 なにせ高校が一緒なのだから。

 この手のブラコン妹を見るたびに思う。たかだか高校の一年間、兄と一緒に通うために進路を捻じ曲げていいのだろうか。それともそれが愛なのか。そういえば、憧れの選手と一緒にプレーするために、移籍先を一球団だけに絞ってたプロ野球選手がいた。あれもひとつの愛の形なのかもしれない。知らんけど。でもしょうがないですね。

 しかし、改めて思うが、本当にラブコメっぽい世界だ。

 そもそも世界、と言っていいのかも分からんけど。

 俺とヒロインの問題で存亡が決まるかもしれないから“セカイ”と呼んだ方がいいのだろうか。ややこしい話だ。そもそも物語の作りなんてそんなワードで規定できるほどにかちっと決まったものじゃない。なのに、やれ「定義がどう」とか「元々の意味がどう」とか、ちょっとつつけばすぐにめんどうな話をし出すのがオタクの悪い癖だ。ツンデレの定義だって流動的だし、それが言葉ってもんだと思うんだけどね。めんどくさい話。

「そう思わない?こまち」

「は?」

 は?って言われてしまった。悲しい。それもすっごいジト目のガン見までつけてくれた。一部業界ではご褒美になるのかもしれないけど、あいにく俺にそんな趣味はない。

 こまちは「またはじまった」と言いたげにため息を付いて、

「で?今日はどこをトリップしてたの?」

「失礼な、トリップなんてしてないぞ」

「してた。してない人はいきなり私に同意を求めたりしない」

「そうだっけ?」

「そうだよ。ホント一回どこか行くと帰ってこないんだから」

 そんな迷子常習犯みたいに言わないでほしい。

 けど、そうだな。思い返してみれば確かに説明が足りなかったような気もする。
 ただ、じゃあ実際に説明出来るかと言われれば答えはノーだ。

 だって、考えてもごらんよ。昨日まで至って普通だったやつが、いきなり、俺には実はもうひとつ記憶があるんだよ。だから、今立ってるこの世界を一体どう定義したらいいか悩んでてさ。どう思う?なんて言ったらぽかんとされるか、「バカじゃないの?」と罵倒されるかの二択だろう。

 ちなみに妹・こまちの場合は恐らく後者。それはそれで見てみたい気もするけど、なんの生産性もないからやめておこう。こまちが俺に関する真相を知っているとも思えないしね。

 と、言う訳で代わりに、

「いや、なに、ラブコメのヒロインって勝ち負けは最初から決まってると思わないか?って話」

「はぁ」

 うわぁ、興味なさそう。所謂塩対応。一応まだ俺の方を見ているのはブラコンだからだろうか。これが特に好きでも何でもない兄貴に対してなら、言葉では一応反応するけど、手元では携帯とか弄ってそう。

 ただ、それは好感度が世間一般のリアルな兄妹レベルだった場合だ。

 こまちの場合はそれとは比べ物にならないくらい好感度が高い。

 なので、

「そうなの?」

 取り合えず興味を持ってくれる。優しい。きっと好感度が上がったまま落ちてこない仕様になってるんだろう。仕様ってなんだ。ゲームじゃないんだから。いや、でも。あながちゲームみたいな世界って可能性もあるかもしれない。なんか最近そういうの流行ってるし。なんだっけ?なんとか令嬢。だからなんだって話だけど。

 なにはともあれ、一応興味を持ってくれたということで、俺は話を先に進める。

「そう。よく応援してたヒロインが負けたみたいな話があるけどな。あんなのは作者がクソか、そいつがクソかの二択なんだよ。ラブコメのヒロインは何人いようが、基本的に最初の段階で勝つべきやつが決まってる。だから、上手く出来てる話なら、かならず「こいつだろうな」ってやつとくっつく。そういうもん。だからそれ以外のヒロインってのは全員最初から負けヒロインの出来レース。例外は、作者が稚拙で、最初にゴールさせる作りにしたヒロインとくっつかない形に持って行って「意外性」とか「どんでん返し」とか言っちゃうやつだった場合と、そもそも最初に誰が勝ちか分からないように隠してる場合だってこと」

 優しいブラコン妹こまちはきちんと俺の話を聞いたうえで、

「隠してるって……そんなことあるの?」

「ある。方法はまあ、色々あるだろうが、全ヒロインと同タイミングに出会うとかな」

「それだけでいいの?」

「まあ、厳密にはそのヒロインズの持ってるバックボーンで「こいつが頭一つぬけてるな」って要素が出来ないようにするとか、こまごまとしたことはあるんだけど、それだけでも大分変わる。大体勝ちヒロインっていうのはそれだけ衝撃的な出会い方をするからな。だから、その出会い方を全員固定するだけでも大分読めなくはなる。もちろん、そのデメリットもあるけどな」

「デメリット?」

 相変わらず優しい妹はきちんと会話をしてくれる。ほぼオウム返しなのは気になるけど。

「そ、デメリット。複数のヒロインから一人を選んで納得がいくって言うのは、そもそも最初からそいつが勝って当然だって、読者が思うような下準備がなされてるもんなんだよ。けれど、出会いのタイミングとかそういうのを一緒にするとどうなるかっていうと、その特別性みたいなのを全員から取り上げることになる。だから、話としては「誰とくっついても違和感が出る」みたいなことになりかねない」

「ふーん……んじゃ、逆に、違和感が出ない出会い方ってのはどんなの?」

「そうだな……分かりやすいところで言えば転校生だな」

「あー……」

 流石のこまちもこれには納得したようだ。

 俺は続けて、

「後はそうだなぁ……話の始まりが高校に進学する前だったら、進学前の休みにどっかで出会ってるとか。それから、学園物じゃなければ命を救う、救われる。着替えを覗く、覗かれる。それ以外だと許嫁になるとか、恋人を演じるとか。そんなのもそうだな。後は……」

 俺がつらつらと考えられる設定を読み上げ、こまちが若干引き始めた、その時だった。

「そう。後はあんな感じで、車に轢かれそうなところを助けるとか……」

 瞬間。

 事態の深刻さに気が付く。

 舞台は交差点。

 役者は、年頃の女の子一人。

 信号はがっつりと赤だ。

 そして今まさに車が、

「危な……」

 声が出掛かった。

 しかし、

「轢かれそうって……誰が?」

「…………あれ?」

 おかしい。

 確かにそこにいたはずなのだ。

 白いワンピース。長い黒髪。まさにメインヒロインと言うべき女の子が。交差点の中に立ち尽くし、車に轢かれる直前だったはずなのだ。その瞬間を助ければ、それはきっとラブコメの始まりだろう。そのはずだ。

 けれど、今、その助けれられるべきヒロインはいない。

 車も、急ブレーキをかけたりすることもなく、交通の乱れも一切無く、つつがなく走っている。

 こまちが俺の肩を叩き、

「現実とフィクションの区別くらいつけなよ」

 存在そのものが現実かどうかもいまいちはっきりしない妹に言われたらおしまいだよ。全く。
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