家族に疎まれて、醜穢令嬢として名を馳せましたが、信用出来る執事がいるので大丈夫です

花野拓海

文字の大きさ
51 / 111
二章  しかし、概して人々が運命と呼ぶものは、大半が自分の愚行にすぎない。

空虚な朝

しおりを挟む
「えっと、次はキャベツだね」

 メモを見ながらレベッカは八百屋に向かう。

「でも、なんでキャベツだけなんだろう………」

 純粋な疑問。
 今日が買い出しなのだから、買う野菜がキャベツだけということは無いはずだ。しかも1玉。おかしすぎる。

「まあ、気にしても仕方がないけど」

 気にしても、それを聞くアイトもレベッカの傍にはいない。
 割り切ってレベッカは買い物を済ませることにした。

「こんにちは~。キャベツください」

 醤油が入ったカバンを片手にレベッカは八百屋の扉を開けながらそう言った。
 奥から「はーい」と言いながら、優しそうな雰囲気の旦那さんが歩いてきた。

「いらっしゃい。キャベツだね?ちょっと待ってな」

 そう言って旦那さんは奥への引っ込んでいく。

「いらっしゃい。ごめんなさいね。あの人、段取りが悪くて」

「いいですよ。私もゆっくりしますので」

 出てきた奥さんへそう言って、レベッカは店の中を見る。
 店は入口と、少しのスペースしかなく、品物は奥に置いてあるそうだ。

「それにしても、キャベツだけでいいのかい?」

「はい。貰ったメモにもそれしか書いてませんでしたので」

 レベッカは改めてメモを見ながらそう言う。

「それにしても、この店は前に商品を出さないのですね」

 ふとした疑問を問いかけると、奥さんも笑いながら答えてくれた。

「うちはあの人の恩恵ギフトの効果もあったね、年中新鮮な野菜が栽培できるからね。野菜が古くならないように恩恵ギフトの範囲内に保管しているのさ」

 奥さんの親切な説明のおかげでだいたい理解した。

「それにしても、屋敷のお嬢さんがこんなに綺麗な方なんてね」

 奥さんの言葉で、レベッカは少し顔を下げる。
 予想はしていたことだが、レベッカの容姿は街に広まっているようだ。

「奥さんは、どう思いますか?私のこと」

 一瞬、質問の意図がわからずに、奥さんはキョトンとしていたが、直ぐに笑ってレベッカの頭を撫でた。

「ふぇ!?」

「なに悩んでんだい。子供が変な心配することないよ。あんたはあんた。それだけで十分さ。あんたのことを悪く思ってる人物なんてあんたが思ってるよりもずっと少ないもんだよ」

 だから、元気だせと。そう言ってくれた。

「はい。キャベツだよ。気をつけて持って帰りな」

 レベッカはお代を払って、キャベツを受け取る。

「ありがとうございます。奥さんも、色々とありがとうございます」

「いいってことよ。また何時でも来な」

 気のいい奥さんに見守られながら、レベッカは次の店へと向かった。

「………いい人、だったな」

 お味噌の人も、八百屋の奥さんも。いい人だった。

 今まで人の悪意に晒されながら生きてきたのもあり、レベッカにとっては、その二人の言葉だけでも嬉しかった。

「憎悪にばかり、気にしなくてもいいのかな」

 自分も、人の優しさに目を向けてもいいのかな。
 そんなことを考えていると、前方からアイトが歩いてくるのが見えた。

「アイト!」

 レベッカが小走りに近づくと、アイトもレベッカに気が付いたのか優しく微笑んだ。

「お嬢様。買い物はどうですか?」

「うん。あとお砂糖だけ。アイトは?」

「僕はもう終わりました。折角なのでご一緒しましょう」

「ほんと!?ありがとう」

 そうして歩き出したレベッカに、アイトが手を差し伸べてきた。

「エスコートは、紳士の務めですよ」

 そんなことを言うアイトに恥ずかしくなりレベッカは顔を真っ赤にしながら手を握った。
 手を繋ぎながら二人で調味料専門店に向かう。
 向かっているお店こそ、雰囲気も何も無いが、レベッカにとってはその何気ない瞬間も楽しいのだ。

「着きましたよ」

 調味料専門店に二人で入ると、カウンターの奥で座っていたお店の人は、少しだけビックリすると、笑った。

「あら?あのアイト・カイトにも遂に春が?」

「はい。少し前からですがね」

 アイトのその堂々とした言葉に、レベッカは恥ずかしくなり顔を赤くして下を向き、お店の人は微笑んだ。

「あらあら。しかもルーズ家のご令嬢だなんて。随分と大物ね」

 その言葉に、レベッカはビクッとする。

「あまりからかわないでくださいね」

「はいはい」

 お店の人は「ふふっ」と笑い、アイトも気にしてないのか砂糖を持ってカウンターに行く。

「はい。ありがとうね。今後ともご贔屓に」

「きっとまた来ますよ」

 そう言って外に向かったアイトに続いてレベッカも外に出ようとするが、「待って」っとお店の人に止められる。

「え?」

 ビックリしたレベッカは思わず振り向き、アイトはため息を吐きながら言った。

「またちょっかいですか?好きですね」

「いいじゃないの。それに、ちょっかいじゃなくてアドバイス、よ」

 お店の人はそう言うと、レベッカに向かって言った。

「あなたの境遇はなんとなく聞いてるわ。だからこそ、言わせてもらうわね」

「は、はい」

 お店の人は一度目を閉じると目を開いて言った。

「この先、あなたにはより過酷な困難が立ちはだかると思うの。でも、諦めないで。この先に光があると信じてね」

 「私からは以上よ」と言ったお店の人に、レベッカはなんとも言えない返事しか出来なかった。

「じゃあ、また来てね」

 そんな声に見送られながら、二人は店を出た。
 屋敷への帰り道。二人の間に会話はなかった。

「どうでしたか?初めてのお使いは」

 やっぱり狙っていたのだと、確信したレベッカは少しだけアイトを睨む。
 だが、その睨みを笑って受け流すと、

「でも、悪くはなかったでしょう?」

 そう言われて、レベッカは少し考える。
 お味噌屋さんの店の人や八百屋の奥さんはレベッカに優しい言葉を送ってくれた。
 調味料のお店の人は、レベッカにアドバイスをくれ、また来てと言ってくれた。

「それぞれ、あなたを邪険にした人はいなかったはずです」

「うん。みんな、やさしくしてくれた」

 人の温もりに触れた。

「なら、よかったです」

「………もしかして、それが目的だった?」

 レベッカがジト目で見るが、アイトは笑うだけだった。

「レベッカはずっと、人の悪意に晒されてきましたからね。たまには、優しさに触れてもいいでしょう」

 だから、アイトはそのための人を選んだのだ。

「では、屋敷に帰りましょうか」

 手を繋いで帰ってきた二人に、屋敷の人達は驚いていたが、アイトもレベッカもそれを気にしなかった。
 そして時刻は夜。

「ねえ、アイト………」

「はい。どうしましたか?」

 夕食も食べ、お風呂に入り、寝る時間になった時に部屋を出ていこうとするアイトにレベッカは声をかけた。

「たまには、一緒に寝ない?」

 アイトは驚愕したが、直ぐに笑った。

「ふふっ」

「ちょっと、笑わないでよ」

 レベッカは不満を零すが、アイトは止めない。

「いえ、随分と素直になったな、と思いまして」

 これも変化の一つだろうか。レベッカの変化を嬉しく思いなが、寝る準備をする。
 レベッカは?を浮かべていたが、

「寝ないんですか?」

 アイトにそう言われて、レベッカもベッドの中に入る。

「ちょっと、恥ずかしいね………」

「わからずに言ったんですか?」

「だって、こんなに恥ずかしいなんて、思ってなかったんだもん………」

 ささやかな反論をしつつ、レベッカはアイトの方に寝返りを打つ。
 アイトとレベッカの目があい、羞恥でレベッカは目を逸らしてしまった。

「なぜ逸らしたのですか?」

「うぅ~。わかってるくせに………」

「すみません」

 静かに笑いながら会話は続く。

「ねぇ、アイト」

「なんですか?」

「もっと、甘えてもいいのかな?」

「いいに決まってますよ」

 アイトは頷きながら言う。

「レベッカが甘えれる人は少ないですからね。今のうちに思いっきり甘えるのもいいですよ」

「今はしないよ」

 二人でベッドの中で静かに笑い合う。

「アイト」

「なんですか?」

「おやすみなさい」

 レベッカの言葉に、アイトは笑いながら言う。

「はい。おやすみなさいレベッカ」

 レベッカの薄れゆく意識の中、アイトがなにかを言った気がした。

「安心してくださいね。僕が、必ず守りますから」

 次にレベッカの意識が覚醒した時には、顔に光が当たるのを感じた。

「う………ん………」

 眠い目を擦りながら起き上がると目の前にアイトの顔があった。

「うひゃァ!」

 突然の光景に、思わず声を上げてしまったが、よくよく考えれば昨日自分が誘ったのだと思い出した。
 思い出したらまた恥ずかしくなってきたので、レベッカは考えるのを辞めた。
 そして手を見ると、レベッカはアイトの手も握っていた。

「あっ………」

 途端に申し訳なさが出てくる。アイトの手も、一晩中握っていたからか、冷たくなっていた。
 レベッカはアイトの手を解いて、アイトを改めて見る。

「それにしても、アイトがまだ寝てるのって珍しいね」

 イタズラしちゃえ!っと、アイトの顔をツンツンする。

「アイト~」

 ツンツンツンツン。

「アイト~?」

 ツンツンツンツンツン。

「あれ?なんで起きないの?」

 焦れったくなって、アイトの身体を思いっきり揺する。

 ゆらゆらゆらゆらゆら。

「ねえ、なんで起きないの?」

 それでも、アイトの目は開かなかった。

「ねえ、起きてよアイト」

 レベッカは身体を揺さぶり続ける。

 起こして、起こして、起こして、起こして、起こして、起こして、興して、お越して、お越しておこしておこしておこしておこしておこして

「ねぇ………アイト………?」

 その身体は、決して起き上がらなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...