家族に疎まれて、醜穢令嬢として名を馳せましたが、信用出来る執事がいるので大丈夫です

花野拓海

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3章 逆境は真実へと至る最初の道筋である。

譲れぬのなら証明せよ 後編

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 金属音、悲鳴、そして破砕音が森の中で響き渡る。
 ルーズ領のすぐ側にある通称魔獣の森にてレベッカとアイトの決闘が始まった。

 奥にある湖に展開された鏡は全て破壊され、そこから飛び出してきた銀髪の少女のコピーは粉砕され、次々に少年に両断されていく。

 もし、鏡から出てきたコピーに血が通っていれば、一帯はぶちまけられた血と臓物によって染め上げられた地獄絵図になっていたことだろう。

 1210人最初に出ていったが、それも10秒と経たずに呆気なく瓦解している。
 その様子を少し離れた場所からルルアリアは観察していた。

「流石に、現代最強の戦士、ね。この程度じゃ足止めにもならない………」

 牽制に放たれた矢が当たらぬと見れば突貫して斬り伏せ、出鱈目にばらまかれた矢が直撃する軌道であれば風の補強も乗せた踏み込みで真横にステップを踏んでたったの一歩で射程から外れる。

 そうした圧倒的な機動力を活かした移動で距離を詰め、黒刀の一閃をもってレベッカのコピーをバラバラにしていく。破砕音とともに砕け散った少女が硝子片を散らして転がっていく様子は迂闊に近付いていれば自分たちも同じことになっていただろうと実感させるものだった。

 この戦闘を見る者が他にいれば、誰もがアイトが勝つと判断するだろう。だが、ルルアリアだけは別だった。

「勝ちなさいよ、レベッカ。今この時、アイトに未来への希望を証明することができるのは………最もアイトを絶望させたあんただけだから」


■■■


 轟音と共に地面に罅割れが奔り、そして震動と共に崩れ落ちていく。

「力を借して!チノ!」

 そう言ってレベッカは弓に装填された矢を発射する。
 矢は途中で分解し、一本一本がパフォーマンスを魅せているかのようにそれぞれ演出をする。

 その矢と黒い暴風がぶつかり合い、そして爆ぜた衝撃は甚大だった。そして広がった空間に吹き飛ばされたレベッカは空中で体勢を立て直しながら自身に治癒魔法をかける。

「っ、────ッッ!」

 そんな矢先にレベッカに向かって飛んできた斬撃によって脇腹を抉られたレベッカは痛みに顔を顰め、底に落ちる。
 落下の衝撃と脇腹を抉られた痛み。身を貫く激痛に顔を歪ませ、それでも動きは止めずに落下を続ける土台を蹴って宙に身を躍らせたレベッカは展開された光弓から矢を射かける。
 唸りをあげて飛来した矢が、黒い刀身と激突し火花を散らした。

「………」

 アイトは風によって足場を作りつつ空中を移動する。落下するなかも決して無防備な姿を晒さず、宙に身を投げながら的確にシュウを狙い矢を放つレベッカと防いだ矢の手応えから伝わる威力に目を細めた。

 ────随分と、強くなった

 アイトを追い、光弓を構えるレベッカの瞳には迷いは無い。今この時も空中での高速移動を繰り広げるアイトの姿を見失うことなく的確に矢を射かけ、光弓を瞬かせては矢を四方八方に放ってはアイトの動きを牽制していた。
 立ち回り、矢の威力、傷の再生速度。一体再会してからこの日までどれほどの準備を重ねたと言うのだろう。
 
「ですが………この程度では、まだまだ────」

 ────そうであってくれ

 そんな思考がアイトの中を駆け巡り、虚空を歪ませる。

 空を見ると、無数の星々がアイトに向かって落ちて来るのが見える。
 両サイドを見ると氷の槍がアイトに標準を合わせているのが見え、離れた場所でレベッカは弓を構えている。

 上手い。接近戦なら勝機は薄いと考え、遠距離戦にすればまだ勝ち星を狙える。それにレベッカは気がついている。
 そしてレベッカの得意な魔法も、遠距離戦ならば存分に使用できる。だが、

魔法なんて・・・・・展開され・・・・なかった・・・・そんなものは・・・・・・なにかの・・・・見間違えだ・・・・・

 その瞬間、レベッカが発動させていた魔法は全て消滅し、矢だけがアイトに向かって飛んで行った。

「!?」

「僕に魔法は通じません」

 これがアイトの恩恵ギフト
 この世のありとあらゆる現象を見間違えにする能力。

 そうして硬直しているレベッカの元へアイトはまた踏み出す。
 最早無傷での無力化が断念された以上、彼女の身を傷つけずにこの戦いを終わらせることは不可能と判断した。
 故にアイトが狙うのはレベッカの最大の弱点に目をつけた。

 風に押し出され、風を越え――音を踏み越える。
 自らに向かって放たれた矢さえ置き去りにして、太刀を握る腕を振り抜いていく。
 グシャリと嫌な音をたてて、光弓を構えていた少女の左腕がひしゃげた。

「ぁ、か────あッ!」

 赤黒く染まった腕を折り曲げたレベッカが、腕で爆ぜた衝撃に揺られ体勢を崩す。為す術なく落下し下層の床にその華奢な身体を叩きつけられたレベッカは、血飛沫を散らしながら肺のなかの空気を吐き出し喘いだ。

 光弓を支えていた筈の腕は歪に折れ曲がり、チノが用意してくれた服も所々ちぎれ、部位によっては赤黒く染まっている。
 肉を皮を裂いて突き出す白いものを確認したレベッカは激痛に悲鳴をあげる間もなく、数十メートル向こうの壁に黒刀を振り抜いて少女を打ち砕いたアイトが着地した。

 音を超える速度での斬撃を成した少年がその勢いのままに床を踏み砕いたのを耳朶で捉えたレベッカはよろよろと起き上がる。

 起き上がれていた。

「………欲を言えば、両手両足を砕いておきたかったのですが」

 峰打ちだった。直撃させればレベッカの即死は免れない。そして風の補強抜きではレベッカの鏃による攻撃を防げない。
 アイトにとってはレベッカの切り札である鏃があと何本残ってるかも問題だった。

 だが、左腕を壊せたのなら十分だ。重機に圧砕されたかのように腕をグチャグチャにさせたレベッカは光弓を封じられた。

 後悔も、謝罪も今や余分と冷徹な表情の裏で噛み殺して。墜落した少女に向かって歩みを進める。
 レベッカの本当の恩恵ギフトについてアイトはある程度理解している。
 ここまで成長したものは初めてだが、それでもレベッカの弱点は変わらない。

 心臓でもない。脳でもない。この恩恵ギフトを授かった者が持つ唯一にして絶対の弱点が。それを奪い強制的に意識を堕とす。そのためにレベッカに接近する。

 今更アイトから逃げて治癒の時間を稼げるような脚をレベッカは持っていない。潰れた腕で矢は撃てない。副武装のナイフを右手に構えた彼女に少年を討つだけの近接の心得はない。

 獲れる、そんな確信は。
 無事に右腕に武装していたナイフの切れ味を強化したレベッカが千切れかけている腕に突き刺した瞬間に吹き飛んだ。

「………!!」

「なっ!?」

 何度も考えた結果だ。アイトは回復がしにくいように打撃で手足を砕いてくるって。だからそんなものは真っ先に切り捨てる選択をした。
 砕けた骨すらも放り出すように。

「あっっ……ぁぁぁああああああああ!!!」

 勢いよく吹き出した鮮血、ズレ落ちる細い腕。ナイフに断ち切られた腕がボトリと床に落ち、地面を紅く染め上げたのに、アイトは真っ青になる。
 その隙があれば十分だった。回復魔法を一気に発動したレベッカは、喪った腕を素早く再生すると再びその左腕に光弓を展開する。

「………!?くそっ!」

 思わず悪態づくアイトは己の失態を自覚しつつも、後退しようとする。だが、後退しようとした身体はなにかに拘束されて動けなかった。

 アイトが後ろを見ると土が盛り上がってアイトが逃げられないように逃げ道を塞いでいた。

 逃げられない。そう判断したアイトは、あえてレベッカとの距離を詰める。レベッカの弱点を奪い取るために。

「────」

 失血のショックを治癒による増血で補ってながら、レベッカの瞳はアイトの動きを正確に捉えていた。

(あっ────これ、間に合わないかも)

 このままではアイトに無力化される。そう直感で感じ取った。
 ならばどうすればいい?
 第一として、アイトはレベッカを殺さない。アイトの目的はレベッカが生きていること。こんな機会を逃すくらいならば、生かして放置する。
 アイトの無事が無くなる変わりに、レベッカは救われるのだ。

(ふざけないで)

 だが、それを許容できるほどレベッカは大人では無い

「あああああぁっ!!」

 故にレベッカがとった行動はシンプル。
 苦し紛れに放った矢などアイトには無力だろう。
 恩恵ギフトで補強されるとはいえ、付け焼き刃の接近戦など論外だ。
 後退しようにもレベッカが稼いだ距離などアイトならば一瞬で詰めてくるだろう。

 ならば、前へ。

「っ」

 レベッカが前に進んだ瞬間に、アイトの表情が歪んだのが見えた。
 一方、アイトにも焦りが生じている。今、レベッカを無力化出来なければ折れるまで続けるという焦りはアイトを蝕んでいる。

 加速した体は急には止まれない。車がそうであるように。

 故にレベッカは歩を進めて。

「武装!」

 額にオーラを纏っい、防御さえなぐり捨て突っ込んだレベッカの額がアイトの鼻っ柱に直撃する。

 顔面に浴びせられた強烈な頭突き。突進の勢いのままにぶつかり合った2人は衝突の反動で距離を開き、額の痛みを堪えながらレベッカは光弓を突きつけた。
 血の雫が弾け肉片が飛ぶ。
 激突の直後にも関わらず反撃してきたアイトの掌が、真正面から浴びた矢にぼろぼろになっていた。

「アイト………」

「………ちっ!」

 普段ならしない舌打ちをしながらアイトは立ち上がる。
 そして瞬きをすると、先程までボロボロだった手は綺麗になっていた。まるで、怪我したことがなにかの見間違えみたいに。
 それまでにあった焼けるような苦痛も消えたが、それでも思うところはあり、アイトは忌々しげにレベッカを睨む。

 ずっと守っていた筈の少女が。弱かった筈の女の子が。これほどの痛みのなかであれほどの動きをできている事実が、どうしても受け入れられなかった。

「なんで、あなたはそこまで戦うのですか?」

「?」

「その様子では痛覚の遮断も上手くできていないでしょう?先程から好き放題刻まれて、潰されて────自分で腕も切り捨てて。絶対に、耐えられるものではないはずなのに、なぜ………」

「………」

 アイトの表情に変化はない。
 けれど、レベッカには。懸命に冷徹な顔を作って問い質す彼が――泣きそうな顔をしているように、見えていた。
 ずっと、恋人がループを始めてからから懸命に取り繕われていたものがようやく剥がれて出てきたように見えて。レベッカは、ここにきて初めて、彼と向き合えたような気がした。

「特別なことは、なにもしてないよ。特別なことでも、なんでもない」

 だから――口にする言葉には嘘偽りなく。

「ずっと、アイトにばかり押し付けてた。ずっと、アイトにばかり頼ってた。……ずっと私、アイトの背中を見ていることしかできてなかった。だから、今度は一緒に。……痛いことから目を背けたりしない。辛いことも、苦しいことも、残酷な物事も……アイトに背負わせたりなんかしない。貴方の背負った苦痛も、悩みも、やりたいと願ったことも、なんだって受け止めて見せる。だから」
「────逃げないでね、アイト」

「ッ………!!」

 ギシリ、と。なにかがアイトの中で軋んだ。

 身に纏う衣装を血塗れにしてふらつきながら、けれど瞳にだけは確固たる意志を宿し。光弓を携えたレベッカは力強く宣言した。

「今は、私だけを見て。他のことなんてなにも考えないで」
「絶対に、負けたりしないって。私は死んだりしないっていうこと────証明してみせるから」

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