家族に疎まれて、醜穢令嬢として名を馳せましたが、信用出来る執事がいるので大丈夫です

花野拓海

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3章 逆境は真実へと至る最初の道筋である。

幸せな未来を貴方と一緒に 前編

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『やだ………やだよっ、目を開けてよ、姉様!』

 最初の世界の不幸はそこから始まっていのだろう。
 幾度となく参加していた社交界の途中、山賊に襲われ、ルルアリアは巻き添えをくらい死んでしまった。
 一緒に向かっていたレベッカには大した傷がないこともあり、レベッカはより悲しみ、罪悪感を抱いていた。

 そして、ルルアリアは目を覚ますことが無くなった。
 大切な姉が亡くなった数週間後、レベッカは馬車に轢かれて死んだ。

 ────クソが。


■■■


 運悪く・・・馬車に轢かれない世界では、レベッカは必死に勉強していた。

『少しでも、姉様みたいに山賊の被害に会う人が減ればいいなって。父様も母様も心配してくれたけど、最後には頑張れって応援してくれたし』

 その想いからレベッカはあらゆる戦闘技術の勉強をした。
 王都では自分が考えた戦闘術の論文を発表し、見事評価された。

 今のアイトの戦闘技術も、この時のレベッカに教えてもらったものだ。

 ルルアリアの存在は、レベッカの原動力となり、レベッカは新たな目標に向けて日々努力していた。
 見つけた大切な目標のために頑張るレベッカを、好きな人の手助けをするためにアイトも積極的に手伝った。

 そして街が火の海に飲み込まれた。
 化け物が現れて街を滅ぼした。
 街の人達が皆殺しにされた。
 ルーズ家は壊滅した。
 アイトは命からがらなんとか逃れ、レベッカは化け物を殺していた。

 正体不明の化け物を殺した。それだけでレベッカまで化け物判定された。

 それでも無実を証明しようとアイトと一緒にレベッカは奮闘した。

 レベッカの恩恵ギフトが精神に左右されるのが判明したのはそれから少ししてからだった。

 レベッカの身体から発せられる聖なる炎は、日を追う事に濁っていき、最後にはドス黒く変色していた。

『────ごめんね、アイト。本当に………ごめんね』

『そんなこと言わないでください!すぐに治しますから。ですから!』

『アイトの力で、無理だったんだよ?だから────』

 よく保った方なのだろう。
 姉を殺され、家族も殺され。守りたかったものは守れず、人々からは害悪扱い。その状態でよくこれだけ保てたのだと関心すべきだ。

 なのに、これはないだろう。
 なぜ、なにも悪くない彼女がこんな目にあわなくてはいけないのだ………

『本当に、ごめんね、アイト………』

『ッ』

 力を失い項垂れた手を握っていた少年の掌に、ぽとりと小さな重みが乗せられる。
 それはレベッカの最後の魂。少女がウェスタと呼んだ少女の弱点であり、魂そのものだ。

『──おね、がい。私が、本当の化け物に、なる前に………ころして………?』

 これ以上、誰にも迷惑をかけたくないから、と。そう言ったのだ。

『~~~~~っ』

 アイトは声にならない叫び声をあげる。だけどレベッカはその瞳から涙を伝わせながら顔をぐちゃぐちゃにしながら首を振る少年を見上げ懸命に笑いかけていた。

『嫌です………嫌ですよ………いやだ、お願いですから、あと少し待ってくださいよ。そうすれば、僕が、なんとかして………』

『………お願い、アイト』

 レベッカの命が濁りきるとどうなるのかなんてわからない。だが、それでもレベッカは可能性があるのならば、誰にも迷惑をかけたくなかったから。
 問答を交わす間にも、レベッカの炎は著しい勢いで濁っていく。今にも沈みそうな意識を堪えながら訴えていく少女は、アイトのあげる悲痛な声に表情を歪ませ力を振り絞って彼に抱き着いた。

『お願いだから、アイト。私を………………殺してたすけて

『────っっっ』

 絶叫があった。
 レベッカから預かった炎を過去に一度も出したことがないような握力で握り、破壊する。罅割れる音を発したレベッカの魂は、その濁りが解放される前に粉々に砕けていく。

 少年の腕のなかで、電池の切れた玩具か何かのように愛していた人がその生命活動を停止させた。

 ────ごめんね
 ────ありがとう

 ────ずっと、ずっと。あなたが、大好きでした

 死の間際に紡がれた言葉。自らが命を奪った少女をかき抱き、泣き崩れる少年は慟哭をあげる。


■■■


 過程こそ違うが、結末はいつだって同じだった。
 そして今のはアイトが体験したはじめの二回の物語。
 そこから何十回。何千回。何万回。何億回とやり直した。

 だが、いつだって現実は非常で、助けたいと思った少女はどうしてもその命を落としてしまう。

 瞬きの速さが違うだけで死ぬタイミングが変わる。
 呼吸のタイミングが変わるだけで死ぬ状況が変わる。

 セリフの内容が、込められた意味が、足音の大きさが、声の大きさが、接触回数が、彼我の距離が、戦闘能力が、交友関係が、動いた回数が、歩いた距離が、読んだ文字数が、購入金額が、眠った時間が、起きてる時間が、助けられるタイミングが、笑うタイミングが、怒ったタイミングが、お風呂に入った時間が、息を吐いた量が、摂取酸素量が、廃棄二酸化炭素量が、殺した数が、感情が、人を見た回数が、etc.etc.

 なにかが違うだけで無数に未来は変化する。
 だからアイトは試行錯誤し、レベッカを確実に助けられる未来を掴み取ろうとしていた。

 レベッカを助けるために。

 なのに───。
 なぜ、どうしても。よりにもよって、一番守りたい少女との敵対を強いられなければいけないのだ。

「──畜生が」

「アイト………」

 風が渦巻く。
 砂埃が舞い、少しだけ視界が悪くなるなか、明らかな臨戦態勢を取る少年の表情にレベッカは顔を曇らせた。

 今のアイトに傷はない。否、この戦いで実質的にアイトに傷を与えることはできていない。

 アイトにどんな傷を付けても全てが見間違え虚飾にしてしまう。そしてなにより、アイトの恩恵ギフトに消耗はない。
 つまり、無限に迎えるのだ。

 それに対してレベッカは消耗していく。魔力が消耗し、切り札も無くなっていく。残る鏃はあと二つ。この二つで決着をつけないといけないのだ。

 対してアイトも余裕がある訳では無い。できることなら早く障害レベッカを倒して先に進まないといけないのだ。
 そうしなければいけない、ならない筈なのに────、何故、自分は。

 敗けようと、しているのか。

「なぜでしょうね………」

「いえ、全て僕が悪いのですけど。………やるべきは、簡単でしたのに」

 もう、なにも考えたくなかった。
 邪魔なものは全て、蹴散らせばいい。当然の帰結だ。

 ────そうでなければ、何も成せやしない。

「────!お願い!」

 少年の空気が変わったのを鋭敏に知覚したレベッカは、新たな武装を取り出そうとした直後、アイトの姿が眼前からかき消えた。

 風が通り過ぎ、ズルリと、弓を構える腕を庇った右腕ごと左の手首がズレ落ちる。──肘から上が残ってるのなら問題ないと判断したレベッカはすぐさま周囲に展開した武装は、風の後押しも受けた高速移動で腕を落としたアイトの追撃と衝突しその内に籠められた魔力を解放した。

「震か………!?」

 レベッカが咄嗟に展開したその壁を見て驚愕する。
 レベッカが展開したのは四方100m規模の巨大な盾。空間の地震が盾を襲うが、少し揺れるだけで傷ひとつ入らなかった。
 二度目の攻撃を浴びせても変わらないのを確認したアイトは壁を走りながら上方へと駆け抜け、壁を乗り越えレベッカを強襲する。

 既に腕を再生させたレベッカから上方に向け放たれる矢をときに風を生み出して落下起動をずらし、ときに巨壁を足場に疾駆してかわしながら距離を詰めた少年は強かに華奢な身体を打ち据える。

「っ……!! か……あ……!」

 全身をオーラで武装したレベッカだっが、それでも振動は浸透し、弾けた打撃。鏡壁に叩きつけられ膝を突いたレベッカが赤黒い液体を吐き出す。
 胃、右肺、肩の脱臼──外れた間接を嵌め直しながら潰された臓器の修復をするべく距離を取ろうとしたレベッカの足首の先が、振り抜かれた刃によって簡単に斬り捨てられた。

 あ──。体勢を崩し転がったレベッカの視界には血の色に染まった足と、太刀から滴る血を振り払う少年の姿が映る。
 頭を打ちつけられたせいか意識が朦朧とするも、臓腑をぐちゃぐちゃとされた激痛が十分以上に気つけの役目を果たしていた。うっすらと紅く染まった視界のなかでレベッカは恋人の顔を見上げ、力なくくたりと笑った。

「………ごめんね、アイト」

「なにを今更………」

「ううん、そうじゃなくて。私、今から少し────ずるいことするから」

 直後、光弓が瞬いた。
 真下に向けて連続して放たれた矢の連射。仲間から借り受けた魔力の余剰分も併せた全力の射撃は数発で地面を陥没させた。
 この下には、アイトと再会した時の広間があるはず。そして、今のレベッカの目的はそこまで穴を開けることだった。

「なにを!?」

 止めの一矢によって齎された破壊は人ひとりが通るには十分な大穴を開いた。
 いくらアイトがなにをするのか予測できても、その理由までは予想できなかった。

「ついてきて」

 脚を潰したところで、矢の連射で真下に作った穴への落下は止めようもない。躊躇なく自身の開いた穴へと身を投げていったレベッカに目を眇め唸ったアイトは、歯噛みしながらレベッカの飛びこんだ穴へと落下していく。

 気付けば、巨大な穴に向かって空を切って落ちているところだった。

 アイトが建設したその空間は、存外広く生成されており、今のレベッカでも難なく穴を開けることが可能だったのだ。

 そうして矢によって生じた穴へと飛び込んだ2人を出迎えたのは、大技の激突した衝撃によってその大部分を崩落させた広間。
 より増大した落下距離。常人であれば即死の免れない状況を上等だと断じたアイトは、風を切り一気に加速して己の下方を落ちるレベッカへと迫った。

「いくよ、とっておき!」

「当たりませんよ、そんなもの!」

 落下しながら鏃を照準したレベッカの放った一矢。己を追うアイトを的確に狙った燃える炎のような色合いの矢は一直線にアイトに襲いかかったが、太刀を振るい風を巻き起こしたアイトは風を用いた滞空と落下軌道の調整であっさりとかわしてのける。
 そしてアイトは手に持ったナイフを超音速でレベッカに向かって投げつけた。

「あ、ぐぅ……!?」

 レベッカの体に深々と差し込まれたナイフ。刃が肉を抉るのに、レベッカは眦を歪める。切り傷は容易に治癒できても、体内に刃が残っていればそれも難しい。足を再生させながらも刃を引き抜くまで身動きを封じられるレベッカは為す術なく落下しながら、しかし気丈に微笑んだ。

 異変に感じたアイトだったがらその答えはすぐに出た。
 2人の上方。打ち放たれた鏃が、太陽を彷彿とさせる熱量を伴って輝いた。

「ッ……!? いや、だけどこのくらい──」

 レベッカが放った矢の流星群。だけど、そんなものはアイトには効果はない。そして、それはレベッカにもわかっているはずだった。
 互いに宙に身を投げ出す現状、真上で解き放たれた炎の雨を回避するのは困難。アイトであれば風の刃を用いた迎撃、大気の足場を構築しての射程からの離脱をすることはできるだろうが、レベッカにはそれは叶わない。
 ────レベッカには、自分を巻き込むようにして放たれた矢を回避する手立てはなかった。

 その事実に思い至ったアイトが顔色を変え見下ろせば、崩落した地面からどんどん下へと落ちていくレベッカは、その顔を降り注ぐ炎矢に照らされながら気まずそうに笑っていた。

 そうして自分の魂とも言える小さな炎を取り出すと、それを見せつけるようにひらひらとさせ、告げる。

「………うん」
「このままだと私、死んじゃうから………。アイト、助けてほしいな」

「────おまえ!!??」

 はじめて言われた暴言に素のアイトを見れたようで少し嬉しい気持ちになりながらもレベッカは落ちていく。
 そしてその直後、鏃から解き放たれた炎の雨が彼らを巻き込んで降り注いだ。
 咄嗟に風の大斬撃をぶつけ暴風を天蓋に強力極まる火矢を凌ぐが、それも長続きはしない。
 ここまで来て死なせるわけにはいかなくて、なんとか防いでいると、下方から魔力の流れを感じ取った。
 高まり続ける魔力に視線を向け目を剥いた。

 今も炎の雨を迎撃するアイトに向けられたのは、見たことも無い武器。レベッカが弓よりもはやく、そして正確性を重視してオーラを用いて創り出した武器。俗に言う、銃だった。

「いくよ、アイト!」

 雷を纏わせ、電磁加速された弾は勢いよくアイトに向かって飛んでいく。
 弓矢よりも強いが、アイトならば対処できそうな、諸刃の剣。それを、ここで使う。

 アイトは過半の力を削いだ炎矢よりも、風に軌道を逸らされた炎によって退路を塞がれた状態で向けられる一撃の方が遥かに危険と判断した。

 炎雨に5度目の大斬撃を浴びせて稼いだ僅かな間隙、宙に形成した足場から身を投げたアイトは直撃の軌道を飛来する弾を断たんと漆黒のオーラを纏わせて刀と弾が激突する。

「っ───」

 刀身がめりこみ、そして起爆した弾。
 爆風と衝撃に舞い上げられ、そして風の防壁を突破して降り注いだ炎の雨の直撃を浴びたアイトは、そのままの勢いで最下層まで落下していった。
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