家族に疎まれて、醜穢令嬢として名を馳せましたが、信用出来る執事がいるので大丈夫です

花野拓海

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3章 逆境は真実へと至る最初の道筋である。

幸せな未来を貴方と一緒に 後編

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 レベッカがアイトを倒すと決めた時、仲間の力の結晶をアイトに撃ち込むことは確定していた。

 だが、対アイトのためにどうしても必要な人がいた。故にレベッカはある人物を頼った。

「お願い、ナイル。私に力を借して」

 レベッカの恩恵ギフトの効果で、一度きりの発動ができる鏃の作成、そしてとある人物に出会うための協力を、ナイルに要請したのだ。

「もちろん。君の目的は、わからないけど、力を借すって決めたんだ。最後まで協力させてもらうよ」

 そのナイルの優しい言葉によって、レベッカはナイルに冥界への扉を開いてもらい、とある人物に会いに行った。

「あの時、助けてあげられなくて、ごめんね」
「今、私の大切な人が危ないの」
「もう、大切な人を失いたくないから」
「お願い、力を借して」

 その力は、今。アイトへの最大の切り札としてアイトへの狙いを定めている。

「届け………」

 そしてその矢は一直線にアイトへと向かい、その肩を貫いた。


■■■


 空中で矢を放ったレベッカは、そのまま暴風を下に向かって発動させ、落下の衝撃を抑えた。

「あっ……、ッ、あ゛!! ぅぎ……い、つ……」

 だが、抑えたといっても完璧ではなく、ある程度の衝撃は来てしまう。数十mの落下。誇張抜きに常人ならば死亡していてもおかしくない自由落下である。

 全身を襲った激痛に悶え血反吐を吐くレベッカは、すぐさま全身に治癒を廻しながら身を起こした。

「ふ。ぅ、ウぅぅ──、あああっっ」

 深々と脚に突き刺さっていたナイフの刃、レベッカの動きを封じるべく投げ放たれた凶刃を引き抜く。
 紅く濡れたナイフを捨てたレベッカは脚にできた穴をすぐさま修復しよたよたと立ち上がった。軽く深呼吸をしていると、少し離れた場所から土を踏み締める音が聞こえ、光弓を構える。

『フィアラ、受け取って。私には、こんなことしかできないけど』
『レベッカは、私を助けようとしてくれた。だから、今度は私が助けないと』

 ────レベッカが仲間たちから授かった鏃は、レベッカの恩恵ギフトの効果の一部だ。仲間の恩恵ギフトを結晶化させて、鏃一つにつき一度までの発動を許可させる。鏃の数だけレベッカは恩恵ギフトを使える。

 その威力は絶大。一度行った試し撃ちも含め複数度その力を体感したレベッカは、ある程度強い魔獣でも屠ることが可能だと判断した。

 だが………この佳境に来て、レベッカ自身の鏃を直撃させてもアイトを倒せているとは微塵も考えていない。

 だが、可能性はできた。

「……………………あ゛ー……」
「全く………人が全力かけてやろうとしたのに限って梯子外しやがって………」
「特にお前。さっきから舌噛み千切ったり、腕切り捨てたり、自分の弱点人質にしたり………ああいいよ。好きにしろよ。人の地雷踏み抜いてるってんなら俺も大概な自信あるからな」

「………アイト」

 今まで聞いた事のない声音。聞いた事のない声の雰囲気に臆してはならない。
 他に聞こえるのは風の音。
 感情を極力排除したアイトの声音は、起爆寸前の火薬庫を彷彿とさせた。光弓を構えるレベッカは、姿のみえないアイトを追い暗闇の世界を見回しながら臨戦態勢を整える。

「ああ、でも。やっぱ言わせてくれ」

(────来る)

 姿は見えず、しかし気配は確かに。
 通常の矢を装填したレベッカは、そのまま駆け出して行った。

「そんなに死にたいなら死ねばいいんだ、糞野郎」

 見えなかった。
 風とともに駆け抜けていった気配に振り返ろうとした瞬間、腹部を中心に衝撃が爆ぜる。

「ぅぁ」

 鳩尾にめり込んだ拳。突き刺さった腕を中心にレベッカの身体がくの字に折れ曲がる。骨の砕ける音が聞こえたとき、レベッカはがくりと膝を突いて呼吸を停めていた。

 急所を穿たれ、呼吸もままならない。
 だが、それでも強引に身体を動かしたレベッカは血を口から溢れさせながら床へと転がり、肩を砕こうとした蹴撃をかわしていた。

「俺が何度お前のために身を挺したと思ってんだ!?俺がなんでなにもかも見捨ててお前を助けようとしたと思ってんだ!?全部、全部、お前を死なせたくなかったからなのに!」

 何億回のループの中でも爆発しなかったアイトの本性が、ここに来て爆発する。
 そして暴走したアイトの動きを、レベッカは捉えられなかった。胴を薙がれた華奢な身体が吹き飛ばされ10m以上も空を切って飛翔、蹴りを防いだ腕をぐちゃぐちゃにしながらレベッカの身体が壁に激突する。
 飛散した血が床に落ちるよりも早く、駆け抜けた風がレベッカを打ち砕く。反撃どころか防御もままならない高速機動での連撃……。弱点である魂の欠片を奪われないように最低限の警戒を払いながら回避に徹するレベッカは、アイトの絶叫を聞きながら逃げ惑うように不規則に動き回り暴風によって支配された空間で光弓の狙いを定める。
 遠く離れた場所で、なにかがの砕ける音が聞こえた気がした。

「俺のしたことは全部無駄だったんだろ!?そうなんだろ!?なぁ!じゃあもう全部なしだ!もう加減してもらえると思うなよ!俺の障害となるものは全部排除していく!お前を確実に始末していってやる!」

 臓腑を抉られながら地に伏せたレベッカ、その真上を通り過ぎた気配が壁にぶつかり移動方向を変えていくのを目の当たりにした彼女は息を呑む。
 アイトが着地したと思しき壁には、まざまざと血の痕がこびりついていた。

 レベッカの血では、ない。

(────もしかして、ッ!?)

 驚愕を露わに目を見開いたレベッカは、認識するのも困難な速度での追撃を執拗にしかけるアイトの状態を想像し愕然と硬直する。その瞬間を狙い打った一撃は、咄嗟に横へと跳んだいろはを削り潰すことなく紙一重を通り過ぎて行った。

 ────今すぐ、アイトを止めなければいけない

 推測が、確信へと変わる。行動を実行に移すまでは早かった。
 眦を決し立ち合がったレベッカは、迫る血風に対し真っ向から立ちはだかる。

(──これで、絶交になったら、どうしよう)

 激突の直前、考えたのはそんなことだった。
 駆け出した彼女は一歩左へと移動、当たれば死ぬ位置へと移動する。

「いい加減にしろよお前っっ!?」
「アイトが言わないでよ馬鹿ッ!!」

 正面から衝突した。

 風を用いた高速移動。それはさすがのアイトでも容易に扱えるものではなかったのだろう。レベッカの首をもぎ取りかけた手をすんでのところで空振らせ、しかし強引な踏み込みで速度を殺したアイトはそのまま首を掴むとレベッカを壁に叩きつけ絶叫する。対するレベッカも全身を強打した激痛に貫かれながら叫び返し、激情のままに自身の首を掴むアイトの腹部へと蹴りを打ち込み、首を掴んで何度も壁へとレベッカを叩きつけようとしていた腕から逃れた。

「ッ………糞が………」

 踏鞴を踏み後退したアイト。膝を突いたアイトは口元を抑えた手から赤黒い血を溢れさせ、激しく咳きこむようにして血反吐を吐き出していく。

 だが、この程度アイトにとってはなんの問題もない。この程度すぐに見間違えに………

「………はっ?」

 だが、何故かアイトの恩恵ギフトは発動しなかった。
 なぜか。レベッカがなにかをしたのか、だとしたらどうやって?レベッカの知り合いに恩恵ギフトを封殺できる者など………

「ああ、一人いたな………」

 レベッカのはじめての親友、ステラの力だろう。
 ナイルに頼んで冥界へと赴き、レベッカとステラを引き合わせた。
 ステラの恩恵ギフトは指定したものの効果を無くすもの。つまり、恩恵ギフトの効果ですら打ち消すことも可能なのだ。

 レベッカは先程アイトの肩に矢を放って当たった。それはアイトも認識している。つまり、ステラの恩恵ギフトの効果は、アイト単体に集中しているのだ。

 そんなことを考えながら血眼になってレベッカを睨みつけるアイトの姿は酷い有様だった。

 レベッカの力を注いだ矢。それの直撃を浴びた全身には傷のない部位はなかった。幸いにも治癒魔法は使えるため、重傷を負ったと思しき背や腕こそ修復されていたが、どれだけの損耗であったかを示すように傷の在った箇所から下は血でどろどろになっている。赤黒く腫れた四肢からは筋骨の軋む音が響き、レベッカを睨みつける眼は紅く濡れ血涙を溢れさせていた。

 レベッカに何か罵ろうとして、しかしそれも叶わずに血の塊を吐いたアイト。レベッカの負わせた傷のみによるものではない要因で血みどろになった彼の尋常ならざる様子に、レベッカは行動を停止した。

 レベッカの瞳は確かにアイトを移していた。ありとあらゆる行動の反動をその身に受け、明らかに憔悴しきったアイトの姿が。

「この期に及んで、なんで……なんで、俺の心配になるんだよ、薄気味が悪い……」

 自分が、お前に対して何をしたと思っているのだ。
 殴られるのは辛かった筈だ。骨が砕かれるのは痛かった筈だ。身体の血が噴き出して流れ落ちていく様子を見るのは怖く、そして苦しかった筈だ。

 ────知ってる。
 その痛みが、どんなに心身を苛むかを。アイトは身をもって知っている。
 
 なのに――痛みを受けているのは己ではないかのように、申し訳なさそうにさえして労りの視線を向けてくるレベッカが、どうしても理解できなかった。

 胸奥で決壊しかけた恐怖と諦観を噛み潰し、砕けそうな意志を振り絞ってはバラバラになってしまいそうな心身を取り繕う。


「──くそ」
「……あぁもう。頼むよ、頼むから……、ここで終わってくれ」

 そう告げたアイトの腕が掻き消え、そしてレベッカの側頭部を刈り取るように刀が振り抜かれる。防ぐこともできずに峰打ちを浴び転がったレベッカは、しかし光弓をアイトに対して突きつけていた。

「いやだっ!」
「お前」

 そしてレベッカは新たな鏃を取り出した。

「みんな、お願い!」

 レベッカの正真正銘の切り札。全員の力を合わせたレベッカの最終奥義。最後の一矢。割られた頭から血を流し、しかしその痛みから決して逃げずにアイトを見つめていたレベッカは躊躇いなく♡状の形に変化した矢を解き放つ。

 幾つにも分かれ増幅した朱い矢。変幻自在の軌道を描いて飛来した無数の矢は、アイトを貫いては起爆しアイトを爆風に巻き込んだ。

(────っ。まだっ………!)

 頭のぐらつくなか覚束ない足で起き上がり、爆風が自らの元にまで襲いかかるなかで周囲の状況を伺うレベッカ。割れた頭から流れる血が視界を紅く染め上げるなか、レベッカは爆風のなかでゆらりと起き上がった影に矢を放った。


「……! おォォォおおおおおおおおおおおお!!」
「アイト、────、ぅあぁぁぁ!?」

 絶叫をあげ突貫したアイトは、矢の直撃を意に介さなかった。
 悪鬼の如く全身を血で染め上げたアイトは肉塊同然となった片腕を盾に猛然と突き進み、力任せに浴びせた拳をもって華奢な身体を壁に叩きつける。壁にめり込んだレベッカなかを疾走し、刀を振り上げたアイトは刃を持ち上げた腕に総身の力を振り絞りレベッカの左胸を貫いた。

「ァ、かぁ………!」
「これで、終わりだ」

 飛び散った鮮血が頬を濡らし……そして串刺しにしたレベッカに覆いかぶさるようにして、アイトもまた力尽きてもたれかかる。
 既に身体に力は入らない。刀をより深く押し込む気力のない今、レベッカにこれ以上の行動をさせないために拘束するにはこれしかなかったのだ。

「………まだ、だよ」

「許してくれなんて、言わねぇよ俺だって、これが一番だなんて思っちゃいないから。けれど────もう、これでいいだろ?」

 だって――。もう、十分じゃないか。
 喉を震わせて囁かれたその言葉に。ぴたりと、刀を引き抜こうともがいていたレベッカの動きが止まる。

「良くなんか、ないよ」

 行動を止めたレベッカを諦めたと思い、油断していたアイトが吹き飛ばされる。
 よろめいて倒れそうになるのをどうにか堪える血みどろのアイト。目を見開く彼の前で、アイトを突き飛ばしたレベッカは自身を貫く刀の柄に手をかけ握りしめていた。

「たとえそれで、私が救われたとしても、心は絶対に救われない。あなたの犠牲の上の幸せなんて、なにも意味が無い」

 傷口から勢いよく噴き出す血も、刀身を引き抜いていく間に身を貫く焼けるような痛みも、今は関係なかった。
 力強く己を貫いていた刀を引き抜いたレベッカは、血染めの身体を揺らしながら壁から身を剥がしアイトへと叫ぶ。
 魂の欠片を握り締め、アイトを見ながら叫ぶ。

「私は、あなたを切り捨てて救われたって、全然幸せにならない。幸せになれないから!ずっと、あなたを犠牲にした事実を背負って行くことになるから!」

 かつて、アイトがなんの犠牲もなしにレベッカを救うことは不可能だと判断した時、こう思った。

 レベッカを救ったあとは、二度とレベッカの前に現れないようにしよう、と。

 それをルルアリアの鏡を通して知ったレベッカは、全身の気怠さを激情で焼き尽くしながら糾弾した。

「────アイトだって、自分が幸せになる気なんて欠片もないじゃない!自分を犠牲にして、他の人たちを犠牲にして、それで救えるだなんて、アイトだってこれっぽっちも望んでない!そうでしょ!?」

 ぶわっと、少女の髪が膨れ上がった。
 そして多種多様な武器が、魔法が。アイトに照準を定めていた。
 無数の攻撃がアイトに襲いかかり、アイトもまた、それに全力で対処する。

 そしてレベッカは予感していた。ここが、正念場だと。
 全力で攻勢に回らなければいけない、と。

「────、最初に私が死ぬのを見てから、どれくらい経ったの!?」

「!?」

「相談もしないで抱え込んで、しかもなにもかも犠牲にしようなんて、言い出して!そこまで追い詰められる前に私を頼ってよ!どうしてこんなことになるまで何も教えてくれなかったの!?」

 風の斬撃を持ってレベッカの武器を、魔法を消し去ろうとするも、それも一筋縄ではいかない。でも、アイトをその場に拘束できているだけでも十分だった。

「っ────仕方ないだろ!?誰が並行世界でお前が死んだ!なんて言えるかよ!誰がそんなこと信じてくれるんだよ!」

 レベッカは巨大な盾を出現させてアイトの逃げ道を防ぐ。
 武器の弾幕が、アイトの行動範囲を狭める。
 それだけで、アイトの高速移動を封じるにはうってつけの障害物になり得る。
 風を用いた最高速度での機動戦を諦めたアイトは襲いかかる武器の真上を駆け接近、レベッカに向かって刃を振り下ろした。

 峰打ち、しかしそれは決して彼の手加減を示すものではない。何重にも重ねた防御のうえから浸透した打撃が体内で弾け、血反吐を吐くレベッカは硬直する身体を風で操って強引にアイトの間合いから逃れる。
 好機と刀を掲げた瞬間響く、空間の罅割れる音。舌打ちして飛び退いたアイトの足元から槍衾の如く飛び出した槍は、周囲を破壊して、潜行しアイトの死角から迫る。

「私は、絶対に諦めたりしないから!全部助けて、その上で、アイトとの未来を掴み取ってみせるから!私は、絶対に死んだりしないから!全部守り抜いて、誰も欠けることなく明日を迎えられるように!」

 そう宣言してレベッカは掌に魔力を集める。
 正真正銘、最後の一撃だ。
 
 限界が近いアイトも、刀に最高の一撃を叩き出すために意識を集中させる。

「上等だ」

 苛立ちと疲弊を滲ませた眼の奥に、ほんの微かにすがるような色を浮かべて。
 アイトは、観念したように言葉を吐き出した。

「それじゃあ、そこまで言うんなら証明してみせろ!今から繰り出す攻撃を越えろ。俺を倒せ………。そこまで出来たら、最低限はあるって、認めてやるよ!」

 アイトもまた、覚悟を決める。今の己が出せる最高の一撃を。
 時間にして30秒ほど対峙する。
 そして遂にレベッカがアイトに向かって駆け出す。

 片手には一本のナイフが。

「そんなもので対抗できるって!?」

 そして、アイトは全力で刀を抜刀した。

火雷斬ホノイカズチ

 そしてレベッカも対抗する。

虹の雷光アルカンシェル聖火の灯火ウェスタ・フローガ!」

 両者の攻撃が、真正面から拮抗し、衝撃が迸る。
 周囲の壁はその衝撃に耐えられず、罅割れていく。

 だが、そんな拮抗も、徐々にレベッカが押されていく。
 徐々に自分が押されている現状に、レベッカは顔を歪ませる。

「うぅぅ………!」

「無駄だ!今のお前じゃ、俺を倒すことはできない!」

「そんなもの、最後までわからないよ!」

 だが、レベッカが押されているのもまた事実。

「はあああぁぁぁぁぁ!!!!」

 そして、最後にはアイトの攻撃が、レベッカの攻撃を上回り、全てを飲み込んだ。
 殺すことを目的として放ったわけではないその攻撃は、レベッカの意識を削りきったと確信する。

「はぁ、はぁ………」

 勝利を確信したアイトが、安堵のため息と共に地面に座り。

 アイトの最後の一撃を突っ切って現れたレベッカがアイトの胸にナイフを叩き込んだ。

「────、………。あー、くそ」

 レベッカの最後の一撃により、力を吸い取られていくのを知覚しながら。自身の明確な敗北を悟った少年は、いろは共々血塗られた床へと倒れ込んだ。
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