家族に疎まれて、醜穢令嬢として名を馳せましたが、信用出来る執事がいるので大丈夫です

花野拓海

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3章 逆境は真実へと至る最初の道筋である。

大切な気持ちを貴方と共に

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 渾身の一撃を突破し、レベッカが現れた時、最初にアイトが抱いたのは一つの疑問だった。

 ────何故、あれを越えられた?

 手心は一切加えなかった。そもそも、越えられる筈のない一撃だった。いずれ来る災厄に立ち向かうためにアイトが開発した概念レベルで相手の意識を奪う攻撃。レベッカが渾身の一撃を発動した時点で、アイトの正面からぶつかった時点でアイトの勝利は揺るぎないもののはずだったのだ。

 だが、現実としてレベッカはアイトの斬撃を突破した。
 一歩後退して距離を稼ぐが、今の愚鈍なアイトの動きではそれもろくに叶わない。普段通りの脚力を発揮することもままならない現実に、焦燥に顔をゆがめたアイトは、距離を詰めたレベッカを歯噛みして見つめ────。

「あ」

 気がついた。レベッカの首元にかけていた魂の欠片がいつの間にか無くなっていることを。
 あの攻撃はレベッカの魂の欠片にも少なからずダメージを与えることを期待しての攻撃だった。故に、斬撃の範囲外に移動させられた魂の欠片を見つけ、直後には苦笑を滲ませる。

 ────なるほど
 ────魂の欠片になにかしらのアクションをおかされれば、レベッカの身動きは封じられる。最後の攻撃を放ったことで、レベッカの動きは鈍るだろうが、
 ────だけど、肝心の魂さえ逃がしたのなら、レベッカなら動くよな

「──、………。あー、くそ」

 刃を突き立てられた。
 ナイフの刃先が当たり、先端に付与されたオーラがアイトの体を覆い、その効力を発揮する。

 肉体は傷つけず、けれど内側にその衝撃を余すことなく叩き込んだ一撃に、アイトの力が吸い取られていく。
 誰よりも速くもう手遅れになんかなった筈なのにならなくなったのに
 何にだって負けないどんな絶望も跳ね除けくらい強くなったのにられるようになったのに。ぜんぶ、ぜんぶ、────零れ落ちていく。

 己の胸元に刃を突き立てたレベッカの眼を見る。
 華奢な身体を雷に貫かれ焼かれた衝撃に顔を歪めながら、それでも怯まずに突き進んでのけたレベッカは、力強い眼差しでアイトを見つめていた。

 その瞳には雑念がない。躊躇いも、恐怖も、苦痛も……。そのすべてを呑み込んで前へと進んでいく、強い意思の輝きのみがあった。

『───全力で倒すね』
『逃げないでね、アイト』
『絶対に、負けたりしないって。私は死んだりしないっていうこと────証明してみせるから』
『たとえそれで、私が救われたとしても、心は絶対に救われない。あなたの犠牲の上の幸せなんて、なにも意味が無い』

 ああ、思えばずっと……、ずっと、彼女はそうだったか。
 最初から意志の強さで敗けていた。
 彼女の一挙一動に心乱される、こんな有様で──勝てる筈など、なかったのだ。


■■■


 気付けば、アイトはレベッカ共々倒れ込むようにして血染めの床に横たわっていた。

「………あー………」

 全身を襲う激痛に耐えかねて唸る。
 修復こそ済ませたとはいえ、恩恵ギフトが無ければ、魔力が少なければ、魔法が使えなければ、アイトは死んでもおかしくない攻撃を喰らい続けたのだ。

「………………」

 目を閉じれば思い浮かぶのは一番最初の、ループを始める前の幸せな光景。
 まだなんの悲劇も起こっていない時にレベッカと一緒に見た虹の景色だった。
 また、一緒に花見や海に、旅行………色々なところに行きたいと二人で話したあの日を。

 本来ならば、他の周回ならば、それは叶わない夢だった筈なのだ。
 どんな世界でも、レベッカが最後に幸せになることはなく、必ず死ぬ。それも寿命ではなく、残酷に、残虐的に殺されていく。

 今までの世界でそうだったのだ。だから、アイトは絶望し、手段を選ばなくなってしまった。
 今だって、まだ薄氷の上だ。喧嘩をして、レベッカが勝ったとはいえ、この先レベッカが生き残れる絶対の保証なんてどこにもない。

「………なあ、レベッカ」

 我ながら情けないものだった。
 ずっと感じ続けていた、見続けていた世界に勝手に心が折れて、逃げ道を探し続けて、それでもレベッカを救うことだけは止められなくて。まるで呪いのようにズルズルと引きずっている。
 こうして、敗けた今ですら未練たらたらに口を開く様は、無様以外の何物でもない醜態だった。

「──こうして、目的のためだけになにもかも見捨てて………。生きて欲しい人に余生を願うのは………そんなに、いけないこと、か………?」

 聞いた直後に後悔した。
 こんなことを言いたいんじゃなかったのに。敗けた自分が今更レベッカに投げかけるべき言葉はこんなものではないのに。この期に及んでみっともない言葉を吐く己の情けない姿には何も言えなかった。

 こんなんじゃ敗けるのも当然だなと独りごちたアイトの顔をじいと見つめたレベッカは、静かに唇を開いた。

「ごめんね」
「私は、絶対にその選択を受け入れられない」

「………お前が謝る必要なんて、ないだろうよ………」

 搾りだすような言葉も構わずに身を起こしたレベッカが倒れるアイトに向かって掌を翳すと、淡い光とともに行使された治癒の魔法が後回しにしていた軽傷も含めたアイトの傷が塞がりはじめる。
 レベッカもまた自身の傷を治しだすのにあれだけしておきながら自分は回復の余力まで残して敗けたのかと更に打ちひしがれるアイトに、処置を終えたレベッカはそっと語りかけた。

「私はね、アイト。みんなに幸せになってほしいの」

「………知ってるよ」

「うん。でもね、あなたが言ってることもわかるよ。私も、ルルアリア姉様に見せてもらったから。アイトが体験した世界の記憶を。私の願いを叶えるためには、たくさんの困難が待ち受けているんだろうなってことも、そして一度でも失敗したら間違いなくそれは大切な人たちの死にも繋がるんだってことも、よくわかってる」
「───でもね、アイト。諦めるのは、違うよ」

 腕を伸ばしては優しい手つきでアイトの頭を撫でるレベッカの瞳には、一点の曇りもない。そこにあるのは、ただ真っ直ぐに、揺るぎのない意志だけだ。

「私を助けるために、誰かを犠牲にしたくない。誰かに犠牲を強いる為に助けてほしいわけじゃない。私は、皆と幸せになりたいから。だから………絶対に誰も死なせたりしないって。………そうするって、決めたから」

 信じられないようなものを見る目で、レベッカの顔を見上げる。呆気に取られるアイトの顔を見たレベッカは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
 ──この少女は。本気で、そんな絵空事を実現しようとしているのか。

 アイトの記憶をどこまで見たのかはわからないが、それでもある程度理解しているはずだ。それが、どれほど過酷な道なのか、を。
 だというのに……今もなお、レベッカの瞳には揺らぎひとつなく。半ば呆然と彼女を見つめたアイトは、やがて重々しく息を吐いてはうなり声をあげた。

「一番厳しい選択だぞ。正直、今回も攻略できるかわからない」

「そうかもしれない。それでもやるの。誰にも死んで欲しくないから。……恨まれても仕方ないと思う、憎まれてもおかしくないと思う──。それでも、私が自分で選んだことなんだから。
 だから、どんなに苦しくても……辛い思いをすることになっても、私は絶対に後悔だけはしたりしない。諦めたりなんかはしない」

 仮にアイトに心を読む恩恵ギフトがあったとしても、今のレベッカからは嘘偽りを見つけ出すことは不可能だっただろう。
 長年の付き合いだ、そのくらいは手に取るようにわかる。そしてレベッカの言葉が本気であるのがよくわかるだけに、アイトの心地は穏やかならざるものがあった。

 綺麗ごとを拒絶したくなる苛立ち。未だ自身の覚悟が決まらないやるせなさ。──ほんの、ほんの微かな期待。

 相反する感情がないまぜになる。ひどく苦々しい表情をしたアイトは、暫くの間肯定も否定もできずに煩悶して「あ゛~~~~~~~っっ!」と叫び声をあげた。
 黙り込み、やがて厳しい声音でレベッカに向かって呼びかける。

「不可能だ」
「人がどれだけ簡単に死ぬか、わかってんだろ?お前の大切な友人はどうなる?ああ、認めてやるよ。最低限は守れる、それだけの力はあるだろうよ」
「だが、最低限しか、守れない。全てを救うだなんて、夢物語だ。明らかに個人の努力でどうにかなる範囲を超えてる、突出した個人で守れない範囲は、どうしても切り捨てるしかないんだ。……なあ、お前なら、わかるだろう……?」

 レベッカなら、努力や実力でどうこうならない巡り合わせというものを知っているだろうと。苦りきった表情で訴えかけたアイトに、レベッカは顔を曇らせた。

「………うん。私一人だったら、確かにすべてを守ることは、できないと思う」

「なら────」

「でもね。………私は、一人じゃないから」

 倒れたままのアイトの頭に手を伸ばしながらそっと撫でて。目を細めたレベッカは、アイトとの決戦にあたって送り出してくれた仲間たちの言葉を思い返していた。

 応援してくれたチノを。
 心配しつつも、深く追求しないで協力してくれたナイルを。
 文句を言いながらも最後まで手を貸してくれたルルアリアを。
 そして、冥界で最後のひと押しとして背中を押してくれなステラを。

「私、自分だけの力でアイトに勝ったわけじゃないよ」

 アイトの頭を撫でながら語りかけるレベッカは、どこか誇らしげに、嬉しそうにして微笑みを浮かべる。
 力を貸してくれた仲間たちを想う彼女の表情は穏やかなものだった。

「私は、一人だったらアイトに勝つことなんて、出来なかったと思う。一人だったら、限界もあるかもしれない。どうしても、助けられない人だって、いるかもしれない。………だけどね、アイト。みんなの力を一つにして支え合うことができたら──きっと、どんなことだってできるんだよ」

「………」

 言おうと思えば、どうとでも反論はできただろう。
 綺麗ごと。現実を見ろ。そんなことで何もかもを乗り越えられるようなら自分だってもっと楽に乗り越えられた。どう足掻いたってなにも守れはしない。

 ───その全てを。仲間たち支えられて、絶対的強者を倒したレベッカの存在が否定する。

 苦々しい表情で黙り込んで、何度も口を開閉させては沈黙するアイトに微笑む。腕をアイトの背に回したレベッカは、そっとアイトを抱き起こすと真っ直ぐな瞳でアイトを見つめた。視線を交錯させる二人の間で、アイトの手を取ってそっと自分の胸に添える。

「レベッカ、何を──」

「わかるでしょ?」

 柔らかで温かな感触───その奥の鼓動。確かなリズムを刻む心音を感じ取ったアイトが目を見開くのに、レベッカは暖かな笑みを浮かべた。

「私、生きてるよ」

「………」

「私だけじゃない。姉様だって、ナイルだって、チノだって、みんな、今を生きてる。精一杯前を向いて生きていこうとしている。そうでしょ?」

 そんなレベッカの言葉に、アイトは何も言えなくなる。

「私、絶対に死なないよ。誰も、死なせたくない」
「けれど私だけじゃ、どうしても力が足りないから。助けてくれるひとが居てくれないと、私は駄目だから──だからね。アイトに、私を助けて欲しいな」

 ずっと一緒に居て欲しい。
 ずっと自分の傍で、大切なひとを守る助けをして欲しい。
 
 凄い自分勝手なことを言っちゃってるなと、そこで初めてレベッカは苦笑する。
 だが、彼女もまた助けられるだけで終わるつもりは決してない。アイトに支えられ、助けられるのと同じように、あるいはそれ以上にいろはもまたアイトの支えとなり力となりアイトや、アイトの守りたいと思ったひとを助けようという気概があった。

「………レベッカ、お前」

「それに───私、大切な人が一緒に居てくれないとダメだから、さ。もしアイトが居てくれなかったら、私。……寂しくて死んじゃうかもしれないから、ね?」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………おっっ前さぁぁぁ~~~~…………………」

 物凄く不機嫌そうに呻いてはレベッカの手を振り解いて倒れ込んだアイトを、レベッカは申し訳なさそうに見つめていた。
 殺し文句をぶつけてしまった自覚はあるのだろう、頭を抱え「畜生がよぉ……」「この野郎お前……」と唸りごろごろと転がるアイトを見つめ苦笑するレベッカは申し訳なさと嬉しさを半々にしたような表情だ。左右に転がっていたアイトは座り込むレベッカの膝に頭を当て動きを止めると、数々の攻撃によってズタズタに裂け紅く染まった服から覗く白い肌を見ながら苦り切った表情を作る。


「……流石、自分の命を人質に取ってまで砲撃ぶち当ててきた奴は言うことが違うよな」
「え、えっと、アイトの動きが捉えられなくなってきてたから少しでも追い詰めたくてつい……。途中からちょっと泣いてたよね、ごめんね……」
「そう謝られると俺の惨めさがやばい」

 ……追い詰めるもなにもレベッカが舌噛んだり腕自分から落としたりした辺りからもうぽっきり逝きそうだったんだがなあ。
 夢に出そうとぼやくアイト。一生のトラウマだよあれとレベッカから顔を背け黙り込んだ彼は、やがて腹奥からこみあげてきた感情のままに好き勝手に言葉を吐き出す。

「頑固女」

「うん」

「一番しんどい選択しやがって。絶対俺より先に死ぬなよお前……。もし死んだら許さんからな、墓参りにも行ってやんねえ……」

「………うん。そうならないように、頑張るから」

「自分の命人質にするような真似は二度とすんな。次は顔をグーで殴るからな。ああいや、そんな状況にさせないのが一番か……。でも二度としないでくれ、本当に絶交案件だからな」

「ごめんね……」

「俺は、最低の人殺しだぞ。何回も何回も、邪魔になるやつは全員殺してきた。……身内や顔見知り以外に出た被害や人死にについては、正直言って償うつもりは欠片もねえ」

「それは、流石にどうかと思うけど………。でも、アイトが罪を重ねた分は私も一緒に償うよ!」


「……レベッカは他人に対しての入れ込みが過ぎる。それも魅力のひとつなのはそうだけれど、今回なんて俺を倒してら、あとは自分を守ることだけ考えてたらそれで良いじゃないか、なんで他人まで背負うんだよ」

「む。……アイトこそ、私や親しいひとたちに比べて時々他のひとたちのことを気にしなさすぎるところはよくないと思うよ。あと私のことを第一にしてくれているのは嬉しいけど、それならせめてもっと自分のことを……」

「それ、お前が言う?」

「だいたい、言うほど俺はレベッカ優先したりしてねえよ」

「え~?そうかな?」

「そうだよ」

「それにしても、あれだね。素のアイトなんて、珍しい」

「その必要も、今無くなったからな」

「………なあ」

「なに?」

「………俺なんかで、いいのか?」

「アイトがいいの。ううん。アイトじゃなきゃ、ダメなの」

「………そっか」

「………レベッカを傷つけたこと、色々黙ってたこと。………本当に、ごめん」

「ううん。………私こそ、ごめんね。少し、やりすぎちゃったよね………」

「もういいよそれは、俺に言えたことでもないしさ……何?」

「えっと、ね?仲直りの………キスを………」

「…………敗けたわ本当」

 苦笑しながら身を起こしたアイトは、レベッカを引き寄せると瞳を閉じ、

 二人の唇は静かに、重なり合った。
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