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蜜月の痛み
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「……んっ……」
身の内に受け入れた異物感に、押し殺すことができずに漏れたくぐもった声は苦痛を訴えていた。
「……痛いか?」
腕の中で、痛みを堪えるように小さく身体を縮こまらせるブルーデンスに、フォーサイスはしっとりとした甘い口調で囁く。耳朶に吹き込まれる吐息と、なだらかな背中の輪郭を緩く撫で上げるその手は、本当に自分の痛みを和らげるだけの意図でなされるのだろうか?
寝室から続きの居間で、安楽椅子に腰かけた彼……まるで小さな子供のように、はしたなく対面で膝の上に乗せられ、お互いの身体を密着させられている状況は、堪らなく恥ずかしい。小さく身じろぐだけで大きく揺れ動く椅子の上、不自然な体勢を強いられる緊張感にも、逸る鼓動を抑えられなかった。
「ちゃんと上を向いてろ」
「……ぃやっ……!」
窘めるような言葉とともに、羞恥心から下がりかけた顎を持ち上げられると、ブルーデンスは口の中に差し入れられた彼の指に歯を立てそうになる。
「少々歯を立てるのは構わんが……舌は引っ込めるな」
そう言って、怖気づいたように口腔の奥に逃げる舌先を追ってきたフォーサイスの人差し指が、ざらついたその表面を撫でた。
「んんっ……!」
その瞬間、電流が走ったような衝撃を受け、仰け反った彼女の背中からは大きな衣擦れの音がした……薄い部屋着のスリットを押し開き、現れた純白の翼。一本一本にまで神経が通っているように、床につくほど大きく広げられた羽は、小刻みに震えていた。
「……っ、……あと少しだ、我慢しろ……いい子だから」
慌ててその腰を支えていた手で上体を引き上げたフォーサイスは言うのだが、幼子を説き伏せるようなその口調がどうにも理不尽に感じられて、縋ったシャツの胸元を強く握り締め、涙の滲んだ目で非難を訴えた。今のこの状況だって、自分にしてみれば、騙し討ちにも等しい駆け引きによってもたらされたものなのに……どう贔屓目に見ても、目の前の彼は悪趣味な悪戯を愉しんでいるようにしか見えない。
ブルーデンスの咎めるような視線が気に障ったのか、それとも逆に嗜虐心を煽られたのか、やや強く舌先にその指が押しつけられ、柔らかな筋肉に爪先が刺さる。
『……痛っ……!』
上がった悲鳴は二人分だった。
「……ひどいな」
まだ唾液で濡れたフォーサイスの人差し指は、第一関節と第二関節の間に、赤い歯型が刻まれていた。
「……っ、……貴方の方がひどいですっ……!」
安楽椅子にかけた彼の足元で、その背の翼をプルプルと震わせながら、俯いて口元を両手で押さえていたブルーデンスは、小刻みに震える声音で訴える。今度こそ完全に夫の顔を睨み上げていたが、その瞳からは涙がこぼれ落ちていた。
「……済まん」
その様相にはさすがに良心が咎めたようで、フォーサイスは素直に謝罪を口にして、椅子から立ち上がる。蹲る彼女の傍らに跪き、優しく肩を抱いた。ただ、滅多に怒ることのない人間の怒りが、その程度のことで解けるはずもなく、涙の残る赤くなった双眸にそっぽを向かれてしまう。
「本当に悪かった……最初は本当によかれと思っていたんだが、調子に乗った」
「知りませんっ……本当に痛かったんですから」
非難がましい言葉を送り出した後、その口から覗かせた薄紅色の舌先には、小さな円形の窪みができていて、そこだけ白っぽく変色していた。諸々の問題が片づいてホッと一息吐いたことにより、かねてからの疲れが出たようで、ブルーデンスは口内炎を作ってしまったのだ……食事も辛そうな新妻の様子に心を痛めたフォーサイスが申し出、軟膏を塗ってくれていた、というのが今回の顛末である。
ただ、本人はまったくそんなつもりはなかったが、己の指をその可憐な口に咥え、痛みに堪える新妻の姿は想像を絶するほどに艶めかしく、夫の嗜虐心をこれでもかと刺激してしまったようだ。ブルーデンスにとっては、迷惑この上なかった。
「自分で塗ると、手心を加えてしまうと言ったのはお前だろう」
「だからって、貴方に塗ってほしいと頼んだ覚えはありませんっ……」
「早く治してほしいだけだ、痛そうでおちおち口づけもできない」
「……えっ……」
あからさまな物言いに固まるブルーデンス……その背けられた顔を素早く己の方に振り向かせると、フォーサイスは薄く開いた唇を啄ばむように、一瞬の口づけを落とした。瞬時、新妻の顔は沸騰する。
「……っ、……おっしゃってる傍から、なさってるじゃないですかっ……」
痛みとは別の熱で潤んだ双眸で、ブルーデンスは弱々しく訴えったのだが……。
「触れるだけなぞものの数に入るか、……早く治せよ」
まさに漆黒の誘惑といった、何とも艶やかな笑みを向けられる。
撃沈。
「……もう、心臓がもちません」
「それはこちらの台詞だ」
身の内に受け入れた異物感に、押し殺すことができずに漏れたくぐもった声は苦痛を訴えていた。
「……痛いか?」
腕の中で、痛みを堪えるように小さく身体を縮こまらせるブルーデンスに、フォーサイスはしっとりとした甘い口調で囁く。耳朶に吹き込まれる吐息と、なだらかな背中の輪郭を緩く撫で上げるその手は、本当に自分の痛みを和らげるだけの意図でなされるのだろうか?
寝室から続きの居間で、安楽椅子に腰かけた彼……まるで小さな子供のように、はしたなく対面で膝の上に乗せられ、お互いの身体を密着させられている状況は、堪らなく恥ずかしい。小さく身じろぐだけで大きく揺れ動く椅子の上、不自然な体勢を強いられる緊張感にも、逸る鼓動を抑えられなかった。
「ちゃんと上を向いてろ」
「……ぃやっ……!」
窘めるような言葉とともに、羞恥心から下がりかけた顎を持ち上げられると、ブルーデンスは口の中に差し入れられた彼の指に歯を立てそうになる。
「少々歯を立てるのは構わんが……舌は引っ込めるな」
そう言って、怖気づいたように口腔の奥に逃げる舌先を追ってきたフォーサイスの人差し指が、ざらついたその表面を撫でた。
「んんっ……!」
その瞬間、電流が走ったような衝撃を受け、仰け反った彼女の背中からは大きな衣擦れの音がした……薄い部屋着のスリットを押し開き、現れた純白の翼。一本一本にまで神経が通っているように、床につくほど大きく広げられた羽は、小刻みに震えていた。
「……っ、……あと少しだ、我慢しろ……いい子だから」
慌ててその腰を支えていた手で上体を引き上げたフォーサイスは言うのだが、幼子を説き伏せるようなその口調がどうにも理不尽に感じられて、縋ったシャツの胸元を強く握り締め、涙の滲んだ目で非難を訴えた。今のこの状況だって、自分にしてみれば、騙し討ちにも等しい駆け引きによってもたらされたものなのに……どう贔屓目に見ても、目の前の彼は悪趣味な悪戯を愉しんでいるようにしか見えない。
ブルーデンスの咎めるような視線が気に障ったのか、それとも逆に嗜虐心を煽られたのか、やや強く舌先にその指が押しつけられ、柔らかな筋肉に爪先が刺さる。
『……痛っ……!』
上がった悲鳴は二人分だった。
「……ひどいな」
まだ唾液で濡れたフォーサイスの人差し指は、第一関節と第二関節の間に、赤い歯型が刻まれていた。
「……っ、……貴方の方がひどいですっ……!」
安楽椅子にかけた彼の足元で、その背の翼をプルプルと震わせながら、俯いて口元を両手で押さえていたブルーデンスは、小刻みに震える声音で訴える。今度こそ完全に夫の顔を睨み上げていたが、その瞳からは涙がこぼれ落ちていた。
「……済まん」
その様相にはさすがに良心が咎めたようで、フォーサイスは素直に謝罪を口にして、椅子から立ち上がる。蹲る彼女の傍らに跪き、優しく肩を抱いた。ただ、滅多に怒ることのない人間の怒りが、その程度のことで解けるはずもなく、涙の残る赤くなった双眸にそっぽを向かれてしまう。
「本当に悪かった……最初は本当によかれと思っていたんだが、調子に乗った」
「知りませんっ……本当に痛かったんですから」
非難がましい言葉を送り出した後、その口から覗かせた薄紅色の舌先には、小さな円形の窪みができていて、そこだけ白っぽく変色していた。諸々の問題が片づいてホッと一息吐いたことにより、かねてからの疲れが出たようで、ブルーデンスは口内炎を作ってしまったのだ……食事も辛そうな新妻の様子に心を痛めたフォーサイスが申し出、軟膏を塗ってくれていた、というのが今回の顛末である。
ただ、本人はまったくそんなつもりはなかったが、己の指をその可憐な口に咥え、痛みに堪える新妻の姿は想像を絶するほどに艶めかしく、夫の嗜虐心をこれでもかと刺激してしまったようだ。ブルーデンスにとっては、迷惑この上なかった。
「自分で塗ると、手心を加えてしまうと言ったのはお前だろう」
「だからって、貴方に塗ってほしいと頼んだ覚えはありませんっ……」
「早く治してほしいだけだ、痛そうでおちおち口づけもできない」
「……えっ……」
あからさまな物言いに固まるブルーデンス……その背けられた顔を素早く己の方に振り向かせると、フォーサイスは薄く開いた唇を啄ばむように、一瞬の口づけを落とした。瞬時、新妻の顔は沸騰する。
「……っ、……おっしゃってる傍から、なさってるじゃないですかっ……」
痛みとは別の熱で潤んだ双眸で、ブルーデンスは弱々しく訴えったのだが……。
「触れるだけなぞものの数に入るか、……早く治せよ」
まさに漆黒の誘惑といった、何とも艶やかな笑みを向けられる。
撃沈。
「……もう、心臓がもちません」
「それはこちらの台詞だ」
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