至急、君との交際を望む

小田マキ

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 ミュラーリヤ第三弓騎兵隊隊長であるクラリス・ヴィアッカは、すこぶる爽快な目覚めを迎えた。
 目を開けると、目の前には窓が一つある。鼻先が触れそうな距離にあるガラスの先の景色は薄っすら霞がかり、タプタプと揺れていた。まだ完全に覚醒し切ってないのかと幾度か瞬きを繰り返すも変わらず、何故だか瞼の開閉に随分と抵抗を感じた。
 それだけではなく、方向感覚やら平衡感覚が総じておかしい。身体には緩い浮遊感があり、地に足が着いていない。心境としてではなく、実際の話だ。上下左右自在に足首が動くが、何にもぶつからなかった。

「やあ、クラリス。お目覚めかな」

 すると程なく、聞き覚えがあるようで、ないような声が耳を衝く。声の主は窓の死角にいるらしく、その正体は分からなかった。まるで水中に潜った状態で、陸上の音を聞いているようにくぐもっている。どうやらクラリスは、自分の身体より一回り大きく、ご丁寧にも顔の位置に覗き窓まで付けられた水槽に浸かっているらしい。身じろぐのも億劫なのは、周りの水が粘度の高いゼリー状だからだ。
 おおよその状況は把握したが、まだ疑問が二つも残っていた。
「ここは我が家が誇る医療室で、それは私も今日の朝まで入っていた睡眠医療装置だよ。君が浸かっている粘液は、酸素と二酸化炭素の含有量が空気とまるで同じだから呼吸も出来る。流石に話すことは難しいが、飲んでしまっても害はないよ。それどころか栄養価がとても高い、積極的に飲むといいよ。味も付いている、ロカロット味だよ。君は嫌いだったかな?」
 窓枠の外からクラリスの疑問に答えながら現れたのは、白髪頭の老爺だった。緑色の上着を羽織った彼は、下半身をすっぽり覆う台形型の変わった椅子に腰掛けている。その椅子はまるで乗り物のように音もなく床の上を滑り、クラリスの正面で静かに停止した。
「この姿では初めまして、クラリス。私はクラッドだ」
 そして、もう一つの答えをその舌に乗せる。驚いたクラリスはポカンと口を開けてしまい、目の前に空気の泡がコポコポと立ち昇った。
 同時に、口の中にブヨンと粘液が侵入してくる。噎せるかと思ったが、空気と同じだと言ったクラッドの言葉通り、何の抵抗もなくスルリと喉に入った。そして、確かに南国果実のロカロットらしい柑橘系の香りが鼻に抜ける。
 何だこれ、美味しい。
 凄く美味しい。
 呼吸と食事が同時に出来るなんて、驚きだ。食感がないのは少々物足りないが、そこが情緒を排除し、何でもかんでも効率化を求めるサリュートらしいとも言える。
「あはは、気に入ったようで何よりだ。君は眼窩底と肋骨にヒビが入り、皮下気腫を起こしていたのだ。しかし、軍人の肩書は伊達ではないね。鍛えているだけあって、たった半日で跡形もなく完治だよ。実に素晴らしい!」
 つい目の前の存在を忘れ、本能のままに暫くぶりの栄養を顔の周りからズズズと啜っていたクラリスに、クラッドは気を悪くした風もなく破顔した。顔全体をクシャクシャにする笑顔は、とても人好きのするものだ。
「そうそう、クロエスドイルは軽い擦過傷くらいですぐに意識を取り戻したが、まるで借りてきた猫のようだったよ。手酷く矜持が傷付けられたのだろうさ、逃げるように帰っていった……しかし、本当に薬も武器もなしで、神族に勝ってしまうとはね。いやはや誠に驚いた。彼らの身体能力の高さは、私も身をもって知っているから」
 さらに彼は感じ入った様子で説明を続けたので、意識を失う直前までの記憶が勢いよく脳裏に蘇ってきた。
 地下闘技場でクロエスドイルとの泥臭い殴り合いに勝利した自分は、酷く高揚感していた。その感触が消える間もなく、シャトリンから受けた突然の接吻……歯列を割ってヌルリと口腔に侵入してきた舌は火傷するくらい熱くて、酷く生々しかった。唇同士の口付けは初めての経験だったクラリスにとっては、それだけで思考停止を起こし、意識を失うに十分だったのだ。
 瞬時に顔が沸騰し、矢も楯も堪らず「わーっ!」と叫んだクラリスの視界は、瞬く間に微細な泡で埋まる。
「……あー、なんだ……色々と思い出したようだね。うん、その……シャトリンが満身創痍の君を襲い掛けたことは、誠に申し訳ない。彼も心底悔いていたし、父親として私からも深く謝罪する。だから、ねぇ……クラリス。誠に虫の良い話だと思うが、許してやってほしいのだよ。あの時のシャトリンは感情的に完全に破綻していて、正常な精神状態ではなかったので」
 激しく狼狽する彼女に大体を察したらしいクラッドが、生物学の大家らしからぬしどろもどろな言葉を紡ぐ。その顔は学者のそれではなく、完全に子を思う父親の顔だった。そんな彼の姿を見て、クラリスは僅かに冷静さを取り戻す。
 よく見れば、クラッドが纏うチュニックに似た簡易的な上衣は夜着のようだ。自動で動く椅子に座っているのも、きっと自立歩行出来ないからだろう。彼はまだ本調子ではないのに、クラリスの治療のためにこの睡眠医療装置を明け渡してくれたに違いない。
 恐らく本格的に覚醒期に陥ったシャトリンを救うため、一刻も早く自分に回復してほしかったのだろう。
「戦う君の姿は、シャトリンにとって中和剤さえ役に立たなくなる程魅力的だったのだろうね……いや、決して君のせいにしたい訳ではないよ。ミー・ガンに逆らうのは、サリュート人にとって死ぬ以上の苦痛だ。それでも、彼は種としての本能的な狂気を捻じ伏せ、ここまで君を運んだのだ。シャトリンにとって君への想いは、本能にも勝る大切なものなのだと信じてほしい」
 だから、どうか息子を助けてやってほしい。
 最後にそう付け加え、クラッドはクラリスに向かって深々と頭を下げた。我が子と性交渉してくれと頭を下げる親の気持ちなぞ理解の範疇を超えるが、それだけ必死にならねばならない程に事態が逼迫していることは分かる。
 恐る恐る顔を上げたクラッドの双眸は暗灰色で、クラリスにシャトリンのそれを思い出させる。クラリスを抱き締めた彼の瞳はもっとドロドロしていて、溶けた溶岩のように暗い熱を宿していた。あれは、獲物を捕らえた捕食者の目だ。絶望的な破壊衝動と征服欲に塗れ、常軌を逸していた。
 興奮から痛覚が麻痺していて気付かなかったが、眼窩底骨折を起こしていたらしいクラリスは、とんでもない面相だったはずだ。そんな自分に対して、欲情するなんて驚きを禁じ得ない……あの場には意識を失っていたとは言え、美しいクロエスドイルもいたのに、シャトリンは彼女に見向きもしなかった。
 疑っていた訳ではないけれど、サリュート人が嘘を吐かないと言うのは本当だった。クラリスでなければ駄目だと言った彼の言葉は、確かに真実だったのだ。
 決して嘘は吐かないけれど、シャトリンが掲げる論理や言葉は分り辛かった。その上、告白の返事すら勝手に省略してしまう情緒的破綻者だ。短期間で散々振り回されて、命が掛かっていると縋られて、命が掛かっているからこそ自分でなければ駄目だと……目の前に積み上げられたのっぴきならない宣告に、正直途方に暮れた。
 だから、クラリスは医療行為だ、彼を失うのは連合の損失だと自分で折り合いをつけるしかなかった。彼はいつだって自分の返事を待ってくれないから。
 そんなとんでもない男なのに、我が身を掻き抱いたその腕や熱い唇の感触に、嫌悪感はまるでなかった。幾ら思い返してみても、あるのは激しい動揺と、鳩尾が引き攣れるような未知の感覚だけだ。無理矢理植え付けられた熱がぶり返しそうになって、クラリスは慌てて瞬きをする。
 そして、窓の向こう側の不安げに若干血走った暗灰色の瞳を見返し、了承を告げるように小さく頷いた。
 嫌悪感はないし、時間もない。
 だったら自分も論理的に行くしかない。

   * * *

 シャトリンはクラリスを医務室に運んだ後、再び地下室に戻ったそうだ。中和剤が切れた彼の精神状態は危うく、本能的に選んだ番い相手以外は家族さえ敵認定して傷付けてしまう恐れがあるらしい……クラリスの回復を待って、もう半日も破壊衝動を抑えつけていると言う。
 そんな状態で戻って大丈夫だろうか、とクラリスは若干不安になった。
「長さは十分ですが、毛先が少し不揃いですわ。今は時間が取れないので、ミー・ガンが終わってからきちんと揃えさせてもらいますね。少々傷んでもいますし」
 鏡台の前に座る彼女の黒髪を梳りながら、フェレンルイエが鏡越しに話し掛けてくる。普段は無造作に引っ詰めているだけのそれが、水色の指先によって器用に結い上げられていく。
「いえっ、あの……どうぞお構いなく」
「動かないでください。歪んでしまいますわ」
 慣れない髪結いで無意識に肩をモゾモゾさせるクラリスに、フェレンルイエの注意が飛ぶ。
「済みませんっ……」
 慌てて胸を張りながら、鏡の中の自らの後頭部で楽器を演奏するように淀みなく動く指先を、クラリスは感嘆とともにただ見つめた。自分で引っ詰めていた時はそうと気付かなかったが、改めて見ると随分髪が伸びている。ここ暫く互いの都合が合わなくて、アーチャーに理髪を頼めなかったことを思い出した。
 睡眠医療装置から出た後、クラリスは全身に纏わりつく栄養価の高い粘液を湯浴みで洗い流した。その後、フェレンルイエの自室に招き入れられてから、彼女に世話を焼かれっぱなしだった。何の世話かと言えば、もちろんシャトリンが待つ地下の特別室へ戻るための身繕いだ。ミー・ガンには細かい掟と作法があるが、サリュート人でないクラリスはフェレンルイエに任せるより他ない。
 しかし、裕福な実家を離れて十一年、任務中は軍服、非番時もシャツとトラウザーズでずっと通してきた。今更女性らしく着飾るなんて、どうしても落ち着かない。
「遠慮なさらないでください、クラリス。貴女は当家の大切なお客様で、シャトリンの想い人かつ恩人でもあるのですから」
 全身にガチガチに力が入った彼女に、フェレンルイエは緊張を解そうとするように言った。
 ヴォーグ・クワン家は貴重な神族ではあったが、屋敷にいる使用人は楽器兼執事のカルガゾンヌ一人なのだそうだ。広い屋敷ではあったが、炊事洗濯のような家事仕事は便利な機械装置がボタン一つで引き受けてくれて、然したる不便もないのだろう。元より民度の高いサリュート人は、何処ぞの異国の堕落した貴族のように何から何まで他人任せにしたり、大勢の使用人を侍らせて悦に入ったりもしないのだ。
 それゆえに、客人をもてなすのは女主人の大切な仕事らしい。素直に素晴らしい慣習だと思うが、上司の母親に傅かれて恐縮しないはずもなく、クラリスは忙しなく周囲に目を泳がせた。鏡越しに、フェレンルイエの背後に映り込んだ衣桁に掛けられた緑色の長衣に目が留まる。
「あれはシャーレです。初めてのミー・ガンの時に私が着るはずだったものですわ。貴女に是非身に付けて頂きたくて、昨夜の内に仕立て直しておいたのです」
 クラリスの視線の在処に気付いた彼女は、視線だけでそちらを見遣り、そう説明してくれた。
「……着るはずだった、とは一度も袖を通されていないのですか?」
「ええ、肝心の婚約者が来なかったもので」
「えっ……!」
 何の感慨もないようにサラリと返された言葉に、クラリスはギョッとする。悪気なく訊いただけだったのに、とんでもない地雷を踏んでしまった。
「お気になさらず、クラリス。逃げた婚約者に代わって、クラッドが番いを務めてくれたので死なずに済みましたから。それが私と夫との馴れ初めですわ」
「そっ……それは、あの……申し訳ありません」
「いいえ、貴女には是非聞いて頂きたかったのです。私達サリュート人について、シャトリンは貴女に最低限の説明さえしなかったのでしょう。模範的なサリュート人であろうとするあまり、論理と規律に雁字搦めになっているせいで……その原因は、私達夫婦にあるのです」
 咄嗟に謝罪しようとしたクラリスを制し、フェレンルイエは思ってもみないことを語り出した。
「貴女はクロエスドイルの姿を見て、とても驚いていましたね……貴女方ソルケット人とは随分と体格差があったので」
「はい、大佐より背が高い女性なんて初めて見ました」
 問い掛けられた言葉に、クラリスは素直に頷く。
「クロエスドイルは、神族の中ではそこまで大柄と言う訳ではありません。サリュート人は他種族に比べて体格に優れていますが、神族はさらに一回り大きいのです。体色も青く濃く、一層肌理細やかな肌を持っています」
「えっ、でも……?」
 鏡の中のフェレンルイエを見上げて、クラリスは困惑した。その話が本当なら、自分よりも僅かに小柄で青より白に近い肌色の彼女は神族ではなくなる。
「両親は生粋のサリュート人であり、神族でしたが、私は覚醒期生まれではありません。身体が小さく、肌の色が薄いのもそのせいです。神族の寿命は三百歳前後ですが、私は精々その半分くらいでしょう。他種族からすれば長命に変わりありませんし、深刻な身体的欠陥がある訳ではないのですが……婚約者は不満だったようで、ミー・ガンには私ではなく従姉の元へ」
 抑揚のない淡々とした声音と内容との温度差に、クラリスは絶句した。
 それが本当だとしたら……否、フェレンルイエが嘘を吐いていないのは明白だ。それは、彼女がサリュート人だからではなかった。仕事柄、詐欺師、ペテン師の類は見慣れているクラリスは、彼らが相手の良心に訴え掛けようと殊更大袈裟に話すことを知っている。こんな無感情な嘘吐きには会ったことがない。
 それとは別に、無表情に身の上を語った彼女が唯一激昂した時のことを思い出す。
 クロエスドイルがイエニスタスに手を上げようとした時のことだ。その手刀を受け止めたシャトリンが、彼女に対して放った言葉……。
「時季外れのムライドなど生きている価値はない」
 丁度クラリスが脳裏に思い浮かべた言葉を、フェレンルイエは舌に乗せる。常の声音よりも、幾分硬く感じたのは、決して自分の思い違いではないだろう。適温に保たれているはずなのに、自分達二人の周囲だけ急に空気が冷え込んだ。
「この台詞は、かつて私の婚約者だったクロエスドイルの父親から言われた言葉なのです。ミー・ガンの掟を破ったことへの糾弾を恐れた彼は、私が母の異種族との不義の子であるとして、婚約不履行をスーシエに訴えました。サリュートリアン同士ならば、ミー・ガン以外で性交渉に及ぶはずがないと……無論、そんな事実はありません。スーシエは彼に国外追放を命じましたが、その時既に従姉は彼の子を身籠っていました。身重の従姉の訴えで処罰は三十年の投獄に軽減され、今はザッカー・クワン家で何食わぬ顔をして暮らしています」
 表情こそ変わらなかったが、言葉を続ける彼女の耳の先端は、先程よりもほんの僅かに青く染まっていた。必死に感情を排除すべく努めているのだろうその声音に、クラリスは無性に泣きたくなる。
「太々しい彼の姿に、実は彼の言い分こそ正しかったのではないかと世間から噂されるようになり、仕舞いには父まで母を疑うようになりました。そして、精神を病んだ母は百歳半ばの若さで亡くなり、父も後を追うように……ああ、貴女を泣かせるつもりはなかったのですが」
 とうとう決定的な悲劇を口にしたフェレンルイエは、我慢し切れず表面張力を越えた涙をポロリと頬に伝わせたクラリスに戸惑った様子で若干眉根を寄せた。乱れた吐息が項を撫で、その生温かい感触にクラリスは唇を嚙み締める。下手に口を開けば、涙腺が完全に崩壊してしまいそうだった。
 当事者であるフェレンルイエが泣いていないのに、自分が泣く訳にはいかない。
「どうか泣き止んでください。辛い話はもう終わりですから……両親の死後暫く荒んでいた私を、クラッドは根気良く支えてくれました。巻き込まれ事故のような私との関係を、誠実な彼は一生の覚悟を持って受け入れてくれていたのです。これは身体から始まる関係など浅ましい、非論理的だと信じていた私が、愛情は後からでも十分に育めると思い知った話です」
 まるで慰めるように、彼女は急ぎ足でその後の顛末を語る。全てを聞き終えれば辛うじて「めでたし、めでたし」なのだが、「素敵な馴れ初め話ですね」とは到底言えなかった。何より我慢ならないことは、勧善懲悪がなされていないことだ。
「ズビっ、失礼……どうしてそんな事件があったのに、スーシエはクロエスドイルとシャトリンの縁談を進めようとしたのですか?」
 沸々と湧いてきた怒りで涙は粗方蒸発し、鼻を啜ったクラリスは、一番不可解かつ不快な疑問をフェレンルイエに投げ掛ける。
「彼が国外追放を免れたことによって、ムライドや他国からの移民への風当たりが一層強くなったのです。ムライドをこれ以上増やさないために、ミュラーリヤ連合からの脱退を強硬に主張する者まで現れて……スーシエは事態の収束のために、原因となったヴォーグ・クワン家とザッカー・クワン家の和解を思い立ったようです。蛙の子は蛙ですし、覚醒期まで違えば巧くいくはずがないと言うのに、傍迷惑な話でしたわ」
「本当にその通りですね。聞いているだけで、腹立たしいです」
 堪え切れず、と言うように溜め息を吐いたフェレンルイエに、クラリスも激しく同意した。
「お陰でシャトリンは、ミー・ガンが廻れば自決するとまで追い詰められて……サリュートを出て、夫の祖国ソルケットで暮らすよう勧めて本当に良かったですわ。貴女との出会いが、あの子の破滅思考を止めてくれました」
「そんな、私なんてっ……」
「謙遜なさらないで、クラリス。会ったばかりの私達のために憤って、クロエスドイルを打ち負かしてくれた貴女ですよ。シャトリンも口では非論理的だと責めていましたが、内心喜んでいたはずですわ。あの中和剤は夫が作ったもので、そう簡単に効果が切れるものではありません。それが用をなさなくなるなんて、あの子が貴女にどれ程夢中なのか分かるでしょう?」
 平常時の息子と同じ理路整然としたフェレンルイエの物言いに、クラリスの頬には瞬く間に熱が集まる。今まで彼女は、女としての魅力など皆無だと信じてきた。ウゲガモンジャの雌以下の枯れた人生を歩んできたのだ。こんな風に一家総出で褒めちぎられ、求められればどうしていいやら分からなくなる。
 相手に対して嫌悪感はないけれど、恥ずかし過ぎても逃げ出したくなるのだと実感した。
「少し話し過ぎましたね……さあ、髪はこれでいいでしょう。次はシャーレを着なくては、急ぎましょう」
 話しながらもテキパキと髪結いを済ませたフェレンルイエは、そう言って後ろの衣桁へと向かっていく。
 鏡から見返してくるクラリスは、変わり結びのタッセルと銀色の鈴があしらわれた紐で綺麗に髪を結い上げられていた……が、相変わらずその顔は墓場臭い。睡眠医療装置に入っていたお陰で、若干血色が良くなった気もするが、サリュートに来てから極端に青白い人達に囲まれているため、実際のところは定かでなかった。
 シャーレと言う緑色の長衣を着たら、きっと死神臭くなる。
 一生に一度のこと、初めての体験なのだから、出来れば一番綺麗な自分で挑みたい。

 ……なんて。

 幾ら外見を着飾ったとて、血の衝動に駆られるシャトリンに気付く余裕などないだろう……刹那浮上した今更な乙女心に、クラリスは無理矢理口角を上げた。
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