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第10話
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城杜大学 ロボット研究室
「この講座で講師をしている大本律華です」
章生達を迎えた女性はそう名乗った。
「教授は奥の部屋に居ますので、どうぞ」
広さ十坪ほどの部屋には、ずらりとPCが並べられ、学生達が一心腐乱に入力作業を行っていた。大学の一講座とは思えないその光景はまさに工場(ファクトリー)を思わせた。
「川田教授、お客様をお連れしました」
「遅かったな、国交省の事故調査官が私に何の御用かね」
川田教授は気難しそうな顔で章生を見た。
「申し訳ありません。こちらではPDのシミュレーションをされているそうですが」
「一口にシミュレーションと言っても、その目的は多岐に亘る。一括りにしないで貰いたいな」
「失礼しました。こちらでは主にPD開発の何をされているのですか」
「一番重要なのは強度シミュレーションだな。調査官はヒト型ロボットを大型化する際の難題が想像できますか?」
「大きくなるほど自重を支えるのが難しくなる?」
「そうです、PDの身長は成人男性の約2.3倍、仮に人間と同じ比重の材料で作ったとしても足の裏にはその3乗で約12倍の重量がかかる。実際には重い金属部品を使うので負荷は更に大きい、しかも動作と停止を繰り返すたび各関節は想像を絶する衝撃を受ける。それらの問題をクリアした耐久性を持つロボット骨格の開発は私の研究なしには不可能だったでしょう」
「なるほど‥あれは何をしているところですか?」
章生は学生が使うPCの一つを指差した。
「PDのデータをネットの仮想空間で使用できるようにエンコードしているところですな」
「仮想空間というと、『ディープスペース』の事ですか?」
「よく御存じで。ここではハヤセのPD-100シリーズの操縦シミュレータのプログラミングをしていて、更にそれをアレンジしてオンラインゲーム『バトルボッツ』を開発しているんだ」
「まるで会社ですね‥」
「研究にはお金が掛かるのでね。これからの研究者にはより高いビジネスセンスが要求されるというのが私の信念です」
「分かりました、それで今日伺った要件なのですが」
「桐生君がPDの開発をしていた頃の話を聞きたいそうだが。そうは言っても、私はアドバイザー的立場で、開発現場とはデータのやり取りでしか付き合いがなかったという点はあらかじめ断わっておきますよ」
「分かる範囲でけっこうです。ラムダOSを開発したのは桐生博士だというのは事実ですか?」
「正確に言えば、ラムダOSを開発したのはADS、自動開発システムだよ。そのADSを開発したのが桐生君というわけさ」
「ADSとはどんなものなんですか?」
「簡単に言えば『量子コンピュータを使ったAIにロボット制御プログラムを開発させる』というシステムだな。量子コンピュータならあらゆる可能性を高速で演算でき、AIなら人間に発想不可能なアイディアを生み出すかもしれないからね」
「AIが開発したという事は、設計ミスは起こり得ないという事でしょうか?」
「そんな事はないさ。ADSは学習よって成長する、つまり開発者の学習要領によってはとんでもない問題作が出来上がる場合もあるって事さ。教育に失敗した子供みたいなものだな」
川田教授の態度が次第に馴れ馴れしくなってきた事に、章生は事実に近づいている手ごたえを感じていた。
「なるほど、さすがにお詳しいですね。それでは、教授はアルファをご存知ですか?」
「アルファか‥ADSが最初に生み出したロボットシステムだな。破棄されて対外的には存在しない事になっている筈だがよく知っているな」
「存在しない事になっているとはどういう意味でしょう?」
「失敗作だった、それもプロジェクトの存続を脅かす程のね。最初こそ素晴らしいパフォーマンスを見せたが、すぐに全く動かせなくなった、恐らく機能の詰め込み過ぎで処理データがオーバーフローでもしたんだろう」
「破棄されたのは制御プログラムだけでなく機体も含めてだったんですか?」
「そういう事だな、機体設計には私も深く関わっていたから勿体ないと思ったんだが、アルファは今のPDと違って制御プログラムと機体が一体で開発されていたし、何より桐生君の強い希望があったそうだ」
「その事は今の設計開発主任である黒崎さんも知っていますか?」
「知らない筈だ。黒崎君が開発チームに入ったのは、新体制になった3年前だからな」
ここで章生は確証のない話を川田にぶつけるという賭けに出た。
「PDを無人で自動制御しようという構想がある事はご存知ですか?」
「それについては私は大反対だがね。PDの本質は『限界を超えた領域に人間を連れていく高機動ビークル』 つまり乗り物なんだ。人を乗せないPDの開発なんて本末転倒、愚かな話さ」
(やはりこの人はPDの開発事情をかなり深くまで知っている、もしくは気付いている‥)
「では最後に、桐生博士が誰にも言わずに行方をくらましたのは何故か見当が付きますか?」
「いや、しかし彼は他人の意見を聞かず、普段から奇行が目立ったからな‥それに関しては助手をしていた律華君の方が良く分かるのではないかな?」
卑猥に笑った川田の言葉に、それまで黙って話を聞いていた律華が不快感を露わにして言った、
「勝手な事ばかり‥博士は誠実な人です。人の話を聞かなかったんじゃない、周りの人達が博士の話を聞こうとしなかったんじゃないですか?」
* * *
ロボット研究室を出た章生と丹下は話しながら大学内を歩いていた。
「誠実で優秀な科学者か、マッドサイエンティストか‥どちらが本当の桐生博士なんでしょうな?」
丹下の言葉に章生は意味深長に答えた、
「そうですね、それによってアルファが欠陥品だったという言葉の意味が違ってくる‥そんな気がします」
「この講座で講師をしている大本律華です」
章生達を迎えた女性はそう名乗った。
「教授は奥の部屋に居ますので、どうぞ」
広さ十坪ほどの部屋には、ずらりとPCが並べられ、学生達が一心腐乱に入力作業を行っていた。大学の一講座とは思えないその光景はまさに工場(ファクトリー)を思わせた。
「川田教授、お客様をお連れしました」
「遅かったな、国交省の事故調査官が私に何の御用かね」
川田教授は気難しそうな顔で章生を見た。
「申し訳ありません。こちらではPDのシミュレーションをされているそうですが」
「一口にシミュレーションと言っても、その目的は多岐に亘る。一括りにしないで貰いたいな」
「失礼しました。こちらでは主にPD開発の何をされているのですか」
「一番重要なのは強度シミュレーションだな。調査官はヒト型ロボットを大型化する際の難題が想像できますか?」
「大きくなるほど自重を支えるのが難しくなる?」
「そうです、PDの身長は成人男性の約2.3倍、仮に人間と同じ比重の材料で作ったとしても足の裏にはその3乗で約12倍の重量がかかる。実際には重い金属部品を使うので負荷は更に大きい、しかも動作と停止を繰り返すたび各関節は想像を絶する衝撃を受ける。それらの問題をクリアした耐久性を持つロボット骨格の開発は私の研究なしには不可能だったでしょう」
「なるほど‥あれは何をしているところですか?」
章生は学生が使うPCの一つを指差した。
「PDのデータをネットの仮想空間で使用できるようにエンコードしているところですな」
「仮想空間というと、『ディープスペース』の事ですか?」
「よく御存じで。ここではハヤセのPD-100シリーズの操縦シミュレータのプログラミングをしていて、更にそれをアレンジしてオンラインゲーム『バトルボッツ』を開発しているんだ」
「まるで会社ですね‥」
「研究にはお金が掛かるのでね。これからの研究者にはより高いビジネスセンスが要求されるというのが私の信念です」
「分かりました、それで今日伺った要件なのですが」
「桐生君がPDの開発をしていた頃の話を聞きたいそうだが。そうは言っても、私はアドバイザー的立場で、開発現場とはデータのやり取りでしか付き合いがなかったという点はあらかじめ断わっておきますよ」
「分かる範囲でけっこうです。ラムダOSを開発したのは桐生博士だというのは事実ですか?」
「正確に言えば、ラムダOSを開発したのはADS、自動開発システムだよ。そのADSを開発したのが桐生君というわけさ」
「ADSとはどんなものなんですか?」
「簡単に言えば『量子コンピュータを使ったAIにロボット制御プログラムを開発させる』というシステムだな。量子コンピュータならあらゆる可能性を高速で演算でき、AIなら人間に発想不可能なアイディアを生み出すかもしれないからね」
「AIが開発したという事は、設計ミスは起こり得ないという事でしょうか?」
「そんな事はないさ。ADSは学習よって成長する、つまり開発者の学習要領によってはとんでもない問題作が出来上がる場合もあるって事さ。教育に失敗した子供みたいなものだな」
川田教授の態度が次第に馴れ馴れしくなってきた事に、章生は事実に近づいている手ごたえを感じていた。
「なるほど、さすがにお詳しいですね。それでは、教授はアルファをご存知ですか?」
「アルファか‥ADSが最初に生み出したロボットシステムだな。破棄されて対外的には存在しない事になっている筈だがよく知っているな」
「存在しない事になっているとはどういう意味でしょう?」
「失敗作だった、それもプロジェクトの存続を脅かす程のね。最初こそ素晴らしいパフォーマンスを見せたが、すぐに全く動かせなくなった、恐らく機能の詰め込み過ぎで処理データがオーバーフローでもしたんだろう」
「破棄されたのは制御プログラムだけでなく機体も含めてだったんですか?」
「そういう事だな、機体設計には私も深く関わっていたから勿体ないと思ったんだが、アルファは今のPDと違って制御プログラムと機体が一体で開発されていたし、何より桐生君の強い希望があったそうだ」
「その事は今の設計開発主任である黒崎さんも知っていますか?」
「知らない筈だ。黒崎君が開発チームに入ったのは、新体制になった3年前だからな」
ここで章生は確証のない話を川田にぶつけるという賭けに出た。
「PDを無人で自動制御しようという構想がある事はご存知ですか?」
「それについては私は大反対だがね。PDの本質は『限界を超えた領域に人間を連れていく高機動ビークル』 つまり乗り物なんだ。人を乗せないPDの開発なんて本末転倒、愚かな話さ」
(やはりこの人はPDの開発事情をかなり深くまで知っている、もしくは気付いている‥)
「では最後に、桐生博士が誰にも言わずに行方をくらましたのは何故か見当が付きますか?」
「いや、しかし彼は他人の意見を聞かず、普段から奇行が目立ったからな‥それに関しては助手をしていた律華君の方が良く分かるのではないかな?」
卑猥に笑った川田の言葉に、それまで黙って話を聞いていた律華が不快感を露わにして言った、
「勝手な事ばかり‥博士は誠実な人です。人の話を聞かなかったんじゃない、周りの人達が博士の話を聞こうとしなかったんじゃないですか?」
* * *
ロボット研究室を出た章生と丹下は話しながら大学内を歩いていた。
「誠実で優秀な科学者か、マッドサイエンティストか‥どちらが本当の桐生博士なんでしょうな?」
丹下の言葉に章生は意味深長に答えた、
「そうですね、それによってアルファが欠陥品だったという言葉の意味が違ってくる‥そんな気がします」
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