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第13話
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パワードデバイス社
章生は、桐生博士が城杜大学の教授時代に助手をしていた大本律華を訪ねた。彼女はバイオロボティクスの研究者として、会社から城杜大学に派遣ていた。
「この間は取り乱してしまって、失礼しました」
律華は少しばつが悪そうに言った。
「尊敬している人を悪く言われたら誰だって不機嫌になりますよ、お気になさらず。早速ですが、桐生博士の人物像について教えて頂けますか」
章生は挨拶もそこそこに本題へと入った。
「私が知っているのは博士が城杜大学の教授だった頃ですから6年以上前の話になってしまいますが‥」
「その頃の博士はどんな研究を?」
「BMI、『ブレイン・マシン・インターフェース』をご存知ですか?」
「何となく耳にしたことは‥」
「人が頭で考えたイメージを読み取り、その通りにロボットを操作できる技術です」
「それは素晴らしい技術ですね」
「この技術を実現する為に博士が目を付けたのが『スケープ能力』でした」
「スケープ能力?」
「日出大学の富由教授が提唱した人間が潜在的に持っているとされる能力で、言葉に込められた概念を共有できる能力です。
例えば‥村主さん、机の上からレーザーポインターを取って貰えますか」
「んー‥これですか?」
章生は自信無さげに白い棒を取り上げた。
「残念ですがそれはボールペン、正解はこれです」
律華が白い指輪を拾って指にはめホワイトボードにかざすと、赤い光点が現れた。
「この様にある言葉が何を指すかという概念は、見た目、機能、質感など多くの情報で構成されており、認識は人によって千差万別です。
しかし、同じ概念を持っている同士なら、言葉自体の意味に関係なく正確なコミュニケーションが取れる、それがスケープ能力です。博士はこのプロセスをコンピュータ上で再現しようとしました」
「なるほど、その技術がPDOSに生かされた訳ですね」
「それが‥博士はこの研究を途中で止めてしまいました」
「え、何故ですか?」
「理由は単純で、研究対象のスケープ能力者を見つける事が出来なかったんです」
「それは意外な結末というか何と言うか‥」
「でも、すぐに博士は『ニューロン・インターフェース』というAIを使った技術を思い付きました。
ところが、この方針転換に対する関係者の反発は大きくて‥それからです、博士が身勝手だとか奇人だとか言われるようになったのは‥」
「桐生博士のAI研究はその時から?」
「そうです」
「それであっという間にAIの第一人者になったと‥やはり天才なんですね、博士は」
「だからです、嫉妬の裏返しなんですよ、博士に対する批判は‥その後、私はニューロン・インターフェースを医療向け人工四肢として実用化する為に今の会社に移り、博士は有人二足歩行ロボットの開発に参加する為にハヤセモータースに移りました。
博士とはそれ以来お会いする機会がないままになってしまって‥」
「一つ質問なのですが、桐生博士は簡単に研究方針を変える様な人物ですか?周囲の反発を無視してでも‥」
「そんな事はありません!気難しいって言う人もいますけど、私にはとても誠実に接してくれました。というか博士は世界のすべてに対して誠実でいようとしていたんだと思います」
「それなのにスケープ能力の研究を止めた‥何か釈然としないですね」
「もしかしたら、博士はスケープ能力の研究を続けていたんじゃないでしょうか‥失踪した理由もそれと関係あるかも‥」
「それは話が飛躍しすぎでは‥」
急な展開に章生は戸惑った、しかし律華の心には火が付いた様だった。
「あの、私も調査に参加させてもらえませんか?博士がPDで何を実現しようとしていたのか私も知りたいんです」
* * *
ハヤセモータース城杜工場 PD設計開発チーム事務所
章生と丹下が黒崎を訪ねていた。
「105に何か問題でも見つかりましたか?」
「いいえ、今のところPD-105には何も」
「だから言ったろ、問題なんかある訳ないんだと」
「ただしアルファには問題があった様ですが‥」
「‥アルファ‥何だそれは?」
章生の言葉に黒崎は一瞬だけ戸惑った様に見えた。
「ご存知無いですか?黒崎さんがアルファのテストをしていたという証言もあるのですが」
「誰がそんな事を!アルファなんて聞いた事もない」
「そうでしょうとも、桐生森雄氏とあなたには接点がないですからな」
丹下が深く同意する様に言った。
「ああ、だから僕がアルファを知る筈がないんだ」
言ってから黒崎はシマッタという顔をした。
「‥いや、噂《うわさ》ぐらいは聞いたことがある。桐生博士が作った試作初号機がそんな名前だったと‥」
「非常に高性能だったそうで?」
章生はかまをかけた。
「違う、失敗作だったんだ‥という噂だ」
「そうですか、では私の聞き違いでしょう」
「アルファは失敗作で廃棄されたんだ、事故とは関係ないだろう」
「それでは話題を変えて、現行のラムダOSですが、これも桐生博士が開発したんですか?」
「ああそうだ、でも酷いOSだったよ。僕が3年かけてやっと今のラムダOS改に作り変えたんだ」
「そうですか、それにしても不思議ですね、AIの第一人者と呼ばれた桐生博士がそんなOSを作るとは‥もしかしたらアルファこそが博士が作りたかったもので、失敗作というのは周囲の誤解かもしれない、なんて思いませんか?」
「思わないね。博士がどんなに天才でも、会社の要求するスペックを満たせなければ開発者としては失格だ。そうだろ?」
* * *
章生たちが去ったあと、黒崎はどこかに電話をかけた。
「僕だ、105の試作3号機、移送の準備を急がせたろ‥ああ、民間の倉庫で構わない、もし調査官の目に留まって調査対象に追加されたら、まずい事になるんだ」
* * *
帰りの車内
章生と丹下が話している。
「挑発に乗せられるとは、黒崎迅という人物は案外素直なのかもしれませんな」
「はい、明らかにアルファを知っているのに知らないと言い張るのは、逆説的にアルファが事故に関係していると言っている様なものですからね」
「さてと、次の一手はどうしますかな?」
「それに関しては、僕に一つ考えがあるんですよ‥」
章生は、桐生博士が城杜大学の教授時代に助手をしていた大本律華を訪ねた。彼女はバイオロボティクスの研究者として、会社から城杜大学に派遣ていた。
「この間は取り乱してしまって、失礼しました」
律華は少しばつが悪そうに言った。
「尊敬している人を悪く言われたら誰だって不機嫌になりますよ、お気になさらず。早速ですが、桐生博士の人物像について教えて頂けますか」
章生は挨拶もそこそこに本題へと入った。
「私が知っているのは博士が城杜大学の教授だった頃ですから6年以上前の話になってしまいますが‥」
「その頃の博士はどんな研究を?」
「BMI、『ブレイン・マシン・インターフェース』をご存知ですか?」
「何となく耳にしたことは‥」
「人が頭で考えたイメージを読み取り、その通りにロボットを操作できる技術です」
「それは素晴らしい技術ですね」
「この技術を実現する為に博士が目を付けたのが『スケープ能力』でした」
「スケープ能力?」
「日出大学の富由教授が提唱した人間が潜在的に持っているとされる能力で、言葉に込められた概念を共有できる能力です。
例えば‥村主さん、机の上からレーザーポインターを取って貰えますか」
「んー‥これですか?」
章生は自信無さげに白い棒を取り上げた。
「残念ですがそれはボールペン、正解はこれです」
律華が白い指輪を拾って指にはめホワイトボードにかざすと、赤い光点が現れた。
「この様にある言葉が何を指すかという概念は、見た目、機能、質感など多くの情報で構成されており、認識は人によって千差万別です。
しかし、同じ概念を持っている同士なら、言葉自体の意味に関係なく正確なコミュニケーションが取れる、それがスケープ能力です。博士はこのプロセスをコンピュータ上で再現しようとしました」
「なるほど、その技術がPDOSに生かされた訳ですね」
「それが‥博士はこの研究を途中で止めてしまいました」
「え、何故ですか?」
「理由は単純で、研究対象のスケープ能力者を見つける事が出来なかったんです」
「それは意外な結末というか何と言うか‥」
「でも、すぐに博士は『ニューロン・インターフェース』というAIを使った技術を思い付きました。
ところが、この方針転換に対する関係者の反発は大きくて‥それからです、博士が身勝手だとか奇人だとか言われるようになったのは‥」
「桐生博士のAI研究はその時から?」
「そうです」
「それであっという間にAIの第一人者になったと‥やはり天才なんですね、博士は」
「だからです、嫉妬の裏返しなんですよ、博士に対する批判は‥その後、私はニューロン・インターフェースを医療向け人工四肢として実用化する為に今の会社に移り、博士は有人二足歩行ロボットの開発に参加する為にハヤセモータースに移りました。
博士とはそれ以来お会いする機会がないままになってしまって‥」
「一つ質問なのですが、桐生博士は簡単に研究方針を変える様な人物ですか?周囲の反発を無視してでも‥」
「そんな事はありません!気難しいって言う人もいますけど、私にはとても誠実に接してくれました。というか博士は世界のすべてに対して誠実でいようとしていたんだと思います」
「それなのにスケープ能力の研究を止めた‥何か釈然としないですね」
「もしかしたら、博士はスケープ能力の研究を続けていたんじゃないでしょうか‥失踪した理由もそれと関係あるかも‥」
「それは話が飛躍しすぎでは‥」
急な展開に章生は戸惑った、しかし律華の心には火が付いた様だった。
「あの、私も調査に参加させてもらえませんか?博士がPDで何を実現しようとしていたのか私も知りたいんです」
* * *
ハヤセモータース城杜工場 PD設計開発チーム事務所
章生と丹下が黒崎を訪ねていた。
「105に何か問題でも見つかりましたか?」
「いいえ、今のところPD-105には何も」
「だから言ったろ、問題なんかある訳ないんだと」
「ただしアルファには問題があった様ですが‥」
「‥アルファ‥何だそれは?」
章生の言葉に黒崎は一瞬だけ戸惑った様に見えた。
「ご存知無いですか?黒崎さんがアルファのテストをしていたという証言もあるのですが」
「誰がそんな事を!アルファなんて聞いた事もない」
「そうでしょうとも、桐生森雄氏とあなたには接点がないですからな」
丹下が深く同意する様に言った。
「ああ、だから僕がアルファを知る筈がないんだ」
言ってから黒崎はシマッタという顔をした。
「‥いや、噂《うわさ》ぐらいは聞いたことがある。桐生博士が作った試作初号機がそんな名前だったと‥」
「非常に高性能だったそうで?」
章生はかまをかけた。
「違う、失敗作だったんだ‥という噂だ」
「そうですか、では私の聞き違いでしょう」
「アルファは失敗作で廃棄されたんだ、事故とは関係ないだろう」
「それでは話題を変えて、現行のラムダOSですが、これも桐生博士が開発したんですか?」
「ああそうだ、でも酷いOSだったよ。僕が3年かけてやっと今のラムダOS改に作り変えたんだ」
「そうですか、それにしても不思議ですね、AIの第一人者と呼ばれた桐生博士がそんなOSを作るとは‥もしかしたらアルファこそが博士が作りたかったもので、失敗作というのは周囲の誤解かもしれない、なんて思いませんか?」
「思わないね。博士がどんなに天才でも、会社の要求するスペックを満たせなければ開発者としては失格だ。そうだろ?」
* * *
章生たちが去ったあと、黒崎はどこかに電話をかけた。
「僕だ、105の試作3号機、移送の準備を急がせたろ‥ああ、民間の倉庫で構わない、もし調査官の目に留まって調査対象に追加されたら、まずい事になるんだ」
* * *
帰りの車内
章生と丹下が話している。
「挑発に乗せられるとは、黒崎迅という人物は案外素直なのかもしれませんな」
「はい、明らかにアルファを知っているのに知らないと言い張るのは、逆説的にアルファが事故に関係していると言っている様なものですからね」
「さてと、次の一手はどうしますかな?」
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