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第21話

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暴走したPD-105は冬馬の操るPD-105を視界に捉えると、敵に襲い掛かる野生の熊の様な勢いで突進してきた。
冬馬とうまは間一髪でそれをかわした。
すると、今度は格闘家を思わせる俊敏しゅんびんな動きで間合いを取ると、次の攻撃に備えて身構えた。
しばらにらみ合いが続いた後、二機はほぼ同時に距離を詰める。
柔道の組み手争いの様に腕を払い牽制けんせいし合う二機のPD-105、その勢いは互角に見えた。
『冬馬、観客の避難が完了したわ。もう遠慮なしに暴れていいわよ』
佐伯から通信が入る。
「遠慮してるつもりはないんだけどな。こいつ本当に無人で動いてるのかよ‥」
冬馬は珍しく余裕のない口調で答えた。
「でも、分かったぜ、こいつは俺達が今までテストで蓄積ちくせきした動作パターンファイルを使って動いてるんだ、なら、俺が俺の予想を超える動きをすればいい」
冬馬は一旦相手から離れ背中を向けると、光芒一閃こうぼういっせん、回し蹴りを繰り出した。
「普段絶対やらないヤツならどうだ!」
キックはみごとにヒットして、無人の105は横に飛ばされ倒れた。
「ただでさえバランスの悪いPDでキックするなんて‥」
佐伯は呆れた。
冬馬が操縦する105は倒れた105の腕を取り、腕拉腕固うでひしぎうでがための要領で機体を抑え込む事に成功した。
それから冬馬はハッチを開けると、無人の105に飛び移りカバーに覆われた緊急停止ボタンを押し割った。
電源が強制切断されたPD-105は、そのまま動かなくなった。
「ふう‥これでミッションコンプリートだ‥」

    * * *

城杜しろもり県警 取調室
丹下たんげによる黒崎の取り調べが行われていた。
「‥博士がアルファユニットを取り返そうとしてつかみかかって来て、僕はそれを振り払った。その拍子ひょうしに博士は転倒し動かなくなった。慌てた僕はその場を離れた」
「負傷した桐生森雄きりゅうもりお氏をにした訳ですな」
丹下は黒崎の話を強調した。
「けど、しばらくして戻った。でも、もうその場に博士の姿はなかった。だから博士が死んでいるのか、今どこにいるのか僕は知らない、本当だ!」
「それから、奪ったアルファユニットを持ち帰りPD-105に載せたと‥ところで、本物のアルファユニットと複製はどこでみわけるんですか?」
「さあ、どれが本物かなんて僕にも分からないよ。だって、そんなの今更どうでもいい話だからね」
話を聞き終えた丹下はため息まじりに言った、
「私にはロボットの事もコンピュータの事も良う分からんのですが‥あなたのやりたかった事は、他人を傷付けてでもやらなければならなかった事だったんですか?」
「それは!‥それは‥」
黒崎は顔を歪めて黙り込んだ。

―10年前 とある市民会館
桐生教授による『生物とロボットの境界線』に関する講演が行われている。
「一般に誤解されやすい事例として、高性能なコンピューターを使えば、生物、更には人間と同等の知能を持つロボットが作れるのではないか?というものがあります。
確かに、思考ルーチンを積み重ねていけば、生物のように振舞うロボットは作れるでしょう。しかし、それはプログラムに従って動いている事に変わりはありません。
みなさんはプログラムに従って動いているわけではありませんよね?自分の意思に従って行動しているはずです。
私の目標は、意思を持って積極的に人と交流するコンピューター、それを搭載したロボットを生み出す事です。その時、ロボットは機械と生物の境界線を越え、人間の真のパートナーになったと言えるでしょう」
高校生の黒崎が手を挙げる。
「教授、そのロボットを作る目的は何ですか?」
「人間は弱い存在で、その行動範囲は限られています。私の考えるロボットの目的は、私達を乗せて新たな領域に連れて行ってくれる、そんな存在になる事です」

    * * *

講演の後、桐生に駆け寄る黒崎。
「桐生教授!」
「君は先程の‥」
「黒崎じんと申します。論文を読ませて頂きました、感動しました。今日の講座も素晴らしかったです」
「それはどうも」
「僕、将来は城杜《しろもり》大学に入って、教授の研究をお手伝いしたいと思っているんです!」
「いやあ、それは楽しみですね‥」―

(あの頃の僕は夢に溢《あふ》れていた‥そして、博士を尊敬していた‥)
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