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日常と変化
赤との出会い
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和樹の住むマンションから出た時には、朝日が登っていた。
一晩中抱かれていたわけではないが、乱暴に扱われた体は悲鳴をあげている。それでも、朝まで置いてくれる場所があるのはありがたかった。
電源を切っていた携帯を起動させると、一通の着信履歴が目につき、胸が鈍い痛みに襲われる。
成瀬亮介と表示された連絡先。
こだまの父親──付け加えるならば、血の繋がらない父親だ。
不義理だと分かっていながらも、家に寄りつくことをよしとしない自分がいる。
あそこを居場所としてはならないのだと、頭の奥で暗示のように声がするのだ。
「腹へったぁ…」
何処かで買い食い…ということもできないので、きゅるると悲鳴をあげる腹はどうしようもない。
バイトはしているが、自分のために稼いでいるわけではないので、常に一文なしだった。
ただ家に帰ればいいだけの話だが、強情な自分はそれを良しとしない。
殆どは和樹の家に入り浸っている。
少々性格に難ありだが、飯もくれるし泊まることにも文句は言わない。
あぁ見えてやり手の若社長で、言い方はアレだが金はもっているのだ。
それにルックスもいい。ハッキリとした目鼻立ち。切長の目は大人の色気を感じさせる、男らしい顔つきだ。
それがこんなひもじい16のガキをセフレにしているのだから、とんだ物好きだと思う。
河川敷を歩いていれば、横を男子高校生が急ぐように自転車を漕いで行った。
この感じじゃ学校は遅刻になるが、授業にはちゃんと出よう。何度も欠席したことで親も揃っての呼び出し…なんてことになったら堪らない。
ふらふらと覚束無い足取りで学校に向かう。教科書は全部学校に置いてるし、和樹の家には制服のまま行ったので、このまま登校しても問題ない。
日が昇り、人々が1日を始めていく。そんな周りから自分は切り離されている気がするのは何故だろう。こんなにも後ろめたい気持ちになるのは何故だろう。
不意に、このまま跡形もなく消え去ってしまいたいと思うことがある。音もなく、実に呆気なく、自分という存在がこの世界から消える。
それはとても魅力的に思えて、しかしそんなことは叶わないということを思い出して途方に暮れる。
“自死”という選択肢はないのだ。ただ、誰にも悟られず、静かに自分を終わらせてしまいたい。そんな空想じみた願望。ファンタジー。
「何してんだろ、俺」
アホみたいなことを考える自分に嘆息する。
そんな時、上から突然声がした。
「おう、サボりか少年」
反射的に顔を上げると、河川敷の階段に、1人の男が座っていた。
1番初めに目に入ったのは、燃えるような赤い髪。現実離れしたそれが陽の光で色鮮やかに輝く。
口に咥えたタバコから、ゆらゆらと煙が上がっていた。歳は20代かと思われるが、年齢不詳な見た目をしておりはっきりとは分からなかった。
朝っぱらから河川敷に座り込み、タバコを吸う赤髪の男。正直色々と怪しすぎる。
ただ相手は息を呑むほどの色男だった。その赤髪も何の違和感もなく彼に馴染んでいる。荒々しい見た目の中に男の色気を感じ、同時にどこかミステリアスな雰囲気も兼ね備えた人物だった。
「……いえ、今登校中ですけど」
迷ったが、シカトするのも怖いので答えておく。
そうして相手と見つめ合い数秒。何も返してこない男性に首を傾げると、相手は真顔で切り出した。
「君、俺のこと知らねーの?」
「……何処かでお会いしました?」
「ブハッ」
何故か吹き出した相手はツボに入ったようで暫くケタケタ笑っていた。
反応に困って何とも言えない表情で固まっている此方を他所に、「まー別に有り得ない話でもないか。今の子なら特にそーだよなー」と彼は勝手にひとりで納得している。
1ミリも意味が理解できず、こだまは眉間に皺を寄せた。
「なに。どういうことすか」
「んー。教えてもいいけど、教えてやんない」
「は?なんだそれ」
ついタメ口で返してしまったが、相手は気にした風もなく笑っていた。
全く何が何やら。なんだか面白くなくて、ガシガシと頭を掻く。
「お前、それ…」
「え?」
男の笑いが収まった。
変化した空気に顔を上げる。男の視線は、こちらの頭を掻く手元に向けられていた。
そこには昨夜和樹に付けられたタバコの火傷の跡。
一瞬で頭が真っ白になり、弾かれたように駆け出していた。
見られた。見られた。
これがどういった火傷なのか、バレただろうか。見られた時の反応も悪手だった。あんなの只事ではないと自ら明かしているようなものだ。
そこまで考えを巡らせた時、どこからか笑い声が聞こえてきて我に返る。気付けば学校前まで辿り着いていたようだ。グラウンドで1限が体育の生徒たちがサッカーをしてはしゃいでいる。
こだまは取り乱す己に嘆息した。
何をそんなに動揺しているのか。相手はその場限りで出会った赤の他人ではないか。例え傷のことで何かを勘付かれたとしても、彼とはお互いの名前すら知らないような関係性だ。そんな相手に一体何を危惧する必要がある。
こだまは気を取り直し、校門をくぐる。
グラウンドの生徒たちの笑い声が、やけに遠くのものに感じた。
一晩中抱かれていたわけではないが、乱暴に扱われた体は悲鳴をあげている。それでも、朝まで置いてくれる場所があるのはありがたかった。
電源を切っていた携帯を起動させると、一通の着信履歴が目につき、胸が鈍い痛みに襲われる。
成瀬亮介と表示された連絡先。
こだまの父親──付け加えるならば、血の繋がらない父親だ。
不義理だと分かっていながらも、家に寄りつくことをよしとしない自分がいる。
あそこを居場所としてはならないのだと、頭の奥で暗示のように声がするのだ。
「腹へったぁ…」
何処かで買い食い…ということもできないので、きゅるると悲鳴をあげる腹はどうしようもない。
バイトはしているが、自分のために稼いでいるわけではないので、常に一文なしだった。
ただ家に帰ればいいだけの話だが、強情な自分はそれを良しとしない。
殆どは和樹の家に入り浸っている。
少々性格に難ありだが、飯もくれるし泊まることにも文句は言わない。
あぁ見えてやり手の若社長で、言い方はアレだが金はもっているのだ。
それにルックスもいい。ハッキリとした目鼻立ち。切長の目は大人の色気を感じさせる、男らしい顔つきだ。
それがこんなひもじい16のガキをセフレにしているのだから、とんだ物好きだと思う。
河川敷を歩いていれば、横を男子高校生が急ぐように自転車を漕いで行った。
この感じじゃ学校は遅刻になるが、授業にはちゃんと出よう。何度も欠席したことで親も揃っての呼び出し…なんてことになったら堪らない。
ふらふらと覚束無い足取りで学校に向かう。教科書は全部学校に置いてるし、和樹の家には制服のまま行ったので、このまま登校しても問題ない。
日が昇り、人々が1日を始めていく。そんな周りから自分は切り離されている気がするのは何故だろう。こんなにも後ろめたい気持ちになるのは何故だろう。
不意に、このまま跡形もなく消え去ってしまいたいと思うことがある。音もなく、実に呆気なく、自分という存在がこの世界から消える。
それはとても魅力的に思えて、しかしそんなことは叶わないということを思い出して途方に暮れる。
“自死”という選択肢はないのだ。ただ、誰にも悟られず、静かに自分を終わらせてしまいたい。そんな空想じみた願望。ファンタジー。
「何してんだろ、俺」
アホみたいなことを考える自分に嘆息する。
そんな時、上から突然声がした。
「おう、サボりか少年」
反射的に顔を上げると、河川敷の階段に、1人の男が座っていた。
1番初めに目に入ったのは、燃えるような赤い髪。現実離れしたそれが陽の光で色鮮やかに輝く。
口に咥えたタバコから、ゆらゆらと煙が上がっていた。歳は20代かと思われるが、年齢不詳な見た目をしておりはっきりとは分からなかった。
朝っぱらから河川敷に座り込み、タバコを吸う赤髪の男。正直色々と怪しすぎる。
ただ相手は息を呑むほどの色男だった。その赤髪も何の違和感もなく彼に馴染んでいる。荒々しい見た目の中に男の色気を感じ、同時にどこかミステリアスな雰囲気も兼ね備えた人物だった。
「……いえ、今登校中ですけど」
迷ったが、シカトするのも怖いので答えておく。
そうして相手と見つめ合い数秒。何も返してこない男性に首を傾げると、相手は真顔で切り出した。
「君、俺のこと知らねーの?」
「……何処かでお会いしました?」
「ブハッ」
何故か吹き出した相手はツボに入ったようで暫くケタケタ笑っていた。
反応に困って何とも言えない表情で固まっている此方を他所に、「まー別に有り得ない話でもないか。今の子なら特にそーだよなー」と彼は勝手にひとりで納得している。
1ミリも意味が理解できず、こだまは眉間に皺を寄せた。
「なに。どういうことすか」
「んー。教えてもいいけど、教えてやんない」
「は?なんだそれ」
ついタメ口で返してしまったが、相手は気にした風もなく笑っていた。
全く何が何やら。なんだか面白くなくて、ガシガシと頭を掻く。
「お前、それ…」
「え?」
男の笑いが収まった。
変化した空気に顔を上げる。男の視線は、こちらの頭を掻く手元に向けられていた。
そこには昨夜和樹に付けられたタバコの火傷の跡。
一瞬で頭が真っ白になり、弾かれたように駆け出していた。
見られた。見られた。
これがどういった火傷なのか、バレただろうか。見られた時の反応も悪手だった。あんなの只事ではないと自ら明かしているようなものだ。
そこまで考えを巡らせた時、どこからか笑い声が聞こえてきて我に返る。気付けば学校前まで辿り着いていたようだ。グラウンドで1限が体育の生徒たちがサッカーをしてはしゃいでいる。
こだまは取り乱す己に嘆息した。
何をそんなに動揺しているのか。相手はその場限りで出会った赤の他人ではないか。例え傷のことで何かを勘付かれたとしても、彼とはお互いの名前すら知らないような関係性だ。そんな相手に一体何を危惧する必要がある。
こだまは気を取り直し、校門をくぐる。
グラウンドの生徒たちの笑い声が、やけに遠くのものに感じた。
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