ヴァルキリーレイズ

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第一笑(オーディン編)

7 : 高難度クエスト

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 新しい仲間を手に入れた俺たちのリーダーであるネーシャは、早速とギルドに向かってクエストを受注した。その内容は……。

 【森の番人を討伐せよ】

 達成条件   :ギガウルフの討伐
 危険度    :★★★★★
 報酬     :120000ルーン
 依頼人    :サイラの冒険者

 サイラの冒険者 : てぇへんだ! 森で糞してたら匂いを嗅ぎつけたメガウルフの群れに囲まれたんだが、そいつらはこの俺の敵じゃねぇ! 問題なのはそいつらの長、ギガウルフだ! 獰猛な牙で俺の糞を食らいやがった! こんなのは初めてだ! あんなのが居たら森に入れなくなっちまう! 勇敢な冒険者よ、どうかあの糞ったれを倒してくれ!


 一言でいうと、高難度クエストだ。それを見せつけてくるネーシャの手を掴んで下げた。

「正気か?」
「正気よ」

 何だろうかこの自信満々な顔は。師範級のプリーストであるサラが仲間に入って浮かれているのか?

「あのなネーシャ。いくらサラがいるからって、これは無理があるだろ」
「バカねコウタは。あなたも強くなれるチャンスなのよ?」
「というと?」
「モンスターに傷ひとつでも付ければ、
倒した後にスキルポイントが幾分か貰えるんだから!」

 倒すこと前提で話してるのが既に問題でありバカなんだよな。
 サラに向く。

「って言ってるけど、サラ、大丈夫そうか?」
「ど、どうでしょう? 私が先日までいたパーティでは難なく倒していたのですが……」

 おお、これは心強い。サラがいたパーティは恐らく、彼女と同じ師範級の冒険者ばかりなんだろうな。
 ……ん? 先日までいたパーティだって?

「サラ。先日までいたパーティというのは?」
「はい。私は昨日まで王都の特殊部隊、『デルタ』に所属していたんです」
「えっ……」

 王都だと……? 特殊部隊だと!? 特殊部隊ってことは、王都直轄のパーティ!? 

「どうしてやめちゃったんだ? 言いにくいことなら言わなくていいけど……」
「ええと……気がついたら私、あなた達の家の庭で横たわっていたんです」
「ン?」

 嫌な予感。

「っ!」
「っ……」

 首をぶん回してネーシャを見ると、彼女は即座に顔を逸らした。

「道が分からないので、あなた達の家を訪ねたのですが、何だか、気がついたらこのパーティに……」
「待てそこで待て」

 俺は「ちょっとこい」とネーシャの首根っこを捕まえて隅に寄った。

「何よコウタ」
「何してるんだお前はァ!」
「何って……良さげな人材がいたからスカウトしただけじゃない」
「スカウトってなお前! ゲームじゃねぇんだぞモンスターを仲間にするとかそういうノリでやるもんじゃないからなァ!?」

 気だるげに聞くネーシャは事の重大さを理解しているのだろうかいやしていない。

「面倒くさいわね」

 あれ? 理解していた?

「そうだな面倒くさいことになったな。お前のせいで」
「私のせいって何よ!」

 ああ、やっぱり理解していないわこの人。

「いいか? お前が″攫って″きたのは――王都の! この国の! 重要戦力である特殊部隊の人間だ! ……どうなるか知りたくないよなこのポンコツリーダー」
「誰がポンコツですって!? ちょっとツラ貸しなさいよこのロリコン!」
「だァレがロリコンだ! ……いや今そんなことはどうでもいい! とにかくサラを王都に返してくるんだ!」

 じゃなきゃ俺たちは王都を、国を敵に回すことになるかもしれないからな!
 それにしてもどうしてそんな精鋭部隊の人間がこんなシーカーの一人に攫われちゃうかなぁ。
 でもまだ間に合う。さすがにこの話を聞けばネーシャも納得してくれるだろう。

「嫌よ。絶対イヤ」
「ハ?」

 間の抜けた声が肺から飛び出す。
 俺は震える喉から声を振り絞った。

「何言ってんの? お前。聞いてたよな? サラは……」
「分かってるわよそんなこと。でもいいじゃない、彼女が仲間になるって言ってくれたんだし」

 何でサラがあんなにオドオドしてたのか分かったぞ。
 無理もないさ、見知らぬ家の庭で目を覚まして、そこを訪ねてみれば見知らぬ男が自分を部屋に引き入れ、そして堂々と構える主犯の赤髪ポニーテールが仲間になれと言ってきたのだから。
 俺が一番腹立つのは、自分で攫っておいて庭に放置し、あたかも訪ねてきたサラが面接にやってきた冒険者だと見せかけるコイツのズル賢さだ!

「選べネーシャ。サラを今すぐ王都に返すか、俺たち諸共処刑されるか」
「何言ってるの? クエストに行くわよ?」

 駄目だ、こいつ。

「さぁみんな! 張り切って行きましょう!」

 揃う「おー」という返答を背後に、俺はただ不安を募らせるしか無い。問題なのは、サラまでも拳をあげて同調していることだった。



 森の中腹、刺激的な匂いが鼻をつく。

「何よこの匂い、まるでアレじゃない」
「アレってなんだ?」
「アレはアレよ! 女の子に言わせる気?」

 とりわけウンコだ。糞。排泄物。
 モンスターのフンが溜まっているのだろうか。

「ネーシャ! ここにゃ!」
「うわ! ここに本体がいるじゃない! どおりでくっさいワケね!」

 鼻の効くシャミーはすぐにそのウンコの位置を特定して見せた。一本は長く、太い。しかしもう一本は何かに噛みちぎられたように……。

「グルァァァァァ!!!!!」

 その咆哮は唐突に森中に響いた。

「っ……! 何だ!?」
「落ち着け、ギガウルフだ」
「何だギガウルフか」
「おん」
「――って、″おん″じゃねェ!! 」

 冷静すぎるミカンの口調で、思わず自分もそれに飲まれてしまいそうになる。
 ギガウルフは俺たちが受けた高難度クエストの討伐対象モンスター。ボスがもう間近にいるのだ。

「はわわ! 心の準備がまだ出来ていないのにゃ!」
「どこにいるのかしら……」

 ネーシャは腰のダガーを抜き、構えた。俺も戦闘態勢に入らないとな。
 さて、どこから現れるか。

「くんくん……あっちにゃ!」

 シャミーが指さす方向。茂みから今まさに、それは飛び出してきた。

「グルォォオオオオ!!!!」

 咆哮により風圧が発生し、髪が揺れる。

「来たか!」

 形は狼。大きさはクマを超える。四足歩行なのに人間よりも頭の位置が高い。
 古傷を多く刻むその獰猛な身体からは歴戦を思わせる。
 
「グルルルル……!」

 はみ出る鋭い牙、太い足。全てが暴力的であった。

「お、おいネーシャ。本当にこんなのに勝てるんだろうな?」
「だ、大丈夫よ! それよりコウタ、スキルポイントを溜めたいんでしょ? ほら、一発やってきなさいよ」
「バカヤロウ! あんなのに近づいたら気合いだけで殺されるわ!」

 もし俺が勇敢な冒険者であるなら、男である自分が先に出てモンスターを引きつける役を買っていただろう。しかしそんなプライドは無駄でしかない。死ねば皆平等……死んでしまえば英雄も落ちこぼれもないのだ!
 そこで前に出たのはサラ。

「皆さん下がってください! ギガウルフは私が引き受けます!」
「おお! 心強いぜサラ!」
「待って!」

 その声の主を、ギリッと睨みつける。……何を言うつもりだ、ネーシャ。

「せめて一撃。一撃だけでいいから斬らせてよ! こんなに強そうなモンスターだもの。それだけでもスキルポイントはガッポガポよ!」

 この強欲女が! 目と鼻の先にヤツがいるってのに何のんきなこといってんだ!

「えっと……では、お願いします」
「そうだそうだ! ここはサラに任せて下がるべき……サラ?」

 呆気なく承諾してんじゃねぇよ!
 しかし思った、俺たちは何故こんなにものんきに会話しているのだろうと。少し平和ボケが過ぎるんじゃないのか? 相手は高難度クエストの対象モンスターだぞ? 

「グルォォオオオオ!!!」
「ギャァァア!! 何で俺なんだよぉぉお!!!」

 ギガウルフの太い足が、俺に向かって飛んでくる。

「助けてぇえサラァァァ!!」

 咄嗟にダガーを突き出すと、目の前でギガウルフは弾けた。

「お……あれ?」

 ついに俺の秘めたる力が。

「すごいわねサラ! さすがは王都直属の特殊部隊って感じね!」

 皆が見るのは杖を構えるサラの姿。

「べ、別に分かってたし? 俺の力じゃないことくらい――」
「――やややっ。何を落ち込んでいる?」
「落ち込んでなんかねぇよ!」
「すまんすまん。落ち込んでいるのはお前の腰だったな」
「はぅ!」

 腰抜かしてるのバレてた。両手を付いて休憩してる風に見せてたのに。

「サラはすごいのにゃ! ギガウルフを一撃で倒してしまったのにゃ!」
「あははは……。そんな、大したことじゃ……」

 事実、俺たちには心強い仲間ができた。いや、できたと言っていいのか分からないが、サラがいれば高難度クエストを受けることができて、お金も沢山手に入るから高級な装備も買える。そうなればパーティの戦力も大幅に上がるだろう。
 思っているよりも、オーディンとの戦いの日は近いのではないだろうか。
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