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第一笑(オーディン編)
9 : 日曜クエスト
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師範級アーチャーであるテシリーに対し勝利を収めた俺は自慢げにネーシャに胸を張った。
「どうだっ!」
「バカ」
「なにィ!?」
師範級のアーチャーを下したこの俺にたった一言バカだと!?
呆れたような顔でネーシャは言う。
「あのね……いくら何でも女の子のスカートひん剥くなんて信じられないから」
「こっちは命かかってたんだぞ!? 手段を選んでいられるか!」
ネーシャのため息。いや、安堵の息だろうか。
「でも一件落着で何よりよ。よくやったとは言いづらいけれど」
ネーシャは、スカートのチャックを何とかしてつなぎ止めようとしているテシリーを一瞥してそう言った。
「テシリーさん?」
家から出てきたのはサラ。さすがに異変を感じて出てきたか。
「ん……サラ! 無事だったのか!?」
「ええ、私は特に何もされていませんよ?」
スカートの端を抑えて駆け寄るテシリーは、サラの身体をまじまじと観察している。
ギガウルフ戦で傷を負わせていたらまたバトルになっていただろうな。
「良かった……だが、まだお前を取り返すことはできない。……本当にすまない、私は負けてしまったのだ」
「負けてしまった……? ネーシャさんにですか?」
「そこの……コウタというシーカーにだ」
俺をそんな目で見るな。震えた指で俺をさすなァ!
「そうなんですか!? 強いんですねぇコウタさんっ! テシリーさんは世界でも指折りのアーチャーなのに!」
「まぁ、な?」
と、次に家のドアを開いたのはシャミー。テシリーを発見するなりトテテッと走って彼女に抱きついた。
「わーい! テシリーにゃ!」
「久しぶりだなシャミー。元気そうで何よりだ」
ん? 二人は知り合いか? むしろかなり親密に見えるが。
ということはネーシャも?
「ネーシャ? 二人が凄く仲良さそうに見えるんだが、お前達はテシリーの事を知ってるのか?」
「ええ、まぁ」
何だこの腑に落ちない感じは。
「テシリーが来る前に言いかけた事なんだけれど……私は元々デルタのパーティメンバーだったのよ」
「そうなのか……ソウナノカ!?」
何をサラッと言い出すんだこいつは!
「お前が王都直属の特殊部隊……? 冗談にしては面白くないぞ?」
「本当よ。だからサラも私のことを知ってるわ」
「えっ……?」
サラの方を見ると、困り笑顔で。
「目を覚ましてからお邪魔した家にネーシャさんがいて……あの時はびっくりしました」
二人とも、元々同じパーティメンバーだったのかよ!
「嘘、だろ……」
「ギルドでサラがデルタであることをサラッと言い出した時はさすがに血が冷えたわー。マジでポンコツなプリーストだと思ったわね。あ、ダジャレじゃ無いわよ?」
「ポンコツだなんて酷いですよネーシャさん!」
おいおい、ということは俺とミカン以外、ネーシャが元々デルタの人間だってこと知ってたのかよ!
「やはりそうだったか」
「ミカン!?」
お前も気づいていたのか?
何故、という目を向けるとミカンは答えてくれる。
「ネーシャはお前がシーカーになるまで、たった一人のシーカーだった。誰からも技を教えられることのない未熟な者がシーカーを続けるわけがないだろう」
「はっ……」
ミカンは「それに」と続ける。
「ネーシャはただ良い人材をと言ってサラを攫ってきただけだというのに、お互いは名前を知っていた。その時点で何となく察しはついていたな」
全く予想もしていなかったのは俺だけだったらしい。
ネーシャは師範級のシーカーであり、元デルタの一員である、ということだ。
それが分かると、やはり心配になるのがテシリーの考えだ。
「まさかテシリーはサラとネーシャを?」
「勘違いするな変態シーカー」
「変態言うな」
「私の目的はサラだ。引退したネーシャに興味はない」
そうか、ネーシャはデルタを引退したのだから無関係なわけだ。
だがこれで納得がいった。駆け出し冒険者の街にいるようなシーカーが何故、王都直属の最強パーティに属する一人を攫って来れたのか。それは当然、最強の一人だったからだ。
隠密行動を得意とするシーカーの極に達しているネーシャなら、造作もない事だっただろう。
「それで? これからお前はどうするつもりだテシリー」
「後日、再戦を申し込むつもりだ」
「ほぅ……?」
勘弁してくれ頼むから!
「いいぜ? またスカートをひん剥いてやるよ」
同じ手が通用するわけないだろ! 次は絶対殺されるぞ俺!
「ふん、言っておけ。次は絶対にサラを取り返してみせる。それまでにそこのシーカーに戦い方を教わっておけ」
「言われなくても」
そして、テシリーは去った。
ネーシャは俺に近づいてくるなり、プクスっと笑った。
「あんな大口叩いて大丈夫なのかしら? このロリコンシーカーさんは」
「大丈夫じゃねぇしロリコンじゃねぇ。……ネーシャ、俺を強くしてくれ」
「お易い御用よ!」
◇
とは言ったものの、翌日俺はシャミーと一緒に魚釣りをしに釣り堀へやってきていた。
息抜きのようなものだがこれもクエストだ。
傾けた釣り竿から垂れる糸を、シャミーは見つめていた。
「何が釣れるかにゃぁ~」
くねくねと尻尾を上に向けて上機嫌な様子だ。
青い空には鳥が飛び交っている。聞きなれた鳴き声ではないがそれでも和みのある風景に俺の口元は緩む。
「お、来た……!」
竿先が振動し、確かな手応え。竿を引くと糸の先に食いついていたのは魚。これは見慣れた形をしている。
「アジにゃ!」
「アジ?」
俺が知ってるアジとは少し見た目が違うようだが。
「美味しいからアジなのにゃ!」
由来は同じか。
ゴクリと唾液を飲み下すシャミーに、アジを渡す。
「いいの!?」
「もちろんだ。それにアジはクエストの対象じゃないしな」
「ありがとうにゃ!」
生きたままのアジにかぶりつくシャミーはそれでもどこか愛嬌があった。
「それ~い!!」
今度は勢いよく引き上げた竿の針から離れた魚が、後方に飛んで行った。
「待つのにゃ~!!」
シャミーは飛んでいく魚を追いかけて走っていく。
「気をつけるんだぞ~!」
シャミーの背中を見送ったあと、針にエサを付けて再び糸を垂らしていると、俺の右側三十メートルほど先に釣り竿を持った人がやってきた。
慣れたように準備をしている様を見ると、釣りをよくする人だということがわかる。
俺がチョイスしたこの場所はそんな人でも狙って来る場所だということがわかって少し安心した。
「ふぅ……ん?」
海面に戻した視線は再び右へ振れる。
「アレは……?」
先程やってきた釣り人。その身なりに見覚えがあった。緑色の頭髪にスカート、そして背負われた弓。
ソレは華麗に竿を振り、遠方に糸を飛ばした。すぐに獲物はかかり、シュッと竿をあげて飛んできた獲物をキャッチ。
「っ……!」
じっと凝視していると、目が合う。俺はすぐに目を逸らした。
ソレは立ち上がってこちらに歩いてくると、俺の背後に立つ。
「君、釣りは初めてか?」
「え……と」
俺のことに気づいていない? ひょっとしてこいつは別人だったりするのか?
「すまない、名乗るのが先だったな。私は偉い人間ではないので名乗らせてもらうとしよう。……私はテシリー。ここでよく釣りをしているんだ」
ですよねテシリーさんですよねぇ……。昨日はお世話になりました。
「お、俺はコウタです」
「コウタ?」
「……何か」
「ああいや、何でもない。最近そのような名前をした、ロリコンで変態で最悪な男がいてな。釣りが好きな人間に悪いやつはいない。……すまなかった、一瞬でも疑ってしまった自分が情けない」
「オ、オキニナサラズー」
どうしようコイツ今すぐにでも海に突き落としたい。
「それでコウタ。釣りは初めてか?」
「ええ、まぁ。そんな感じです」
この世界の魚なんて知らないからな。したてに出て悪いことはないだろう。
「そうかそうか! なら私が教えてやろう!」
したてに出るんじゃなかった。
「だがお前、センスはあるぞ! この場所を初めての釣り堀に選ぶくらいだからな!」
「どうも……」
こいつ、本当は気づいているんじゃないだろうか。いつ俺を海に突き飛ばそうかと考えているのでは!?
「ちょっと糸を引くぞ」
テシリーは糸を引き上げて先端についているエサを見る。
「ふむ……コメムシか。ポピュラーなエサではあるが、ここにいる魚には受けが悪いんだ」
「そ、そうなんですね」
「たまに泳いでいるアジなら釣れるが、ここにはもっと沢山のトロがいる。そいつらにオススメのエサが、これだ!」
俺の目の前に垂れ込んできた針に付いていたのは蛇。
「ギャァア!!」
思わず後ずさってテシリーの脚にぶつかる。
「がっ……」
こ、殺される……!
「おっとすまない。驚かせてしまったか」
「いぇ、大丈夫です……」
「良いメンタルだ。……このエサはサービスだから是非とも受け取ってくれ! ちなみにこいつの名前はミニヘビーだ」
小さいのか大きいのか分かんねぇよその名前。
ドスッと、蛇がぎっしりと入ったカゴが傍らに置かれた。
最悪だ。
「あ、ありがとうござ――」
「コウタ~! いいもの見つけてきたのにゃー!」
魚を追いかけていったシャミーが帰ってきた。
テシリーと同時に振り向くと、彼女の掲げる右手には俺の傍らにある種と同じ蛇が握られているのが分かった。
「あれ、シャミーじゃないか」
「ほぇ? テシリー?」
しまったァ……! シャミーといる男がコウタという名前では、テシリーからするともう他に考えようがないぞ!
絶望した顔をシャミーに向けていると、彼女はキョトンとした顔から一転、元気に笑う。
「テシリーも来てたのかにゃ! ……ほらほら見て見てにゃ! ミニヘビーにゃ!」
「ええと、シャミー?」
あのテシリーがミニヘビーを見てもそれに触れようとしない。何故なら彼女の中で……シャミーがいるということは、コウタという名前の男に駆け寄っていったということはと、そんな考えが巡っているからに他ならないからだ。
「っ!」
「っ……」
向いてきたテシリーから即座に顔を逸らす。
「おいお前……」
「ナ、ナンデスカ?」
「顔を見せろ」
できる限りの変顔で、テシリーと顔を合わせた。
ワンチャンある。
「コウタ……お前だったのか!!」
「……」
無理があった。
テシリーの表情は一瞬にして歪み、早速胸ぐらを掴みあげられた。
「よくもノコノコと私の前に現れたものだな! ……勝負だ!」
「待てよテシリー! 俺は釣りをしに来ただけだ! まさかお前がいるだなんて思いもしなかったぞ!」
厳密にいえばノコノコと現れたのはお前の方だけどなテシリー。
「にゃにゃにゃ~! 落ち着いてにゃテシリー!」
テシリーを止めようと両者に張り付くシャミーの右手が俺に触れる。そこにはミニヘビーとかいう蛇が握られたまま。
「ギャァア! 蛇が! 蛇がァァァ!」
「にゃー! 噛み付いて離れないのにゃー!」
「ギィイイヤァァア!!! 助けてくれェェエ!」
「黙れロリコンシーカー! それでも私のライバルか!」
「にゃ……これミニヘビーじゃなくてモードクヘビーだったのにゃ」
モードクヘビー……?
「ディゲァァァア!!! 絶対死ぬゥゥウ!!」
「ぬっ!」
パニクってテシリーの方へ突っ込んでしまい、突っ込まれたテシリーは体勢を崩して二人共々こけてしまう。
「ふぅ……やっと離したのにゃ。安心するにゃコウタ。やっぱりこれはミニヘビーにゃ」
「いてて……ん? 何だ、これ」
手に持っていたのは布。天にかさずとスカートだということが分かる。右手に乗って空を泳ぐスカート。
この風景、見たことがあるような。
「おい、お前……」
「お、落ち着けよテシリー」
股を押さえて立ち上がる彼女から後ずさる。今度こそ殺される。
「い、いいから、早くスカートを返せ!」
「ヤダ! だってお前、取り返したら絶対俺のこと殺そうとするだろ!」
「しない! 絶対にしないから返してくりゅぇー!」
「おっとそれ以上動くなよノーパンビッチめ。このスカートが大海原を大航海することになるぜ?」
海の上にスカートをはためかせテシリーの進行を止める。
「そんな! 私はどうしたらいいのだ!」
確かに、どうしたら俺は助かるのか。そこが重要だ。
閃いた。
「にゃ! どうしてコウタがズボンを脱ぐのにゃ!」
「テシリーには俺のズボンを履いてもらう!」
「どうしてそうなるのだ!」
「スカートを渡す瞬間に反撃される可能性があるからな! だからスカートは渡せない!」
ズボンを脱ぎ、左手に握る。
「……」
沈黙。
口を開いたのはシャミー。
「ズボンにしたって、渡す瞬間があることに変わりはないのにゃ……」
その後、スカートを履いたテシリーと、ズボンを履いた俺は、お互い見知らぬフリをして釣りを続けたのであった。
「どうだっ!」
「バカ」
「なにィ!?」
師範級のアーチャーを下したこの俺にたった一言バカだと!?
呆れたような顔でネーシャは言う。
「あのね……いくら何でも女の子のスカートひん剥くなんて信じられないから」
「こっちは命かかってたんだぞ!? 手段を選んでいられるか!」
ネーシャのため息。いや、安堵の息だろうか。
「でも一件落着で何よりよ。よくやったとは言いづらいけれど」
ネーシャは、スカートのチャックを何とかしてつなぎ止めようとしているテシリーを一瞥してそう言った。
「テシリーさん?」
家から出てきたのはサラ。さすがに異変を感じて出てきたか。
「ん……サラ! 無事だったのか!?」
「ええ、私は特に何もされていませんよ?」
スカートの端を抑えて駆け寄るテシリーは、サラの身体をまじまじと観察している。
ギガウルフ戦で傷を負わせていたらまたバトルになっていただろうな。
「良かった……だが、まだお前を取り返すことはできない。……本当にすまない、私は負けてしまったのだ」
「負けてしまった……? ネーシャさんにですか?」
「そこの……コウタというシーカーにだ」
俺をそんな目で見るな。震えた指で俺をさすなァ!
「そうなんですか!? 強いんですねぇコウタさんっ! テシリーさんは世界でも指折りのアーチャーなのに!」
「まぁ、な?」
と、次に家のドアを開いたのはシャミー。テシリーを発見するなりトテテッと走って彼女に抱きついた。
「わーい! テシリーにゃ!」
「久しぶりだなシャミー。元気そうで何よりだ」
ん? 二人は知り合いか? むしろかなり親密に見えるが。
ということはネーシャも?
「ネーシャ? 二人が凄く仲良さそうに見えるんだが、お前達はテシリーの事を知ってるのか?」
「ええ、まぁ」
何だこの腑に落ちない感じは。
「テシリーが来る前に言いかけた事なんだけれど……私は元々デルタのパーティメンバーだったのよ」
「そうなのか……ソウナノカ!?」
何をサラッと言い出すんだこいつは!
「お前が王都直属の特殊部隊……? 冗談にしては面白くないぞ?」
「本当よ。だからサラも私のことを知ってるわ」
「えっ……?」
サラの方を見ると、困り笑顔で。
「目を覚ましてからお邪魔した家にネーシャさんがいて……あの時はびっくりしました」
二人とも、元々同じパーティメンバーだったのかよ!
「嘘、だろ……」
「ギルドでサラがデルタであることをサラッと言い出した時はさすがに血が冷えたわー。マジでポンコツなプリーストだと思ったわね。あ、ダジャレじゃ無いわよ?」
「ポンコツだなんて酷いですよネーシャさん!」
おいおい、ということは俺とミカン以外、ネーシャが元々デルタの人間だってこと知ってたのかよ!
「やはりそうだったか」
「ミカン!?」
お前も気づいていたのか?
何故、という目を向けるとミカンは答えてくれる。
「ネーシャはお前がシーカーになるまで、たった一人のシーカーだった。誰からも技を教えられることのない未熟な者がシーカーを続けるわけがないだろう」
「はっ……」
ミカンは「それに」と続ける。
「ネーシャはただ良い人材をと言ってサラを攫ってきただけだというのに、お互いは名前を知っていた。その時点で何となく察しはついていたな」
全く予想もしていなかったのは俺だけだったらしい。
ネーシャは師範級のシーカーであり、元デルタの一員である、ということだ。
それが分かると、やはり心配になるのがテシリーの考えだ。
「まさかテシリーはサラとネーシャを?」
「勘違いするな変態シーカー」
「変態言うな」
「私の目的はサラだ。引退したネーシャに興味はない」
そうか、ネーシャはデルタを引退したのだから無関係なわけだ。
だがこれで納得がいった。駆け出し冒険者の街にいるようなシーカーが何故、王都直属の最強パーティに属する一人を攫って来れたのか。それは当然、最強の一人だったからだ。
隠密行動を得意とするシーカーの極に達しているネーシャなら、造作もない事だっただろう。
「それで? これからお前はどうするつもりだテシリー」
「後日、再戦を申し込むつもりだ」
「ほぅ……?」
勘弁してくれ頼むから!
「いいぜ? またスカートをひん剥いてやるよ」
同じ手が通用するわけないだろ! 次は絶対殺されるぞ俺!
「ふん、言っておけ。次は絶対にサラを取り返してみせる。それまでにそこのシーカーに戦い方を教わっておけ」
「言われなくても」
そして、テシリーは去った。
ネーシャは俺に近づいてくるなり、プクスっと笑った。
「あんな大口叩いて大丈夫なのかしら? このロリコンシーカーさんは」
「大丈夫じゃねぇしロリコンじゃねぇ。……ネーシャ、俺を強くしてくれ」
「お易い御用よ!」
◇
とは言ったものの、翌日俺はシャミーと一緒に魚釣りをしに釣り堀へやってきていた。
息抜きのようなものだがこれもクエストだ。
傾けた釣り竿から垂れる糸を、シャミーは見つめていた。
「何が釣れるかにゃぁ~」
くねくねと尻尾を上に向けて上機嫌な様子だ。
青い空には鳥が飛び交っている。聞きなれた鳴き声ではないがそれでも和みのある風景に俺の口元は緩む。
「お、来た……!」
竿先が振動し、確かな手応え。竿を引くと糸の先に食いついていたのは魚。これは見慣れた形をしている。
「アジにゃ!」
「アジ?」
俺が知ってるアジとは少し見た目が違うようだが。
「美味しいからアジなのにゃ!」
由来は同じか。
ゴクリと唾液を飲み下すシャミーに、アジを渡す。
「いいの!?」
「もちろんだ。それにアジはクエストの対象じゃないしな」
「ありがとうにゃ!」
生きたままのアジにかぶりつくシャミーはそれでもどこか愛嬌があった。
「それ~い!!」
今度は勢いよく引き上げた竿の針から離れた魚が、後方に飛んで行った。
「待つのにゃ~!!」
シャミーは飛んでいく魚を追いかけて走っていく。
「気をつけるんだぞ~!」
シャミーの背中を見送ったあと、針にエサを付けて再び糸を垂らしていると、俺の右側三十メートルほど先に釣り竿を持った人がやってきた。
慣れたように準備をしている様を見ると、釣りをよくする人だということがわかる。
俺がチョイスしたこの場所はそんな人でも狙って来る場所だということがわかって少し安心した。
「ふぅ……ん?」
海面に戻した視線は再び右へ振れる。
「アレは……?」
先程やってきた釣り人。その身なりに見覚えがあった。緑色の頭髪にスカート、そして背負われた弓。
ソレは華麗に竿を振り、遠方に糸を飛ばした。すぐに獲物はかかり、シュッと竿をあげて飛んできた獲物をキャッチ。
「っ……!」
じっと凝視していると、目が合う。俺はすぐに目を逸らした。
ソレは立ち上がってこちらに歩いてくると、俺の背後に立つ。
「君、釣りは初めてか?」
「え……と」
俺のことに気づいていない? ひょっとしてこいつは別人だったりするのか?
「すまない、名乗るのが先だったな。私は偉い人間ではないので名乗らせてもらうとしよう。……私はテシリー。ここでよく釣りをしているんだ」
ですよねテシリーさんですよねぇ……。昨日はお世話になりました。
「お、俺はコウタです」
「コウタ?」
「……何か」
「ああいや、何でもない。最近そのような名前をした、ロリコンで変態で最悪な男がいてな。釣りが好きな人間に悪いやつはいない。……すまなかった、一瞬でも疑ってしまった自分が情けない」
「オ、オキニナサラズー」
どうしようコイツ今すぐにでも海に突き落としたい。
「それでコウタ。釣りは初めてか?」
「ええ、まぁ。そんな感じです」
この世界の魚なんて知らないからな。したてに出て悪いことはないだろう。
「そうかそうか! なら私が教えてやろう!」
したてに出るんじゃなかった。
「だがお前、センスはあるぞ! この場所を初めての釣り堀に選ぶくらいだからな!」
「どうも……」
こいつ、本当は気づいているんじゃないだろうか。いつ俺を海に突き飛ばそうかと考えているのでは!?
「ちょっと糸を引くぞ」
テシリーは糸を引き上げて先端についているエサを見る。
「ふむ……コメムシか。ポピュラーなエサではあるが、ここにいる魚には受けが悪いんだ」
「そ、そうなんですね」
「たまに泳いでいるアジなら釣れるが、ここにはもっと沢山のトロがいる。そいつらにオススメのエサが、これだ!」
俺の目の前に垂れ込んできた針に付いていたのは蛇。
「ギャァア!!」
思わず後ずさってテシリーの脚にぶつかる。
「がっ……」
こ、殺される……!
「おっとすまない。驚かせてしまったか」
「いぇ、大丈夫です……」
「良いメンタルだ。……このエサはサービスだから是非とも受け取ってくれ! ちなみにこいつの名前はミニヘビーだ」
小さいのか大きいのか分かんねぇよその名前。
ドスッと、蛇がぎっしりと入ったカゴが傍らに置かれた。
最悪だ。
「あ、ありがとうござ――」
「コウタ~! いいもの見つけてきたのにゃー!」
魚を追いかけていったシャミーが帰ってきた。
テシリーと同時に振り向くと、彼女の掲げる右手には俺の傍らにある種と同じ蛇が握られているのが分かった。
「あれ、シャミーじゃないか」
「ほぇ? テシリー?」
しまったァ……! シャミーといる男がコウタという名前では、テシリーからするともう他に考えようがないぞ!
絶望した顔をシャミーに向けていると、彼女はキョトンとした顔から一転、元気に笑う。
「テシリーも来てたのかにゃ! ……ほらほら見て見てにゃ! ミニヘビーにゃ!」
「ええと、シャミー?」
あのテシリーがミニヘビーを見てもそれに触れようとしない。何故なら彼女の中で……シャミーがいるということは、コウタという名前の男に駆け寄っていったということはと、そんな考えが巡っているからに他ならないからだ。
「っ!」
「っ……」
向いてきたテシリーから即座に顔を逸らす。
「おいお前……」
「ナ、ナンデスカ?」
「顔を見せろ」
できる限りの変顔で、テシリーと顔を合わせた。
ワンチャンある。
「コウタ……お前だったのか!!」
「……」
無理があった。
テシリーの表情は一瞬にして歪み、早速胸ぐらを掴みあげられた。
「よくもノコノコと私の前に現れたものだな! ……勝負だ!」
「待てよテシリー! 俺は釣りをしに来ただけだ! まさかお前がいるだなんて思いもしなかったぞ!」
厳密にいえばノコノコと現れたのはお前の方だけどなテシリー。
「にゃにゃにゃ~! 落ち着いてにゃテシリー!」
テシリーを止めようと両者に張り付くシャミーの右手が俺に触れる。そこにはミニヘビーとかいう蛇が握られたまま。
「ギャァア! 蛇が! 蛇がァァァ!」
「にゃー! 噛み付いて離れないのにゃー!」
「ギィイイヤァァア!!! 助けてくれェェエ!」
「黙れロリコンシーカー! それでも私のライバルか!」
「にゃ……これミニヘビーじゃなくてモードクヘビーだったのにゃ」
モードクヘビー……?
「ディゲァァァア!!! 絶対死ぬゥゥウ!!」
「ぬっ!」
パニクってテシリーの方へ突っ込んでしまい、突っ込まれたテシリーは体勢を崩して二人共々こけてしまう。
「ふぅ……やっと離したのにゃ。安心するにゃコウタ。やっぱりこれはミニヘビーにゃ」
「いてて……ん? 何だ、これ」
手に持っていたのは布。天にかさずとスカートだということが分かる。右手に乗って空を泳ぐスカート。
この風景、見たことがあるような。
「おい、お前……」
「お、落ち着けよテシリー」
股を押さえて立ち上がる彼女から後ずさる。今度こそ殺される。
「い、いいから、早くスカートを返せ!」
「ヤダ! だってお前、取り返したら絶対俺のこと殺そうとするだろ!」
「しない! 絶対にしないから返してくりゅぇー!」
「おっとそれ以上動くなよノーパンビッチめ。このスカートが大海原を大航海することになるぜ?」
海の上にスカートをはためかせテシリーの進行を止める。
「そんな! 私はどうしたらいいのだ!」
確かに、どうしたら俺は助かるのか。そこが重要だ。
閃いた。
「にゃ! どうしてコウタがズボンを脱ぐのにゃ!」
「テシリーには俺のズボンを履いてもらう!」
「どうしてそうなるのだ!」
「スカートを渡す瞬間に反撃される可能性があるからな! だからスカートは渡せない!」
ズボンを脱ぎ、左手に握る。
「……」
沈黙。
口を開いたのはシャミー。
「ズボンにしたって、渡す瞬間があることに変わりはないのにゃ……」
その後、スカートを履いたテシリーと、ズボンを履いた俺は、お互い見知らぬフリをして釣りを続けたのであった。
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[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
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