ヴァルキリーレイズ

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第二笑(フレイヤ編)

6 : キャラ被りとは言わせない。

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 目が覚める。
 俺は両腕にしがみつくソレらをふりほどき、身を起こした。

「はぁ……。ん?」

 右にオーディン。左にミカン。どちらもぐっすり眠っているようだが、金髪の方を見ると目を見開く。

「何で……大きくなってんだ」

 ミカンは少女の姿となっており、それはつまり、完全ではないが力が戻っている状態であるということ。
 この状況はまるで、オーディンと戦う前の……

「はっ……」

 もしかして、ミカンが飲み込んだ力の欠片……コアの欠片は体内に残ったままなのか!?
 
「……」

 未だ寝息を立てて眠っている二人を見るに、呪いは発動していないことがわかる。
 オーディンが薄らと目を開けた。

「何じゃ……悪い目覚めじゃのう」


 目をこすって起き上がるオーディンは、ふあっとあくびをすると、その視線はミカンに固定され、

「………」

 目をぱちぱちとさせている。
 次の瞬間。

「うぃああああああ!!!」

 叫びながら俺にしがみついてきて、ミカンを指さす。

「コウタ! なぜミカンが力を取り戻しているのじゃ!?」

 オーディンには分からないのか? 元々は彼女が与えた欠片によってこうなっているというのに。

「コアの欠片が体内に残ってるんだ。お前と戦う前も、こんな感じで、朝起きたら大きくなってたんだよこいつ」
「そ、そうじゃったのか……目覚めが悪い理由はこれか……」

 オーディンからするとミカンは脅威に感じるかもしれない。今のミカンなら、難なくオーディンを倒せてしまうからな。
 震えるオーディンの頭を撫でる。

「大丈夫だ。もしミカンが暴れそうになったら、俺が止めるから」

 腕っ節ではもちろん負ける自信があるのだが、さすがに俺に乱暴はしてこないだろう。

「っ……?」

 俺にしがみついているパンツ一丁のオーディンを見て思う。
 こいつら、似た者同士だなと。

「ミカン、朝だぞ」

 乳丸出しで爆睡する少女の肩を揺する。
 やはり、紅い瞳が俺を捉えた。
 ソレは眠たげにベッドから降り、バンザイする。

「何だよミカン。もう服は自分で着れるようになったんじゃないのか?」

 昨日は自分で着てたのに。

「使えるものは使う。ほれ、着せれ」
「お前な……」

 俺を執事とでも思っているのか。
 ミカンの少女モード用の服を用意し、着せる。
 胸元にリボンがついた青い長袖の服に、青いスカート、縞パン、そして最後にハイソックスを履かせてやっていると。
 片足あげてバランスをとるために、俺の頭に手を乗せているミカンが、わざとらしく鼻を鳴らす。

「何がおかしいのじゃヴァルキュリア!」

 間違いなく、からかうような目をしてオーディンを見ている。

「胸が大きくなると肩が凝るわい」
「こ……の……」

 また始まってしまう前に俺は立ち上がり、二人の間に入って、

「起きて早々喧嘩するんじゃねぇ。それとミカン、お前少し大きくなったからと言って調子に乗るなよ?」
「ほぅ……? しかしお前は、成長した私を意識しているようだが?」
「してねぇから。いくらミカンが大きくなったところで何も意識しねぇから」

 どんだけ自意識過剰なんだこいつは。身の程を知りやがれ。

「とは言いつつも。この姿になった私に服を着せるコウタは、いつもより手元がおぼつかない気がするのだがな?」
「そりゃ……女に服を着せることなんて滅多にないからな」
「いつも私に着せていたではないか? 毎日のことで慣れたものだったように思えたがな? しかしこの姿になると、途端に手が震えだすのだ。全く、何を意識しているのやら……な?」

 こいつ童貞の気も知らねぇで言いたい放題言いやがって!!
 今度はオーディンが、

「コウタは私の眷属じゃぞ! お前ごときに魅了されるわけがないじゃろ!」

 お前の眷属になった覚えは、ない。

「やややっ! 残念だったなオーディン。コウタはこの姿の私に一度、勃起しておるのだぞ?」
「ちょっと、ミカンさん?」

 何言ってんの君。

「ぼっ! ……私にだって出来るわい!」

 しゅばっと俺に向くオーディン。

「落ち着けオーディン」

 オーディンは問答無用で飛びかかってきて、

「行くぞコウタぁあ!」
「やめろぉぉおおお!!! ……ん?」

 俺の首に飛び乗り、肩を揉んできた。

「オーディン、お前……」
「コウタはの、こうしてやると喜ぶのじゃ」

 こいつ……なんて健気な子なんだ。

「何だそれは。そんな事でこのロリコンが喜ぶわけがないだろう」
「誰がロリコンだコラ。……ミカン、残念ながらお前の負けだこの野郎」
「なぬっ……!?」

 神にも分からないことはある。少なくともヴァルキュリアとかいう戦神は、男の性を理解出来ていなかったようだ。
 俺はミカンに優しく微笑みかけた。

「いいかミカン。男を全て色気で魅了できると思ったら、大間違いだぞ? 分かったかこの風俗神が」
「ぷちんっ」
「ぷちん?」

 ミカンのやつ、いつのまにプリンを知って……。

「うがぁぁあ!」
「ギャァァァァァ!!?? 噛み付いてくんなこのバカがァァァ!!」
「ガブガブガブ!」

 怒って人に噛み付く少女がいるかよ! 
 幼女ならまだ可愛げはあったが、これはさすがにドン引きだ。

「お、おいコウタ! 暴れるな! 落ちてしまうじゃろうが!」

 肩に乗っているオーディンはふらふらと揺らされてバランスを崩しそうになるが、

「ガブガブガブ!」

このバカが本気で噛んできやがるから、俺も本気で抵抗しなければ本当に食われてしまうのだ。

「離せェェエエ工!!!」
「ガブガブガブ!!!」
「うあぁああ! 落ちるぅぅう!!」

 その時、部屋のドアが乱暴に開かれた。
 
「うるせぇぞテメェら!」

 現れたのはシオラ。黒髪のポニーテールが、少し短くなっている気がした。

「んぉ? 何でシオラがいるんだよ」

 ポイとミカンを放る。

「あ? すっとぼけてんじゃねぇよ。お前がデルタの指揮官になった時から皆ここに住むことになったんだろうが」
「お、おお」

 そういえば、そうだったっけか。オーディンと戦った日も確か皆、家にいたっけ。
 俺の中ではあれから一日しか経っていないのだが、シオラたちにとっては一週間、その暮らしが続いているのだから当たり前のようになっているのだろう。
 しかしデルタの皆がこの家に住むとなると……まあ、狭くも広くもない家だが、さすがに皆の部屋を用意できるほどの広さはない。
 女性組は、まとまった部屋があるとして……。

「それじゃあゲザは!? まさかサラと同じ部屋で……」
「ゲザは私と同じ部屋だ。サラとテシリーは別の部屋だけどな」
「ほっ……そうだったのか」

 胸を撫で下ろし、俺は安堵の息を吐く。
 しかし、シオラは俺の胸ぐらを掴みあげ、

「てめぇ……なに安心したような顔してんだオラ?」
「べ、別に意味は無いよ……強いて言うなら、シオラとゲザなら間違いは起きないだろうと思ってな……」

 もしゲザがサラと同じ部屋になっていたら、間違いなく俺は「ゲザそこ変われ」と言っていたことだろう。しかしそうではなかったようで、

「私に色気がねぇって言いてぇのか!? アン!?」

 シオラが色気とか言い出すから吹きそうになるが、堪える。
 話題を変えなければ。

「そ、そういえばシオラ。髪、切ったのか?」
「うっ……」

 胸ぐらは解放され、シオラが自分のポニーテールを弄りながら、

「お、おう。……まあな」

 何だこいつ、急に大人しくなりやがって。情緒不安定なのか。
 未だ俺の肩に乗っかったままのオーディンが俺の耳に顔を近づけて小声で。

「こらコウタ。女が髪を切ったりした時は、何か言ってやるのが紳士の嗜みじゃろうが……!」
「そうなのか?」

 珍しく俺の目を真っ直ぐに見ようとしない、覇気のないシオラに、一言。

「お前のポニーテールって、何だかネーシャとキャラ被ってる感じするよな」

 ネーシャの方が長めだけど、髪型を言い表した時にはどちらもポニーテールとしか言いようがないからな。
 まあ、それだけでキャラ被りというのは早まった物言いかもしれないけど。
 頭に置かれている小さな手に力が入る。
 褒められているのだろう。
 




 俺は部屋のドアを勢いよく開け放った。

「ギャァァァァァア!!!!」
「ゴラァァァ!!」

 罵声を背後にリビングに飛び込む。
 リビングの椅子にはシャミーと談笑しているネーシャの姿が。

「ネーシャァァァァ!!!」
「ちょっとどうしたのよいきなり!」

 俺は立ち上がったネーシャにしがみつき、直ぐにその背中に隠れた。
 身軽な格好をしているネーシャは肌の露出が多く、俺は彼女の地肌をもろに触りまくってしまったが、今更この女に思うところなんてない。
 今はそれよりも目の前の猛獣を、どうにかしてもらわなくてはならない。

「助けてくださいネーシャ様ァ!」
「てめぇ! ネーシャを盾にするつもりか!?」

 何でシオラはこんなに怒ってんだ!

「ちょっとちょっと! 何があったのよ二人とも。話してみなさいよ」

 俺はシオラを指さして、

「シオラに髪を切ったのかと聞いただけなんだ! そしたらこいつが急にキレやがったんだよ!」
「シオラー。別にいいじゃないそのくらい。私だったらむしろ、気づいてくれた方が嬉しいけれど?」

 いいぞネーシャ。シオラを抑え込め!
 シオラは「そうじゃねぇ」と。

「その後にこいつ、なんて言ったと思う? ネーシャ」
「何て言ったのよ?」
「このポニーテールは、ネーシャとキャラが被ってるんだとよ」


 次にリビングに現れたのはサラ。袋を手にぶら下げている。買い物に行っていたのか。

「サラァァァァ!!!」
「こ、コウタさん!?」

 サラの胸にダイブ。
 俺とサラの前には殺意に満ちた目で睨みつけてくる二匹の狂犬ポニーテール共。

「コウタ……あんた、とうとう言っちゃいけないこと言ってしまったわね……」
「……しばく」

 サラは買い物袋を手から放し、俺の頭を抱いた。

「やめてくださいお二人とも! コウタさんが怖がっています!」
「ホホホ……怖いよサラぁ~」

 その豊満な胸に顔を埋めるようにして、サラの抱擁を満喫する。

「サラどいて、そいつ殺せない……」

 何で二人はキャラ被りと言われただけでこんなに怒ってるんだ? こんなにも敏感に反応するってことは、自覚があったのか? 別に被ってるとは思わないし、さっきは何かこう、言葉の綾というかで言ってしまっただけなんだが……。
 いや、そういうことか。
 実際、こいつらは同職に関しては他に右に出る者がいないほどの実力者であり、自分のことを唯一無二の存在か何かだと思い込んでいるんだ。そんな奴が、キャラ被りなどと言われてどのような気持ちになるだろうか。
 ……自分に匹敵する者など、いるはずがない。
 テシリーがいい例だ。ゲザに関しては逆に、極端に怯えてしまうというベルセルク特有の習性を持っているようだが。
 俺もだいぶ、このバカ共の思考が読めるようになってきた。おおよそ、彼女達はそんなアホみたいな理由でブチ切れたのだろう。
 一層、サラの抱擁が強まる。

「ダメですぅ! コウタさんに乱暴はさせません!」

 おほっ。
 まあいいか。こいつらには気の済むまで怒らせておくとしよう。

「でも、コウタさんがお二人を怒らせてしまったんですよね?」
「ソウミタイダナ」
「でしたら、ちゃんと謝らないと……」
「ん?」

 サラの顔を見上げると、彼女の人差し指が、優しく俺の鼻を押さえた。

「めっ。ですよ?」
「ホァ……」

 ママ!!

「ゴメンナ? 二人とも。俺が悪かったヨ。この通りだ、許してくれ」
「この通りって……サラの胸に抱きついたまま謝られても納得できないんですけど」
「当然だ。土下座しろ」

 しゅたっと土下座。

「こ、この男にはプライドというものが無いのかしら……」
「クズが……」

 バカめ。
 プライド? 誇り?
 そんなもの、持ってたってなんの得にもなりゃしねぇよ。
 必死で今を生きている野生の動物はな、自分より強い相手とは戦わない。そのためなら泣きながらだって天敵から逃げるのだ。プライドなんてものは、俺にとってゆとりでしかない。
 ひかよろぅ! 者共。

「ちゃんと謝れて、えらいですね。コウタさん」
「ウン……ありがとナ? サラ。助かったヨ」
「えへっ」

 サラは優しく、俺に微笑んだ。
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