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第六章 閃血の精霊
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しおりを挟む少女の虚ろな瞳が僅かに震えた時。
「だぁは! ……って、うお熱っ! 何だこりゃ!」
気がついたように叫んだ男は嶺二。振り向くと、空は赤く染まっていた。それを見て、彼の脳裏をよぎった風景は二つ。
ひとつは、じゅげむが放った巨大な炎塊が迫り来るもの。ふたつめは、踊り狂った閃く血筋の嵐。
彼の隣では赤毛の女性……ローゼンが倒れており、背後ではルークが水の壁を張っている。
嶺二はそれらを確認した後、ゆっくりと視線を戻した。
「お前……」
虚ろな瞳で嶺二を見つめている少女――閃血の精霊。
あと僅かな時間で背後の炎塊は嶺二たち諸共この地を焼き尽くすだろう。思考する猶予もない状況で、嶺二は慌てるでもなく訊いた。
「俺は嶺二、人間だ。お前は?」
少女の唇が僅かに開いたり閉じたりと、震えたように微動した後。
「あ、アク……リョウ……悪、霊……」
その時、嶺二の背後で溶けるような音。振り返れば、炎塊がルークの生成した水の壁に衝突して濃い蒸気を霧散させていた。
「おっとまずいな、そろそろルークが焦げちまう。……よし、ノン! 俺と契約してくれ!」
立ち上がった嶺二は少女に手を差し出す。彼女の視線は確実に嶺二の顔を追って上に向けられていた。
「ノン……私の、名前?」
「そうだ。そっちの方が呼びやすいだろ?」
「ケーヤク……嫌、いけない遊び。嶺二、悪い人」
濃い蒸気が嶺二の所までやってくる。炎塊を受けているルークは何にも形容し難い表情で、灼熱のそれを鼻の先で見つめていた。
嶺二は頭をかきながら少女……ノンに言う。
「あのな……俺の後ろが見えねぇのか? 大変なことになってんだぞ? お前の力がなきゃ、俺たち諸共死にますっての」
「……死ねばいいのに。…………私も死にたい」
嶺二はノンの胸ぐらを掴んで引き寄せ、ガンと睨みつけた。
「じゃあよ? 俺と一緒に死ぬか?」
「へ……?」
「お前、母親が死んでショックだったんだろ? それで拗ねたようにこんなところで長い間ボーッとしてたんだろ? それはそれは結構なこった」
ノンの瞳が僅かに顰めた。それでも嶺二は続ける。
「俺には母親どころか、故郷すら残っちゃいねえ」
「……へ?」
嶺二の故郷は異世界衝突で消滅したのだ。彼はそのことについてあまり口に出しはしなかったものの、気にしていない訳がなかった。
「なぁ……俺は誰を殺せばいい? 誰を焼けばいい? 何を壊したらいい? 何を千切ればいい? そのためには、どうすりゃいい?」
ノンは一瞬、肩を揺らすと虚ろな瞳を大きく広げて言った。
「私を……使えばいい」
そう言った直後、ノンは噛み付くように嶺二に接吻する。その瞬間、嶺二の中で煮えたぎっていた負の感情が鬱陶しいほどに彼の胸中を掻き乱す。全てを壊したい、殺したい、焼き払いたい……そのための力が手に入ったのだと自覚してしまえるほどに、
「――ハァハァハァハァ! ヒィーハハハハ!」
踊り狂う閃血は、宿主を狂わせる。
瞬く間に吹き乱れた血筋の嵐が周囲を巻き上げる。炎塊の光など比にならないほどの閃きが、視界の限りを照らしてみせた。
「ヒヒッ……!」
ノンが消え、彼女を宿した嶺二の表情は奇怪なものだった。炎塊を″放っていた″じゅげむと大差ない風貌である。
……″消滅″した炎塊など、既に問題外だ。今一番の脅威は、この血筋を巻き上げる【閃血の精霊使い】――神矢嶺二の他にいない。
一帯がまるで波のように跳ね上がった時、それは空へ飛び上がっていた。
嶺二が向かって行く先……その標的に間違いは無く、それは確かに彼の中に理性が残っている証拠。
その標的とはじゅげむであり、彼女もまた奇怪な笑い声をあげている。
「ひヒひヒ! ……壊れてる壊れてる~! ……じゃあもっと、壊してアゲルぅ~!」
じゅげむが突き出した両手の平で炎が渦巻く。それは溜めることすらなく、直後に強烈な赤色を帯びた炎柱となって放射状に嶺二へ降りかかる。向かってきていた彼は呆気なく飲み込まれるでもなく、さらに閃光する紅で飲み込んだ。
「なっ……嘘でしょォ!?」
その頃、地面で吹き荒れていた閃血が空中の嶺二を追って巻き上がる。
「……喰らえ」
「い、いや! また死ぬなんて――」
拳に纏った閃血の一閃が軌道を描いた。
「もう二度と生き返るんじゃねぇぞパーーーーンチ!」
衝突点で伸びた一筋の赤色が、地平線のごとく空間を割る。対象は無惨にも体内から血を放出させて散っていく。
嶺二の精神状態は平常運転だった。今ではじゅげむを散らせた拳を空に掲げたまま、いつも通りに笑っていた。
「へへっ。一丁あがり!」
地面に着地すると、嶺二はすぐにルークの元へ駆け寄った。
「大丈夫かルーク! 俺の攻撃に巻き込まれて……」
ルークは立っていて、特に苦しむような表情は見せていない。ただ、綺麗な青い前髪が少し焦げていた。嶺二は立ち止まるなり彼を指さして頬をふくらませ、割れたように笑い出す。
「ぷっ……だぁハハハァ~!? ルークお前、リーゼントみたいになってんぞ! いつの時代のヤンキーだよコラ!」
ルークはため息をついて返す。
「何とかノヴァと契約できたみたいだね」
「ノヴァじゃねぇ、ノンだ」
「ノンね……。それと嶺二、君がもう少し契約を遅らせていたら、僕は気違いになってしまっていたところだ」
「ん?」
ルークは倒れているローゼンを指さして続ける。
「ほらあそこ。彼女はノンの力にあてられてあんな状態になっているんだよ。僕も危うくアレになるところだった」
ローゼンは虚ろな目で口を半開きにしたまま動かない。そんな彼女を見た嶺二は心配そうに。
「あれ、大丈夫なのか?」
「死んではいないさ。君がじゅげむと呼んでいたあの魔術師は、ローゼンがあんな風になっても動けていたからね」
ローゼンが息絶えていれば、彼女に召喚されたじゅげむも消滅していたはずだと。つまりローゼンは生きている。
ルークは水の弓を生成して彼女に矢を向けた。手で制止したのは嶺二。
「嶺二、何のつもりだい? 彼女をここで仕留めておきたいんだけど」
「閃血の精霊……ノンは俺の仲間になった。もうあいつが俺たちに盾突くことはねぇだろ」
「じゃあ約束してくれ。万が一君が殺された時、閃血の精霊を外に出さないと」
「どういうこった」
ルークの説明によると、精霊は宿主が死んでも自分の意思でその身にとどまることができるらしい。
ノンが嶺二の中にいる限り、近づいた者がローゼンのような有様にはならないという。それは今、ルークが身を以て証明してくれているだろう。
つまり、嶺二はノンと約束しなければならない。仮に自分が死んだ時、外には出てくれるなよと。
「意思の疎通は霊体級の精霊とでもできることだ。実体級のノンなら、より鮮明に人の概念に沿った会話ができるだろうね」
「オーケーだ。……ってことだぜノン。俺が死んでも外に出るな、いいな?」
『うん』
嶺二の脳内に直接入り込んでくるかのような声。それは確実にノンの声音だ。彼女は素直に了承してくれた。
ルークの「何て?」と言いたげなジェスチャーに嶺二が返す。
「了解してくれたぞ。……んでよルーク、俺は目的を達成しちまったんだが」
「嶺二は確か、精霊使いになるためにこの世界に来たんだったね。まさかこんなにも早く精霊使いになるなんて驚きだよ。それも実体級で、発見されている中でもトップクラスの精霊だ。本当に君は規格外だよ」
当初は魔法を習得するためにカシュエドへ来たのだが、アルカのアドバイスにより精霊使いへと目的を変更した。その判断が正しかったのか否かは、ハテノチの『ボス』に委ねるところだ。
「まぁ俺は最強だしな! なーはっはっは!」
腰に手を当てて得意げに笑っている嶺二。
「…………」
しばらく黙ると、今度は切なげに微笑んだ。
「ルーク……俺、帰るわ」
「そうかい……君とはもっと一緒にいたかったのに、残念だ。それと、レキナに一言残して行かなくていいのかい」
「そのことなんだけどよ……」
「ん?」
嶺二は頬をかきながら言う。
「あいつのこと、頼めないか」
「僕に……ということかい?」
「そうだ。ケミル族ってのは肩身狭いらしくてな。俺があいつと会った時、守ってくれって頼まれてよ? だからそれを、今度は俺からルークに頼めねぇかなって」
ルークは迷うことなく頷いた。
「いいよ。レキナは僕の別荘に住んでもらって、王国トップクラスの護衛をつかせよう」
「おお……そりゃ心強いぜ」
「それに僕は不本意にもセビュマスの王だ。国内でのケミル族への差別発言、行為は死刑の対象として定めよう」
それだと一気に、ケミル族が精霊使い並の身分にまで登りつめることになるのではないだろうか。ルークの表情からするに、冗談で言っているようには見えない。
「さ、サンキューなルーク。ちなみに人間は……」
「さすがにそこまでは出来ないかな。実はケミル族だけでもしんどいところがある。僕がもっと力を持てるようになったら考えるよ」
嶺二は頷いた後、踵を返して手を振った。
「頼んだぜ。んじゃ、またな」
「レキナに言い残すことは?」
「元気でなって。あと、金髪家族とアルカのおっちゃんにもよろしく言っといてくれってな」
「分かった。じゃあ…………さようなら」
「……おう」
嶺二は先を見据えて強く一歩を踏み出した。
直後に振り向いてルークに問う。
「俺、どうやって帰ればいいんだ?」
「え?」
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