55 / 81
一章 本編
55 希望
しおりを挟む
次の朝。児童たちが多く登校する学校前の壁際に今日も透は立っていた。
毎朝その場所で私の登校を待っている幼い姿は健気で、いじらしく思ってしまう。
「透」
私が声をかけると、俯いて何か考えている様子だった彼は顔を上げた。
その表情はぱあっと明るくなり、律儀で主人の事が大好きな仔犬が尻尾を振っているイメージが重なる。
はっきり言ってかわいいのだ。
勇輝もこのくらいの年頃だった。
「由利ちゃん、おはよう! 手紙、読んでくれたみたいだね」
右に首を少し傾けた透は微笑む。
彼の今日の服装は昨日もらった手紙と同じクマのキャラクターのTシャツと青っぽい半ズボンだ。Tシャツは手紙と同じ色合いで白地に縁が茶色い。中央に大きくクマさんの顔。
私は彼の正面に立ち止まった。
「前の人生で……透、あなたは勇輝と喋った事があるの? 勇輝の伝言って?」
透は一メートル程離れて立つ私の顔を見上げた。「ああ、やっぱりね」と呟く彼は一人で何かに納得した面持ちで二度、小さく頷いた。
「由利ちゃんたちとたくさん一緒に過ごすようになっても一度も『彼』の話が出ないからおかしいなとは思ってたよ。由利ちゃん、君は鈴谷ともっと話をした方がいいと思う。ボクが言うのも変だけどね」
透の言動に、今まで見えていなかった可能性が閃く。それは私の中を稲妻のように走った。
私の表情を見た透は、目を笑みの形に細めた。
「優しいボクは待っててあげるよ。勇輝の伝言はその後教えてもいいけど、教える前に一つ約束してもらいたい事があるんだ」
上目遣いで話す透を見ている筈なのに、私の脳裏には勇輝の顔が浮かんでいる。先程の衝撃が尾を引いていた。
私は右手で口を押さえ目を瞠ったまま、透を見つめていた。
「ありゃりゃ~、聞いてないみたいだね。いいよ。また今度言うから。鈴谷には勇輝の伝言の事言わないでよね。言ったら手紙に書いてた通り、もう絶対に教えないからね! ……行ってきなよ」
私はさっきからずっと自分の表情を変えられないまま、その言葉をくれた透に頷いた。
駆け出す。さっき渡って来た歩道橋を他の児童たちの歩く方向とは反対へと逆走する。
龍君はきっとまだ学校には来ていないと踏んでいた。彼はいつも比較的遅い時間に登校していたから。このくらいの時間だと……今中学校の裏辺りかな?
そう考えながら見ていた中学校の周辺から、視線を下っていた階段の先へと戻した。歩道橋の下に見知った姿。
「龍君!」
階段を下るのももどかしく、堪らず上の方から呼んだ。
驚いたような顔で見上げた龍君に駆け寄る。勢い余って抱きついてしまった。
「由利花ちゃん、どうしたの? 何かあった?」
戸惑った様子の彼に、私は一旦体を離して尋ねる。
「勇輝の事を教えてほしいの。勇輝は……もしかして勇輝は……!」
龍君の体が強張るように揺れたのを捕まえた彼の両腕から感じた。けれど私は気にする余裕などなかった。突き動かされる衝動に理性も相手へ配慮する考えも吹き飛び、ただ一番聞きたい事を口にした。
「あの時、死んでなかったの……?」
毎朝その場所で私の登校を待っている幼い姿は健気で、いじらしく思ってしまう。
「透」
私が声をかけると、俯いて何か考えている様子だった彼は顔を上げた。
その表情はぱあっと明るくなり、律儀で主人の事が大好きな仔犬が尻尾を振っているイメージが重なる。
はっきり言ってかわいいのだ。
勇輝もこのくらいの年頃だった。
「由利ちゃん、おはよう! 手紙、読んでくれたみたいだね」
右に首を少し傾けた透は微笑む。
彼の今日の服装は昨日もらった手紙と同じクマのキャラクターのTシャツと青っぽい半ズボンだ。Tシャツは手紙と同じ色合いで白地に縁が茶色い。中央に大きくクマさんの顔。
私は彼の正面に立ち止まった。
「前の人生で……透、あなたは勇輝と喋った事があるの? 勇輝の伝言って?」
透は一メートル程離れて立つ私の顔を見上げた。「ああ、やっぱりね」と呟く彼は一人で何かに納得した面持ちで二度、小さく頷いた。
「由利ちゃんたちとたくさん一緒に過ごすようになっても一度も『彼』の話が出ないからおかしいなとは思ってたよ。由利ちゃん、君は鈴谷ともっと話をした方がいいと思う。ボクが言うのも変だけどね」
透の言動に、今まで見えていなかった可能性が閃く。それは私の中を稲妻のように走った。
私の表情を見た透は、目を笑みの形に細めた。
「優しいボクは待っててあげるよ。勇輝の伝言はその後教えてもいいけど、教える前に一つ約束してもらいたい事があるんだ」
上目遣いで話す透を見ている筈なのに、私の脳裏には勇輝の顔が浮かんでいる。先程の衝撃が尾を引いていた。
私は右手で口を押さえ目を瞠ったまま、透を見つめていた。
「ありゃりゃ~、聞いてないみたいだね。いいよ。また今度言うから。鈴谷には勇輝の伝言の事言わないでよね。言ったら手紙に書いてた通り、もう絶対に教えないからね! ……行ってきなよ」
私はさっきからずっと自分の表情を変えられないまま、その言葉をくれた透に頷いた。
駆け出す。さっき渡って来た歩道橋を他の児童たちの歩く方向とは反対へと逆走する。
龍君はきっとまだ学校には来ていないと踏んでいた。彼はいつも比較的遅い時間に登校していたから。このくらいの時間だと……今中学校の裏辺りかな?
そう考えながら見ていた中学校の周辺から、視線を下っていた階段の先へと戻した。歩道橋の下に見知った姿。
「龍君!」
階段を下るのももどかしく、堪らず上の方から呼んだ。
驚いたような顔で見上げた龍君に駆け寄る。勢い余って抱きついてしまった。
「由利花ちゃん、どうしたの? 何かあった?」
戸惑った様子の彼に、私は一旦体を離して尋ねる。
「勇輝の事を教えてほしいの。勇輝は……もしかして勇輝は……!」
龍君の体が強張るように揺れたのを捕まえた彼の両腕から感じた。けれど私は気にする余裕などなかった。突き動かされる衝動に理性も相手へ配慮する考えも吹き飛び、ただ一番聞きたい事を口にした。
「あの時、死んでなかったの……?」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
51
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる