【完結】【応募版】背徳トライアングル

猫都299

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♦5 胸を占める人

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♦♦♦ 5 胸を占める人 ♦♦♦


 何て事をしてしまったんだろう。

「ごめ……っ、ごめんねっ!」

 涙を止められなくて、両手で覆って隠す。早水君が、私を好きだったのなら。

「私……」

 早水君とキスしてしまった事も。千鶴君との関係を進めてしまった事も。……早水君に協力してもらった事も。全部、間違いだった。

「私が千鶴君を好きなのも。早水君に相談に乗ってもらったのも」

 手を掴まれた。顔から引き離され、視界に早水君が映る。まっすぐに向けられた眼差しは険しく、静かに怒っている気配がする。

「僕がしたいからしたんだ。結ちゃん……分かってないね」

「でも……」

 涙でぐちゃぐちゃに曇った目を歪めて見返す。捕まった左手がベッドに押し付けられる。

「思い上がらないで?」

 熱のない静かな口調で言い含められる。

「こんなに非力な癖に。僕を押しのける事もできないだろ? 今まで結ちゃんが望まなかったから、しなかっただけで。やろうと思えば、いつでもできた」

 見下ろされている。ごく自然に……頼んでくる。

「SEXしたい」

 淀みのない瞳で、真剣なニュアンスだった。

「させて?」



「えっと、それは……」

 あまりの衝撃的な展開に数秒、思考が働かない。やっとの事で言葉を紡ごうとした。

「ごめんね。ダメだよ」

 答えを出したけど、何でだろう。涙がもっと溢れる。

「千鶴君が好きだから?」

 尋ねられて頷く。早水君は硬い表情で続ける。

「じゃあ、さっき『キスしたい』って……言ったのは?」

 答えられずに口を噤んだ。これ以上、みっともない泣き顔を見られたくない。溜まっていた涙を零す。頬を伝い流れて落ちて行く。細めたままの目で、相手の瞳を見つめ返す。

 早水君の顔が近付いてくる。左耳に囁かれる。

「大丈夫だよ。僕たちは今……付き合ってるから」

 胸の奥が軋む。彼が見せた優しい微笑みのどこかに、寂しさを感じる。

「千鶴君に秘密にしてほしいなら、そうするし。やっぱり千鶴君と何かあったの?」

 今、欲しい言葉をくれた。気付いてくれた。味方になってくれた。……大好き。

「早水君は狡いよ」

 横柄な物言いをしてしまった。だけど。彼は柔らかく口角を上げる。僅かに視線を逸らされる。静かな返答が届く。

「うん。自分でもそう思うよ」

「大好き」

 伝えると、蔑むような目付きを向けてくる。

「僕には、軽く言えちゃうんだ? 千鶴君には、まだ告白してないんだよね?」

「うん」

 頷いて再び視線を上げる。打ち明けた。

「告白したの、初めて」

「……そう」

 何故か溜め息をつかれた。早水君の表情から、鋭く冷たい雰囲気が薄れる。しかし、呆れられているような気配がする。確認してくる。

「じゃあ、SEXする?」

「えっと……」

 返事をしようとしていた口の動きを、途中で止める。動揺から、視線を彷徨わせてしまう。握った手を顎に当て、思案する。慎重に答えるつもりだった。

「私……も。………………私もしたい……かも」

 小さく発した了承が、届いたんだと思う。早水君の目が見開かれている。

「でも、やっぱりダメ!」

 すぐさま、意思を曲げて拒否する。顔を横に向けて視線を躱した。我ながら理不尽な行いだったのは分かっている。

 だけどね。早水君の顔面が、強過ぎる。ドキドキで胸が苦しい。そんな自分に戸惑っている。千鶴君を一番に想っているのに。

 浅はかにも、期待していたんだ。

 もしかしたら、千鶴君と両想いなんじゃないかって。夢見ていた。長い時間を一緒に過ごしてきたのに。彼は別の子を好きになった。

 千鶴君の一番は、私じゃなかった!

 恋が砕けた時、許せなくなった。だから、罰を与えているのかもしれない。千鶴君の心を、真由ちゃんに奪われた。見す見す取られた。弱くて情けない私へ。

 千鶴君。千鶴君千鶴君千鶴君千鶴君!

 目の前にいるのは早水君なのに。心の中で千鶴君の名を叫んでいる。下唇を噛む。

 私と千鶴君が身体で繋がっていたとしても。もし真由ちゃんが千鶴君の元へ戻ったら? きっと、私なんていらなくなる。

 早水君の優しさに甘えている。彼の傍は、凄く居心地がいい。

 「未来でも変わらず、ずっと千鶴君の傍にいたい」と願っていた、過去の自分を嘲う。顧みて呆れているし、イラついている。傍にいても、私じゃない子に奪われるのなら。恋心を自覚した後、すぐに行動を起こせばよかった。

 千鶴君が真由ちゃんを好きになる前に、もっと必死に努力するべきだった。何度、傷付いても。命がけで、彼を愛するべきだった。

 「好きになってもらいたい」などと、望むんじゃなかった。それは、彼の領域だから。

 私は、できる事をしなかった。「好き」という気持ちを、たったの一言も……伝えられなかった。

 思い付く限りの全てを使って、千鶴君へ告げればよかった。二人には、たくさんの時間があった。好きになってからも機会はあった。

 もし、やり直せるなら。きっと過剰な程……うざいと思われるくらいに、まとわりついてアピールする。

 ――だけど、もう許さない。

 今の状況で千鶴君に告白したら、受け入れてもらえるような気もする。もしかしたらって。

 自分が、おバカさん過ぎて……微かに笑う。
 私は早水君も好きになった。許されないよ。

 千鶴君が私を好きになるか嫌いになるかは、千鶴君が決める事だよね。

 どうなろうと。私は生きていかなきゃいけない。千鶴君がいなくても。早水君がいなくても。それくらい、強くならないと。

 まだ全然……私は臆病だった。千鶴君に見捨てられる未来には、耐えられそうもない。早水君には申し訳ないけど、利用させてもらう。

 千鶴君が私を求めるのは、真由ちゃんの代わりだと……何度も自分に言い聞かせる。もう勘違いしない。


「えー?」

 早水君の声が聞こえる。横を向いて沈黙していた私を咎めるどころか、面白がるような明るいニュアンスが含まれているように感じる。

「したいけど、ダメっていうのは。それは千鶴君とだけ、するって事……だよね?」

 尋ねられたけど。答えない。本当は、早水君に悪いと思ったから拒んだ。これ以上、仲を深めて早水君を傷付けたくない。だから!

 ……なのに。左側の髪の房を撫でられた。弄びながら窺ってくる。

「結ちゃん。散散協力させといて、まさか……何も返さないつもり?」

「えっ?」

 切り出された内容にびっくりして、相手の目を見返す。

「酷いなぁ。千鶴君と進展してる癖に。好きな子がほかの奴とうまくいくように手伝ってる時点で悲惨だけど。報われない僕にも、何らかの旨みがあっていいと思うんだ」

 彼の言い分に納得する。「確かに」と頷く。

「さっき、聞いてきたよね? 僕が喜ぶ事」

 事案を蒸し返されドキリとする。早水君の目が、妖しい具合に細まる。

「いいよ。今から教えてあげる。実際に、やってみた方が練習になっていいと思うんだ。結ちゃんの体に触るけど、両想いだし付き合ってるし協力の御礼も兼ねてるって事で許してくれるよね?」

 爽やかな笑顔で許可を求めてくる。反論もできず、押し切られた。


 それから。早水君の「喜ぶ事」を知った。特に……甚く胸を気に入られたみたいだった。


 早水君の事は好きだけど。千鶴君じゃない人に胸部を晒す行いに抵抗がある。恥ずかしさで顔が熱い。

 ベッドの上に座った状態で、上半身にまとう制服を脱ぐ。ジャンパースカートの後ろにあるチャックを下ろし、上部の布を腰の辺りに落とす。中に着ていた白いシャツも、ボタンを外し前の方を少し開いた。

 早水君を窺い見る。

「まさか、これで終わりじゃないよね?」

 やはり、納得してくれなかった。彼はニッコリと笑んでいて機嫌はいい筈なのに、物言いには刺がある。

 渋々、シャツの下に着用している白のタンクトップもまくり上げる。淡い花模様のブラが見えてしまう。早水君が小さく「おおっ」と声を発した。凝視されて、胸の動悸が尋常じゃない。

 意識すると中々に抵抗がある。ためらいによって、このムズムズした時間も長引くだろうと危惧した。だから思い切って、ブラを上へずらす。


 いつでも隠せるように、ブラの両端に手を添えている。

 同年代の……ほかの子よりも若干大きい。千鶴君にも「思ったより大きい」と、言われたし。早水君の好みじゃなかったら、どうしよう。どうにもできないけど。

「変じゃないかな?」

 意見を求める。見てもらった。


 ブラジャーを上げ、胸を出した格好で体を見てもらっている。

 彼は顔を近付けて、まじまじと見回している。様々な角度から。「すごっ!」と言われた。うぅぅ。


「早水君。恥ずかしいから、そんなに見ないで」

「嫌だね」

 即……断られた上に睨まれる。少し違和感がある。何だろう。いつもの様子と違うような。余裕のなさというか、必死さがあるというか。

 浮かんだ疑問を投げ掛ける。

「何で? 早水君は別に見慣れてるでしょ? 女子の胸とか」

 不本意だと言いたげな一瞥を返してくる。

「は? 結ちゃん。僕を何だと思ってんの? 女子の胸を見るの、これが初めてだよ?」


「……え?」

 呆然と聞き返す。


「言っとくけど。付き合うのも、キスするのも、汗を舐めるのも。結ちゃんが初めてだから」

「う、嘘だぁ」

 私の口が、あんぐり開いていたらしいけど。この時は、それどころではなかった。

「何で嘘だと思うの?」

 尋ねられて「うっ」と言葉に詰まる。
 気まずい。視線を逸らして答える。

「だって……早水君て、モテるでしょ?」

 内心「もしかして私、早水君の事を誤解してたの?」という可能性に思い当たり、焦る。

 呆れているような溜息をつかれた。瞳を上げて早水君を窺い見る。

「いくらモテても。好きな子に好かれないと意味ないよ」

 向けられた真っ直ぐな視線に耐えられず、再び目を下へ逸らす。早水君の言う「好きな子」って、私の事だよね?

 早水君が微かに笑った気配がする。

「何で、こっちを見ないの?」

 問われたけど、黙っていた。彼が顔を寄せてきたから吐息が掛かるくらい近い。

「僕を見てほしい。千鶴君を見るような目で」

 早水君の要望を聞く。「千鶴君? 私の千鶴君を見る時の目付き、おかしかった?」という疑問が、心の内に浮かぶ。しかし現状に必死過ぎて。それ以上……考える余裕がない。

 眼差しが合うと相手の表情が緩んだ。胸が温かくなる程の微笑みで「最高」と言われた。


「キスしたい」

 早水君の望みは、ごく自然な事のように思える。心に灯る熱を、流れに乗せて答える。

「……いいよ。しよう?」
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