【完結】【応募版】前世の恋人 ~正ヒロインに内緒でメインヒーローと~

猫都299

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7 告白

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「さよなら、さよなら」

 朝日で海が煌めいている。田舎の細い道路を歩いていた。ガードレールの向こうにある景色を眺めながら、大好きな歌を口ずさんでいる。

「あなたの心に、安らぎがありますように。……見付けてくれて、ありがとう」

 詞を紡いだ主人公の感情が、自分にも重なる感覚がある。涙で潤む目を、手の甲で拭う。


 高い空を、鳥が舞っている。茶色い鳥。トンビかな?

 海里さんと……初めてデートした際の事を思い出す。高台にある、見晴らしのいい喫茶店へ行った。向かう道の途中で町を眺めていた時、似た鳥が飛んでいた。

 あの頃はただ、自分の想いに振り回されていた。海里さんの気持ちを知って、自分の……この願いが、とても残酷だと感じる。

 諦められない。身を引いたら、いっぱい後悔するんだって分かってる。

 だから、最後に賭けをする。

 覚悟を下さい。もう心は、汚れ切っているから。嫌われて傷付く事も平気なくらい、強い私になりたい。

 列車に揺られて、海沿いにある田舎町へ来た。何年か前に亡くなった、おばあちゃんの家がある。今は空き家で、誰も住んでいない。幼い頃に、おばあちゃんからもらった鍵を持っている。「いつでもおいで」と……言ってくれた。

 畳の部屋のカーテンを開ける。埃っぽい匂いがする。薄暗い部屋の隅に、腰を下ろす。

 ここが今行ける限界。世界の端。私の世界は小さい。でも。とても大切な場所だったの。

「おばあちゃん、強くなりたい」

 もうこの世界の、どこにもいない人に呟く。

「守れるくらい、強く」





 目を開ける。窓から差す陽が暖かい。いつの間にか眠っていたようで、時計を見ると三時ちょっと前だった。

「ははっ」

 虚しくて少し笑う。私、何やってるんだろう。期待して馬鹿みたい。
 来てくれるかもしれないなんて……そんなの有り得ないって、分かってるでしょ?

 あと一時間後には帰らないと。電車の時刻に間に合わなくなる。

「本当はっ……迎えに来てほしかった」

 焦燥と落胆が身の内にくすぶっている。本当の願いを祈るのは……今日で終わり。

 彼が……ここへ来る筈がないのは、承知の上だった。まだ希望に縋ろうとする惨めな自分に、思い知らせる為だった。

 強くなりたいのに。今の私は真逆だ。


 最後にもう一度、海を見たくなった。賭けには負けたけど。ジメジメした自分を卒業すると決めて、ここへ来たのだ。

 朝も歩いた道を辿る。普段は青い海に、薄黄色の淡い輝きが映っている。眩しく思う。

 海へと続く坂道がある。小さい頃、よく岩場で遊んだなぁ。自然と足が向いて、坂を下る。

 大きめな石の上から、海を見ている。白い波が寄せては引いていく様を自分の境遇と重ね、不思議な心持ちになる。

 繰り返す人生は波のように一つ一つが似ていると、ぼんやり考えている。波の大きさや勢いが違ってくるように、少しずつ異なる部分があった。前回なんかは、随分変わっていたけど。

 思い出して「ふふっ」と笑う。退廃的な世界で、初めて海里さんを見付けた……そんな夢だった気がする。何故かその夢だけ、途中で目が覚めた。


 ――海里さん、怒っているかな。

 明け方……眠っている彼を起こさずに、こっそりアパートを抜け出した。何も告げずに、ここへ来た。

 試した。

 以前、一度だけ打ち明けた事がある。ここが私の秘密の泣き場所だって事。お兄ちゃんにも言っていない、特別な秘密だったの。

 薄々感じていた。海里さんにも『記憶』が、あるんじゃないかって。

 海里さんに、この場所について話したのは……今生ではなかった。心の奥底に仕舞って見ないようにしていた、二つ前の生での出来事だった。


「美緒っ!」

 突然、聞き覚えのある声に呼ばれた。思考中だった意識が、現実を知覚する。

 驚いて振り向く。
 遠くの方……坂の手前に人影を見付ける。


「……お兄ちゃんっ!」

 来てくれたのは、海里さんじゃなかった。

 私の方へ駆けて来る兄は、岩場に不慣れなのか何度も転びそうになっている。けれど視線を逸らさず、スピードも緩めない。

「美緒っ、美緒……美緒っ!」

 ――私は幸せ者だ。迎えに来てくれる人がいる。

 眼の辺りがジーンと痛くなる。涙を堪える為に眉間に力を入れる。
 兄の存在に救われている。きっと兄だけじゃない。今、生きているのは……色んな人に助けられてきたからだ。

 私のいる石の上に、兄が立つ。同時に抱き締められる。ぎゅうっと、凄く強く。

「帰ろう」

 兄の声が変だな……と思い、顔を覗こうとしてやめる。肩に感じる冷たさで、泣いているのだと分かったから。

「お兄ちゃん、ごめんなさい」

 潮風で冷えた体に、兄の温もりが心地いい。目を閉じた。もう夢から覚めないと。……私は主人公になれなかった。

「ごめんなさい、黙って遠くまで来てしまって。もう用事は済んだから、大丈夫だよ。帰ろう」

 体を少し離して、彼の顔を見上げる。微笑んで見せる。兄はハッとするように目を見開いた後、猶も涙を零しながら私へ語り掛けてくる。

「美緒」

 泣いていても絵画のように美しい。私を大事にしてくれる心優しい、大切な人。

「好きだよ」

 言い聞かせるような、理解させようとしているような……そんな響きだった。

 告白された瞬間――自分の残酷さに気付いて、悲しくて微笑む。
 知ってたよ。お兄ちゃんが私へ向ける眼差しや優しさとか、上手く隠しているところも。知っているのに。見ていないフリをした。利用した。優しさに甘えて、海里さんとの恋を応援させた。

 こんな薄汚れた私が。ぬくぬくと……あなたの元に帰っていい筈がない。

 返事を紡ごうとした。直前に。遠くで響く足音を――耳が拾う。胸が音を鳴らす。思わず目を向ける。

 岩場を中心に眺めた左手には海がある。反対の……右側は小高い山になっている。山の斜面上方の道から、岩場を結ぶ坂が続いている。下っている黒っぽい服の人物が、どんどんこちらへ近付いて来る。物凄く慌てた様相で。

「美緒っ!」

 その人が、私の名前を呼んだ。兄よりは岩場に慣れた足取りで……大きめの石の上を、軽く跳んで渡って来る。

「海里さんっ!」

 私も名前を呼ぶ。来てくれるなんて。本当に……来てくれるなんて。

 気持ちが溢れて、足を踏み出す。けれど、彼の傍へは行けなかった。
 左横にいる兄に右肩を掴まれている。兄の腕と胴に挟まれて、身動きが取れない。恐る恐る顔を上げる。表情を窺った。兄は瞳に強い光を湛え、海里さんを見据えている。

「ダメだ。美緒は俺の……大切な人だから」

 兄が海里さんへ告げる。凄く嬉しかった。夢で知った多くの人生で、私は兄を愛していた。今も、もちろん大好きだ。……でも。

 ゆっくり……海里さんへ顔を向ける。

 海里さんは昏い目で兄を睨んでいる。瞼が伏せられ、次に開かれた時……眼差しに射られたように目が離せなくなる。どこか悲しげで。それなのに……深い傷さえ許してしまいそうな強さを見た気がする。

 徐に動き始めた彼との距離が縮まる。伸ばされた手が、私の手を引く。

「待って」

 私を連れて行こうとしている海里さんの手首を、お兄ちゃんの手が押さえている。静かな声音が聞こえる。

「君はまだ、話してないのか?」

 海里さんは、一言だけ答えた。

「確かめてた」

 海里さんが、私へ向き合ってくる。

「お前を捜すのに、篤に協力してもらった。……柚佳にも」

 息を呑む。その時になってやっと。遠くの方から、こちらへ歩む人物を見る。ぎこちない動きで、たまに大きな岩の横を遠回りしながら……私たちの側まで来る。

「美緒ちゃん、心配したよ」

「柚佳さん……っ!」

 オレンジを基調としたチェック柄で膝くらいまでの長さのスカートと黒いタイツ、灰色のセーター姿で。茶色いポシェットを肩に斜め掛けしている。髪はいつものポニーテールで……今日は珍しく、灰色のベレー帽も被っている。

 彼女と自分の出で立ちを比べて、愕然とする。私、昨日から一緒の服だ! 急に恥ずかしくなる。

 柚佳さんは私を見た後、海里さんとお兄ちゃんへ視線を移している。少しも経たない内に……彼女の視線が、私へと戻って来る。両肩に手を置かれる。

「美緒ちゃん。今から凄く……酷な事を言うね」

 前置きをされた。

「私と海里には……体の関係があるの」

 一拍、息を止める。伝えられた本題に、嵐の如く心を掻き乱される。

 今まで、考えないようにしていた。知りたかったけど、真実を知ってしまうのが怖かった。
 嫌な予感が、ヒヤリと背筋を這う。鋭い剣先を喉元に突き付けられたような、到底いい気分とは言えない心地になる。

 彼女の言動に思い当たる。
 柚佳さんは知っているんだ。私が海里さんを好きだって。まさか彼との関係も……知られている?

「それでも好きなの? 私から奪えると思ってるの?」

 詰め寄られ、勢いに気圧される。身体が強張ってしまう。何も答えられない。ただ彼女を見つめる。

 柚佳さんが溜め息をつき、冷たい目線を送ってくる。

「海里も篤君も可哀相。二人の気持ちを弄んでるの?」

「ちがっ……!」

 咄嗟に否定しようとした。けれど、考え至る。私がうじうじしている間にも……時は流れる。二人を弄んでいると言われても、仕方がないのかもしれない。

 納得のいく道を選ぶのも重要だと思う。でも、大抵は制限時間がある。
 ……もしかしたら今が、答えを出すチャンスなのでは?

 目を伏せて心を落ち着ける。間違っていたとしても。『今の私』は!

「違うのなら、決めてあげて」

 凛とした声で促してくる。導かれるような心持ちで瞳を上げる。目の前にいる彼らも、こっちを見ている。

 強く問われる。

「海里か、篤君か――!」

「私は……」



 兄に向き合う。顔を上げて眼差しを受け止める。既に私の答えを知っているように、優しい微笑みを返された。

「お兄ちゃん……っ、ごめんなさいっ……!」

 頭を下げて謝る。足元の石が霞んで、滲んでいく。我慢しようとしても。勝手に涙が出てしまう。酷く泣いてしまう前に伝えないと。再び柚佳さんへ臨む。

「私っ……海里さんが好きです」

 真っ直ぐに、彼女の瞳を見て答える。溢れた涙が、頬を流れ落ちていく。だけど目を逸らさなかった。みっともない顔をしていると分かっている。今更、上辺を取り繕っても仕方ない。醜くても、これが私だ。

 厳しい目付きで見据えられている。怯みそうになる。でも譲らない。海里さんは渡さない! 精一杯の睨みを返す。

 柚佳さんが目を伏せた。

「ふっ」

 彼女は、眉尻を下げて笑っている。

「それくらいじゃないとね」

 呟かれた言葉の意味が分からず、相手を見つめる。向けられた笑顔のどこかに、寂しさに似た何かを感じる。

「さっきの話の続き……教えてあげる」

 潮風が、彼女の黒くて綺麗な髪を揺らしている。打ち明けられる。

「私と海里が恋人だったのも、体の関係があったのも遠い昔……生まれる前の話なんだけどね」

「えっ?」

 僅かの間、言われた内容を理解できなかった。よく呑み込めていないまま、続く話を聞く。

「今の人生では、手も繋いでないよ」

「……えっ?」

 漸く薄ら、解り掛ける。

 以前、少しだけ引っ掛かっていた事がある。海里さんと柚佳さんと私でカラオケに行った時に、柚佳さんが私にリクエストしてくれた曲「小さな花」は。二つ前の人生で柚佳さんと二人でカラオケに行った際にも、彼女に聴いてもらっていた。私のよく歌う曲が「小さな花」だと、海里さんが柚佳さんに話したんだと思い込んでいたけど。

 ――まさか。

「全部、知ってたよ」

 優しい声で告げられる。見開いた目で『彼女』を確かめようとする。

「美緒ちゃん」

 私を抱きしめて『生きている』彼女が言う。

「美緒ちゃん……あの記憶がある? 私が入院してて、色々と……我儘をお願いしてしまった時の。酷い事を頼んで、ごめんね」

 柚佳さんとの思い出が尊くて悲しくて泣いてしまうから、心の奥底に仕舞っていた。

 二つ前の生で柚佳さんに頼まれた。海里さんと幸せになってほしいって。でもそれは……私の叶えたかった願いでもあった。

 涙がぼたぼたと垂れるけど、悲しいからじゃない。腕の中にいる彼女が確かに生きていると実感したら、胸が痛い程に安堵した。


「私、負けませんから。柚佳さんにだって、勝ってみせます」

 強気に挑んで見せる。

「私もね、頑張ってみる。迷って悩む事もあったけど……美緒ちゃんのおかげで、心を決められそう」

 面白がるように、細めた目で笑われた。
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