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8 ハッピーエンド
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「二人とも。盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ行かないと……帰りが凄く遅くなるよ」
お兄ちゃんが微笑みながら促してくる。
続く話は帰りの電車の中でと急かされ、私たちは海辺を後にする。
岩場を移動している時に、後方から来た海里さんに睨まれた。私の右側を通り過ぎ、足早に坂を上る背中を見つめる。海里さん、やっぱり怒ってるよね?
柚佳さんに二度前の生での記憶があると知って、感極まっていたけど……そうだった。疑問が湧く。
ここに迎えに来てもらえたのは。海里さんにも記憶があったから、なのかな?
帰りの電車に乗る時分になってもまだ、海里さんには不機嫌な気配が漂っている。
電車内は夕方の薄黄色い光が大きめの窓から差し込み、暖かく明るい雰囲気を感じる。二人掛けで横長の座席が向かい合う配置になっていて、奥の方の窓際に座った。私の隣は柚佳さんで向かいに海里さん、その隣にお兄ちゃんがいる。
海里さんの様子を窺っていた。すると相手も、こっちを見てくる。厳しい目付きで言及される。
「お前さ。オレが前の人生の記憶を持ってなかったら分からない事で試そうとするなよな。マジでヒヤッとした」
言われてハッとする。やっぱり……! 海里さんにも記憶があるんだ。
「ごめんなさいっ……って…………試したの分かってたんですか?」
気付いて尋ねる。彼は見透かすように、細めた目を向けてくる。
「悩んでただろ?」
言い当てられて驚く。柚佳さんと海里さんの事で、ぐるぐる考えていたのも……感じ取ってくれてたの?
「は、はい」
認める。頷いて見せた。海里さんは眉間に皺を寄せた顔で頬杖をつき、窓の外を眺める素振りで話す。
「今朝……いなくなっててすげー焦った。篤や柚佳に頼んで、一緒に捜してもらった。違う人生で行った場所だって思い至って……泣きたい時に来る場所だって言ってたから……オレ、それ程お前が悩んでるって分かってなかったから……ごめん」
「えっ! 海里さんは悪くないです! それより、私の方こそ勝手にいなくなってすみませんでしたっ!」
海里さんがこっちを見た。どこか悔しそうに笑い掛けられる。
「オレが一番に迎えに行きたかったのに。篤が先にお前に辿り着いた。それなのに何でオレを選んだ?」
「えっ?」
あ、あれっ?
「海里さんが好きだからです」
「でも迷ってた。だから試した。……オレより先に、篤がお前を見付けた」
えええっ? もしかして、これは?
「まさか海里さん……私が二人の内、先に来てくれた人を選ぼうと試したって思ってます?」
「……違うのか?」
少しの間、海里さんを見つめる。口を開けたままだったのに気付いて閉じる。唾を飲んだ後、説明する。
「あの場所は、お兄ちゃんも知っていましたけど。私が落ち込んだ時に行っていた件は教えていません。多分、先に来てくれたのは……小さい頃、岩場で遊んでいたと話した事があるからでしょう」
「えっ、でも……あれ? お前、落ち込んでたよな? オレとその…………の後」
海里さんの発言の一部分が聞き取りにくい。何を言いたいのかは分かる。柚佳さんが海里さんへ、半分ほど睨むような冷たい視線を送っている。
「篤が好きなのにオレと……って後悔してたんじゃないのか?」
「私が悩んでいたのはっ……海里さんには柚佳さんがいるから……! だから……」
言葉の後半で俯く。
「……来てくれて、嬉しかったです」
思い返して、凄くジーンとしてしまった。
「あっ! そう言えば、海里さんにも記憶があるんですね。柚佳さんにも。もしかしてお兄ちゃんにも、あったりして……?」
兄に目を向ける。微笑みを返された。けれど優しく見つめられるだけで、何も話してくれない。そっか。お兄ちゃんの気持ちを受け取らず、海里さんを選んだのに。浮かれてて……私、何て酷い人間なんだろう。自己嫌悪に陥る。再び俯く。
「あーあー。美緒ちゃんに振られて、まだ立ち直れないくらいショックなのは分かるけど。好い加減、妹離れしなさいよね」
柚佳さんが兄に喋り掛けている。呆れているようで、励ましているようにも聞こえる口振りだった。兄は言葉もなく、背中を丸め俯いている。
「ごめんね美緒ちゃん。篤君は美緒ちゃんに触れてほしくない過去があるらしくて……」
教えてくれそうだった柚佳さんに、俯いたままの兄が鋭い眼差しを向けている。詳しくは語られなかった。
「あー、私ちょっとお手洗いに……」
苦笑いしていた柚佳さんが席を立とうとする。直後に電車が揺れた。
「危ない……!」
数歩分よろけた柚佳さんの肩を、兄が押さえている。呟きが聞こえる。
「おっちょこちょいだなぁ。……心配だから俺も行くよ」
彼は少しだけ笑った。
「沼田君、美緒の事を頼む」
言い残して柚佳さんと共に別の車両へと移動して行く、兄の背中を見送る。
座席のシートが揺れて我に返る。海里さんが私の隣に座っている。こっちを見ている。どぎまぎして俯く。
「聞きたい事があるんだろ?」
尋ねられて顔を上げる。静かな印象の黒い瞳が、私に向けられている。ずっと欲しかったものが近付いて来てくれたような、不思議な心持ちになる。
この際だからと、疑問に思っている事を質問した。いつから別の人生の記憶があるのかとか、柚佳さんが言っていた「今の人生では、手も繋いでないよ」の真相とか。
「オレが別の人生の記憶を思い出してきたのは最近……ほら、美緒がコンビニの前で車にぶつかりそうだったオレを助けてくれた事があっただろ? あの後からだ。でも、前々から知らされていた」
「知らされていた? どういう事ですか?」
「柚佳は幼少期から記憶があったみたいだな。事あるごとに聞かされてた。『あなたには大切な人がいる』って。何の事か……その時は理解できなかったけど。助けられてから解ったんだ。美緒が、その人だって」
真っ直ぐに。視線を逸らさず告げてくる。
「夢で見て分かった。オレが美緒を好きだった事も、篤や柚佳の事情も」
瞼を大きく開いて、海里さんを見つめていた。
「お前も記憶があったんだな。知らないフリしてたのか?」
「ええと……はい……。突飛な事を言って、変な子だって思われるかもしれないと思って」
「柚佳と篤は、お前を心配してた。お前が記憶を思い出して、話してくれる時まで見守ろうとしてた。オレは早く思い出してほしくて、焦ってたけど」
「……海里さんは柚佳さんが好きですよね? 付き合ってますよね? 何で私ばかり気にかけてくれるんですか?」
「は? 付き合ってないよ」
「え?」
「確かに好きだったけど、この人生では幼稚園に通ってる頃から言われ続けてきたから。『高校生になったら運命の人に出会うから』って柚佳に。だから待ってた」
「ええ?」
「ちゃんと来てくれたな?」
嬉しそうに笑っている彼の瞳に、別の感情を見た気がした。
「海里さん?」
頬を撫でられる。彼の前髪が、私のおでこに掛かる。
「いくら長い間待ってたからって、がっつき過ぎでしょ」
海里さんの顔が近くて焦っていたら、ズバッとツッコミがあった。柚佳さんの声で。
慌てて海里さんから距離を取り、視線を移動させる。お手洗いから戻った柚佳さんが……少し怒っているような……呆れているようにも思える表情で、向かいの座席の側に立っている。彼女の後方から、お兄ちゃんも来た。海里さんは不服そうに柚佳さんを見上げ、睨んでいる。
「それを、お前が言うのか?」
海里さんの口調には責めるような響きがある。
「私だってね……。ううん。もういいの」
柚佳さんの言葉には、何か……続きがありそう。しかし。一度閉じられた彼女の瞼が再び開かれた時、眼差しを注がれていたのは私だった。ニッコリと笑い掛けられる。
「美緒ちゃん、大丈夫。心配しないで」
不安が顔に出ていたのかもしれない。正直に言うと怖い。二人は本当は……。
それから私たちの町へ電車が着くまで。一時間以上の時間があったので、ゆったりと過ごしている。左隣に座っている海里さんとも、たくさん喋った。
「美緒、次はどこに行く?」
「つ……次っ?」
「喫茶店に行っただろ? カラオケにも。花火も見た。次、どこか行きたい所ある?」
「そうですね……」
色々行きたい所はあるけど……。
「また、あの喫茶店に行きたいです。抹茶のケーキも凄く気になってたんです」
「そっか」
海里さんが目を細める。嬉しそうに見てくる。もしかして、私がスイーツを好きだから……連れて行ってくれたのかな?
「じゃあ次回は喫茶店だな。その後でカラオケってのもいいかもな。この前カラオケに行った日は、美緒と会うのを秘密にしていたから……オレが美緒じゃないほかの女子と会うんじゃないかって柚佳に疑われてたんだ。後から怒られた。美緒なら美緒だって言えって」
「そうだったんですね」
あの日を振り返って微笑む。柚佳さんも来たから物凄く怖気付いていた。柚佳さんは知ってたんだ。海里さんと私の事。胸がちくっと痛む。柚佳さんは、私に遠慮している?
「私、歌うの苦手なんです。下手だから」
自分の心の変化に戸惑って、別の話題を振ってしまった。海里さんの目が大きくなる。
「え? でも――。二つ前の……結婚してた人生で、よくオレを引っ張って行ってたよな? カラオケ」
覚えていてくれたんだ。嬉しくて頬が綻ぶ。
「カラオケが好きだったのは……海里さんの歌が好きだからです」
海里さんの喉が動いた。ためらうような僅かの間の後、安堵めいた呟きを耳にする。
「そっか」
左頬を撫でてくる。顔が近付いて来て慌てる。
「私っ! 昨日から、その。同じ服だし……。潮風で髪も顔もベタベタだし……」
「構わない」
「その……」
上手く言葉を継げない。視線を右へ移す。いつからなのか……。柚佳さんとお兄ちゃんが無言で私と海里さんのやり取りを見ている。
「ふぅん、そうか。見られるのが嫌なんだ?」
海里さんが理由を察してくれた。急いで二回頷く。何でだろう。間近にある目が不機嫌そうに細まった。
「美緒はオレが好きなんだよな?」
唐突な質問に面食らう。意図を読めない。
私、確かさっき言ったよね? 海辺でも、昨日も。
首を傾げつつ答える。
「は、はい」
「オレたち、もう付き合ってるよな?」
続け様に確認される。昨日、海里さんに「付き合ってください」って……言われたんだった。
「えっと……」
柚佳さんの様子を窺おうとする。私が海里さんと付き合ったら、彼女の心を傷付けてしまうんじゃないかと考え至ったからだ。
でも、できない。思い直す。これは関係ない。彼女じゃない。私が決める事だ。
意を決して伝える。
「…………はい……」
「じゃあ、篤に見られても……問題ないよな?」
間髪入れずに尋ねてくる。
えっ? 何で、お兄ちゃんオンリー?
疑問が浮かぶけど、軽く唇を食まれた後だった。
「今は、これで許す」
何の事か分からないまま、海里さんの瞳が意地悪く笑うのを見ていた。
お兄ちゃんが微笑みながら促してくる。
続く話は帰りの電車の中でと急かされ、私たちは海辺を後にする。
岩場を移動している時に、後方から来た海里さんに睨まれた。私の右側を通り過ぎ、足早に坂を上る背中を見つめる。海里さん、やっぱり怒ってるよね?
柚佳さんに二度前の生での記憶があると知って、感極まっていたけど……そうだった。疑問が湧く。
ここに迎えに来てもらえたのは。海里さんにも記憶があったから、なのかな?
帰りの電車に乗る時分になってもまだ、海里さんには不機嫌な気配が漂っている。
電車内は夕方の薄黄色い光が大きめの窓から差し込み、暖かく明るい雰囲気を感じる。二人掛けで横長の座席が向かい合う配置になっていて、奥の方の窓際に座った。私の隣は柚佳さんで向かいに海里さん、その隣にお兄ちゃんがいる。
海里さんの様子を窺っていた。すると相手も、こっちを見てくる。厳しい目付きで言及される。
「お前さ。オレが前の人生の記憶を持ってなかったら分からない事で試そうとするなよな。マジでヒヤッとした」
言われてハッとする。やっぱり……! 海里さんにも記憶があるんだ。
「ごめんなさいっ……って…………試したの分かってたんですか?」
気付いて尋ねる。彼は見透かすように、細めた目を向けてくる。
「悩んでただろ?」
言い当てられて驚く。柚佳さんと海里さんの事で、ぐるぐる考えていたのも……感じ取ってくれてたの?
「は、はい」
認める。頷いて見せた。海里さんは眉間に皺を寄せた顔で頬杖をつき、窓の外を眺める素振りで話す。
「今朝……いなくなっててすげー焦った。篤や柚佳に頼んで、一緒に捜してもらった。違う人生で行った場所だって思い至って……泣きたい時に来る場所だって言ってたから……オレ、それ程お前が悩んでるって分かってなかったから……ごめん」
「えっ! 海里さんは悪くないです! それより、私の方こそ勝手にいなくなってすみませんでしたっ!」
海里さんがこっちを見た。どこか悔しそうに笑い掛けられる。
「オレが一番に迎えに行きたかったのに。篤が先にお前に辿り着いた。それなのに何でオレを選んだ?」
「えっ?」
あ、あれっ?
「海里さんが好きだからです」
「でも迷ってた。だから試した。……オレより先に、篤がお前を見付けた」
えええっ? もしかして、これは?
「まさか海里さん……私が二人の内、先に来てくれた人を選ぼうと試したって思ってます?」
「……違うのか?」
少しの間、海里さんを見つめる。口を開けたままだったのに気付いて閉じる。唾を飲んだ後、説明する。
「あの場所は、お兄ちゃんも知っていましたけど。私が落ち込んだ時に行っていた件は教えていません。多分、先に来てくれたのは……小さい頃、岩場で遊んでいたと話した事があるからでしょう」
「えっ、でも……あれ? お前、落ち込んでたよな? オレとその…………の後」
海里さんの発言の一部分が聞き取りにくい。何を言いたいのかは分かる。柚佳さんが海里さんへ、半分ほど睨むような冷たい視線を送っている。
「篤が好きなのにオレと……って後悔してたんじゃないのか?」
「私が悩んでいたのはっ……海里さんには柚佳さんがいるから……! だから……」
言葉の後半で俯く。
「……来てくれて、嬉しかったです」
思い返して、凄くジーンとしてしまった。
「あっ! そう言えば、海里さんにも記憶があるんですね。柚佳さんにも。もしかしてお兄ちゃんにも、あったりして……?」
兄に目を向ける。微笑みを返された。けれど優しく見つめられるだけで、何も話してくれない。そっか。お兄ちゃんの気持ちを受け取らず、海里さんを選んだのに。浮かれてて……私、何て酷い人間なんだろう。自己嫌悪に陥る。再び俯く。
「あーあー。美緒ちゃんに振られて、まだ立ち直れないくらいショックなのは分かるけど。好い加減、妹離れしなさいよね」
柚佳さんが兄に喋り掛けている。呆れているようで、励ましているようにも聞こえる口振りだった。兄は言葉もなく、背中を丸め俯いている。
「ごめんね美緒ちゃん。篤君は美緒ちゃんに触れてほしくない過去があるらしくて……」
教えてくれそうだった柚佳さんに、俯いたままの兄が鋭い眼差しを向けている。詳しくは語られなかった。
「あー、私ちょっとお手洗いに……」
苦笑いしていた柚佳さんが席を立とうとする。直後に電車が揺れた。
「危ない……!」
数歩分よろけた柚佳さんの肩を、兄が押さえている。呟きが聞こえる。
「おっちょこちょいだなぁ。……心配だから俺も行くよ」
彼は少しだけ笑った。
「沼田君、美緒の事を頼む」
言い残して柚佳さんと共に別の車両へと移動して行く、兄の背中を見送る。
座席のシートが揺れて我に返る。海里さんが私の隣に座っている。こっちを見ている。どぎまぎして俯く。
「聞きたい事があるんだろ?」
尋ねられて顔を上げる。静かな印象の黒い瞳が、私に向けられている。ずっと欲しかったものが近付いて来てくれたような、不思議な心持ちになる。
この際だからと、疑問に思っている事を質問した。いつから別の人生の記憶があるのかとか、柚佳さんが言っていた「今の人生では、手も繋いでないよ」の真相とか。
「オレが別の人生の記憶を思い出してきたのは最近……ほら、美緒がコンビニの前で車にぶつかりそうだったオレを助けてくれた事があっただろ? あの後からだ。でも、前々から知らされていた」
「知らされていた? どういう事ですか?」
「柚佳は幼少期から記憶があったみたいだな。事あるごとに聞かされてた。『あなたには大切な人がいる』って。何の事か……その時は理解できなかったけど。助けられてから解ったんだ。美緒が、その人だって」
真っ直ぐに。視線を逸らさず告げてくる。
「夢で見て分かった。オレが美緒を好きだった事も、篤や柚佳の事情も」
瞼を大きく開いて、海里さんを見つめていた。
「お前も記憶があったんだな。知らないフリしてたのか?」
「ええと……はい……。突飛な事を言って、変な子だって思われるかもしれないと思って」
「柚佳と篤は、お前を心配してた。お前が記憶を思い出して、話してくれる時まで見守ろうとしてた。オレは早く思い出してほしくて、焦ってたけど」
「……海里さんは柚佳さんが好きですよね? 付き合ってますよね? 何で私ばかり気にかけてくれるんですか?」
「は? 付き合ってないよ」
「え?」
「確かに好きだったけど、この人生では幼稚園に通ってる頃から言われ続けてきたから。『高校生になったら運命の人に出会うから』って柚佳に。だから待ってた」
「ええ?」
「ちゃんと来てくれたな?」
嬉しそうに笑っている彼の瞳に、別の感情を見た気がした。
「海里さん?」
頬を撫でられる。彼の前髪が、私のおでこに掛かる。
「いくら長い間待ってたからって、がっつき過ぎでしょ」
海里さんの顔が近くて焦っていたら、ズバッとツッコミがあった。柚佳さんの声で。
慌てて海里さんから距離を取り、視線を移動させる。お手洗いから戻った柚佳さんが……少し怒っているような……呆れているようにも思える表情で、向かいの座席の側に立っている。彼女の後方から、お兄ちゃんも来た。海里さんは不服そうに柚佳さんを見上げ、睨んでいる。
「それを、お前が言うのか?」
海里さんの口調には責めるような響きがある。
「私だってね……。ううん。もういいの」
柚佳さんの言葉には、何か……続きがありそう。しかし。一度閉じられた彼女の瞼が再び開かれた時、眼差しを注がれていたのは私だった。ニッコリと笑い掛けられる。
「美緒ちゃん、大丈夫。心配しないで」
不安が顔に出ていたのかもしれない。正直に言うと怖い。二人は本当は……。
それから私たちの町へ電車が着くまで。一時間以上の時間があったので、ゆったりと過ごしている。左隣に座っている海里さんとも、たくさん喋った。
「美緒、次はどこに行く?」
「つ……次っ?」
「喫茶店に行っただろ? カラオケにも。花火も見た。次、どこか行きたい所ある?」
「そうですね……」
色々行きたい所はあるけど……。
「また、あの喫茶店に行きたいです。抹茶のケーキも凄く気になってたんです」
「そっか」
海里さんが目を細める。嬉しそうに見てくる。もしかして、私がスイーツを好きだから……連れて行ってくれたのかな?
「じゃあ次回は喫茶店だな。その後でカラオケってのもいいかもな。この前カラオケに行った日は、美緒と会うのを秘密にしていたから……オレが美緒じゃないほかの女子と会うんじゃないかって柚佳に疑われてたんだ。後から怒られた。美緒なら美緒だって言えって」
「そうだったんですね」
あの日を振り返って微笑む。柚佳さんも来たから物凄く怖気付いていた。柚佳さんは知ってたんだ。海里さんと私の事。胸がちくっと痛む。柚佳さんは、私に遠慮している?
「私、歌うの苦手なんです。下手だから」
自分の心の変化に戸惑って、別の話題を振ってしまった。海里さんの目が大きくなる。
「え? でも――。二つ前の……結婚してた人生で、よくオレを引っ張って行ってたよな? カラオケ」
覚えていてくれたんだ。嬉しくて頬が綻ぶ。
「カラオケが好きだったのは……海里さんの歌が好きだからです」
海里さんの喉が動いた。ためらうような僅かの間の後、安堵めいた呟きを耳にする。
「そっか」
左頬を撫でてくる。顔が近付いて来て慌てる。
「私っ! 昨日から、その。同じ服だし……。潮風で髪も顔もベタベタだし……」
「構わない」
「その……」
上手く言葉を継げない。視線を右へ移す。いつからなのか……。柚佳さんとお兄ちゃんが無言で私と海里さんのやり取りを見ている。
「ふぅん、そうか。見られるのが嫌なんだ?」
海里さんが理由を察してくれた。急いで二回頷く。何でだろう。間近にある目が不機嫌そうに細まった。
「美緒はオレが好きなんだよな?」
唐突な質問に面食らう。意図を読めない。
私、確かさっき言ったよね? 海辺でも、昨日も。
首を傾げつつ答える。
「は、はい」
「オレたち、もう付き合ってるよな?」
続け様に確認される。昨日、海里さんに「付き合ってください」って……言われたんだった。
「えっと……」
柚佳さんの様子を窺おうとする。私が海里さんと付き合ったら、彼女の心を傷付けてしまうんじゃないかと考え至ったからだ。
でも、できない。思い直す。これは関係ない。彼女じゃない。私が決める事だ。
意を決して伝える。
「…………はい……」
「じゃあ、篤に見られても……問題ないよな?」
間髪入れずに尋ねてくる。
えっ? 何で、お兄ちゃんオンリー?
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何の事か分からないまま、海里さんの瞳が意地悪く笑うのを見ていた。
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