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しあわせな時間
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初めてわたしを忘れた人は、母親だった。まだ、わたしが5歳にもなっていない頃だ。母親からとてもいい匂いがして、美味しそうだと思ったら忘れられていた。何が起こってそうなったのか、全く分からなかった。
次にわたしを忘れた人は、父親だった。わたしが7歳になる頃だった。その時もとてもいい匂いがして、美味しそうだと思ったら忘れられていた。何が起こったのかは分からなかったけれど、何となく分かったような気がした。
その後は祖父母に引き取られた。わたしが12歳になった頃、祖父母はわたしを忘れた。その時も今までと同じようにとてもいい匂いがして、美味しそうだと思ったら忘れられていた。やっぱり忘れられたかと、諦めていた。
親戚は他にいなくて、わたしは途方に暮れた。まだ小学校を卒業したばかりなのだ。ひとりで暮らしていけるはずもなく、かと言って家にも帰れない。帰っても、誰もわたしを覚えていないのだ。戸籍もあるし、両親だっている。しかし一緒に写っている写真を見ても、わたしが誰だか分からない。こんなに寂しくて哀しいことは、きっと他にはない。
けれどある時ふと気付いた。気付いてしまった。わたしは人間ではなかったのだ。
人間であれば、何年も飲まず食わずで生きていられるはずがない。人間であれば、50年も生きれば子どものままなはずがない。人間であれば、──そう、人間であれば、首が落ちれば死んでいるはずだ。
どうしてわたしはこうなる前に気付かなかったのだろう。いつか忘れられてしまうからと、他人との関わりに怯えていたからだろうか。
違う、そうじゃない。わたしは本能的に知っていたはずだ。わたしが何を食べて生きているのか、何を食べないと死んでしまうのか。──わたしが、何なのか。
首が落ちても死ななかったわたしは、もうすぐ死んでしまう。もう何年も、何十年も食べていないのだ。愛情と言う、何よりも美味しいモノを。記憶と言う、何よりも大切なモノを。
誰とも関係を築けなかったわたしは、ここで朽ちていくしかない。今は誰も住んでいない、廃墟となってしまった家。家族から忘れられた女の子の怨念が立ち篭めると言われる、呪われた屋敷。
「それでもわたしは、しあわせだったよ」
誰にともなく呟いた最期の言葉は、誰にも届く事はない。
次にわたしを忘れた人は、父親だった。わたしが7歳になる頃だった。その時もとてもいい匂いがして、美味しそうだと思ったら忘れられていた。何が起こったのかは分からなかったけれど、何となく分かったような気がした。
その後は祖父母に引き取られた。わたしが12歳になった頃、祖父母はわたしを忘れた。その時も今までと同じようにとてもいい匂いがして、美味しそうだと思ったら忘れられていた。やっぱり忘れられたかと、諦めていた。
親戚は他にいなくて、わたしは途方に暮れた。まだ小学校を卒業したばかりなのだ。ひとりで暮らしていけるはずもなく、かと言って家にも帰れない。帰っても、誰もわたしを覚えていないのだ。戸籍もあるし、両親だっている。しかし一緒に写っている写真を見ても、わたしが誰だか分からない。こんなに寂しくて哀しいことは、きっと他にはない。
けれどある時ふと気付いた。気付いてしまった。わたしは人間ではなかったのだ。
人間であれば、何年も飲まず食わずで生きていられるはずがない。人間であれば、50年も生きれば子どものままなはずがない。人間であれば、──そう、人間であれば、首が落ちれば死んでいるはずだ。
どうしてわたしはこうなる前に気付かなかったのだろう。いつか忘れられてしまうからと、他人との関わりに怯えていたからだろうか。
違う、そうじゃない。わたしは本能的に知っていたはずだ。わたしが何を食べて生きているのか、何を食べないと死んでしまうのか。──わたしが、何なのか。
首が落ちても死ななかったわたしは、もうすぐ死んでしまう。もう何年も、何十年も食べていないのだ。愛情と言う、何よりも美味しいモノを。記憶と言う、何よりも大切なモノを。
誰とも関係を築けなかったわたしは、ここで朽ちていくしかない。今は誰も住んでいない、廃墟となってしまった家。家族から忘れられた女の子の怨念が立ち篭めると言われる、呪われた屋敷。
「それでもわたしは、しあわせだったよ」
誰にともなく呟いた最期の言葉は、誰にも届く事はない。
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