puppenspiel

ゆにゆに

文字の大きさ
4 / 9

しあわせな時間

しおりを挟む
 初めてわたしを忘れた人は、母親だった。まだ、わたしが5歳にもなっていない頃だ。母親からとてもいい匂いがして、美味しそうだと思ったら忘れられていた。何が起こってそうなったのか、全く分からなかった。

 次にわたしを忘れた人は、父親だった。わたしが7歳になる頃だった。その時もとてもいい匂いがして、美味しそうだと思ったら忘れられていた。何が起こったのかは分からなかったけれど、何となく分かったような気がした。

 その後は祖父母に引き取られた。わたしが12歳になった頃、祖父母はわたしを忘れた。その時も今までと同じようにとてもいい匂いがして、美味しそうだと思ったら忘れられていた。やっぱり忘れられたかと、諦めていた。

 親戚は他にいなくて、わたしは途方に暮れた。まだ小学校を卒業したばかりなのだ。ひとりで暮らしていけるはずもなく、かと言って家にも帰れない。帰っても、誰もわたしを覚えていないのだ。戸籍もあるし、両親だっている。しかし一緒に写っている写真を見ても、わたしが誰だか分からない。こんなに寂しくて哀しいことは、きっと他にはない。

 けれどある時ふと気付いた。気付いてしまった。わたしは人間ではなかったのだ。

 人間であれば、何年も飲まず食わずで生きていられるはずがない。人間であれば、50年も生きれば子どものままなはずがない。人間であれば、──そう、人間であれば、首が落ちれば死んでいるはずだ。

 どうしてわたしはこうなる前に気付かなかったのだろう。いつか忘れられてしまうからと、他人との関わりに怯えていたからだろうか。

 違う、そうじゃない。わたしは本能的に知っていたはずだ。わたしが何を食べて生きているのか、何を食べないと死んでしまうのか。──わたしが、何なのか。

 首が落ちても死ななかったわたしは、もうすぐ死んでしまう。もう何年も、何十年も食べていないのだ。愛情と言う、何よりも美味しいモノを。記憶と言う、何よりも大切なモノを。

 誰とも関係を築けなかったわたしは、ここで朽ちていくしかない。今は誰も住んでいない、廃墟となってしまった家。家族から忘れられた女の子の怨念が立ち篭めると言われる、呪われた屋敷。

「それでもわたしは、しあわせだったよ」

 誰にともなく呟いた最期の言葉は、誰にも届く事はない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...