いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛

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結婚したのか……俺以外の奴と

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「クライシス殿下から文?」

「はい。こちらでございます」


家令が差し出してきたそれを訝しく思いながら手に取ると確かに王家の紋章と、クライシスの文字。
一体全体何が起こっているのか首を傾げながら封を着るとただ一言、アレックス・ロバート・テイラーと登城するようにと書いてある。
もう結婚しているのでアレックス・ロバート・キャンベルなのだが、クライシス殿下の事だ。
僕達が結婚したことをご存知ないのだろう。
一体なんの用かと思いながら返事の文を書き出してはたりと動きを止める。
そうだ、アレックスの都合を確認しなければならない。
慌てて筆を置くと立ち上がりアレックスの務める騎士団へと向かうことにした。









馬車で30分、早馬を出していたので急な対応でも快く対応してくれた警備担当の騎士に礼をして門をくぐると数分で男性の怒号が耳に飛び込んできた。
どうやら練習場にもうすぐ着くようだ。
アレックスもそこにいるらしく、もしかしたら頑張っているアレックスが見られるかもと、ドキドキワクワク早く練習風景を見たい欲望を抑えお淑やかに座っていたものの、一分でそのお淑やかは瓦解した。


「アレックスは頑張っているかな」

「ええもちろんですわ。ウィルバート様のためにその腕磨かれていることでしょう」

「メリーは面白いね!アレックスは僕のためじゃなくてお国の為に腕を磨いてるんだよ~」

「あらあら…そうでした。そうでした」


うっかりといった様子のメリーに思わず声を上げて笑うとメリーも同様に声を上げて笑う。
メリーは僕より四歳お姉さんの侍女で近すぎ遠すぎすの距離感を作るのが上手い。
主人として敬ってくれるが、友人のような気軽さもある。
その空気が心地よいので手放せなくて、子育てをしながらで大変だろうに僕に仕えてくれるのだ。
曰く夫が子煩悩なのでママのように育ててくれるらしい。
この間は絵本を読んでいる時に、家にいてお世話をしてくれる人がママだと解釈した息子が、夫にママと呼びかけるのを見たと聞いて思わず笑ってしまった。
メリーはパパと呼ばれたらしいく、それがたいそう気に入り訂正しなかったらしい。
産休を取っていたのでメリーが産んでいると思われるし、そもそも男性と女性の場合は世間一般ではメリーがママ、旦那さんがパパのはずでさすがに教育上心配になった。


「ご主人様、お足元お気をつけくださいませ」

「ああ、ありがとう」


御者が扉を開けてくれたのでそのまま降り立つと少し先の練習場に向かう。
徒歩二、三十メートルの距離を歩きながら騎士たちを見ていると美しい黒髪がしなやかな動きで腕を奮っていた。


「アレックスだ」

「本当ですわ。アレックス様は美しい黒髪なので一目で分かりますね」

「そうだろう!アレックスの髪は美しいからな」


相手の男を軽くいなすように攻撃を払い除けるその姿になまじりに涙が浮かぶ。
なんて立派な騎士に育ったのか。
お兄ちゃんはとっても鼻が高い。
野次を聞く限り相手は先輩なのだろう。
それをものともせず戦う姿は獅子奮迅、かっこよすぎて抱きしめてよしよししたくなってくる。


重い金属がぶつかる音を聴きながら眺めていると先輩が膝をついたのを見てアレックスはその模造刀の切っ先を喉元に向けた。


「アレックス~!!!!なんて、なんてかっこいいんだ僕の弟は!!!」

「まぁ…ウィルバート様、アレックス様はもう旦那様ですわ」

「はっ…そうだった……でもいいのさ!結婚してもアレックスは弟だからね!」


僕の声に気がついたのかアレックスはこちらを見て目を見開くと満面の笑みで駆け寄ってきた。
大型犬かな?可愛い。
それを見ているといても立ってもいられず、僕もアレックスに駆け寄った。


「何事?!」

「アレックス!?」


周囲の騎士たちは狼狽しながら名前を呼んでいたがそんなことはなんのそのアレックスの腕は僕の体を捕らえた。


「にぃに、どうしたのこんな所まで」

「アレックス~!練習頑張ってえらいね!かっこよかったぞ」

「ほんと?」


僕を抱き上げてきゅるきゅるおめ目で上目遣いしてくるアレックスの首にぎゅうぎゅうと締め付けるように抱きついた。
そしてパッションを爆発させながら頭を撫で回して満足したら肩を掴んで目を合わせる。


「僕思わず見とれちゃった」

「もっと見てていいんだよ」


そんな会話をしていてふと視界の端に訝しげだったり恐ろしげだったり、愕然としていたり様々な様相の騎士たちが目に入って僕は動きをとめた。
そうでした。
お仕事中でした。


「アレックス、下ろして」

「どうして?抱っこやだ?」

「ヤダじゃないけど、お仕事中でしょ」

「……………………………………………そぅ、だね」

「今の沈黙に全てが籠ってますわね…」


メリーがそう言うとアレックスはゆっくり僕を下ろしてくれて、『なにか用事があったの?』と訊ねてくる。


「あ、そうだった。明後日登城できる時間あるかな…?クライシス殿下が僕たちをお呼びみたい」

「殿下が?」

「不思議だよね」

「にぃに大丈夫?嫌じゃない?俺一人でも行ってくるよ」

「大丈夫。多少は仕方ないんだよ。僕が第二王位継承権を持っているから。疑り深いのは次期国王として必要な事だよ」


昔からクライシス殿下は僕のことを目の敵にしていて困ったものなのだ。
年上の余裕を持って欲しいものだが、直系で唯一の男児、しかも王弟の息子が男児と来ていれば寝首をかかれる可能性は低くは無い。
それを考えれば致し方ないところはある。


「昔は可愛かったんだけど」

「……可愛い?」

「そう。会う度に『ウィリー』『ウィリー』ってあと追いかけてきて、暇さえあれば城の中手を繋いで一緒に探検したりして」

「…ふぅん」

「転んでも『僕はウィリーのお兄ちゃんだから痛くない』とか言って半泣きになりながら強がってんの。可愛すぎない?」


あの時の羞恥心と痛みからぶすくれて顔を真っ赤にしながら涙を浮かべている表情はいつ思い出しても可愛い。


「僕達従兄弟なのにね~って、それはいいんだけど」


クライシスの言葉をからかったものの良く考えれば婚約者だった子を弟だと育てた自分の方が盛大におかしいことを言っている自覚があるのに早々に流す。
ふと顔を上げるとメリーと目が合って、その顔が何か言いたげにこちらを見ていたが、何も言わないのでここでは言えないことなのかもしれない。


「……アレックス?」


突然黙り込んだアレックスを不思議に思い覗き込むと不満気な顔に思わず口元を覆った。
可愛すぎる…!!
ここに天使がいる……!!


「どち………どうしたの?アレックス~」


思わず家でのノリで『どちたのあれっくす~!!』と話しかけそうになったのを必死に飲み込んだが、最後の最後の伸ばし棒で片鱗を見せてしまった。
危ない。
アレックスのお兄ちゃん兼夫がヤバいやつだと噂される所であった。


「俺の方が可愛いよね?」

「勿論だよ!!僕の天使!!」


十メートルはいかないもののかなり離れているというのにそこそこのボリュームのどよめきが僕の耳にまで届く。
中には『何言ってんだあいつ』『天変地異の前触れか?』と言っている声があったが顔を覚えたからな。前者。
それに比べ後者はよく分かっているようだ。
アレックスが【僕からの可愛いはアレックスのもの】というのがにじみ出る嫉妬。
天変地異が起こってもおかしくないほどの愛しさはやはり滲み出てしまうようだ。
やはりアレックスは天使じゃないか。
前者はなにか文句でもあるのか。


「ご機嫌ななめなの?」

「………ななめ、だけど…ご機嫌ななめ……」


僕の言葉にご機嫌ななめのせいか頬を染めて苦悩しているような、不満気なような変な顔しているアレックスの頬っぺたを弄り回していると、アレックスの背後から彼よりでかい影が現れた。


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