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結婚したのか……俺以外の奴と
⑪
しおりを挟むクライシス殿下との話が終わり送り出す際、そばに居た侍従が
『この度の殿下の御無礼、私から一言謝罪申し上げます。……このような機会を設けてくださったこと、主はとても喜んでおりました。
是非また、主に顔を見せて差し上げてください。
キャンベル公爵子息様のお好きなお菓子、お茶をご用意して主と共にお待ちしております』
と完璧な仕草で澱みなく歌うように話しかけてきたので咄嗟に
『ええ勿論。兄様に会いに伺います。しかしいくら僕が類まれなる面食いでも僕はあなたの魅力に負けたりなどしませんからね』
と心の声が漏れて、不思議そうな侍従に一瞬で平身低頭した。
完全に脊髄反射で口を出ていたので侍従の彼はさぞ意味がわからなかったことだろう。
なんて言ったって僕も意味がわからない。
勝手にアレックスの敵だと、敵対心を抱いていたばかりに余計なことを言った。
正直世で言う黒歴史レベルで公爵子息として言ってはならないことを言った気がする。消えたい。
なんでこんなことを言ったのかも分からないし、なんでアレックスの敵だと言っているのかも自分ですら何度考えても意味不明だった。
やはり熱っぽい時に人と会うものではない。
そう思った僕の黒歴史をかき消すことが起こるなどその時の僕は知らずに。
それから四日後。いつものように目を覚ました僕は布団の上でミノムシのように丸まりその場から動けずにいた。
ほんのわずか布団をあげるとそこには見慣れた服。
それで全てを思い出してまた布団の奥底に潜り込んだ。
「お食事をお持ちしております。サイドテーブルに置いておきますね」
メリーの普段より控えめな声に少しだけ懐かしい感じがした。
それはそうだ僕は三日間僕であって僕でない状態だったのだから。
「……うん」
「お目覚めでしたか。ウィルバート様。
お加減は如何ですか」
「………………………………元気さ。でも今日の僕はミノムシなんだ……」
「あらあら…承知致しました。次はお茶のお時間に参ります。控えておりますのでなにか御用がございましたらお呼びください」
メリーの足音が遠ざかるのを聞いて、最後に扉が閉まったのを確認すると僕は更に身体を丸めて蹲った。
顔が熱い。
自分でもフェロモンが零れたのを自覚した。
ヒートは1週間程度続くと言われているが今までの僕はせいぜい長くても三日でヒートが終わっていた。
それも風邪ぐらい軽いものでいつも【身体がだるい】【熱っぽい】などせいぜいそれくらいの症状しか経験したことがない。
それが。
「あ、あああああ、あんな……」
ヒート中の記憶はない人も多いと言うが、僕は全てを覚えていた。
正常なヒートを知らないので、これがまだヒートとしては軽度だから記憶があるのかもしれないがいずれにせよ今現在僕には記憶がある。
「僕……子供みたいに駄々こねて泣きじゃくって……なんて、なんて情けない……。
アレックスにも迷惑かけて……」
アレックスはアルファだからいくら軽度なヒートだったとしてもオメガのフェロモンに抗うのはとても胆力がいることだっただろう。
その証拠に僕…………
「ぼ……ぼくと!……い、一旦一旦ね!一旦……」
そういう雰囲気になったのにアレックスに泣いて怒って僕曰く【アレックスメモリアル】を披露して、疲れたら寝て、朝起きたら居ないアレックスをまた部屋まで起こしに行って、部屋の外から今まで出したことないような甘えた声で『にぃにの所おいで』『体調わるいの?にぃにがお世話しようか?』等と宣いしまいには『会いたい』だの『寂しい』だの散々言った事を非常に鮮明に覚えている。
かろうじて『にぃにごめん、………………すぅ…仕事に行かないと』と申し訳なさそうにいうアレックスに『おしごと……そっか、おしごと、えらいねぇ……いってらっしゃい、きをつけてね』と返していたことだけが不幸中の幸いである。
これでヤダヤダぼくと一緒にいて(意訳)または、仕事と僕どっちが大事なの!(意訳)みたいなことを泣いてごねていたら僕のなけなしのプライドはバキバキだっただろう。
「………………羞恥に殺される……」
自分の意思で発言するのとヒート中など潜在意識の方が強い状態で発言するのでは同じ言葉でも全く違う。
しかも問題はこのベッドの惨状である。
ベッド一面に広がるアレックスの衣類はいわゆる【巣作り】の行為。
これを辞書で引くと【動物が巣を作ること】または【オメガの好意のあるアルファの所有物を集める行為。主にヒート中のオメガがアルファの香りで安心感を求めること、また所有物の中で相手を待つ行為を指す】とある。
つまりあの時の僕がアレックスを迎えに行ったのは【好意のあるアルファを迎えるための巣】を作ったのに近くにいるにも関わらず当の本人が来ないことに痺れを切らしたことが原因と考えられる。
ヒートが軽いのも考えものの暴挙である。
ふとそこで頭の中に引っかかりを覚えた。
「…………」
何か変なことを思った気がする。
【オメガの好意のあるアルファの所有物を集める行為。主にヒート中のオメガがアルファの香りで安心感を求めること、また所有物の中で相手を待つ行為を指す】
「……好意のある……アルファ…」
その瞬間ストンと僕の心の気流に留まってフラフラしていたものが深層に落ちていくようなそんな心地がした。
「……そう、か……僕…………アレックスが好きなのか」
ヒートは繁殖を誘発するための行為。
それは例えば実の親や兄弟では引き起こされない事は提唱されている。
生まれた時からそばにいる双方に恋愛的な好意のない義兄弟などもそれに含まれる。
それは近い遺伝子を避けるための本能だとか、当人らの無意識の家族という刷り込みの意識だとか言われているが詳細は不明である。
今回のように普通のヒートだとしても、アルファは鼻は効いても性的衝動は駆り立てられない、オメガで言えば身内のアルファの存在には見向きもしないというのが専門家の見解だ。
「……僕は、アレックスのこと、そういう目で見てたってこと?」
自分でこぼした言葉に絶望して頭を抱え唸る。
僕は、可愛い可愛い可愛い可愛いアレックスにあんなことやこんなことをさせたいと思っていたということ!?!?
その時僕はあることを思い出していた。
数少ない性的なお話をクラスメイトとしていた日のことを。
昔貴族院で見た絵画。
人前に飾るようなそれではなく人知れないところで読むような大人の男向けの画集だ。
お胸の大きな女の子に貴族社会では考えられないハレンチな膝上の【セーラー服】などという服を着せ素足を露出させたり、これまたあられもなく胸の谷間を露出し、晒された太ももを隠す方がいかがわしく感じるようなレースのソックスで露出した【メイド服】を着せたりするアレだ。
「ぼ、僕はあれをアレックスにさせたいのか……?」
確かにアレックスはこの世界でいちばん可愛いけれどあれほど見事な上腕二頭筋、胸筋、大臀筋、とにかく上げ出せばキリがない彫刻のような身体なのでさすがにあのような服は難しいのでは?と頭を捻らせた。
うろ覚えなりに思い出してみるとあの豊かな胸元は方向性は違えどもアレックスも負けていないし、可愛らしいハート型で切り抜かれた大胸筋は愛おしいだろうし、逞しい腕も足も僕は大好きだし誇らしい。
なんということは無い大変似合うことに気がついた。
「……なんということだ……僕は…………なんて、なんて穢らわしい……」
その日僕は考えうる限りの性的知識を思い出し、それをアレックスに変換して想像し、その痴態を思い浮かべその度深く懺悔したのだった。
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