まさか、本当に、異世界に行くなんて【改訂版】

紫鶴

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嘘のような本当の話

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森の奥を進んでいき少しすると、開けた場所がある。 
 そこには一軒の家(家、というよりは豪邸と示したほうが適切かもしれない)が建っている。その一軒の豪邸の庭では編み物をしている女性と、庭を駆け回る獣人と人間の男の子2人がそれはそれは楽しそうに過ごしていた。“迷いの森”と呼ばれるこの森はシュトラレーレ国という異国の地であった。 

 
 編み物をしている女性は本来、この場には居るはずのない人間なのであるが、この場にいる理由を理解するには少し前に遡る必要がある。 
 
編み物をしている女性、彼女は立花 日和といい、地球の日本という所に住んでいた普通の大学生であった。容姿も勉学も普通で友達もまあ、普通にいて普通に生活していた女子大生であった。 
 では何故平凡を平凡で重ねたような彼女が異世界という場に降り立ったのか、それは只只運が悪かったとしか言い様がないだろう。 
 
 彼女は至って普通の家庭で育った普通の子であったが、長女であったため色々と我慢することが多くあった。親に褒められることも、お気に入りのおもちゃも、親に名前を呼ばれることも(下の子が出来てから“お姉ちゃん”と呼ばれるようになった)、我儘も、全部我慢して下の子に譲ったのである。そのような環境の中で彼女は承認欲求が強く育ってしまったのはある意味真っ直ぐ育ったのだと考えられる。グレることも親に反抗という反抗をすることもなく育った彼女は退屈していた。 







 
「異世界に行きたい」 
「は?」 
彼女と学内の食堂でお昼を食べていた友人、七瀬 華は突如おかしな事を言い出した日和に対して疑問を持った。 
「いきなりどうしたの」 
「いやさ、なんか今持ってるもの全部投げ出して人外とか人外とか人外とかがいる異世界に行きたいなって」 
「人外しかいないじゃん。ばかなの?」 
「めっちゃ馬鹿にするね?おこ?おこなの?」 
「おこだよ!また馬鹿な事言い出して」 
「いや、本当に行くってなったらやだけどさ、妄想するくらいいいじゃん」 
そう、日和は人外(獣人とか妖怪とかそんな類のもの)が人間の女の子に恋をする、そんな恋物語が大好きで自分もそんな風になってみたいと、非日常なものを求めていた。まさかその数時間後に本当に異世界に行ってしまうなんてそのときは微塵も思って居らず華と午後の講義出たくないね~なんて話していた。 

 なんとか午後の講義も受けきり謎の達成感の元帰ろうとした日和はふと、違和感を覚えた。何だか変な胸騒ぎを感じながら1歩踏み出した日和であったが、1歩踏み出した先は真っ黒な穴。 
「は?」 
理解しきれない思考の中に一寸先は闇とはこの事か、と冷静な判断(冷静とは言いきれないような気もするが)をしながら意識を失った。 







 
 ぱちり。あれ、私こんなに目覚め良くなかった筈なのにな、と的はずれなことを考えた日和は私は大学からの帰り道だったはず、と思考の海に意識を落とそうとした。否、落としたかった。目の前に兎の耳を持った人間が居なければ。 
「あ!目を覚まされたのですね!おはようございます、主人を呼んで参りますので少々お待ちくださいね」 
そう言った兎耳の女性だろうか、中性的な人はこちらの話も聞かずに部屋から出ていった。わけも分からないまま取り残された日和は今度こそ思考の海に意識を落とした。 

  ー大学から帰ろうとして1歩踏み出したことは覚えてる。その先が真っ黒の穴だったのも覚えてる。なんか一寸先は闇とはこの事か、なんてことも思った。……で?その後どうなったの?まさか異世界、なんて言わないよね?さっきの人はコスプレだよね? 
 コスプレと言えば、なんて逸れた思考に向かおうとした時コンコンと扉がノックされる。慌てて「どうぞ」なんて言ったはいいがここ私の部屋じゃないし…と意識が逸れる。 

「失礼致します」 
先程の兎耳の人の声が聞こえ扉が開く。日和はまた意識が飛びそうになったが何とか押し留める。先程の話から兎耳の人の主人が一緒にいるだろうとは思っていた。だがまさか本物の熊が出てくるとは思うわけがないだろう。毛色からしてホッキョクグマといったところだろうか、そう思わねば日和は意識を保っていられない。 
「気分は悪くないか」 
主人であろう熊がざらりとしたお腹に響く低い声で話す。只でさえ意識が飛びそうだって言うのにそんな声で話されてしまえば日和の弱い意識は恐怖でプツンと切れてしまうのであった。 
 再び目を覚ました日和はこれまでの事を夢だと思いたかったが、目の前の景色が変わってない以上、夢にすることは出来ない。 
「大丈夫か?」 
心配そうな顔(果たして本当に心配しているのかは分からないが)をした熊が聞く。 
「あ、はい。すみません」 
「いきなりの出来事でびっくりしたのだろう。こちらこそ急に伺ってしまい申し訳ない」 
「あの、聞きたいことがあるんですがいいですか」 
「ああ、私が分かることであれば答えよう」 
 
 日和が聞きたいことは2つ。ここは何処なのか、自分は元の場所に帰れるのかである。きっと心の奥では分かっていたが否定して欲しかったのだ。ここは異世界ではなくて、帰ろうと思えば帰れるのだと。だが現実は無慈悲なもので、ここは日和のいた世界とは別の世界で、元の場所に戻れる方法は今まで見つかったことがないということであった。この場所はシュトラレーレ国の迷いの森でこの国には獣人も妖怪も魔人も人間もいるグローバルな国であること、日和のような異世界から来た人も一定数いるということを聞かされたが日和がちゃんと聞いていたかは分からない。いきなり知らない世界に来てたくさん情報が与えられて混乱しない方が異常と言えるだろう。 
「少し、整理したいので1人にしてもらっても、いいですか」 
「構わない。また夕食が近付いたらフィルを向かわせる」 
「はい」 
フィルとは兎耳の人の名前であるが今の日和には些細なことであった。 


ーとりあえず1人になった訳だけど、どうしよう。私もう、帰れないんだよね…もう、お母さんにも、お父さんにも、弟達にも、華にも会えないの…?うそ、でしょう?どうして私だったの、どうして今なの、どうして、どうしてどうしてどうして、帰りたい、家族に会いたい、華に会いたい、会いたいよ… 
これからのことを考えようにも思考がぐちゃぐちゃになって考えることなどできない。もう誰にも会えないと理解した途端涙が止まらなくて仕方がない。ただただ、生きることが辛くなった。異世界にトリップなんて小説とかだったらみんな嬉しそうにしていたのに全然嬉しくない、異世界になんて来たくなかったとすら思う。どうして小説のヒロインはあんなに楽しそうに順応できるのであろう。私には無理だ。だって私はヒロインではないもの。だったらなんで異世界トリップなんて、思考が纏まりもせず堂々巡りになり、また泣きたくなる。 

日和の思考が堂々巡りになり数時間後再び扉がノックされた。 
「フィルです。入室しても宜しいでしょうか?」 
「どうぞ」 
顔についているであろう涙の跡をごしごしと擦り入室を許す。フィルは先程の会話の通り日和を夕食へ誘いに来たのだ。 
「夕食が出来上がりました。こちらか食卓で召し上がることが可能ですがどちらで召し上がりますか?」 
日和の目元をちらりと確認し、フィルという人は選択肢を提示する。 
「お気遣いありがとうございます。食卓の方で大丈夫ですので案内お願いしてもよろしいですか?」 
「…畏まりました。どうぞ私と話す時は砕けた話し方をなさってください」  
「…努力します」 
 
フィルに案内してもらった先の食卓は普通の家の食卓ではなく城の長い食卓でありました。
人って何度も驚いていたら逆に冷静になるのだなぁなんてことを考えながらフィルが引いてくれた椅子に座る。食卓には先程の熊の主人のみ。他の方はいないのだろうか?なんて思うが口には出さない。 
 「整理はできたか」 
落ち着いても聞き慣れない低い声は随分私を気にしてくれる。食事をとる姿は小説の中の貴族のようであった。帰れないのであればこの優しい(であろう)熊に頼るしか道はないのだ。返す言葉を間違えればぽいと捨てられるであろう。それは嫌だ、まだ生きていたい。 
「はい、なんとか。夕食まで用意して頂いてありがとうございます。あの、お名前を聞いても良いでしょうか?申し遅れましたが私は立花日和と申します」 
「何も気にしなくていい。名乗るのを忘れていたな、申し訳ない。私の名はジルヴィ・ルーンと言う。」 
熊、ジルヴィ・ルーンは食事の手を止め名乗る。声は聞き慣れないけど優しそうである。 
「じるう゛ぃ…??」 
「ん゛…ジルヴィ、だ。難しいのであればジルで構わない」 
「ジル…ジル様ですね。私の事はぜひ日和と呼んでくださいませ」 
「…ヒヨリ」 
「はい。どうかしましたか?」 

「いや、これからなにか不自由なことがあれば遠慮なく言って欲しい。今日は色々なことがあって疲れただろう。もう寝るといい」 
「お気遣いありがとうございます。では失礼致します」 
食事も全て美味しくいただき、退出させて頂くことにした。熊さんは思ったより優しくて寛容なのだろうか。声色が優しい気が、する。 
 
 最初に居た部屋に帰ると強ばっていた身体が少し解ける。だが、ここも言わば敵地なのである。緊張をすべて解くことなど出来はしない。 
「タチバナ様、本日はもうお休み下さい」 
「あ、はい。日和で良いですよ」 
「…ではヒヨリ様と」 
「はい。おやすみなさい」 
「お休みなさいませ、ヒヨリ様」 
これからの事は明日考えよう。どんな状況でもご飯は食べれておいしく感じられるのか、なんて思う日和は疲れが一気に襲ってくるのを感じながらベッドの中に入るのであった。 
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