甘い夜にわたしを食べないで

志藤みかづき

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第2夜

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 次の日の放課後。

 授業が終わりホームルームも済んで、教室がざわざわと騒がしくなる。

 ホームルームで急遽明かされた明日からやってくる転校生の話題や、同じようにホームルームを終えた他クラスの人間も教室を出入りし始める。今日のこれからの予定を聞いて遊びに誘い合ったり、近所の大きな病院で起こった事件について雑談する姿があちらこちで散見されるよう。

 そんな喧噪の中で、鞄に必要な教科書だけを詰め席を立とうとする緋香梨のもとに、狭い通路を縫うようにして黒髪のおさげが印象的な小柄な少女・住吉ちさが近づいてきた。


「緋香梨。誕生日の件なんだけどボディーガードから許可もらえ―――…た、みたいね」


 胸元までのおさげを揺らして首を途中まで傾げ、ちさは苦笑した。


 黎夜が緋香梨の背後霊の如くひっついて、こちらを見ていた。


「ちさちゃん……わかる?」


「わかるわよー。後ろの緋香梨のボディーガードの様子を見れば一目瞭然」


 ちさに話しかけられるよりも一歩早く。
 席替えで隣の席をもぎ取った黎夜が席から身体を乗り出し、威嚇するように緋香梨の腰に腕を回して、ちさに睨みを利かし続けていた。


「………ひーちゃんを誕生日に連れ回すとか、正気を疑う。やっぱり、お前嫌い」


「それはこちらのセリフね。私もお前のこと嫌いよ」


 身長差がある黎夜に凄まれても、ちさは顔色一つ変えない。
 ちさと黎夜は中学の頃から顔を合わせるたびに同じようなやり取りを繰り返している。
 最初に会ったときも、今よりもさらに背が低かったにも関わらず果敢に黎夜に挑み、渋々緋香梨の親友として認められた。


「緋香梨もこいつの世話が嫌になったらいつでも言って。私が責任を持って緋香梨を養ってあげる」


「……お前の出る幕はない。消えろ……チビ」


「あん?図体がデカいだけの癖に。なによ、この根暗」


「根暗は……どっち……チビ」


「黎夜もちさちゃんも落ち着いて。不毛な争いだから。わたしは黒崎のおじさんおばさんにお世話になるって決めてるから、ね?」


 緋香梨はいつものように始まった不毛な争いを、仲裁する。

 やたらと養いたがる親友に丁重にお断りして。
 慣れた仕草で腰に回された黎夜の手に自分のそれを重ね、どうどうと落ち着かせるように撫でる。
 


「……ふ」


 緋香梨に選ばれて、黎夜が得意げに鼻を鳴らす。


「その男の世話になることが……そもそも……。
……ったく、相変わらず勝ち誇った顔がムカつく。
ま、いいでしょう。だって今年の誕生日は日中の緋香梨を独占させてもらえるみたいだし?」


 黎夜に対抗するようにふんっと小さな鼻を鳴らし、ちさは黎夜から顔を背ける。


「たまには女子同士水入らずで遊びましょうね。じゃ、部活があるからまたね」


「うん、楽しみにしてる」


 べーっと舌を出して、子どもっぽい仕草で黎夜を煽り、ちさは茶道部に顔を出すために教室から出て行く。


「……永遠に部活でもしてればいい……。ひーちゃん、家にかえ……」


「ん?」


 黎夜が立ち去るちさに呪詛でも吐くように呟き、帰宅に誘いかけて言葉を呑んだ。
 珍しいと思って黎夜の顔を見上げれば、気配もなく担任が黎夜の背後に立ち、その肩に手を置いていた。


「やあ、おふたりとも。実は先生から明日の転校生についてお願いしたいことがありまして。
いやー、明日の転校生なんですけどね、黒崎君の知り合いかな?黒崎君を指名で、学校を案内して欲しいみたいなので、よろしくお願いしますね」?


 かつて医師を目指していたが血が苦手で、生物の教師になることを決めた担任・レナード=緑川。
 亜麻色の髪は腰でおさげにまとめられ、緑の瞳に薄いレンズの眼鏡をかけている。
 30代中盤には見えない若々しさで、いつも柔和な笑みを絶やさない。
 医師を目指した名残で、黒のタートルネックの上にいつも白衣を着ているのが特徴的だった。


「知らない。断る」


「まあまあそう言わず。宝条さんもよろしくお願いしますね、黒崎君と転校生君の面倒をですが」


「わたしも断りたいんですけど。緑川先生いつになく強引じゃありません?」


 即答で断った黎夜を意に介さず、緑川は心得たとばかりに緋香梨にもお願いする。


「そうですねえ、ボクとしても黒崎君が知り合いとはとても思えないんですが、転校生君は結構VIPな子なんですよね」


 巻き込まれるように面倒を押しつけられ嫌そうにする緋香梨に対して、緑川は困ったように眉尻を下げる。
 視力が悪いため細い目をさらに糸のようにし、辺りを見回し、そっと緋香梨の耳に顔を寄せて囁く。


「転校生君は――――魔人種共存推進機関、MCPOに所属してるみたいでね。
ボクも公務員の端くれですから、権力には逆らえないんですよ」


「本当ですか?うわあ、MCPOってテレビの中の人じゃないんだ」


「………俺、本気で関係ないんだけど」


 緑川の囁きに聞き耳を立てていた黎夜が嫌そうに吐き捨てる。
 それから女子と距離が近いと常日頃から言われている緑川を緋香梨の耳元から引き離す。


「ハハ、先生もそう思ってます。ですが、まあ、そういうわけなので、明日からふたりともよろしくお願いします。それじゃ、おつかれさま。近頃物騒なので下校する際には気をつけてくださいね」


 黎夜の手をひょいっと躱し、緑川は言いたいことだけを言うと教室に残ったクラスメイトたちに挨拶しながら職員室の方向に戻って行った。


「どいつも……こいつも……ひーちゃんと過ごすの、邪魔する」


「よしよし。仕方ないでしょ。私も一緒だし、黎夜が頑張ってる間は特別にお高い野菜買ってあげるね」


「それでも、不満……」


「それよりもMCPOかぁ、実在してたんだね……!」

 むすっとする黎夜を買収しながら、非現実的な存在であった魔人種共存推進機関、MCPOの人間に会えることに緋香梨は胸を高鳴らせ、頬を紅潮させる。


「ひーちゃんの……興味を引くとか……すごく…邪魔……」


 緋香梨の鼓動の高鳴りに呼応するかのごとく、黎夜はますます眉間に皺を寄せて不満を露わにするのだった。
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