甘い夜にわたしを食べないで

志藤みかづき

文字の大きさ
4 / 14

第3夜

しおりを挟む
 黒崎家の食卓にて。


 緋香梨の目の前には白ご飯と湯気の立ったお味噌汁、それから今日はきんぴらごぼうが並んでいる。


「行きたくない。しゃくしゃく……ひーちゃん、学校サボろうよ……もそもそ、しゃくしゃく」


 昨日担任の緑川から転校生の案内を任された黎夜は、ガラスボウルいっぱいの新鮮なサラダをフォークで咀嚼しながら不満を垂れる。
 幼い頃から黎夜は新鮮な野菜やフルーツを好み、ほとんどそれ以外食べない。タンパク質もろくに取らず栄養が偏っているはずなのに、小柄な緋香梨から見てうらやましいくらいににょきにょきと背が伸びている。


「授業に遅れたくないから嫌。休むなら黎夜ひとりでどうぞ。……その場合、間違いなくわたしが転校生のお世話させられると思うけど」


「………それは、もっと、いやだ……」


 家の中なのでフードを取った黎夜が、その整った顔を嫌そうに歪ませる。


「なら早く食べて学校に行こ。洗い物は―――……もう帰ってきてからでいいかな。お水につけておいてね」


「うん……。ひーちゃん、クール過ぎ……」


 高級スーパーで買った新鮮な野菜に、近所の田中さんから貰ったとれたての野菜をサラダにしたものを、朝に弱い黎夜を起こしてなんとか食べさせていたら時間がほとんどなくなってしまった。


 今日来る転校生の面倒を看ることをあからさまに嫌がって準備をしない黎夜を急かし、登校時間にギリギリ間に合った。



「みらい総合病院のやつさー。ニュースじゃあんまり放送されてないじゃん?けど結構やばいらしいよ」
「えーどういうことー?」
「今警察とかがうろついてめっちゃ封鎖してるじゃん?なんかね、入院患者だとかその日夜勤だった病院の人とかみんな死んでたらしいよ」
「なにそれヤバくなーい?一大事じゃん」
「そう!なのに全然表だって話題にされてないじゃん?マジ怖くない?」
「こわいー」


 緋香梨は後ろの席の噂好きなクラスメイトの会話に耳を傾けながら、走って乱れた息を整える。
 
 近所の病院で事件があったというのは聞いていたが、緋香梨の家とは逆方向で病院に行くこともなかったので知らなかった。新聞もテレビも節約のため黒崎家にはなく、スマホからの情報がすべてだった。ネットニュースでも後ろのクラスメイトが話すほどのことは言ってなかったなと、黎夜に物騒だねと話を振ろうと隣に顔を向けるともうフードをすっぽり被って机に伏せていた。


「黎夜、起きておきて。ここで寝たって緑川先生からのお願いからは逃げられないからね」


 ゆさゆさと揺らして起こす。


「眠い……。面倒くさい……。ひーちゃん帰ろう」


「帰りません」


「……ぷい」


 平均的な成人男性以上に背が高いのに、黎夜の仕草はとても幼い。
 黎夜はぷいっと顔を背けまた机に顔を押しつけるように伏せ、フードを深く被って顔を隠した。
 溜め息を吐いて、緋香梨は活力のない黎夜を起こすのは諦めて、体を机のほうに向けた。


 ホームルームを知らせる予鈴が鳴る。


「Good morning!みなさん、静かにー注目してくださいね。
はい、彼が昨日ボクがちらっとお知らせした転校生の星宮聖ほしみやせい君です。
星宮君、簡単で良いので挨拶していただけますか」


 白衣のポケットに両手を突っ込んで教室に入ってきた緑川と、続いて遅れて入って来た転校生に目を向ける。


 星宮聖。
 名前の響きと、容姿が一致しない。
 外国人?と首を傾げたところで、星宮聖の自己紹介が始まる。


「紹介ありがとうございます。星宮聖といいます。
仕事の―――……ああ、隠す必要はないか。
魔人種共存推進機関、MCPOに所属してます。
皆も知ってるとは思うけど、もうすぐハロウィンで色々物騒なので、僕がこの街に派遣されてきました。
純人種の方には迷惑をかけるつもりはないので、短い間ですが、よろしく」


 黎夜にも負けず劣らずといった背の高さだろうか。
 緋香梨が名前との違和感を抱いたのは、染めた気配のない完璧な金髪と、はっと目が醒めるような真っ青な瞳だろうか。同級生とは明らかに違うオーラを放ち、自信の表れが表情にも出ている。
 腕の良い美容師に切ってもらったような首までの長さの髪型は毛先を遊ばせていて、教室を軽く見回せて、女子と目が合うたびににっこり微笑む。女子たちが顔を合わせて興奮したように囁き合い、男子は面白く無さそうな顔をしている。


「自分でMCPOって言っちゃうんだ」


 日本人離れどころか外国人といった容姿と合ってない名前に、MCPOだから?と推測する。
 聖が首からさげている十字架のネックレスもMCPO関係のものだろうか。


 MCPOだと自己申告した聖に、緑川が少し困ったような顔をしている。
 が、MCPOという言葉にクラスメイトたちがたいした反応を見せなかったからか、すぐに表情を正して、席を案内する。


「スゴイですね、星宮君はこの年齢にして先生より社会的地位が上というわけですから……あ、自虐じゃないですよ?
それじゃあ星宮君の席は、黒崎君の後ろでお願いします。あのフード被って寝てる子です。
……ボクが言うのもなんですが、星宮君、彼に学校案内してもらうのでいいんですか?」


「はい、先生、問題ないですよ。
さっきも言いましたが純人種の方に迷惑をかけるつもりはありませんよ。
むしろあの生活態度だと、逆に僕のことで負担をかけることに罪悪感が無くて好都合です」


 耳障りの良い声で話しているが、聖の言ってることはわりと辛辣だった。
 慌てて隣の黎夜の肩を揺するが、うんともすんとも言わない。微かな寝息が聞こえるだけ。
 居眠りが常習なのと、緑川は優しいので黎夜は放置されることが多いが、聖の厳しい態度にこれは不味いと緋香梨は冷や汗をかく。


「担任として星宮君がそれでいいのなら止めませんが」


 緑川は聖に対して肩を竦める。


「まあ、黒崎君にはいとこの宝条さんがいますから、彼女に色々聞くのが一番だとアドヴァイスしておきますね」


 それから緋香梨のほうに眼鏡をかけた細い緑の目を向け、良い笑顔を浮かべた。


「うぇ」


 緑川と目が合って、押しつける気満々の言葉に、緋香梨は変な声が思わず出てしまう。


「いとこ……?へえ、可愛い子ですね。テンション上がります」


 緑川に紹介されて、聖と視線が重なる。


「!」


 見透かすような青い瞳に、後ろめたいことはないのにさっと目を逸らしてしまう。


「ハハ、星宮君も男の子ですねー」


 聖の浮ついた発言と緑川の冷やかしに、教室のあちこちから悲鳴が上がり、緋香梨は一部の女子から睨まれる。


「ひーちゃん……?」


 それだけならまだしも、さっきまで完全に眠っていたくせに、ゆっくりと顔をこちらに向けて、曇りの無い琥珀色の瞳で瞬きもせずに見つめてくる黎夜に、緋香梨は顔には出さないが面倒事はやめてほしいと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果

景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。 ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。 「俺……ステラと離れたくない」 そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。 「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」 そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。 それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。 勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。 戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──? 誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...