世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ

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【17】兄心

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「えっ? えっ? あらっ?」
 受付嬢の声が裏返り、背後でざわめきが起こる。
「なんだあの光!」
「初めて見た!」
「危機察知、敏捷性、致命打成功率、索敵反応、魔法耐久……斥候系としては、理論上限値に近い数値が出ているんですが!?」

「……壊れてんだと思う」

 既視感のあるやり取りに、ヒューはげんなりしながらも、無事冒険者ギルドの登録を済ませた。



「おかえりなさいませ。ざわめいていましたが、登録出来ましたか?」
 逃げるようにギルドから出ると、ヴェルゼが恭しく頭を下げた。
「頭下げんな、謎の気品が漏れてんだよ。今回も『ジャック』で登録してるから、仕事んときは合わせてくれ」
「ああ、偽名ですね! 良いと思います」
 ヴェルゼが大げさに手を打つ。
 元々はアレックスから逃げるために使った偽名が、まさか魔族からも狙われて使う羽目になるとは思わなかった。
 無意識の腹に手を当てるヒューに、ヴェルゼが気づいた。
「気になりますか? 竜の子が」
「まあな……いるかんじがするもんだから。まあやっぱ、気になるよ」
「……いま、お腹なんですね」
「……ぽいんだよなぁ……」

 実体は無いらしいので、本当にそこにいるのか分からないが、ヒューはしきりに薄い腹を擦ってしまう。不快感や痛みがあるわけではないのだが、そこに生命があると意識せざるを得なくて――自分の体なのに、もう自分のものではないようだ。

「……こいつ出て来るとき、腹破ってこねえ?」
「やめてくださいよ、世界が終わっちゃいます……!」
 ヴェルゼが怯えた声を上げた。ヒューの死は、そのままアレックスの魔王化だ。
「まったく……竜が入ってきたり、死んだらアホが魔王になるとか、世界終わるとか……俺の体は稀少アイテムかよ」
 静かに死のうと思って逃げ出したはずが、とんでもないことになってしまった。
「ご、ご愁傷様です……!」
「死ぬかんじで言うな!」
「す、すみません! こ、この竜は昔から個体数が少ないうえ、人間を対象に《胎還り》するなんて知りませんでしたから……ただ、母竜が不慮の事故で死んでしまった後、父竜の中で成長したという例はあります……!」
「その父竜の腹がどうなったのかだけ気になるんだけど……」
 ヴェルゼは曖昧に笑って、それには答えなかった。知らねーのかよ、とヒューは内心思ったが、もう考えないようにした。
「お話を聞いた限り、ヒュー様が出会った母竜は、おそらく霧竜ではありません。特徴からおそらく同じ地竜族水棲亜種の《泥竜でいりゅう》だったのではないかと。父親が霧だったのでしょう」
「母親に似てれば、こういう厄介な体質じゃなかったのにな」
 ヒューが薄い腹を擦りながら呟く。
「しかしその特性が、ヒュー様の魔毒を抑え込んでおります。巡り合わせが良いというか、ヒュー様はやはり、特別な方のような気がしますね……」
「悪運は強いかもな。なんだかんだ、ずっと生きてっし……」
「ベールポートから南へ、馬で三日ほど進む距離に、深い森があります。その中に、忘れ去られた遺跡があります。そういう場所には良質な魔素が滞留しやすい。他にも周辺で、候補を捜しておきましょう」
「そこ行って、俺は深呼吸でもしてりゃいいのか?」
「し、しないよりは……?」
 自信なさげなヴェルゼだが、的は外れてないだろうとヒューは思った。
「……中央大陸メディオラに来て、なんか胸が高鳴ってるかんじがする。それはたぶん、俺の中にいるこいつの感情だと思う。俺は初めて来たわけでもねーしな」
「ヒュー様の中で、霧竜も世界を見てるんでしょうかね?」
「さあ……そういうのも養分になってんのかな。――新しい場所や、空気を求めてるのかもな……」
 夢の中で、霧竜はアレックスを警戒して、怯えていたことを思い出す。

(あいつそういや、動物に好かれないんだよな……)
 思い出し、少し笑う。
 最近はアレックスのことを思い出しても、胸の痛みがなくなった。夢の中ででも、会って話せたからだろうか。抱き締められて、少し違和感があったけれど、それでもあの腕の中で、幸せだった。それを認めてしまった。

(……逃げる前に、それだけ言えば良かったかな)

 後悔は、あとになっていくらでも出てくる。あのときは、顔も見たくないほど逃げ出したかったのに。

「――ところで、今更だけどリオネルは? まさかまた迷子か?」
「あ、『そのへん見てくる』と言って……」
「それを信じると永遠に戻ってこないぞ。あいつ待てない性分だからな……宿に置いてくりゃ良かった」
 置いてきても勝手に出て行くのだが。ヴェルゼにもっとしっかり見張るように頼んでおけば良かった。
「それでしたら、こちら差し上げますよ」
 と言い、ヴェルゼは手を差し出した。何も無い手のひらの上で、何かを指で引っ張るような動作をする。空間からずるりと引きずり出されるように、古びたアクセサリーのようなものが現れた。
「《秘匿庫アイテムボックス》?」
「ええ、エルド様のように大容量ではないですが、小さなアクセサリーくらいなら私も預かれますよ」
 便利な収納の魔法だが、誰でも使える簡単な魔術ではない。
 取り出したアクセサリーを、ヴェルゼは目の前にぶら下げた。くすんだ金の鎖の先に、雫を逆さまにしたような宝石がついている。
「《血の振り子》です」
 名前がなんか怖い。ヒューは反射的に顔をしかめた。
「あっ、怖い名前のようですが、違います。古く珍しいアーティファクトでして、血縁者や強い因縁のある者の居場所を、ほんのり教えてくれます」
「ほんのり……」
「ええ、めちゃくちゃ正確にではないのですが、血が近ければ近いほど、因縁が深ければ深いほど、精度が上がります」
「へえ、便利だな」
「ヒュー様ならリオネル様を見つけられますよ。こうしてかざして……」
 ヴェルゼが振り子を掲げると、ジャラッと音がして、鎖が勝手に揺れ出した。
「なんだ、お前でも探せるじゃねーか」
「いや、違います、これは」
 ヴェルゼの顔からどんどん血の気が引いていく。
「これは……私に近い存在に、反応しています」
「お前に近いっていうと、魔族……兄弟か? ジルディウス?」
「いえ、兄ならこの程度の反応では……この揺らぎだと距離的にはまだ安全ですが、魔族の――しかも私と近しい誰かが、そう遠くはない場所に……」
 ヒューはヴェルゼの震えている手を掴み、素早く振り子を奪った。
「貰っとく。ありがとな」
「や、やっぱり私が……!」
 はっと伸ばされかけたヴェルゼの手をさっと躱して、ヒューは告げた。
「お前が持っとくと、しょっちゅう追っ手捜してそうだ。四六時中気にしてたら、身が持たねーぞ」
「す、すみません……ですが、私に反応するとなると、兄弟クラスの誰かで……」
「だとしても、殺される気とかねーから大丈夫」
 慌てふためてくヴェルゼとは対照的に、ヒューは落ち着いた様子で、振り子を掲げて見せた。
 鎖が音を立てて動き、宝石がゆらゆらと揺れる。
「お……マジで便利だな」
 石がぐぐ、と強く引っ張ってくる。その先にリオネルがいるのだろう。また頭からフードをかぶり、顔を伏せているヴェルゼの背を、ぽんぽんと叩く。
「ほら、リオネルはあっちだ。行くぞ」
「あ、はい……」
 ふらりと危なっかしい足取りなので、ヒューはその手を掴んだ。
「気にするな。俺は死なねーから」
「……あ、いえ……というか……」
 歯切れの悪いヴェルゼを連れ、人気の少ない路地に連れて行く。
 何かの店の裏なのか、積み上げられた木箱の上に座らせて、落ち着くまでヒューは待った。
「……震え方、エグくね?」
「ごめんなさい……」
 カチカチと歯の奥が鳴っている。呼吸のたびに喉が小さく鳴り、フードの奥で瞳孔が開ききっていた。急に手を口許に当て、う、と呻きを漏らす。
「……なんか、トラウマか?」
 背を擦ってやると、ヴェルゼは荒い息を整えながら、途切れ途切れに言葉を吐いた。
「きょ、兄弟の中で、私は最下位の立場ですので……だ、誰に対しても、あまり良い思い出がありません……」
「母親殺されたって言ってたな」
「……はい。魔族にとって、妖精族は同じ旧神の造った種族ですが……魔族のように現神に酷く嫌われたわけではないので、妬ましく、憎い存在なのでしょう……」
「ジルも、酷い《兄》なのか?」
「……ジルディウス様は……何に対しても興味が薄いというか……人遣いは荒いですが、所有物を壊すような御方ではないので……あの方の下についてからは、とても楽になりました……。他にも無関心な兄姉はおりますが……酷い人は、とことん酷かったですね……」
 小さく笑う、その顔は真っ蒼だ。膝の上で組んだ白く長い指の先が、落ち着きないように宙を掻き、無造作に跳ねた自分の前髪に伸びると、くしゃくしゃと乱す。
「そもそもお前、なんでついて来たんだ? エルドに俺のことを頼まれたから? アレクを魔王にしたくないからか? ジルに頼まれてか?」
「……全部といえばそうですし……」
「魔族領から離れられるから?」
「……それは、私の意思では決められないので……」
「だからジルが命令したんじゃねーの。暗躍じゃない、普通の旅をして来いってことだろ」
「……え、何故……?」
 きょとんとした顔を上げる。
「何故って……」
「それって別に、ジルディウス様には何の得もないですし……」
「いやだから、兄心じゃねーの? 言うほど無関心じゃねーかもだろ」
「兄心……? 兄心とは……」
 困惑した顔で見上げられ、え、とヒューは言葉に詰まった。
「真面目に繰り返すなよ……ま、まあ、俺は知らねーよ! 魔族の常識も感覚も!」
「……兄心……」
 首を傾げながら、真剣に呟くウェルゼに、ヒューは顔が熱くなってきて、片手で覆った。
「やめてくれ……なんか俺も、そういうのリオネルになくはねえから……」
「はあ……リオネル様に? 兄心ですか?」
「や、兄弟でも親でもねーけど……! やっぱあんだけ懐いてくれたら可愛いだろ! お前とか真面目でよく働くから、ジルも可愛いんじゃねーかなって思ったんだよ! 知らねーよ、魔族のことは! 悪かったな、人間感覚で話して!」
 言っていて恥ずかしくなってきて、思わずまくし立ててしまった。
「……ヒュー様は、リオネル様の兄より親っぽいですが……」
「うるせえな……」
「お腹に竜も抱えて……」
「うるせえ……最近腹冷えるんだよ、コイツ霧だから……」
「あと……色々すごい物を抱えているのに、わりと普通の人ですよね。ヒュー様って」
「それ言う必要あったか?」
「いえいえ、褒めたつもりでした!」
 慌ててヴェルゼが顔の前で手を振る。それからふと、大きく息を吐き出して、だらりと腕を下ろした。
「……決めました」
「ん? 何を?」
「私の旅の目的です。兄の命ももちろんですが……」
 まだ力無くだが、ヴェルゼが顔を上げて微笑む。
「旅の間、ヒュー様のことをちゃんと記憶して、兄に色々話してさしあげようと思います。……土産話と言うんですよね?」
「は?」
 顔を引き攣らせるヒューの手を、ヴェルゼがしっかりと両手で握ってきた。
「私を送り出してくれたジルディウス様に、喜んでもらえると思います!」
「いや、要らねーだろ……そんなの……!」
「めちゃくちゃ喜ぶと思いますよ!」
《旧神の最高傑作》とも呼ばれた妖精の血が入っているだけあって、ね、と上品に笑むだけで、ひれ伏したくなる高貴さに溢れている。オーラに気圧されたヒューは、あまり強く言い返せず、ヴェルゼに悪気が無いのも分かっているので、結局頷いた。

「……ア、アレクには……内緒でな……」
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