世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ

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【16】中央大陸メディオラ

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 セレニア港から船に乗り、海路で別大陸へと移動する。

《前線国家》バルディオン連合国、《商業国家》カリステリス王国、《魔族領ガイアデイラ》――これらの国がある東の大陸・リムネア大陸を離れ、中央大陸を目指すためだ。

 中央大陸メディオラは、世界のほぼ中央に位置する、最大かつ最も栄えた大陸だ。
『文明の中心』『神々の庭』などと呼ばれ、交易、宗教、学術のすべてが集結している。
 向かったのは、セレニア港の対岸にある、《カルネア自由侯国》の港街の一つ、ベールポートだ。


「ごめんな、リオネル。ハーケイルに行けなくて」
 甲板で海を眺めながら、ヒューはリオネルに言った。
《竜騎士の国》ハーケイルは、西の大陸と中央大陸の間の群島諸国にある。
 当のリオネルはきょとんと目を丸くした。
「え、別にいいよ?」
「そろそろラドネーに会いたいだろ」
「うーん、でも、母上も忙しいから。昔は寂しかったけどさぁ。エルドに色々習ったよ。魔王がいなくなってからのほうが大変だって。バルディオンはけっこう好きだったけど、またヒューと旅出来て嬉しいな」
「そうか」
 風に揺れるリオネルの赤髪を撫で、ヒューは微笑んだ。六歳で親から離れて旅に同行しているのに、健やかに育ってくれた。いずれ国に戻って、立派な公子となるだろう。
「お前が大人になるまで、生きてーな」
「えー、おじいちゃんになるまで頑張ってよ」
 リオネルの髪から手を離したヒューが、無意識に自分の腹を撫でるのを、リオネルがじっと見た。
「ミストって、お腹にいんの?」
「へ? いや、分かんねーけど」
「最近しょっちゅうそのへん触るよね。前は胸のあたりよく触るなーって思ってたけど、肺はもう平気ってこと?」
「うん。苦しくねーな」
 あんなに重かった胸の奥が、嘘のように軽い。急にむせることも、黒い血を吐くこともなくなった。すべて霧竜が引き受けてくれたのかと思うと、申し訳ない気持ちになる。
「ヴェルゼは多少の魔毒大丈夫だって言ってたけど、それだけじゃ成長しないよな。今はこいつに必要な養分を俺も採らないと……」
 穏やかな海を眺めながら、ヒューは呟いた。

 霧竜が育つのに必要な魔素が、人間であるヒューには足りていない。この竜の属性は《霧》だから、海霧の漂う朝の航海は、ちょうど良い出発となった。
「潮風、キツくないですか?」
 ヴェルゼがやって来て尋ねた。
「別に。海好きだし」
「竜のためなのは分かりますが、たまには中へ。完治したわけではないですから」
 彼は頭から布をかぶり、髪の下に隠した耳を完全に隠している。
「ヴェル、お前、東大陸離れて大丈夫なのか?」
「はい。半魔の私は、魔瘴が薄い地でも変わらず活動出来ます。元々強大な力もありませんし。先の魔王様は、それを見越して半魔の子を作ったのでしょう」
「人間の地を侵攻するために?」
「ええ。残酷な方でした。妖精族であった母を穢し……命がけで私を産んだ母を――魔の子の出産に耐えられず瀕死であった母を、用無しとばかりに引き裂いたそうです」
 ヴェルゼは寂しそうでも悲しそうでもなく、淡々と告げた。
「私も母に同情はしますが、悲しみもわかないので……そういうところは、魔王の子なんでしょうね」
「そうか? 本当に何の感情も無かったら、そんなふうに話せないと思うぜ」
「そうですかね?」
「どうでもいいことって、話そうとも思わねーから」
「……そうなのかな……」
 ねえねえ、とリオネルがヴェルゼのフードを引いた。外れそうになって、ヴェルゼが慌てて押さえる。
「ヴェル、中央って行ったことある?」
「あ、ありますが……こういう穏やかな形ではありませんね。諜報とか潜入とか……暗殺は失敗しましたが。あと侵攻の手引きとか」
「暗躍だな」
 パーティーにおけるヒューの役割と似ている。最も、仲間はヒューを尊重してくれていたし、都合の良い駒扱いは決してされなかった。バルディオン王も、連合国軍も、ヒューを盗賊と侮ることはなかった。
 魔族の中でのヴェルゼはそうではないだろう。
「そういう親父なら、裏切りたくもなるね」
 リオネルの言葉に、え? とヴェルゼは少し意外そうな顔をした。
「いえ……私が魔王様に背いたのは、保身のためです。あの方が魔王では、魔族は絶えてしまっていたでしょう。何より《勇者》の力と己の力の差を正しく測ることが出来なかった。ついて行く相手は間違えられませんから」
 急にぼんやりと、ヴェルゼが蒼海を見つめる。
「でも、憎しみもあったんですかね……」
「答えは出さなくていいんじゃね」
 ガイアデイラを囲む外海は灰色で、現神に疎まれた魔族の住む地は、鮮やかな色を永遠に奪われたとも言われている。

「――海って、綺麗ですね」



 中央大陸に近づくにつれ、霧が薄れる。
 それまで船を包んでいた湿った白が、まるで引き潮のように退いていき、空気が変わった。

 ――軽い。
 空気を吸いながら、ヒューはそう感じた。
 東大陸と潮の匂いは同じはずなのに、胸に入ってくる風が違う。
 塩気の奥に、どこか乾いた石と、香木のような匂いが混じっていた。
「あれが、中央大陸か!」
 誰かの声に顔を上げると、水平線の向こうに、白く淡い影が浮かんでいた。
 霧の帳の切れ間から現れたそれは、最初は雲のようにも見えたが、やがて輪郭を持ち始める。
 石の岸壁。
 幾重にも重なる屋根。
 海に向かって突き出した桟橋と、その奥に林立する塔。
「わー、でっか!」
 リオネルが素直に感嘆の声を上げた。
「そういや、こっちの港に海から来たことなかったな」
 ベールポート。
《カルネア自由侯国》の港街は、東大陸の港とは明らかに違っていた。
 軍港でも前線でもない。
 戦のためではなく、人が集まり、留まり、巡るために作られた街だ。
 港に近づくにつれ、音が増えていく。
 鐘の音、荷を下ろす掛け声、異国の言葉が混じるざわめき。
 潮風の中に、香辛料と焼き立てのパンの匂いが流れてきた。
「なんだか良い匂いがしますね!」
「魔族もパン食べるの?」
「えっ、食べますよ! 私は草食なんですよ」
 船旅の間に、すっかり仲良くなっている。ヴェルゼは恐らくかなり年上だろうが、弟が二人増えたみたいだとヒューは思った。
 東の大陸はうっすら瘴気に覆われていたが、やはり海を隔てると空気がまるで違う。
 ヒューは、無意識に深く息を吸い込んでいた。
 呼吸のたび、胸の奥がほんの少し温かくなる。竜の子も、自分を通してこの世界を見ているのだろうか。
「ヒュー、大丈夫?」
 リオネルが覗き込んでくる。
 ヒューは小さく笑って、甲板の手すりから身を起こした。
 腹のあたりに、微かな重みを感じる。
 波に揺らされる船と同じリズムで、内側が応えるような感覚。
(……ここにいて、ちゃんと孵化出来るのか? お前……)
 心配で、何度も触れてしまう。
(良質な魔素を与えてやんねーとな……)

 船が桟橋に横付けされ、太い縄が投げられる。
 木と石が擦れる鈍い音がして、長い航海が、ようやく終わった。

「あー、もう船飽きた! 竜のほうが速い!」
 船から降りると、リオネルは体を伸ばした。
「入港審査のとき、魔族ってバレないかヒヤヒヤしました……」
「そこまで厳しく見ねーよ」
 心配そうに目深にかぶったヴェルゼのフードを、ヒューは剥がした。
「あんま気にしなくていい。お前の見た目は、ほぼ人間だ。耳もどっちかっていうと妖精族に近い」
「そ、そうですかね……?」
 不安げなヴェルゼが背を屈める。
「中央は東と違ってごちゃついてるし、気風もおおらかだ。港町は特にな。そのぶん、色んな奴がいる。変に隠すと逆に浮く。お前、要人っぽいんだよ」
「え、私ですか?」
「たしかに、お忍びの貴族とか王子に見えるかも」
 うんうん、とリオネルも頷いた。彼こそ貴族の公子だが、盗賊と魔剣士がメインで六年育ててしまったので、残念ながら気品が身につかなかった。武器と鎧が無いとそのへんのやんちゃな子供だ。
「自分じゃ分かんねーのか。お前、王子だけあって、物腰にめちゃくちゃ気品があるんだよ」
「うん。あるねー」
「ひえ、恐れ多い……!」
 フードを被り直す。が、そこから覗く顔は、妖精の血が入っているだけあって、色白で端整だ。粗末な旅姿なのに、伸びた背筋や柔らかな雰囲気も、隠そうとすればするほど下町では目を惹く。
「異質さを出すと目立つし、狙ってくる奴がいるから気をつけろ。つーか槍背負った子供がいる時点でけっこう異質なんだけどな……」
「エルドのアイテムボックスに入れちゃう?」
「慣れた武器を手放すのもなあ……」
 槍の扱いは仲間一だったリオネルだが、それ以外の武器は正直言って不得手だ。
「とりあえず宿取って、冒険者ギルドに行くか。登録しとくと便利だからな」
「ヒュー、東で登録したんじゃないの?」
「大陸違うと再登録なんだと。経歴は引き継がれるけど」
 あの水晶玉にまた手を触れるのは、かなり気が引ける。エルドに聞いたが、《資質鑑定玉》という触れた者の戦歴や経験を引き出して、ざっくり数値化してしまえるという、画期的な魔道具らしい。
「リオネルが触るのは不味いし……」
 五体の竜と契約している竜騎士だ。ヒューどころの騒ぎじゃない数値が出てしまう。そもそも、何歳から登録出来るのかも知らない。
「ヴェルゼが触ると、種族もバレんのかな」
「《資質鑑定玉》ですか。素晴らしいアーティファクトですね。あれは種族までは割り出しません。種族値による加算はありますが、私は純魔族ほど魔力が強くないので……エルドヴァルド様以下ですよ」
「エルド基準だと誰でも雑魚だろ」
「ノーマルな人間の魔導士より少し高い、くらいでしょうか?」
「よし。お前が登録してくれ。俺はもう嫌だ」
「いいですけど……」
 ヴェルゼは少し言い淀んだ。
「種族差別や迫害を防ぐため、出自そのものは割りません。ただ、犯罪者を登録しないために――《社会適応度》はある程度、測定されます」
「……あ?」
 申し訳なさそうに、ヴェルゼが愛想笑いを浮かべる。
「魔族の手足のように働いてきた私は、そこがかなり……危険な数値になる可能性が」
「……俺が登録するわ……」
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