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【15】勇者の伴侶
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胸の奥が、静かに温かい。
息を吸うたびに、何かが一緒に呼吸しているようだ。
“それ”はヒューの体の中で、収まり良いところを探し、腹の奥に落ち着いたように大人しくなった。
あの輝く卵殻に、今は自分がなっているのだと、ヒューは意識の底で知覚した。
――アレク……。
自分が、これまでとは違う――異質なものになったような感覚。特別な《勇者》であるあいつは、いつもこんな感覚を持っていたのだろうか。
「……霧竜が、完全に定着しつつありますね」
ヴェルゼの手のひらが、ヒューの胸や腹にそっと当てられる。リオネルは観念したのか、苦々しい顔でそれを見つめている。
「この竜は霧という特性から、多少の魔瘴を中和することが出来ます。かつては魔族領ガイアデイラ近くにも、群れが生息していたものです。孵化までの間、ヒュー様の体を仮宿にするつもりなんでしょう。『共生』というやつですね」
「ヒューにとっても、延命装置になるわけだ」
エルドが珍しく安堵したような表情で、優しく目線を落とした。
「あまり多くの魔毒を取り込めば、霧竜も魔竜へと変態してしまいますが、人間に蓄積する程度のものなら問題ないでしょう。無理に剥がさず、孵化を待ちましょう」
「孵化したらヒューはどうなんの? 体を突き破って出てきたりしないよね」
リオネルが不安そうに尋ねる。ヴェルゼはヒューの体から手を離した。
「霧竜が外に出るとき、私が手伝いましょう。いまは実体が無い――精神体のようなものです。魔力で補助して上手くヒュー様の体から出られるようにします」
「なんか信用出来ない……エルドがやってよ」
「魔力にも属性がある。霧竜というのは、古代竜だ。同じ旧神たちの落とし子である魔族のほうが近い。導くなら僕よりヴェルゼのほうが適任さ」
「いつ出てくんの?」
「分からないので、それまでは御供いたしたく……」
ヴェルゼが恐る恐る言い、肩を竦めた。リオネルは嫌そうな顔をしたが、意を決したように頷き、手を差し出した。
「……分かった。お願い」
「竜公子様……!」
「リオネルでいいよ。よろしく、ヴェルゼ……ヴェルでいいや」
ぱあっと顔を輝かせたヴェルゼが、恭しく手を取る。
「エルドは? エルドも一緒?」
リオネルに尋ねられ、エルドはゆっくり首を横に振った。
「僕にはやることが多い。だが、君たちの様子はいつも見てるよ」
そして、ふうと息をつく。
「……魔族領では濃い魔瘴が吹き出し続けている。新たな《魔王》も必要だろうからね」
「あっ! それ! さっき、アレクが魔王になったらどうとか言ってたけど……アレク、魔王になんの!?」
「なれます。それだけの器があれば、人でも魔王にはなれるのです。《勇者》は、最たる候補者とも言えます」
ヴェルゼが答える。
「マジかぁ……魔王になっても、アレクなら人間滅ぼそうとかはしないんじゃない?」
「今のアレックスならそうかもしれないが……」
エルドが大杖の先で、こりこりと後ろ頭を掻く。
「アレックス様は――歴代の勇者の中でも強過ぎます。持って生まれた力も、神の加護も」
ヴェルゼが大げさに身を震わせる。この間まで敵の立場でそれを見ていたのだから、大げさではないのかもしれないが。
「どれだけ強い魔族が《魔王》様になったとしても、《勇者》アレックス様がいれば抑止力になりましょう。ですがその抑止力が、魔王そのものになってしまっては、彼の考え一つで世界は終わってしまいます」
「中立であってくれたほうがいいのさ。いまは非常に良いバランスで、彼は《勇者》として存在している。強過ぎた魔王を倒して、ひとまず世界の均衡を保ち、なおも本人には何の野心も無いからね」
言って、エルドは眠ったままのヒューを見つめた。
「……ひとえにヒューのお陰だよ。アレックスには、ヒューに好かれたいという行動原理しかない。そのヒューが偏った思想も欲も無い。理想的な《勇者の伴侶》なんだ。だから、ヒューは失いたくない」
「いま我々魔族の中では、あの方を危険視する者、魔王にこそ相応しいと考える者、様々です」
「人間だって、自分の陣営に置いておきたい。アレックスがいるだけで魔族を牽制出来る。国同士の戦争すら、アレックスなら止められる可能性がある」
リオネルは、うーん、と唸った。
「ごめん、なんか……分かんなくなってきた」
「アレクはヒューがいるから、《理想の勇者》でいられるってことさ」
「それなら簡単だ! ヒューをずっと守ればいいんだ!」
「守れなかったら?」
ううん、とリオネルは首をひねった。
「アレクが……怒る? 見たことないけど……」
「見たことないから怖いのさ。ヒューが死んだら、アレクがどうなるかなんて、分からない。だからヒューに死なれると困る」
「じゃあどうして、エルドはヒューを逃がしたの? アレクの傍が世界一安全だと思うけど」
「ヒューの気持ちを無視するのは違うからね。そんなこと告げたら、ヒューはアレックスの傍に居続けるだろう。彼の意思がそこにあるかは別として」
エルドは小さく息をついた。
「逃げたいなら、逃げてもいいんだ。アレク以外の奴を好きになったって、家族を作ったって、それはヒューの自由だし、彼自身の幸せだ。アレクだってさすがに失恋で世界は滅ぼさないだろう」
「どーかなー。めんどくさいね、アレクって」
「一途なのさ。勇者らしくね」
ふっと微笑み、エルドはリオネルの頭を撫でた。子ども扱いされ、リオネルがふくれ面になる。
「ヒューを捜してはいるけど、魔獣の討伐には応じてくれる、ヒューが傍にいなくても安定している……ちょうどいい距離感かもしれない」
「エルドも大変だね。でもボク、ヒューのことは絶対守るから!」
「僭越ながら、私もお助けしたいと思います。私は半魔で、見た目はけっこう人間っぽいですし」
「半魔なんだ?」
「ええ、母は妖精族なのです。父に殺されましたが」
ヴェルゼが耳を隠していた髪をかき上げる。無造作に跳ねた濃茶の髪の下に、先端が僅かに尖った耳が除いた。魔族の耳はもっと鋭く尖っているが、彼のそれは妖精族のつんと尖った愛らしい耳にたしかに近かった。
「私は序列最下位ですが、魔王の子は多く、純魔族には残酷な者もたくさんおります。私は《兄》に、ヒュー様をお守りするようにとも仰せつかっております」
「兄……誰だっけ?」
「《夜冠公》ジルディウス様です」
「ああ、アレクにしばかれた奴……生きてたんだ」
「めちゃ生きてます。ガイアデイラに居る限り、兄は不死なので……ヒュー様のことは今でも大変気にかけております」
「それが原因で死にかけたのに……?」
「あの方もあの方で一途なんですよ。そしてジルディウス様は、アレックス様に《魔王》となってほしくない――現在は《穏健派》と考えてもらって構いません。性格は兄弟の中ではマシなほうでしょう。魔族の中から新たな王を立てようという考えです」
ヴェルゼが指を折って説明する。
「《中立派》……これは、どちらともつかない勢力。そして《強硬派》は――アレックス様に新たな魔王となってほしい。そういう連中です」
暗く目線を落とし、ヴェルゼの紫の瞳が揺らぐ。
「……彼らに、ヒュー様が《勇者の想い人》だと知られるのは不味いです。そうなれば……」
「――そんなの、逆に好都合だろ……」
か細い声が、空気を止めた。
ヒューがうっすら瞼を開き、自分を見つめる三人を見返していた。
「ヒュー! 良かった!」
縋ってくるリオネルに、ヒューは小さく微笑んだ。
「……エルド……ヴェルゼも……久しぶり……ありがとな……帰って来れた……」
「ヒュー、霧竜は……」
エルドが説明しようとすると、ヒューは目を細めた。
「知ってる……ここにいるの、分かる……」
ヒューは震える手を動かし、自分の腹を軽く撫でた。
「こいつが出て来たくなるまでは、貸しとくよ……」
自分の中にもう一つの鼓動を感じながら、ヒューは浅く息を吐き出した。
「なんか、心臓の音がするんだよ……本当に、いるんだって感じる……」
「いまの霧竜に実体はありません、霧状になることで、高密度の精神体になります。心音など……」
「でも感じる。ちょっとうるせーぐらいにな……」
戸惑ったようなヴェルゼに、ヒューはそう返し、また腹を撫でた。
「……アレクには言うなよ」
「分かってるよ」
エルドが頷く。ヴェルゼがおずおずと尋ねた。
「……ヒュー様、先ほど、好都合とは」
「だから、アレクが惚れてんのは俺だって、知られたほうがいい……それなら狙われるのは俺だけですむし……守りやすいだろ?」
「守る……?」
リオネルが顔を上げると、ヒューはその頭を撫でた。
「ああ、守ってくれるんだろ?」
「守る! めっちゃ守る!」
「アレクが俺に惚れてくれてる間だけだけどな……マジで、趣味悪い奴……」
はあ、と息を吐くヒューに、エルドが優しく微笑みかける。
「そんなことないさ。でもね、ヒュー」
その表情が、静かに色を失う。
「――歴史上一番、強くて残酷だった魔王は、どんな奴だったと思う?」
エルドの問いに、ヒューは知るはずもなく、ただその目を見返した。
「知らねえ……」
「かつての勇者で、愛する女性を失った男だ。そしてアレックスはその勇者より、多分ずっと強い。歴代最強の勇者だよ」
「自分で耳かきもろくに出来ねーのに?」
くすっと笑って、ヒューは宙に目線を向け、息を吐いた。
「じゃあ、全力で守ってくれ。セシィリアにも、ガインにも、グレンドルフにも、伝えといてくれよ。俺も死なねーようにするわ」
「……了解したよ。すまない。君より世界が大切というつもりはないんだ。だが……」
「分かってる。俺も……魔王になったあいつは見たくねえよ」
ヒューが自分の胸に手を当てる。魔毒の苦しみはかなり和らいでいる。これならまだ生きられる。動いていられる。
「大丈夫だ。……死ぬ気はねーよ。助けられたしな。俺はこいつを、ちゃんと竜にしてやりたい」
「……君は、本当に優しいね」
「気に病むとか、お前らしくねーよ。ヘラヘラしてろ、賢者様」
「ふふ、そうだね」
エルドヴァルドはどこかほっとしたように頷いた。
「……勇者様、耳かきしてもらってたんですね……?」
ヴェルゼがぼそっと呟いた。
息を吸うたびに、何かが一緒に呼吸しているようだ。
“それ”はヒューの体の中で、収まり良いところを探し、腹の奥に落ち着いたように大人しくなった。
あの輝く卵殻に、今は自分がなっているのだと、ヒューは意識の底で知覚した。
――アレク……。
自分が、これまでとは違う――異質なものになったような感覚。特別な《勇者》であるあいつは、いつもこんな感覚を持っていたのだろうか。
「……霧竜が、完全に定着しつつありますね」
ヴェルゼの手のひらが、ヒューの胸や腹にそっと当てられる。リオネルは観念したのか、苦々しい顔でそれを見つめている。
「この竜は霧という特性から、多少の魔瘴を中和することが出来ます。かつては魔族領ガイアデイラ近くにも、群れが生息していたものです。孵化までの間、ヒュー様の体を仮宿にするつもりなんでしょう。『共生』というやつですね」
「ヒューにとっても、延命装置になるわけだ」
エルドが珍しく安堵したような表情で、優しく目線を落とした。
「あまり多くの魔毒を取り込めば、霧竜も魔竜へと変態してしまいますが、人間に蓄積する程度のものなら問題ないでしょう。無理に剥がさず、孵化を待ちましょう」
「孵化したらヒューはどうなんの? 体を突き破って出てきたりしないよね」
リオネルが不安そうに尋ねる。ヴェルゼはヒューの体から手を離した。
「霧竜が外に出るとき、私が手伝いましょう。いまは実体が無い――精神体のようなものです。魔力で補助して上手くヒュー様の体から出られるようにします」
「なんか信用出来ない……エルドがやってよ」
「魔力にも属性がある。霧竜というのは、古代竜だ。同じ旧神たちの落とし子である魔族のほうが近い。導くなら僕よりヴェルゼのほうが適任さ」
「いつ出てくんの?」
「分からないので、それまでは御供いたしたく……」
ヴェルゼが恐る恐る言い、肩を竦めた。リオネルは嫌そうな顔をしたが、意を決したように頷き、手を差し出した。
「……分かった。お願い」
「竜公子様……!」
「リオネルでいいよ。よろしく、ヴェルゼ……ヴェルでいいや」
ぱあっと顔を輝かせたヴェルゼが、恭しく手を取る。
「エルドは? エルドも一緒?」
リオネルに尋ねられ、エルドはゆっくり首を横に振った。
「僕にはやることが多い。だが、君たちの様子はいつも見てるよ」
そして、ふうと息をつく。
「……魔族領では濃い魔瘴が吹き出し続けている。新たな《魔王》も必要だろうからね」
「あっ! それ! さっき、アレクが魔王になったらどうとか言ってたけど……アレク、魔王になんの!?」
「なれます。それだけの器があれば、人でも魔王にはなれるのです。《勇者》は、最たる候補者とも言えます」
ヴェルゼが答える。
「マジかぁ……魔王になっても、アレクなら人間滅ぼそうとかはしないんじゃない?」
「今のアレックスならそうかもしれないが……」
エルドが大杖の先で、こりこりと後ろ頭を掻く。
「アレックス様は――歴代の勇者の中でも強過ぎます。持って生まれた力も、神の加護も」
ヴェルゼが大げさに身を震わせる。この間まで敵の立場でそれを見ていたのだから、大げさではないのかもしれないが。
「どれだけ強い魔族が《魔王》様になったとしても、《勇者》アレックス様がいれば抑止力になりましょう。ですがその抑止力が、魔王そのものになってしまっては、彼の考え一つで世界は終わってしまいます」
「中立であってくれたほうがいいのさ。いまは非常に良いバランスで、彼は《勇者》として存在している。強過ぎた魔王を倒して、ひとまず世界の均衡を保ち、なおも本人には何の野心も無いからね」
言って、エルドは眠ったままのヒューを見つめた。
「……ひとえにヒューのお陰だよ。アレックスには、ヒューに好かれたいという行動原理しかない。そのヒューが偏った思想も欲も無い。理想的な《勇者の伴侶》なんだ。だから、ヒューは失いたくない」
「いま我々魔族の中では、あの方を危険視する者、魔王にこそ相応しいと考える者、様々です」
「人間だって、自分の陣営に置いておきたい。アレックスがいるだけで魔族を牽制出来る。国同士の戦争すら、アレックスなら止められる可能性がある」
リオネルは、うーん、と唸った。
「ごめん、なんか……分かんなくなってきた」
「アレクはヒューがいるから、《理想の勇者》でいられるってことさ」
「それなら簡単だ! ヒューをずっと守ればいいんだ!」
「守れなかったら?」
ううん、とリオネルは首をひねった。
「アレクが……怒る? 見たことないけど……」
「見たことないから怖いのさ。ヒューが死んだら、アレクがどうなるかなんて、分からない。だからヒューに死なれると困る」
「じゃあどうして、エルドはヒューを逃がしたの? アレクの傍が世界一安全だと思うけど」
「ヒューの気持ちを無視するのは違うからね。そんなこと告げたら、ヒューはアレックスの傍に居続けるだろう。彼の意思がそこにあるかは別として」
エルドは小さく息をついた。
「逃げたいなら、逃げてもいいんだ。アレク以外の奴を好きになったって、家族を作ったって、それはヒューの自由だし、彼自身の幸せだ。アレクだってさすがに失恋で世界は滅ぼさないだろう」
「どーかなー。めんどくさいね、アレクって」
「一途なのさ。勇者らしくね」
ふっと微笑み、エルドはリオネルの頭を撫でた。子ども扱いされ、リオネルがふくれ面になる。
「ヒューを捜してはいるけど、魔獣の討伐には応じてくれる、ヒューが傍にいなくても安定している……ちょうどいい距離感かもしれない」
「エルドも大変だね。でもボク、ヒューのことは絶対守るから!」
「僭越ながら、私もお助けしたいと思います。私は半魔で、見た目はけっこう人間っぽいですし」
「半魔なんだ?」
「ええ、母は妖精族なのです。父に殺されましたが」
ヴェルゼが耳を隠していた髪をかき上げる。無造作に跳ねた濃茶の髪の下に、先端が僅かに尖った耳が除いた。魔族の耳はもっと鋭く尖っているが、彼のそれは妖精族のつんと尖った愛らしい耳にたしかに近かった。
「私は序列最下位ですが、魔王の子は多く、純魔族には残酷な者もたくさんおります。私は《兄》に、ヒュー様をお守りするようにとも仰せつかっております」
「兄……誰だっけ?」
「《夜冠公》ジルディウス様です」
「ああ、アレクにしばかれた奴……生きてたんだ」
「めちゃ生きてます。ガイアデイラに居る限り、兄は不死なので……ヒュー様のことは今でも大変気にかけております」
「それが原因で死にかけたのに……?」
「あの方もあの方で一途なんですよ。そしてジルディウス様は、アレックス様に《魔王》となってほしくない――現在は《穏健派》と考えてもらって構いません。性格は兄弟の中ではマシなほうでしょう。魔族の中から新たな王を立てようという考えです」
ヴェルゼが指を折って説明する。
「《中立派》……これは、どちらともつかない勢力。そして《強硬派》は――アレックス様に新たな魔王となってほしい。そういう連中です」
暗く目線を落とし、ヴェルゼの紫の瞳が揺らぐ。
「……彼らに、ヒュー様が《勇者の想い人》だと知られるのは不味いです。そうなれば……」
「――そんなの、逆に好都合だろ……」
か細い声が、空気を止めた。
ヒューがうっすら瞼を開き、自分を見つめる三人を見返していた。
「ヒュー! 良かった!」
縋ってくるリオネルに、ヒューは小さく微笑んだ。
「……エルド……ヴェルゼも……久しぶり……ありがとな……帰って来れた……」
「ヒュー、霧竜は……」
エルドが説明しようとすると、ヒューは目を細めた。
「知ってる……ここにいるの、分かる……」
ヒューは震える手を動かし、自分の腹を軽く撫でた。
「こいつが出て来たくなるまでは、貸しとくよ……」
自分の中にもう一つの鼓動を感じながら、ヒューは浅く息を吐き出した。
「なんか、心臓の音がするんだよ……本当に、いるんだって感じる……」
「いまの霧竜に実体はありません、霧状になることで、高密度の精神体になります。心音など……」
「でも感じる。ちょっとうるせーぐらいにな……」
戸惑ったようなヴェルゼに、ヒューはそう返し、また腹を撫でた。
「……アレクには言うなよ」
「分かってるよ」
エルドが頷く。ヴェルゼがおずおずと尋ねた。
「……ヒュー様、先ほど、好都合とは」
「だから、アレクが惚れてんのは俺だって、知られたほうがいい……それなら狙われるのは俺だけですむし……守りやすいだろ?」
「守る……?」
リオネルが顔を上げると、ヒューはその頭を撫でた。
「ああ、守ってくれるんだろ?」
「守る! めっちゃ守る!」
「アレクが俺に惚れてくれてる間だけだけどな……マジで、趣味悪い奴……」
はあ、と息を吐くヒューに、エルドが優しく微笑みかける。
「そんなことないさ。でもね、ヒュー」
その表情が、静かに色を失う。
「――歴史上一番、強くて残酷だった魔王は、どんな奴だったと思う?」
エルドの問いに、ヒューは知るはずもなく、ただその目を見返した。
「知らねえ……」
「かつての勇者で、愛する女性を失った男だ。そしてアレックスはその勇者より、多分ずっと強い。歴代最強の勇者だよ」
「自分で耳かきもろくに出来ねーのに?」
くすっと笑って、ヒューは宙に目線を向け、息を吐いた。
「じゃあ、全力で守ってくれ。セシィリアにも、ガインにも、グレンドルフにも、伝えといてくれよ。俺も死なねーようにするわ」
「……了解したよ。すまない。君より世界が大切というつもりはないんだ。だが……」
「分かってる。俺も……魔王になったあいつは見たくねえよ」
ヒューが自分の胸に手を当てる。魔毒の苦しみはかなり和らいでいる。これならまだ生きられる。動いていられる。
「大丈夫だ。……死ぬ気はねーよ。助けられたしな。俺はこいつを、ちゃんと竜にしてやりたい」
「……君は、本当に優しいね」
「気に病むとか、お前らしくねーよ。ヘラヘラしてろ、賢者様」
「ふふ、そうだね」
エルドヴァルドはどこかほっとしたように頷いた。
「……勇者様、耳かきしてもらってたんですね……?」
ヴェルゼがぼそっと呟いた。
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