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【30】続いている世界
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「まあまあ、奢ってやるから飲もうぜ」
昼であるにも関わらず、ガインが酒場に誘ってくる。肩を掴まれたヴェルゼが、酒の臭いに口許を押さえる。
「う……私、帰っていいですか? 夕飯の支度をしないと……」
「おいおい、ヴェルちゃんいねーと寂しいだろが。酒は一人でも飲めるが、俺はみんなと飲むのが好きなんだよ」
「嘘だよ。ガインは好みの顔と一緒に飲むのが好きなんだよ」
リオネルがそっと告げる。
「男でも女でもいいんだよ……」
「ひい」
「なんだよ、俺にはもう飽きたのかよ」
ヒューがガインの肩をぱしっと叩くと、ガインはぱっとヴェルゼを離した。
「ヒューちゃん! やっぱ俺の一番はヒューちゃんだな! これやるよ」
食べかけの串焼きを押しつけられる。
「要らねえ……」
「相変わらず美人な上に、色気も出てきて、本当にアレクの咥えちまったんだなぁ」
しみじみと尻を触ってくるガインの手に、ヒューは串を刺した。
「返すわ」
「いって!」
「え、信じられない……! 信じられないこと言ってますよ!?」
「強い人みんなが、まともじゃないんだよ。ボクはそれをガインに教えてもらった」
ショックを受けるヴェルゼに、リオネルが悟ったように言った。
「この方に《獣嵐公》が討たれてしまったなんて……怖い……人間性まともじゃないのに強いの怖い……!」
「誰だっけ?」
「貴方が屠った魔族公ですよ!」
「忘れたわ。可愛くない奴のことはいちいち覚えてねえよ。あ、ヴェルちゃんのことは忘れねーから、安心しな?」
酒場の女性を口説くように、手を握ってくるガインに、ヴェルゼがぶんぶんと首を振った。
「忘れてください、ほんとに、いますぐ!」
「ほら、ウザ絡みやめろって。ヴェルゼ泣いてるじゃねーか」
「マジで強さが無かったら、嫌われ者のオジサンだよね」
「リオ坊~! なんだよ、ヒューがいたらもうオジサンのことはどうでもいいのかよ」
「ボクはガイン好きだよ。でもほとんどの人にとっては、迷惑だと思う。でも大丈夫、ボクはガイン好きだから。ボクはだけど」
「は~良い子に育ったぜ……」
「暗に嫌われ者って言われてますよ……」
「どこの街行っても歓迎されるのは最初だけで、すぐ嫌われてるから間違いじゃねーな。酔ってねーときはまだましなんだけど……ほら、帰るぞ」
ヒューはガインの背をぽんぽんと叩き、介護するように誘導した。
「英雄って言っても、知らないほうがいい部分もありますね……」
ガインから距離を取りつつ、ヴェルゼがほっと息を吐く。
「勇者がヤバいからね、そもそも」
リオネルが呟く。
「でも、昨日アレク普通だったね。鎧のまま来て、勲章だけ貰ってさ、すぐどっか行っちゃったから、ヒューを捜してるのかと思って焦った」
「来てねえよ、あいつは」
あんな強姦魔、来てほしくはないが、来て謝る気すらないのが、だんだん腹立たしくなってきた。
「反省してんだろ~、あいつも」
酒枯れした声で、ガインが突然口を挟んだ。
「近くまで来たが、起きたヒューにどう顔見せるか、分かんなかったんじゃねーの。あいつ、格好つけるからな~。グレンがいたからかもしれんが」
「グレン? なんで?」
「男ってのは、好きな子より同じ男に格好悪いとこ見られるほうが嫌なんだよ」
首を傾げるリオネルにそう言って、ガインがゲラゲラ笑う。その背中をヒューは拳で殴った。
「来て土下座くらいしろよ」
「なんで俺を殴んの?」
まだ飲みたがるガインを引っ張って帰ると、寝着のセシィリアが廊下をぼーっと歩いていた。いま起きたらしい。
「あ、おかえりなさいませ……」
何も無いと、日中のセシィリアはほとんど寝ている。寝るか祈るか食べるかで暮らす聖女は、寝ぐせだらけの頭で、ふわあと欠伸をついた。
「お腹が空きました……ヴェルゼ……ご飯あります……?」
「あ、はい、ただいま! 夕飯の支度をしますね」
「え……待てない……」
眠たそうな瞼の奥で、緑の瞳が悲しげに翳る。
「あ、では、軽くつまめるものを、作りますので!」
「ヴェルちゃん、俺にもつまみ~」
食料の入った袋を抱えたヴェルゼが、慌てて屋敷の奥に入っていく。
「もうひと眠りしようかな……」
体を伸ばし、セシィリアがまた欠伸をつく。
「魔王討伐で使った体力、なかなか戻りません……」
「もうだいぶ経つけどな……あと旅の間もけっこう寝てたけど」
《聖女》としての力はすさまじいが、あまりの燃費の悪さに、時にはグレンやガインに背負われることもあった。途中までは神殿からの同行者がいて、彼女の世話をしてくれていたのだが、旅の中で戦死した。
それからセシィリアは同行を断っていたのだが、結果としてヒューやグレンが世話をすることになった。放っておくと、寝ぐせも直さないのだ。
「セシィ、せめて着替えろよ」
「でも、夕食の後、また寝ますし……食べたら服も汚れますし……?」
「エプロンしろって」
《勇者》といい、神の寵愛を受けていると、ここまで生活能力が下がるのだろうかと思う。アレクのほうがだいぶましだが。
彼女は最低限生きること以外の能力が備わっていない。
「座ってろ。髪直すから……」
言って、ヒューは髪を整えるためのブラシを取りに行った。残されたセシィリアが、ふわい、と欠伸と共に返事をして、リオネルがつまらなさそうに呟いた。
「これじゃ前と変わんないなぁ」
「ヒューを独り占め出来なくなって、残念ですねえ」
「うるさいな。涎のあとついてるよ、セシィ。顔ぐらい洗いなよ」
もー、とリオネルもセシィリアの手を引き、洗面所へ連れて行った。
「ヒュー、行ける?」
夕飯の後、エルドヴァルドが声をかけてきた。
「……ああ、祭壇の湖だっけ」
スケジュールを言い渡されたとき、魔素を取り込みに行こうとエルドに言われたことを、ヒューは覚えていた。
「あそこでもいいんだけど、水の属性が相性良すぎて、霧竜が元気になり過ぎるからね」
「別の場所があんのか?」
「まあね、転移できるようにしといたから、軽く行ってこようか」
「お前がいるとほんと便利だな。……でも」
「ん?」
言い淀んだヒューに、エルドが目をしばたたかせた。
「お前――さらっとでかい術使うけど、大丈夫なのか? なんか、体とか……」
「ああ、大丈夫だよ。才能あるから」
「え、そ、そうなのか」
平然と言ってのけるエルドに、
「魔力の器量は、すべては才能と祝福で決まるからね。そこを無理すると、まあ死んだりするけど」
「えっ」
「僕は本当に大丈夫。言ってなかったかな? 僕には魔術系に適したすべての神の祝福があるんだよ」
「聞いてない」
「まあそういうなんやかんやで、僕の魔力は減らない。循環するだけ。心配ご無用」
「適当過ぎるだろ……まあよく分かんねーけど、無理なときは無理って言えよな……」
長い間一緒にいても、知らないことばかりだ。
「こないだまでは、魔王を倒すってことに、目的が向いてたから……なんか、改めて考えたらみんなのこと、知らないこともまだあるな」
「何事も、終わってからが、始まりだからね」
ふふ、とエルドが笑う。かざした手に大杖が現れる。
「準備が出来たら、声をかけて」
「すぐ支度してくるよ」
ヒューが階段を上がって行くのを、エルドはじっと見送った。
「……祝福、ね」
人知れない遺跡の奥には、旧い神々に捧げられた、祈りの残滓が残っていた。
真摯に捧げられたのであろうそれが、すでに去ったはずの神の恩寵を、その場に留めている。何千年も、風化することなく。
「――すごいな」
アレックスは素直に言葉を漏らした。
「古代の祈りと祝福が、永遠に循環しているのか」
聞いてくれる者はもう誰もいないが、長い間独りではなかったから、ついこうして声に出してしまう。
――旧神の力を、ありありと感じるね。
エルドヴァルドがいまにも、そう答えてきそうだ。
「こんな場所が残っていることを、今の神々はどうして許しているのかな」
――神の御心は、人にははかれませんから……。
セシィリアなら、きっとそう言う。適当な女性だ。
「この世界には、まだこんな遺跡がいくつもある。もういない神の遺跡が」
――せっかくなら、古代の酒でも残ってねえかなぁ。
朽ちた祭壇に近づく。ガインなら無遠慮に物色を始めるだろう。
「残すことを許しているわけじゃ、ないのかな……」
――それ、壊れたら崩れないか?
壁のレリーフに触れると、グレンドルフが焦ったように制止しそうだ。
「……たしかに、神の心は分からないや」
――もー、こんなとこ、飽きたよ。
リオネルはすぐに気を削がれて、彼の保護者のところに走ってしまう。
「ねえ、ヒューなら、見つけられる?」
――何か、探したいもんがあるのか?
ヒューが、リオネルをまとわりつかせながら、そっと傍にやって来て、尋ねる。
「うん……君を救いたいんだ、ヒュー」
ぼんやりと答え、アレックスは祭壇を剣で一刀両断した。
――おい、それじゃ、『探す』じゃなくて、『壊す』だろ。
「いいんだ。僕は探すよりも――壊すほうが得意だから」
ヒューのことさえ、壊しそうになる。彼がいなくなって世界が残るくらいなら、いっそヒューと一緒に、何もかも壊れてしまってもいいとすら思う。
だが、まだそのときではない。
神の干渉を受けない竜が、ヒューの体に入ってしまったから。
おかげでヒューは生きながらえている。
アレックスは崩れた祭壇の瓦礫を足で除け、中から古い装飾品や宝石、金貨などが出てきたのを見つめ、それらを拾うことなく、踏みにじった。
欲しい物は、こんなものではない。
淡く輝く手のひらに収まる程度の水晶を取り出し、崩れた祭壇に向かって放り投げる。着地した石が、ぱっと魔法陣を描いてその場に定着した。
これで、いつでも魔素濃度の濃いこの場所に、転移出来る。
――アレク、何探してんだ?
そこにいないヒューの、微笑みまで鮮やかに思い出せるのに。
魔王を倒しても、アレックスにとって、この世界はずっと灰色だ。
美しいと思う必要などないと、運命の神に定められたように。
だから、無くなっても別に構わない。
「でも、君がいないと、困る」
あの子といるときだけ、世界を美しいと思う。人を愛しいと思う。
だから、僕は。
「……旧神の遺跡になら、あるのかと思ったけど、全部外れてるな……やっぱり魔族領か、それとももっと……」
呟きながら、アレックスは剣を持ったまま、踵を返した。
欲しい物は、こんな聖剣ではない。
――現神を“殺す”刃だ。
昼であるにも関わらず、ガインが酒場に誘ってくる。肩を掴まれたヴェルゼが、酒の臭いに口許を押さえる。
「う……私、帰っていいですか? 夕飯の支度をしないと……」
「おいおい、ヴェルちゃんいねーと寂しいだろが。酒は一人でも飲めるが、俺はみんなと飲むのが好きなんだよ」
「嘘だよ。ガインは好みの顔と一緒に飲むのが好きなんだよ」
リオネルがそっと告げる。
「男でも女でもいいんだよ……」
「ひい」
「なんだよ、俺にはもう飽きたのかよ」
ヒューがガインの肩をぱしっと叩くと、ガインはぱっとヴェルゼを離した。
「ヒューちゃん! やっぱ俺の一番はヒューちゃんだな! これやるよ」
食べかけの串焼きを押しつけられる。
「要らねえ……」
「相変わらず美人な上に、色気も出てきて、本当にアレクの咥えちまったんだなぁ」
しみじみと尻を触ってくるガインの手に、ヒューは串を刺した。
「返すわ」
「いって!」
「え、信じられない……! 信じられないこと言ってますよ!?」
「強い人みんなが、まともじゃないんだよ。ボクはそれをガインに教えてもらった」
ショックを受けるヴェルゼに、リオネルが悟ったように言った。
「この方に《獣嵐公》が討たれてしまったなんて……怖い……人間性まともじゃないのに強いの怖い……!」
「誰だっけ?」
「貴方が屠った魔族公ですよ!」
「忘れたわ。可愛くない奴のことはいちいち覚えてねえよ。あ、ヴェルちゃんのことは忘れねーから、安心しな?」
酒場の女性を口説くように、手を握ってくるガインに、ヴェルゼがぶんぶんと首を振った。
「忘れてください、ほんとに、いますぐ!」
「ほら、ウザ絡みやめろって。ヴェルゼ泣いてるじゃねーか」
「マジで強さが無かったら、嫌われ者のオジサンだよね」
「リオ坊~! なんだよ、ヒューがいたらもうオジサンのことはどうでもいいのかよ」
「ボクはガイン好きだよ。でもほとんどの人にとっては、迷惑だと思う。でも大丈夫、ボクはガイン好きだから。ボクはだけど」
「は~良い子に育ったぜ……」
「暗に嫌われ者って言われてますよ……」
「どこの街行っても歓迎されるのは最初だけで、すぐ嫌われてるから間違いじゃねーな。酔ってねーときはまだましなんだけど……ほら、帰るぞ」
ヒューはガインの背をぽんぽんと叩き、介護するように誘導した。
「英雄って言っても、知らないほうがいい部分もありますね……」
ガインから距離を取りつつ、ヴェルゼがほっと息を吐く。
「勇者がヤバいからね、そもそも」
リオネルが呟く。
「でも、昨日アレク普通だったね。鎧のまま来て、勲章だけ貰ってさ、すぐどっか行っちゃったから、ヒューを捜してるのかと思って焦った」
「来てねえよ、あいつは」
あんな強姦魔、来てほしくはないが、来て謝る気すらないのが、だんだん腹立たしくなってきた。
「反省してんだろ~、あいつも」
酒枯れした声で、ガインが突然口を挟んだ。
「近くまで来たが、起きたヒューにどう顔見せるか、分かんなかったんじゃねーの。あいつ、格好つけるからな~。グレンがいたからかもしれんが」
「グレン? なんで?」
「男ってのは、好きな子より同じ男に格好悪いとこ見られるほうが嫌なんだよ」
首を傾げるリオネルにそう言って、ガインがゲラゲラ笑う。その背中をヒューは拳で殴った。
「来て土下座くらいしろよ」
「なんで俺を殴んの?」
まだ飲みたがるガインを引っ張って帰ると、寝着のセシィリアが廊下をぼーっと歩いていた。いま起きたらしい。
「あ、おかえりなさいませ……」
何も無いと、日中のセシィリアはほとんど寝ている。寝るか祈るか食べるかで暮らす聖女は、寝ぐせだらけの頭で、ふわあと欠伸をついた。
「お腹が空きました……ヴェルゼ……ご飯あります……?」
「あ、はい、ただいま! 夕飯の支度をしますね」
「え……待てない……」
眠たそうな瞼の奥で、緑の瞳が悲しげに翳る。
「あ、では、軽くつまめるものを、作りますので!」
「ヴェルちゃん、俺にもつまみ~」
食料の入った袋を抱えたヴェルゼが、慌てて屋敷の奥に入っていく。
「もうひと眠りしようかな……」
体を伸ばし、セシィリアがまた欠伸をつく。
「魔王討伐で使った体力、なかなか戻りません……」
「もうだいぶ経つけどな……あと旅の間もけっこう寝てたけど」
《聖女》としての力はすさまじいが、あまりの燃費の悪さに、時にはグレンやガインに背負われることもあった。途中までは神殿からの同行者がいて、彼女の世話をしてくれていたのだが、旅の中で戦死した。
それからセシィリアは同行を断っていたのだが、結果としてヒューやグレンが世話をすることになった。放っておくと、寝ぐせも直さないのだ。
「セシィ、せめて着替えろよ」
「でも、夕食の後、また寝ますし……食べたら服も汚れますし……?」
「エプロンしろって」
《勇者》といい、神の寵愛を受けていると、ここまで生活能力が下がるのだろうかと思う。アレクのほうがだいぶましだが。
彼女は最低限生きること以外の能力が備わっていない。
「座ってろ。髪直すから……」
言って、ヒューは髪を整えるためのブラシを取りに行った。残されたセシィリアが、ふわい、と欠伸と共に返事をして、リオネルがつまらなさそうに呟いた。
「これじゃ前と変わんないなぁ」
「ヒューを独り占め出来なくなって、残念ですねえ」
「うるさいな。涎のあとついてるよ、セシィ。顔ぐらい洗いなよ」
もー、とリオネルもセシィリアの手を引き、洗面所へ連れて行った。
「ヒュー、行ける?」
夕飯の後、エルドヴァルドが声をかけてきた。
「……ああ、祭壇の湖だっけ」
スケジュールを言い渡されたとき、魔素を取り込みに行こうとエルドに言われたことを、ヒューは覚えていた。
「あそこでもいいんだけど、水の属性が相性良すぎて、霧竜が元気になり過ぎるからね」
「別の場所があんのか?」
「まあね、転移できるようにしといたから、軽く行ってこようか」
「お前がいるとほんと便利だな。……でも」
「ん?」
言い淀んだヒューに、エルドが目をしばたたかせた。
「お前――さらっとでかい術使うけど、大丈夫なのか? なんか、体とか……」
「ああ、大丈夫だよ。才能あるから」
「え、そ、そうなのか」
平然と言ってのけるエルドに、
「魔力の器量は、すべては才能と祝福で決まるからね。そこを無理すると、まあ死んだりするけど」
「えっ」
「僕は本当に大丈夫。言ってなかったかな? 僕には魔術系に適したすべての神の祝福があるんだよ」
「聞いてない」
「まあそういうなんやかんやで、僕の魔力は減らない。循環するだけ。心配ご無用」
「適当過ぎるだろ……まあよく分かんねーけど、無理なときは無理って言えよな……」
長い間一緒にいても、知らないことばかりだ。
「こないだまでは、魔王を倒すってことに、目的が向いてたから……なんか、改めて考えたらみんなのこと、知らないこともまだあるな」
「何事も、終わってからが、始まりだからね」
ふふ、とエルドが笑う。かざした手に大杖が現れる。
「準備が出来たら、声をかけて」
「すぐ支度してくるよ」
ヒューが階段を上がって行くのを、エルドはじっと見送った。
「……祝福、ね」
人知れない遺跡の奥には、旧い神々に捧げられた、祈りの残滓が残っていた。
真摯に捧げられたのであろうそれが、すでに去ったはずの神の恩寵を、その場に留めている。何千年も、風化することなく。
「――すごいな」
アレックスは素直に言葉を漏らした。
「古代の祈りと祝福が、永遠に循環しているのか」
聞いてくれる者はもう誰もいないが、長い間独りではなかったから、ついこうして声に出してしまう。
――旧神の力を、ありありと感じるね。
エルドヴァルドがいまにも、そう答えてきそうだ。
「こんな場所が残っていることを、今の神々はどうして許しているのかな」
――神の御心は、人にははかれませんから……。
セシィリアなら、きっとそう言う。適当な女性だ。
「この世界には、まだこんな遺跡がいくつもある。もういない神の遺跡が」
――せっかくなら、古代の酒でも残ってねえかなぁ。
朽ちた祭壇に近づく。ガインなら無遠慮に物色を始めるだろう。
「残すことを許しているわけじゃ、ないのかな……」
――それ、壊れたら崩れないか?
壁のレリーフに触れると、グレンドルフが焦ったように制止しそうだ。
「……たしかに、神の心は分からないや」
――もー、こんなとこ、飽きたよ。
リオネルはすぐに気を削がれて、彼の保護者のところに走ってしまう。
「ねえ、ヒューなら、見つけられる?」
――何か、探したいもんがあるのか?
ヒューが、リオネルをまとわりつかせながら、そっと傍にやって来て、尋ねる。
「うん……君を救いたいんだ、ヒュー」
ぼんやりと答え、アレックスは祭壇を剣で一刀両断した。
――おい、それじゃ、『探す』じゃなくて、『壊す』だろ。
「いいんだ。僕は探すよりも――壊すほうが得意だから」
ヒューのことさえ、壊しそうになる。彼がいなくなって世界が残るくらいなら、いっそヒューと一緒に、何もかも壊れてしまってもいいとすら思う。
だが、まだそのときではない。
神の干渉を受けない竜が、ヒューの体に入ってしまったから。
おかげでヒューは生きながらえている。
アレックスは崩れた祭壇の瓦礫を足で除け、中から古い装飾品や宝石、金貨などが出てきたのを見つめ、それらを拾うことなく、踏みにじった。
欲しい物は、こんなものではない。
淡く輝く手のひらに収まる程度の水晶を取り出し、崩れた祭壇に向かって放り投げる。着地した石が、ぱっと魔法陣を描いてその場に定着した。
これで、いつでも魔素濃度の濃いこの場所に、転移出来る。
――アレク、何探してんだ?
そこにいないヒューの、微笑みまで鮮やかに思い出せるのに。
魔王を倒しても、アレックスにとって、この世界はずっと灰色だ。
美しいと思う必要などないと、運命の神に定められたように。
だから、無くなっても別に構わない。
「でも、君がいないと、困る」
あの子といるときだけ、世界を美しいと思う。人を愛しいと思う。
だから、僕は。
「……旧神の遺跡になら、あるのかと思ったけど、全部外れてるな……やっぱり魔族領か、それとももっと……」
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