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【32】祝福の神殿
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セレストリア。
《中央国家》アーディナに属する宗教文化都市だ。
主神から名も無き小神に至るまで、大小七十を超える神殿が集まり、世界中から人々が絶えず集まる。
信仰の執心であると同時に、神々の“気配”が色濃く残る地である。
祝福神殿の正面広場は、人々で溢れ返っていた。
旅姿の冒険者、商人、幼い子供を連れた夫婦――それぞれが自分の《祝福》を確かめるため、列を作っている。
露店まで表に出ていて、一種の観光名所のようでもあった。
「どうぞ《七英雄》様――騒ぎになりますので、裏へ」
若い侍祭が馬車を裏口に通してくれて、人目につくことなく中に入ることが出来た。
正面の喧騒を背に、脇の回廊へ案内される。
重い扉が閉じると、外のざわめきが嘘のように消えた。
「さ、さすがに、神殿に入るのは初めてです……」
ヴェルゼが怯えたように言った。
「あら、魔族が入ったからといって、死んだりしませんので、大丈夫ですよ」
先を行くセシィリアが、眠たそうに言った。
「……多分」
「こ、怖い……」
ふわあ、と欠伸をつくセシィリアに、ヴェルゼが息を呑む。
「祝福の神殿、久しぶりだね」
リオネルが怯えるヴェルゼの隣に来て、ぽんと背中を叩く。
「ここは祝福調べるだけの場所だから、そんなにガチガチになんなくても大丈夫だって!」
「知っとくと便利だが、知らなくてもいいしなぁ」
リオネルの反対側から、ガインがヴェルゼの肩を掴んだ。
「俺たちは外で酒でも飲んどくか? ヴェルちゃん」
「え、嫌です……」
「じゃーグレン、どうよ?」
「俺は久々に、祝福を調べておきたいな」
「ボクは調べなくてもいいかなー」
仲間たちの雑談をどこか遠くで聴き、石造りの廊下を歩きながら、ヒューは腹の存在を確かめた。
あれからまた、大人しい。
育っている、とアレックスは言っていた。
勇者に刃が届いたのは、ほぼ“こいつ”の力だ。
「ヒュー、緊張してます?」
欠伸を噛み殺しながら、セシィリアがヒューに尋ねた。
ヒューは薄く笑った。
「別に……」
「ヒューは、この診断はお嫌いでしたね」
「いや――面白い部分もあるんだけど、みんなと一緒だと、まあ傷つくよ……」
英雄になるような者たちは、祝福の数も桁違いだ。しかしヒューは人並みの中でも少なめのほうだった。
「ヒューは前、どんな神様に祝福されてたっけ?」
リオネルが無邪気に尋ねる。
「八……いや、九……?」
指折り数え、ヒューは小さく笑った。ほー、とガインが呟いた。
「すげえな、ヒューちゃん。十柱以下って中々レアらしいぜ?」
「うっせーよ」
「そんぐらいだと覚えやすくていいね。何の神様?」
悪気なく抉ってくるリオネルに、ヒューは顔を引き攣らせた。
「祝福が少なくても、幸運の神の祝福などは十柱以上に匹敵するらしいぞ」
真剣にグレンドルフが口を挟んでくる。やめてくれ、そんな大層な神様に好かれてない、とヒューは心の中で呟いた。
「……と、盗賊の神様……」
「まさに天職ですね!」
ヴェルゼが拍手してくれた。
「あと、食べ物、月、かまど、微睡み、旅路、小運、よ、夜伽……」
「夜伽……」
グレンが顔を赤らめ、ガインは色めき立った。
「おお、夜伽の神は当たりじゃねえか!」
「愛欲の女神ともいいますわね……ガインはいやらしいことばかり考えてらっしゃるでしょうが、人との関わりが密になります」
「すげえいいじゃん、あ、だからお前モテんのか」
「わりと旅向いてたんだね、ヒュー」
「微睡み、小運がしょうもないなりに地味に良いね」
「しょうもないって言うな! けっこういいだろ……」
エルドの言葉に、ヴェルゼが首を傾げる。
「どういう効果なんですか?」
「主神格ではない、小さめの神の祝福さ。《微睡み》は寝つきが良くて、寝不足になりにくい。《小運》はちょっとした勝負運がある。くじとか当たりやすくて、ヒューの好きな値切りも成功しやすい」
「《食べ物》と《かまど》は何となく分かりますね」
「《月》は有名だね。主神格の中でも人気で、夜目が効きやすくなる。《旅路》は道に迷いにくくて、野営に失敗しにくい、旅先で変なトラブルに巻き込まれにくい」
「最近のヒューはツイてねえし、旅路と小運はもう消えてそうだなぁ」
「やなこと言うな」
デリカシーの無いガインに、ヒューは顔をしかめた。
「そのへんはマジで助かってるし、気に入ってんだよ、絶対に消えないでほしい……」
「あ、それ消えるフラグだわ」
「やめろ!」
怒鳴ってから、ヒューは手を組み、ぶつぶつと祈りの言葉を繰り返した。
「わりと信心深いんだよね、ヒューは」
「そうなんですね」
リオネルが説明し、ヴェルゼが頷く。
「面白いですねえ、人間は。祝福というのは、神々の気まぐれで与えられているのでしょうか?」
「それを人の心で推し量ることは出来ません」
セシィリアが微笑み、直後に欠伸をする。
「……すべては神の御心のままに、です」
「お待ちしておりました、どうぞこちらへ。英雄様方――……」
眠たげな目がセシィリアによく似た司祭――バルチスタンが、恭しく招き入れる。ふっくらと豊かな体に、白を基調とした法衣を身に纏った高司祭は、娘を労った。
「セシィリアもご苦労でした。バルディオンに留まらず、普通に帰って来るとは思いませんでしたが――……」
セシィリアは《中央国家》アディーナの出身ではなく、外縁にある小さな法国の出身だ。
大国アディーナに半ば吸収されつつあるエル=セレン法国は、不世出の《聖女》を輩出したことで、かろうじて残っている。父・バルチスタン司祭もアディーナに招かれ、高司祭の地位を得ていた。
「ええ、司祭様。事情が変わりまして。勇者アレクが欲情のままヒューを手籠めにしてしまったんです」
「セシィリア!」
ヒューは慌てて叫んだ。
「現在、会わせる顔もなく逃走中ですわ」
「いや司祭様! それはだいぶ意味違います!」
「それは、一大事ですね。ヒュー様に神の祝福があらんことを……」
「いやあの……」
雑に祈られ、ヒューは乾いた笑いを浮かべた。セシィリアに似て、おっとりずれている。そっくりな柔和な微笑みをたたえ、バルチスタンが両手を広げる。
「あなたがたのご活躍で、当神殿はウハウハです。遠くから祝福診断に来られるだけではなく、聖女饅頭とか、聖女クッキーとか、土産物もよく売れておりまして。ああ、お立ち寄りの記念に、そのへんにお一人ずつサインして行ってくださいませ。七英雄饅頭も売り出したいものですな。こう、七つの味にしたりして」
「へえ、僕つぶあんがいいな」
「エルド! やめろ! ほんとに発売されるぞ!」
ヒューが必死に止める。
「うーん、セシ父、相変わらずすげえ俗物だわ」
「ガイン様に言われるの、すごいですね……」
ヴェルゼが息を呑む。セシィリアが欠伸混じりに言った。
「父は神聖力こそぼちぼちですが、《商い》の祝福が人一倍強いのです」
「どうして司祭になったんでしょう……」
「セレストリアの神殿に招かれるくらいだから、バルチスタン司祭は本物の高位司祭さ」
「まあ、《見抜き》の力に関しては……一級です」
エルドの言葉に、セシィがぼんやり頷く。
「見抜き……とは、鑑定眼のようなものでしょうか?」
察し良くヴェルゼが尋ねる。エルドはふふ、と笑う。
「そう。祝福の判定は面白いから、ヴェルゼも見学してごらん」
神官に促され、人の背丈ほどのある、透明な結晶の前に、ヒューは立った。
「では、体のどの部分でも構いません。水晶版に触れてください」
表面は鏡のようでありながら、奥行きの無い深さをたたえている。内部に淡い光が漂うのが見えた。
手、額、胸――触れる場所がどこであれ、問題ない。祝福は肉体ではなく、魂に刻まれるものだからだ。
手がある者は、大体手で触れる。ヒューもそうした。
祝福官、判定官、記録官――三人の神官と、バルチスタン高司祭が立ち合い、祝福の判定が行われる。
すべての祝福神殿は水晶版の記憶を共有しており、まずは過去の祝福の有無から告げられた。
「……微睡みの祝福、反応なし」
「旅路の祝福……確認できません」
「小運……こちらも、消失しています」
なんとなく予感はしていたが、一つ判定されるごとに、ヒューは項垂れた。
「……無理……つらい……」
「ああ……!」
「可哀相……」
ヴェルゼが魔族なのに祈り出し、リオネルが手を合わせた。
最後に、バルチスタンが告げた。
「盗賊の神と、食べ物の神……二柱の祝福が確認されました」
「――に、二柱……!?」
ヒューはほとんど悲鳴を上げた。
「すげえ、ぜってえ世界ワーストだわ」
ガインがぴゅうと口笛を吹いた。
「他の神様は!?」
「手を引かれたようですねえ」
高司祭からの無慈悲な宣告に、ヒューは崩れ落ちた。
「嘘だろ……!」
「どれも地味に良い祝福だったのにね……」
エルドがぽんと肩を叩く。
「エルド……っ! てめえ、なんとなく分かってただろ!?」
「だって、運が悪過ぎるし」
肩を竦めたエルドが、ははは、と笑う。
バルチスタンがヒューの傍に来て、優しく尋ねた。
「ところで、ヒュー様はご懐妊されておられますか?」
「してないです! するわけないじゃないですか!」
と言いつつ、腹を押さえてしまうのが悲しい。もう反射だ。
そんなヒューを見て、バルチスタンが、ふくよかな顎にふむ、と手を当てる。
「でもまあ、その身――“お一人”ではありませんよね? 人でもない……」
「そ、それは……」
神殿は、現神を信仰する場だ。その司祭たちの前で、ヒューはどう言えばよいのか分からず、エルドに視線を送った。
「――彼は、“旧神の残滓”とその身を共有しています。形の無い、いにしえの“竜の仔”ですが」
「え、言うのか……?」
「隠してもねえ」
「ご安心ください。現神信仰は、旧神信仰を否定するものではありません。なるほど、それで現神の祝福が剥がれてしまったのでしょう。もしくは――」
娘とよく似た、余計なことを話さなければたおやかな微笑みを、バルチスタンが向ける。
「必要が無い、と神々が思われたのかもしれませんね」
「必要……は、ありますけど!?」
「祝福が減ると、見放されたと思う方も多いのですが、それは違います。守る必要はもうないと、送り出されたのですよ」
「そ、そう……ですか……?」
「まあ、あったほうが良いですが」
「駄目じゃないですか!」
「食べ物の神と盗賊の神は、残ってくださったんですねえ。《食べ物》は――つまり豊穣神であり、大地母神、生命神とも言われますが、主神格の中でも相当に格が高い。《盗賊》は夜の従神――二柱でも中々心強いですよ」
「ああ、良かったですねえ、ヒュー様」
一番ほっとしてくれるのが、魔族のヴェルゼなのが皮肉だ。
少し離れたところで、ガインがグレンドルフの肩に手を置いた。
「夜伽の神の祝福なくなったの、残念だなぁ。なあ、グレン」
「なんで俺に振るんだ!?」
《中央国家》アーディナに属する宗教文化都市だ。
主神から名も無き小神に至るまで、大小七十を超える神殿が集まり、世界中から人々が絶えず集まる。
信仰の執心であると同時に、神々の“気配”が色濃く残る地である。
祝福神殿の正面広場は、人々で溢れ返っていた。
旅姿の冒険者、商人、幼い子供を連れた夫婦――それぞれが自分の《祝福》を確かめるため、列を作っている。
露店まで表に出ていて、一種の観光名所のようでもあった。
「どうぞ《七英雄》様――騒ぎになりますので、裏へ」
若い侍祭が馬車を裏口に通してくれて、人目につくことなく中に入ることが出来た。
正面の喧騒を背に、脇の回廊へ案内される。
重い扉が閉じると、外のざわめきが嘘のように消えた。
「さ、さすがに、神殿に入るのは初めてです……」
ヴェルゼが怯えたように言った。
「あら、魔族が入ったからといって、死んだりしませんので、大丈夫ですよ」
先を行くセシィリアが、眠たそうに言った。
「……多分」
「こ、怖い……」
ふわあ、と欠伸をつくセシィリアに、ヴェルゼが息を呑む。
「祝福の神殿、久しぶりだね」
リオネルが怯えるヴェルゼの隣に来て、ぽんと背中を叩く。
「ここは祝福調べるだけの場所だから、そんなにガチガチになんなくても大丈夫だって!」
「知っとくと便利だが、知らなくてもいいしなぁ」
リオネルの反対側から、ガインがヴェルゼの肩を掴んだ。
「俺たちは外で酒でも飲んどくか? ヴェルちゃん」
「え、嫌です……」
「じゃーグレン、どうよ?」
「俺は久々に、祝福を調べておきたいな」
「ボクは調べなくてもいいかなー」
仲間たちの雑談をどこか遠くで聴き、石造りの廊下を歩きながら、ヒューは腹の存在を確かめた。
あれからまた、大人しい。
育っている、とアレックスは言っていた。
勇者に刃が届いたのは、ほぼ“こいつ”の力だ。
「ヒュー、緊張してます?」
欠伸を噛み殺しながら、セシィリアがヒューに尋ねた。
ヒューは薄く笑った。
「別に……」
「ヒューは、この診断はお嫌いでしたね」
「いや――面白い部分もあるんだけど、みんなと一緒だと、まあ傷つくよ……」
英雄になるような者たちは、祝福の数も桁違いだ。しかしヒューは人並みの中でも少なめのほうだった。
「ヒューは前、どんな神様に祝福されてたっけ?」
リオネルが無邪気に尋ねる。
「八……いや、九……?」
指折り数え、ヒューは小さく笑った。ほー、とガインが呟いた。
「すげえな、ヒューちゃん。十柱以下って中々レアらしいぜ?」
「うっせーよ」
「そんぐらいだと覚えやすくていいね。何の神様?」
悪気なく抉ってくるリオネルに、ヒューは顔を引き攣らせた。
「祝福が少なくても、幸運の神の祝福などは十柱以上に匹敵するらしいぞ」
真剣にグレンドルフが口を挟んでくる。やめてくれ、そんな大層な神様に好かれてない、とヒューは心の中で呟いた。
「……と、盗賊の神様……」
「まさに天職ですね!」
ヴェルゼが拍手してくれた。
「あと、食べ物、月、かまど、微睡み、旅路、小運、よ、夜伽……」
「夜伽……」
グレンが顔を赤らめ、ガインは色めき立った。
「おお、夜伽の神は当たりじゃねえか!」
「愛欲の女神ともいいますわね……ガインはいやらしいことばかり考えてらっしゃるでしょうが、人との関わりが密になります」
「すげえいいじゃん、あ、だからお前モテんのか」
「わりと旅向いてたんだね、ヒュー」
「微睡み、小運がしょうもないなりに地味に良いね」
「しょうもないって言うな! けっこういいだろ……」
エルドの言葉に、ヴェルゼが首を傾げる。
「どういう効果なんですか?」
「主神格ではない、小さめの神の祝福さ。《微睡み》は寝つきが良くて、寝不足になりにくい。《小運》はちょっとした勝負運がある。くじとか当たりやすくて、ヒューの好きな値切りも成功しやすい」
「《食べ物》と《かまど》は何となく分かりますね」
「《月》は有名だね。主神格の中でも人気で、夜目が効きやすくなる。《旅路》は道に迷いにくくて、野営に失敗しにくい、旅先で変なトラブルに巻き込まれにくい」
「最近のヒューはツイてねえし、旅路と小運はもう消えてそうだなぁ」
「やなこと言うな」
デリカシーの無いガインに、ヒューは顔をしかめた。
「そのへんはマジで助かってるし、気に入ってんだよ、絶対に消えないでほしい……」
「あ、それ消えるフラグだわ」
「やめろ!」
怒鳴ってから、ヒューは手を組み、ぶつぶつと祈りの言葉を繰り返した。
「わりと信心深いんだよね、ヒューは」
「そうなんですね」
リオネルが説明し、ヴェルゼが頷く。
「面白いですねえ、人間は。祝福というのは、神々の気まぐれで与えられているのでしょうか?」
「それを人の心で推し量ることは出来ません」
セシィリアが微笑み、直後に欠伸をする。
「……すべては神の御心のままに、です」
「お待ちしておりました、どうぞこちらへ。英雄様方――……」
眠たげな目がセシィリアによく似た司祭――バルチスタンが、恭しく招き入れる。ふっくらと豊かな体に、白を基調とした法衣を身に纏った高司祭は、娘を労った。
「セシィリアもご苦労でした。バルディオンに留まらず、普通に帰って来るとは思いませんでしたが――……」
セシィリアは《中央国家》アディーナの出身ではなく、外縁にある小さな法国の出身だ。
大国アディーナに半ば吸収されつつあるエル=セレン法国は、不世出の《聖女》を輩出したことで、かろうじて残っている。父・バルチスタン司祭もアディーナに招かれ、高司祭の地位を得ていた。
「ええ、司祭様。事情が変わりまして。勇者アレクが欲情のままヒューを手籠めにしてしまったんです」
「セシィリア!」
ヒューは慌てて叫んだ。
「現在、会わせる顔もなく逃走中ですわ」
「いや司祭様! それはだいぶ意味違います!」
「それは、一大事ですね。ヒュー様に神の祝福があらんことを……」
「いやあの……」
雑に祈られ、ヒューは乾いた笑いを浮かべた。セシィリアに似て、おっとりずれている。そっくりな柔和な微笑みをたたえ、バルチスタンが両手を広げる。
「あなたがたのご活躍で、当神殿はウハウハです。遠くから祝福診断に来られるだけではなく、聖女饅頭とか、聖女クッキーとか、土産物もよく売れておりまして。ああ、お立ち寄りの記念に、そのへんにお一人ずつサインして行ってくださいませ。七英雄饅頭も売り出したいものですな。こう、七つの味にしたりして」
「へえ、僕つぶあんがいいな」
「エルド! やめろ! ほんとに発売されるぞ!」
ヒューが必死に止める。
「うーん、セシ父、相変わらずすげえ俗物だわ」
「ガイン様に言われるの、すごいですね……」
ヴェルゼが息を呑む。セシィリアが欠伸混じりに言った。
「父は神聖力こそぼちぼちですが、《商い》の祝福が人一倍強いのです」
「どうして司祭になったんでしょう……」
「セレストリアの神殿に招かれるくらいだから、バルチスタン司祭は本物の高位司祭さ」
「まあ、《見抜き》の力に関しては……一級です」
エルドの言葉に、セシィがぼんやり頷く。
「見抜き……とは、鑑定眼のようなものでしょうか?」
察し良くヴェルゼが尋ねる。エルドはふふ、と笑う。
「そう。祝福の判定は面白いから、ヴェルゼも見学してごらん」
神官に促され、人の背丈ほどのある、透明な結晶の前に、ヒューは立った。
「では、体のどの部分でも構いません。水晶版に触れてください」
表面は鏡のようでありながら、奥行きの無い深さをたたえている。内部に淡い光が漂うのが見えた。
手、額、胸――触れる場所がどこであれ、問題ない。祝福は肉体ではなく、魂に刻まれるものだからだ。
手がある者は、大体手で触れる。ヒューもそうした。
祝福官、判定官、記録官――三人の神官と、バルチスタン高司祭が立ち合い、祝福の判定が行われる。
すべての祝福神殿は水晶版の記憶を共有しており、まずは過去の祝福の有無から告げられた。
「……微睡みの祝福、反応なし」
「旅路の祝福……確認できません」
「小運……こちらも、消失しています」
なんとなく予感はしていたが、一つ判定されるごとに、ヒューは項垂れた。
「……無理……つらい……」
「ああ……!」
「可哀相……」
ヴェルゼが魔族なのに祈り出し、リオネルが手を合わせた。
最後に、バルチスタンが告げた。
「盗賊の神と、食べ物の神……二柱の祝福が確認されました」
「――に、二柱……!?」
ヒューはほとんど悲鳴を上げた。
「すげえ、ぜってえ世界ワーストだわ」
ガインがぴゅうと口笛を吹いた。
「他の神様は!?」
「手を引かれたようですねえ」
高司祭からの無慈悲な宣告に、ヒューは崩れ落ちた。
「嘘だろ……!」
「どれも地味に良い祝福だったのにね……」
エルドがぽんと肩を叩く。
「エルド……っ! てめえ、なんとなく分かってただろ!?」
「だって、運が悪過ぎるし」
肩を竦めたエルドが、ははは、と笑う。
バルチスタンがヒューの傍に来て、優しく尋ねた。
「ところで、ヒュー様はご懐妊されておられますか?」
「してないです! するわけないじゃないですか!」
と言いつつ、腹を押さえてしまうのが悲しい。もう反射だ。
そんなヒューを見て、バルチスタンが、ふくよかな顎にふむ、と手を当てる。
「でもまあ、その身――“お一人”ではありませんよね? 人でもない……」
「そ、それは……」
神殿は、現神を信仰する場だ。その司祭たちの前で、ヒューはどう言えばよいのか分からず、エルドに視線を送った。
「――彼は、“旧神の残滓”とその身を共有しています。形の無い、いにしえの“竜の仔”ですが」
「え、言うのか……?」
「隠してもねえ」
「ご安心ください。現神信仰は、旧神信仰を否定するものではありません。なるほど、それで現神の祝福が剥がれてしまったのでしょう。もしくは――」
娘とよく似た、余計なことを話さなければたおやかな微笑みを、バルチスタンが向ける。
「必要が無い、と神々が思われたのかもしれませんね」
「必要……は、ありますけど!?」
「祝福が減ると、見放されたと思う方も多いのですが、それは違います。守る必要はもうないと、送り出されたのですよ」
「そ、そう……ですか……?」
「まあ、あったほうが良いですが」
「駄目じゃないですか!」
「食べ物の神と盗賊の神は、残ってくださったんですねえ。《食べ物》は――つまり豊穣神であり、大地母神、生命神とも言われますが、主神格の中でも相当に格が高い。《盗賊》は夜の従神――二柱でも中々心強いですよ」
「ああ、良かったですねえ、ヒュー様」
一番ほっとしてくれるのが、魔族のヴェルゼなのが皮肉だ。
少し離れたところで、ガインがグレンドルフの肩に手を置いた。
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