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【42】一人の夜
しおりを挟む「……し、死ぬかと思った……ありがとな、ワーテイル……」
飛竜ワーテイルに無事降ろしてもらったヒューは、その首筋をたっぷり撫でてやった。
まさか空に放り出されるとは思わなかった。リオネルが飛べとワーテイルに命じて、羽ばたいてくれていたから、体勢を立て直すだけで済んだが、雑に転移させたエルドのことは恨んだ。
それでも咄嗟に竜ごと長距離を跳ばしたのだから、単純に凄い。
「戻っていいぞ」
ワーテイルから手を離し、首にかけていた竜笛を取る。戻るように念じながら一度吹くと、音は聴こえなかったが、ワーテイルの姿が揺らいで消えた。
「うわ、便利だな」
借りているだけのヒューでも、自在に操ることが出来る。貸主の契約力が強いからだ。改めて、リオネルは優秀な竜騎士なんだと実感した。
仲間の強さやありがたみを、離れて早速、身に染みて感じている。
「最近ずっと一人じゃなかったからな……」
ぽつりと呟くと、体の奥に鈍い痛みが走った。
「……いたた……ごめん、お前はいるな……」
ぽんぽんと腹を撫で、ヒューは息を吐いた。最近は、気性こそ穏やかだが、主張するときの存在感が増した気がする。前は機嫌を損ねたとき、体内に不快に感じる程度の気持ち悪さがあったのが、はっきりと痛みを感じるようになった。
本当に体を破って出てくるんじゃ、と思う。
旧神の遺跡を巡っている間に、おそらくかなり育ったのだろう。対話が出来るわけではないから、勝手にそう感じているだけだが。
前はもっと、気に入らないとき、赤ん坊がぐずるような、そういう感覚があった。ヒューの意識を操ってでも上質な魔素を欲しがったり、欲求がコントロール出来ない、こっちの意思も通じない、そんなふうだった。
いまは少し違う。ヒューが定期的に“餌”をくれると信用しているのか、激しく催促したりもせず、基本的には穏やかで、眠っているように大人しい。ただ暴れられると、以前より手を焼く。
成長したらどうなるのかも分からないまま、ただやみくもに魔素を与えていたが、どちらにせよこの“竜”が元気じゃないと、ヒューの毒も吸ってもらえない。
これが“共生”なのか、“寄生”なのか。後者なら、最後は食い破られてもおかしくないのだが、あまり恐怖は感じない。
もう精神まで寄生されていて、恐怖を感じていない可能性もあるが。
(そういうのとは、なんか違う気がするんだよな……)
腹だけではなく、体の至るところから、その存在を感じるようになってきた。本当に自分が器で、“竜”はその中に満ちているものみたいだ。
それがいつか溢れたとき、“竜”はこの世界にようやく生まれてくるのだろうか。そのときヒューは救われるのか、死ぬのか、まずは調べなければならない。
夜が近いので、森の中で野営出来そうな場所を探した。
木の枝や枯れ葉を拾って、火を起こす。携帯食料を齧って、とりあえずは休んだ。
ここから少し歩くと、旧神の遺跡がある。
空に跳ばされ、ワーテイルに運んでもらっているときに見つけた。エルドがそこを目指して跳ばしたのかは分からないが、今まで転移で来たことのない場所だ。
魔王を倒す旅しかしていなかったから、旧神遺跡ってけっこうあるんだな、と今更ながらに思う。それもかなり綺麗な形で残っている。それにも多分、何らかの意味があるのだろう。
(アレクもけっこう遺跡回ってたっぽいけど、あいつ調べたり探したりは苦手だからな……)
遺跡の一部には、絶対あいつが斬ったり蹴ったりして壊しただろ、という痕をいくつか見つけた。
未踏の遺跡がすぐ傍にあって、探索したい気持ちはやまやまだったが、さすがに夜は避けたい。何の神の遺跡なのか、外からでは分からなかったが、造りや装飾などでそれを読み解いていくのも興味深い。旧神の遺跡は、現代でも機能している機巧が多く、勉強になる。
盗賊の技を教えてくれたケレスが生きていたら、頼りになっただろうが。
「旧神か……お前は、旧神の武器だったのか?」
腹をさすりながら、ヒューは呟いた。反応は無い。遺跡が近いだけでも、それなりに魔素が満ちているのだろう。
とっくに死んでもおかしくない人間から、魔毒を引き受けて。
ヒューの中にあって、勇者の鎧を傷つけるほどの力がある。
(“神殺し”の力か……)
ヒューは抱えた膝に、頭を預けた。
(この力をアレクが探してたなら……なんであいつは、あれきりなんだ?)
ヒューに愛想を尽かした……ということは、無いだろう。アレックスが一途な男だというのは、分かっている。十年気づかなかった自分が多分おかしい。それはもう認める。そもそも英雄譚に、盗賊と結ばれる勇者なんていなかった。
「――魔王倒したあいつが、どっかのお姫様と結婚して、婚礼で親友代表挨拶とか頼まれんのかと思ってたもんなー……」
ぼそっと呟き、薬指にはめたままの指輪を、そっとなぞる。
何の変哲もない指輪。
どうせくれるなら、なんか便利な魔法かけとけよ、と思ってしまう自分は、たしかに酷い奴だ。
でも、特別な力も無いのに、触れると少し元気が出る。
(会いに来ないのは、会いに来れないからだ……)
そもそも、直情的な性格で、一気に距離を詰めるタイプのくせに、夢で会ってからは、あっちのほうが引いている気がする。会わせる顔がないのだとしたら、アレックスはけっこう正気だということだ。
(そういや人の夢の中って、自我を保ちにくいってヴェルゼが言ってたな)
秘められた欲望や、凶暴性や、衝動性――すべて夢の中で増幅されてしまったのだとしたら、狂気じみたアレックスにも説明がつくし、むしろアレックスだからあれぐらいで済んでいたのかもしれない。
(あんときはアレク、だいぶ怒ってたしなぁ……)
腹を撫で、ヒューはぱちぱちと爆ぜる火を見つめた。
ヒューの中に異物が入ったと気づいて、かなり苛立っていた。怒りのまま、魔族の力を借りてまで、夢の中に現れて。
《夢渡り》は魔族の中でもかなり特殊な能力で、資質のある魔族しか使えない。干渉された夢の中で起こったことは、現実に影響を及ぼす。だからあのときの生々しい行為すべても、起きたときはっきりヒューの体に感覚が残ったままだった。
受けたダメージのせいで、ヒューはしばらく眠っていたのだと、ヴェルゼに聞いた。夢に侵入され、殺されれば死ぬのだという。
「……お前はまだ、アレクが嫌いか?」
自分の中の存在に向かって、ヒューは尋ねた。返事は無い。代わりに、火の周りで光がキラキラと舞った。
前は、水のある場所でよく輝いていた、あの冷たい煌めきが、炎と踊るように輝いている。それはほんのり温かく、日暮れとともに気温の下がっていく森の中で、ヒューの体を守るように温めた。
「あ、ありがとう……」
呆然と、ヒューは頷いた。
水の属性ばかりが強かったが、火の属性も操っている。
「そうか、色んな属性の遺跡を巡るのは、やっぱり間違いじゃないんだな……」
たしかに成長している。そして、旧神の遺した魔素を取り込むだけじゃなく、おそらくヒューの中で、魔毒以外の養分を得ている。
「……俺の、感情か……?」
こいつは、アレクが苦手で、怖がっていると思っていた。でも、そうじゃなくて、俺がアレクに怯えていたから、こいつも怯えていたんじゃないか。いまはただ、アレクのことばかり考えていて、そうしたら温かくなった。
「あ……」
背中がふわっと温かくなって、後ろからそっと抱き締められたような感覚がした。大きな腕の感触を、いやにリアルに思い出す。
どきりとして、ヒューは自分の肩を抱いた。過剰サービスだ。
「いい、ミスト。そういうの、要らないって……」
優しい熱が、後ろから抱擁するように、体全体を包んだ。ヒューは頭を振った。
「……も、いいって……余計、しんどくなるから……」
な、と宥めるように言って、ヒューは小さく笑った。けれどすぐに笑っていられなくなり、膝を抱える腕に、ぎゅっと力をこめた。
逃げたのに、泣く資格は無い。
リオネルの言う通り、酷いのは承知だ。
アレックスの気持ちよりも、政治のために指輪をして。
彼が自分だけに向けてくれる愛を、和平と引き換えにした。
昔と何も変わってない。口先ばかりの盗賊だ。勇者の伴侶には、一番相応しくない。
たぶん、もう、そういう生き方しか出来ない。
あいつが変えようとしてくれた世界を、死んでも守りたい。
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