世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ

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【47】魔族領ガイアデイラ

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「馬鹿な女だ。勇者の“雌”がのこのこと、よくやって来たものだ」

 あ、本当に女だと思われている。ヒューは納得した。魔族にとって、ほとんどの人間は小柄で、その中でもヒューは女に見えるのだろう。見た目でそこまでの性差を感じないのかもしれない。
 まあ訂正しなくてもいいかと、片手で弩を構えながら、もう片手で腰から小さな布袋を取り出した。さっきの黒粉だ。

「ワーテイル、ブレスだ。撃ったら下がってくれ」

 ヒューは飛竜の首を軽く叩いた。
 ワーテイルが口を開け、ブレス前兆のタンギング音が鳴る。強い息の吸い込みが始まり、魔族たちが慌てて退避を始めた。

「おい、ブレスくるぞ!」
「いや、飛竜程度のブレスだ……!」

 ブレスの軌道に、ヒューは黒粉の詰まった袋を投げた。直後に、宙で爆発が起こった。爆風にあえて流されながら、ワーテイルは上手く上昇した。ヒューは片手でワーテイルの鞍を掴み、膝を立て、片手に弩を構えると、魔族たちの武器に向かって矢を射出した。

「矢ごときで……!?」
「ちなみにこれ、《冥盟弩ノクレア》っていう武器なんだけど」
 ヒューが弩をちらつかせる。魔族たちに緊張が走る。
「《夜冠公デュクス・ノクティス》様の宝具ではないか!」
「そう、《夜冠公デュクス・ノクティス》ジルディウスに貰った。魔族特攻の武器だ。お前らが逃げる前に、俺はその頭にこの矢をぶち込めるし、もっと広範囲の爆破も出来る」
 飛竜の目がぎらりと光る。
 実際にその技を見せられたあとでは、説得力しかない。
「一列に並べ」
 ヒューは無感情な声で告げた。
「俺が質問するから、ただ答えてくれたらいい。お前たちは、《霜雹公ドゥクス・グラキエス》の配下か?」
「ふざけやがって、人間が……」
「ちょっと、頭穴だらけになりたくないんだけど!?」
「――『はい』か『いいえ』しか聞いてない」
 ヒューが弩を構える。
「はい!」
「なに答えてんだ!」
 魔族たちがぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。どいつも体はでかいが、中身は案外幼そうだ。
「ありがと」
 ヒューはにこりと笑った。
 次の瞬間、また表情が冷える。
「じゃ、《霜雹公デュクス・グラキエス》ゼルナンドは、強硬派か?」
 カチリ、と弩が鳴る。
「い、いいえ……」
「ふうん……やっぱり《霜雹公ドゥクス・グラキエス》は、派閥に興味無いタイプか」
「は、はい」
「たしかジルディウスとけっこう仲良かったはずだが、穏健派じゃないんだな……」
「はい……というか、穏健派なんて、ジルディウス様ぐらいだ……」
 あまり騒いでいなかった男が、口を開いた。おそらくはリーダー格なのだろう。
「ちょっと、なに余計なこと喋ってんの!?」
 仲間が驚いて声を上げたが、男はヒューに言った。
「残った魔公は元々、魔王様への忠誠すらあったものじゃない。魔王様を見捨て、無関心か、利己的な者こそ残った」
「たしかにな」
「ジルディウス様は、先の大戦で変わられた。人間の妻を娶ったとかで……」
「へえ。ジル、結婚したのか」
 話の分かる奴だったしな、とヒューはジルディウスのことを思い出した。元々魔王派ではない魔公で、人間に敵対心もなく、おかげで交流を持つに至った。
 が、そのせいで色々と酷い目に遭わせてしまったので、幸せそうで安心した。

 魔障の濃いこの地で、軽く呼吸が出来ているのは、ミストのお陰だろう。
 ガイアデイラの様子は気になる。これから少し探索出来そうだ。
 それに、もしかしたらアレクに会えるかもしれない。

「じゃ、行っていいぞ。俺ももう去るから」

 鞍に座り、ワーテイルの腹を軽く蹴ると、リーダー格らしい男が声を上げた。かなりの巨躯に、豊かな茶色の頭髪が、獅子のたてがみのように顔の輪郭を覆っている。
「ま、待ってくれ、姐さん!」
「姐さん……?」
 そういえば、女と間違われていた。
 ヒューが振り返ると、たてがみの魔族が追い縋ってきた。
「侮辱して悪かった、俺はたしかに、《獣嵐公ドゥクス・フェラリス》デーヴァ様の下にいた。あんたの仲間に真っ二つにされちまったが……俺たちは戦意喪失して、ゼルナンド様の配下にしてもらった」
霜雹公ドゥクス・グラキエス》ゼルナンド――戦っていないが、ヒューの知り得た情報では、権力争いにも人間界侵攻にも関心が無い。そういう魔族も珍しくはない。先の魔王討伐戦でも、魔公の半数が傍観していたくらいだ。

「マシなんじゃないか、ゼルナンドは。デーヴァは野心家で、戦況を読めない奴だった。だから部下を大勢死なせたし、自分も死んだ」
 ヒューの言葉は淡々としている。男は頷いた。
「ああ、デーヴァ様が負けたのは、仕方がない。だが、部下どころか統治にも無関心なゼルナンド様も、正直言って頼れる御方ではない。《血月公ドゥクス・クルエンティス》ネメシア様が、活動期に入ってしまったというのに」
「《血月公ドゥクス・クルエンティス》ネメシア……?」
 名前だけは聞いたことがあるが、あまり情報が無い。先の戦いに参加しなかった魔公の一人だ。

「どういう奴なんだ?」
 尋ねると、リーダー格の男が、先ほどヒューが地面に吐いた黒い血を見やる。
「とりあえずここを離れさせてくれ。他公の支配下にまでは現れないと思うが、ゼルナンド様は舐められているから、もしもということもある」
 活動期に入ったという《血月公ドゥクス・クルエンティス》ネメシアの話は聞きたい。ヒューは弩を握ったまま、ワーテイルを地上に降ろした。
 他の魔族たちは、脚を負傷した魔獣たちを宥めている。
「転移する。屯所まで来てくれ」
 たてがみの男が、別の男を促す。額に一本角を生やした男だった。
 ヒューは竜笛でワーテイルを還し、弩を仕舞った。そこで襲って来る可能性もあったが、魔族たちはそうしなかった。

 魔族はかなり慎重な種族で、だからこそ半数の魔公が戦いに参加しなかったといえる。相手との力量差をしっかり見極め、負け戦は基本的にしない。

 一本角の男が、転移の術を使うと、一瞬で移動が完了した。
 招かれたのは簡素な砦だった。

 下級の兵士であっても、一度に大勢を転移させられる術者がいる。魔族はやはり、人間よりも魔力量が多い。
「すごいな、こんなに大勢を」
「距離が近いし、ここに座標をあらかじめ合わせているからだ。どこにでも行けるわけじゃない」
 術者に言うと、謙遜でもなさそうに、そう返ってきた。
「人間の――あの《賢者》はすごかった。俺は《虚構公ドゥクス・ファルシタス》オルカナ様の軍にいて……あらゆる攻撃も防御も回復まで扱って、オルカナ様をあっさり殺っちまった。マジで怖かった。あれは、姐さんの仲間だろ?」
「あいつは人間の中でも別格なんだよ」
 人間かも怪しい。肩を震わせる魔族の術師に、ヒューは答えた。
「負けた魔公の部下は散り散りになって生き延びた」
 たてがみの男が言う。
「でも、ネメシア様の領域に入っちまった奴は、多分誰も生きてない。あの方は同族でも興味があれば喰うし、殺す。さっきの場所、姐さんが吐いたあの血、ああいうのも喰らうから、離れさせてもらった」
「血肉が好物ってことか」
「それもあるが、魔瘴に侵された異種族の血は、濃縮された“瘴液”つって、稀少だ。もちろんネメシア様の大好物だ」
 顔をしかめながら、男が言った。
「俺なんかは、鉱石のほうが美味いが……」
 石喰いの魔族はけっこういると聞く。魔族の嗜好も色々だな、とヒューは異文化を感じた。

 簡素な砦の中に、石造りのテーブルセットがあった。魔族も人間のように家具を作って暮らしているが、石で物を造るのが主流らしい。
「お茶でーす」
 椅子に腰を下ろすと、長い髪を二つにまとめた女の魔族が、ヒューの前にカップを置いた。爪がやたらと長く、美しい鉱物のように透き通って輝いていた。
 ヴェルゼは美味しい紅茶を淹れてくれたが、目の前にあるのはやたら濁った液体だ。
「毒とかじゃないですよ、ガイアデイラ産の植物じゃなくて、ちゃんと輸入品ですから」
「輸入……?」
 ヒューは眉をしかめた。たてがみの男が説明する。
「ジルディウス様は少しずつ、人間と交易を試みている。新しいもの好きの若い魔族が買ったりする。ガイアデイラ産の植物や鉱石も、あっちじゃ使いどころがあるらしい。最近は特に、バルディオンみたいなでかい国が買いつけてくれる」
「へえ、もう交易がそんなに……でもこれ、水はガイアデイラ産じゃね?」
「あ、そうですね!」
 水には魔障は溶けないと聞いたこともあるが、ヒューは少し口を付けてみた。駄目だったら吐き出そうと思ったが、問題無く飲めた。
「煮出し方、間違ってる……」
 確かに飲める味だが、ヒューは眉をひそめた。

「《血月公ドゥクス・クルエンティス》ネメシアは、強硬派なのか?」
 茶を飲み下し、向かいに座ったたてがみの男に尋ねる。味は変だが、温かい飲み物はありがたかった。強張った体が少しほぐれる。

《強硬派》は、魔王を倒した勇者を味方につけ、主に据えようと考えている。つまり、ヒューを狙うのはこの派閥だ。

「強硬派かどうかは分からんが……とにかく強くて、残酷な女公だ。異種族をいたぶるのが好きだと聞くから、うろうろするなら姐さんも気をつけたほうがいい」
「ありがと……てか、なんで?」
 男が喋るたびに、鋭い牙が覗く。砦には他にも魔族がいて、その誰もが大きく逞しかった。
 いつ襲いかかられても、切り抜ける自信はあった。茶に遅効性の毒が盛ってあったとしてもだ。
 しかしそのどれも、杞憂なようだった。

「姐さんはジルディウス様が認めた人間なんだろ……ジルディウス様に伝えてほしい。魔公は知らんが、俺たち階級の無い者は、ジルディウス様に従いたいんだ」

 男が項垂れる。まるでヒューに礼を尽くしているようだ。

「ジル……人望あるんだな」
「姐さんの言う通り、ジルディウス様は唯一戦況を読めたお方だ。他の魔公は魔王様に追従し多くの魔族を死なせた。判断を誤ったんだ。その他の魔公は、魔王亡き今もガイアデイラをほったらかしだ。空気が読めてねえんだよ」
「空気……まあ、たしかに」

 魔族はけっこうドライだ。それぞれの主に就くが、主に相応しくないと判断すると、けっこう簡単に見限る。縦より横の意識が強く、同族を多く死なせた主を蔑むこともある。

「ジルディウス様は最先端をいってる。腹心を人間の王達の会議にも送り込んだらしい。すごい方だ……憧れる……」
 陶酔の目をする男に、ヒューは言った。
「部下にしてもらえば?」
「きっかけがねえんだよ……ジルディウス様の統治される地は遠いし、そもそも居城も分からん」

 魔境線ではヴェルゼが、人間と魔族の調停をしているはずだ。そこに行けばヴェルゼには会えるが、魔族がのこのこと顔を出すのは不味いだろう。

「あ、そういや。ジルに貰った石があった」

 急に思い出した。バッグの奥深く、最近までアレクの指輪と仲良く眠っていた指輪を、ヒューはつまんで取り出した。
 親愛の証にと貰った、淡い色の石が付いた指輪だ。小さな宝玉が、ジルディウスの居城に無制限で転移出来る力を持っているという、とんでもない代物だ。居城は当然高濃度の魔瘴に満ちており、加護の無い人間が使うと病気になって死ぬ。元より病気のヒューはたちまち死にかねないので、自殺のアイテムだな……と思って、仕舞ったきりだった。

「今なら使えるな」

 いつ来てもいいと言われているから、使って大丈夫だろう。空いている指にはめた。

 ミストがかなり育ったお陰で、ガイアデイラに漂う魔瘴さえも苦ではない。
 竜と魔族は、同じ旧神の眷属だ。強い毒を変換できるくらいなのだから、魔族領の大気に漂う魔瘴など、空気と変わりないのかもしれない。

「今からジルディウスに会って来るから」
「今から!?」
「下の奴の声は聞きたいだろ、これから魔王目指すなら。傘下の魔族は増やしたいだろうし。名前言ってもいいなら、聞いとくけど」
「俺はナハトだ。《獣嵐公》デーヴァ様の元部下で百夫長、いまは《霜雹公》ゼルナンド様の元で働いている。役割は主に斥候・狩猟・発掘だ」
「この部隊の名前は?」
「特に無い。ナハト隊だ」
「分かった。ちょっと行ってジルに話してくる」

 近所にでも出かけるかのような口ぶりに、ナハトたちがぽかんとしている。

「使うときはたしか、指輪をはめて……」
 言われたことを思い出しながら、指輪の淡い色の石に口づける。詠唱や呪言などなくとも、それだけで宝玉は柔らかく輝き、ヒューの体を包んで、空間を歪ませた。

 次の瞬間、すでにヒューの姿は無かった。



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