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【51】王の理由
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ジルディウスは黙って、ヒューを見上げた。暗紫色の瞳が、うっすらと潤んでいた。
「え、嘘。泣いてる?」
「……どうせヒューは俺の頼みなんて、聞いてくれない……」
「そんなことねーよ」
薄いヴェールの端を掴んで、ジルの目許を拭いてやる。
「妃のヴェールを、ただの布みたいに使うし……」
「あ、そうだよ、これ外れないんだけど、ちゃんと後で外せよ?」
「……ヒューの《秘匿庫》に入れていいなら」
「入れていいから……」
ふん、とジルディウスは鼻を鳴らし、
「どうせ行くんだろ。閉じ込めたって、なんとかして逃げ出す。お前はそういう奴だ」
「逃げるんじゃなくて、ちゃんと行って来るってジルに伝えてから行くよ」
「勇者のためにか?」
「ううん。俺は、俺が行きたいから行く」
膝に乗せたジルディウスの頭を撫でていると、腹の奥に鈍い痛みが走った。
「……っ」
「大丈夫か?」
思わず手を止めると、ジルディウスが体を起こし、ヒューの腹に手を置いた。
「静かにしろ。お前を第三夫と認めたとしても、序列は俺のほうが上だぞ」
言ってることは意味不明だが、声のトーンが一段低くなると、さすがに凄みがある。ミストも何かを感じ取ったのか、ヒューの腹がすうっと軽くなった。
「こいつオスなの?」
「知らん。しかし、明らかにヒューに対して邪な所有欲を感じた。“刃”のくせに俗っぽい奴め……」
「まだガキなんだよ。でも、育ってるからかな。こいつが気に食わないことがあると、前はもやもやする程度だったのが、今ははっきり痛む」
ジルディウスの手が、触診するようにヒューの下腹部を滑る。
「ただの霧竜とは、やはり違うな」
「分かるのか?」
「ヒューのことはヴェルゼに逐一報告させていた。それで俺もこっちで色々調べた。それこそガイアデイラ中の古い文献や言い伝えまで引っ張り出してな。普通の霧竜なら、母体にこんな負担をかけないからな」
「そっか……世話かけて悪い」
「お前の体の状態は、魔瘴に侵された体が、際限なく魔毒を生み出してしまう病だ。今のところ治療法が無い。だが今は、体内で作られる魔毒を、成長したミュルグレスが分解する力のほうが強い」
「だから、世界の裂け目でも無事だったのか」
「正しく成長し、魔瘴浄化能力が向上したんだろう。もうこのぐらいでいい。育て過ぎずに体内に留めておく。ミュルグレスを外に出した途端、限界値を迎えたその器はもう耐えられなくなる。神殺しの刃を生むのは、死と引き換えだ」
ジルディウスがヒューの体を引き寄せた。片腕で腰を抱かれたかと思ったら、瞬時に転移していた。
「わっ……」
直後、突風に煽られて、ヒューは思わず目を閉じた。浮遊感があると思ったが、宙に浮いている。ジルディウスの腕の中に収まるように、腰と肩をしっかりと抱かれ、下を見ると灰がかった荒野が広がっていた。
地面まで、遠過ぎて距離感が掴めない。
「え、ここ……空? あー、もう、邪魔!」
衣装がはためいて、ヴェールが顔にかかる。ヒューが声を上げると、急に風が和らいだ。ジルが何か術を使って、強い風から二人を護っているようだ。
「ヒュー。これが、いまのガイアデイラだ」
ヒューを胸の中に抱き寄せ、ジルディウスが呟く。
眼下に広がるのは、色を失った大地だった。
空は常に曇天で、晴れ間というものがない。灰を溶かしたようなくすんだ青が、低く垂れ込めている。雲は厚いのに、雨は降らない。
魔族領の大地は、ほとんどが荒野だ。草木は点在する程度で、遠目には土と岩の境目も曖昧に見える。岩肌は黒ずみ、山と呼ぶには不格好な隆起が、無秩序に連なっている。生き物の気配はあるのに、生命の色が感じられない。
その中に、ぽつぽつと黒い塊が見えた。
近づいて初めて、それが街だと分かる。
下級魔族たちの居住区――城郭も城壁もない、むき出しの街。
建物は低く、どれも角張っている。石と骨と、金属の廃材を寄せ集めたような造りで、色は地面とほとんど同化していた。屋根らしい屋根はなく、天幕のような布が張られている場所もある。通りは狭く、上空から見ると、ひび割れた大地に刻まれた傷跡のようだ。
「魔王がいなくなって、やっぱり魔族たちの暮らしもかなり変わったのか?」
「いいや。魔瘴が濃くなり、魔獣は増えたがな」
小さな影が、街の中を忙しなく動いている。
人間よりも背の低い者、異様に手足の長い者、角や尾の形もまちまちで、統一感はない。秩序が無いわけではないが、整えられてもいない。
街の外縁には、黒く変色した畑のような区画が見えた。作物なのか、魔力を集めるための装置なのか、ヒューには判別がつかない。ただ、そこだけ僅かに“動いている”気配がある。
「……魔族も、人間と変わんないな……」
思わず漏れた言葉に、ジルディウスが答えた。
「下級は、常に生き延びることに忙しい。騒ぐ余裕がないだけだ」
「俺、魔族領に初めてきたとき、こういう街があって、魔族も普通に暮らしてんだって、知ったらさ、なんか……怖くなったよ。魔獣みたいに思ってたから」
襲ってきた奴を倒すのはいい。
でも、市井で暮らす者たちを見るのは、戦意が削がれた。
「だから……戦が終わったからって、占領しようとか、奴隷にしようとか、そんなのは違うと思ったよ」
街と街の間には、何もない空白が広がっている。
道らしきものはあるが、どれも途切れ途切れで、明確な境界線は無い。国というより、生存圏が点在しているだけの土地だ。
そのすべてを覆うように、くすんだ青の空がある。
昼も夜も、ほとんど区別がつかない。
影は落ちるが、明るさは増さない。時間そのものが、鈍く停滞しているようだった。
――色を持たない世界だと、初めて訪れたときには思った。
ここでは、花が咲いても、血が流れても、同じ色をしているのかもしれない。
でも、そうじゃなかった。そこで生きている者たちには、はっきりとした色彩があった。
そこで暮らしている営みが、たしかにあった。
「ヴェルゼから聞いている。人間どもの会議で、ヒューが勇者の中立性を訴えてくれたと。勇者とその伴侶の目がある以上、人間たちはガイアデイラへの侵攻は無いだろうとな」
「ヴェルゼ、頑張ってたよ」
「あいつはよく働く。見た目も人間に溶け込めるからな。“拾って”正解だった」
「拾った?」
「その話はしたことがなかったな。ヒュー、俺に聞きたいことは、他に何があった?」
「……《血月公》ネメシアのこと」
「ヒューなら、もうその情報は掴んでいるだろうと思っていた」
「いや、たまたまだよ。裂け目から転移したら、《霜雹公領》に跳んで。そこで出会ったゼルナンドの配下がさ、元々はデーヴァ配下の百夫長だったんだ。ナハトっていう奴。そいつがジルの下で働きたいって言ってて」
「ゼルナンドは統治に興味がないからな。広いだけの凍て地を持て余している。人間領にも近い重要地点だから、そのうち俺が手を入れるつもりだ」
「本当に、王になるつもりなんだな」
「いっそお前が統治してみるか? ヒュー。《夜冠公妃》として」
「なってねえって」
冗談だと思ってジルディウスの顔を見たら、その目はいたって真剣だった。
「あの凍て地は魔瘴が薄く、人間達との交易の拠点にも悪くない。ヒューなら良い統治者になると思うぞ」
「なんないよ」
「残念だ。――ゼルナンド配下は、ゆくゆくは俺が引き受けることになる。統治だけじゃない、すべてに興味が無さ過ぎる奴だから、構わんだろう」
「つまり、ジルの配下にしてやってもいいってこと?」
「どうせそうなるという話だ」
ヒューは少し安堵した。ナハトたちに良い報告が出来そうだ。
「いっそそういう魔公ばっかだと、ジルも改革がやりやすいのにな」
ヒューが少し笑って見上げると、ジルディウスも愛しげに一瞬目を細めた。しかしすぐに遠くを見て、眉根を寄せた。
その視線は、荒野ではない何かを見ているようだった。
「残った魔公の中で――ネメシアは俺でも少々持て余す」
「そんなに?」
「魔公から次の魔王を選ぶとしたら、純粋に力だけなら、俺かネメシアだ。力だけならな」
ジルディウスは他者を滅多に褒めない。その彼が、対等に近いと認めている。
「残忍な奴だって聞いたけど」
「悪趣味な奴ではあるな。元々、ヴェルゼはネメシアの下にいた。母親と共に、散々嬲られていてな。ほぼ死にかけていたとき、俺が引き受けた」
だからヴェルゼは人間だけではなく、魔族にも怯えていたのか。
弱いからではない。生き延びるために身に着いた“反射”だったのだ。
「ネメシアに野心はないが、深く、尽きない欲がある」
統治欲でも、支配欲ではない。
ただ壊れる瞬間を欲しがる、底の見えない乾き。
「奴に複雑な感情は無い。ゆえに、その欲求が強い。理性を知らん」
刹那、くすんだ青一色だった曇天に、微かな濁りが走った。
何かが脈打つように。
雲の奥に、嫌な赤色が見えた。
ヒューの腹の奥が痛んだ。思わず身を縮めると、ジルディウスがヒューを庇うように、抱く腕に力を込めた。
ジルディウスの翼がはためく。すると、立ち込めた嫌な気配が消えた。
「いま飛んできたのが、ネメシアの“感覚”だ。憶えたか?」
ジルディウスはわざとネメシアの気配を、ヒューに教えてみせたのだ。
「獲物を探し、蠢く瞳だ。人間の大陸にすら届くという。ガイアデイラ内では俺が許さんが、俺の目が届かない場所では気をつけろ」
「分かった。憶えた」
ヒューが頷いたのを確かめ、ジルディウスは広がるくすんだ大地を見つめた。
「俺の寿命は長い。最愛のお前が死んでも、生は続く」
ジルディウスがヒューのヴェールの裾を持ち上げ、まるで世界から隠すように顔の前に落とした。星屑のような小さな魔力がきらきらと輝く。
「長い生に、何もなくなってしまう。だから、ヒューが世界を愛するように、俺もこの大地を美しいと思ってみたくなった」
ジルディウスが淡々と、しかしどこか誓いの滲む、強い口調で呟いた。
「王になりたい理由など、そんなものだ」
「え、嘘。泣いてる?」
「……どうせヒューは俺の頼みなんて、聞いてくれない……」
「そんなことねーよ」
薄いヴェールの端を掴んで、ジルの目許を拭いてやる。
「妃のヴェールを、ただの布みたいに使うし……」
「あ、そうだよ、これ外れないんだけど、ちゃんと後で外せよ?」
「……ヒューの《秘匿庫》に入れていいなら」
「入れていいから……」
ふん、とジルディウスは鼻を鳴らし、
「どうせ行くんだろ。閉じ込めたって、なんとかして逃げ出す。お前はそういう奴だ」
「逃げるんじゃなくて、ちゃんと行って来るってジルに伝えてから行くよ」
「勇者のためにか?」
「ううん。俺は、俺が行きたいから行く」
膝に乗せたジルディウスの頭を撫でていると、腹の奥に鈍い痛みが走った。
「……っ」
「大丈夫か?」
思わず手を止めると、ジルディウスが体を起こし、ヒューの腹に手を置いた。
「静かにしろ。お前を第三夫と認めたとしても、序列は俺のほうが上だぞ」
言ってることは意味不明だが、声のトーンが一段低くなると、さすがに凄みがある。ミストも何かを感じ取ったのか、ヒューの腹がすうっと軽くなった。
「こいつオスなの?」
「知らん。しかし、明らかにヒューに対して邪な所有欲を感じた。“刃”のくせに俗っぽい奴め……」
「まだガキなんだよ。でも、育ってるからかな。こいつが気に食わないことがあると、前はもやもやする程度だったのが、今ははっきり痛む」
ジルディウスの手が、触診するようにヒューの下腹部を滑る。
「ただの霧竜とは、やはり違うな」
「分かるのか?」
「ヒューのことはヴェルゼに逐一報告させていた。それで俺もこっちで色々調べた。それこそガイアデイラ中の古い文献や言い伝えまで引っ張り出してな。普通の霧竜なら、母体にこんな負担をかけないからな」
「そっか……世話かけて悪い」
「お前の体の状態は、魔瘴に侵された体が、際限なく魔毒を生み出してしまう病だ。今のところ治療法が無い。だが今は、体内で作られる魔毒を、成長したミュルグレスが分解する力のほうが強い」
「だから、世界の裂け目でも無事だったのか」
「正しく成長し、魔瘴浄化能力が向上したんだろう。もうこのぐらいでいい。育て過ぎずに体内に留めておく。ミュルグレスを外に出した途端、限界値を迎えたその器はもう耐えられなくなる。神殺しの刃を生むのは、死と引き換えだ」
ジルディウスがヒューの体を引き寄せた。片腕で腰を抱かれたかと思ったら、瞬時に転移していた。
「わっ……」
直後、突風に煽られて、ヒューは思わず目を閉じた。浮遊感があると思ったが、宙に浮いている。ジルディウスの腕の中に収まるように、腰と肩をしっかりと抱かれ、下を見ると灰がかった荒野が広がっていた。
地面まで、遠過ぎて距離感が掴めない。
「え、ここ……空? あー、もう、邪魔!」
衣装がはためいて、ヴェールが顔にかかる。ヒューが声を上げると、急に風が和らいだ。ジルが何か術を使って、強い風から二人を護っているようだ。
「ヒュー。これが、いまのガイアデイラだ」
ヒューを胸の中に抱き寄せ、ジルディウスが呟く。
眼下に広がるのは、色を失った大地だった。
空は常に曇天で、晴れ間というものがない。灰を溶かしたようなくすんだ青が、低く垂れ込めている。雲は厚いのに、雨は降らない。
魔族領の大地は、ほとんどが荒野だ。草木は点在する程度で、遠目には土と岩の境目も曖昧に見える。岩肌は黒ずみ、山と呼ぶには不格好な隆起が、無秩序に連なっている。生き物の気配はあるのに、生命の色が感じられない。
その中に、ぽつぽつと黒い塊が見えた。
近づいて初めて、それが街だと分かる。
下級魔族たちの居住区――城郭も城壁もない、むき出しの街。
建物は低く、どれも角張っている。石と骨と、金属の廃材を寄せ集めたような造りで、色は地面とほとんど同化していた。屋根らしい屋根はなく、天幕のような布が張られている場所もある。通りは狭く、上空から見ると、ひび割れた大地に刻まれた傷跡のようだ。
「魔王がいなくなって、やっぱり魔族たちの暮らしもかなり変わったのか?」
「いいや。魔瘴が濃くなり、魔獣は増えたがな」
小さな影が、街の中を忙しなく動いている。
人間よりも背の低い者、異様に手足の長い者、角や尾の形もまちまちで、統一感はない。秩序が無いわけではないが、整えられてもいない。
街の外縁には、黒く変色した畑のような区画が見えた。作物なのか、魔力を集めるための装置なのか、ヒューには判別がつかない。ただ、そこだけ僅かに“動いている”気配がある。
「……魔族も、人間と変わんないな……」
思わず漏れた言葉に、ジルディウスが答えた。
「下級は、常に生き延びることに忙しい。騒ぐ余裕がないだけだ」
「俺、魔族領に初めてきたとき、こういう街があって、魔族も普通に暮らしてんだって、知ったらさ、なんか……怖くなったよ。魔獣みたいに思ってたから」
襲ってきた奴を倒すのはいい。
でも、市井で暮らす者たちを見るのは、戦意が削がれた。
「だから……戦が終わったからって、占領しようとか、奴隷にしようとか、そんなのは違うと思ったよ」
街と街の間には、何もない空白が広がっている。
道らしきものはあるが、どれも途切れ途切れで、明確な境界線は無い。国というより、生存圏が点在しているだけの土地だ。
そのすべてを覆うように、くすんだ青の空がある。
昼も夜も、ほとんど区別がつかない。
影は落ちるが、明るさは増さない。時間そのものが、鈍く停滞しているようだった。
――色を持たない世界だと、初めて訪れたときには思った。
ここでは、花が咲いても、血が流れても、同じ色をしているのかもしれない。
でも、そうじゃなかった。そこで生きている者たちには、はっきりとした色彩があった。
そこで暮らしている営みが、たしかにあった。
「ヴェルゼから聞いている。人間どもの会議で、ヒューが勇者の中立性を訴えてくれたと。勇者とその伴侶の目がある以上、人間たちはガイアデイラへの侵攻は無いだろうとな」
「ヴェルゼ、頑張ってたよ」
「あいつはよく働く。見た目も人間に溶け込めるからな。“拾って”正解だった」
「拾った?」
「その話はしたことがなかったな。ヒュー、俺に聞きたいことは、他に何があった?」
「……《血月公》ネメシアのこと」
「ヒューなら、もうその情報は掴んでいるだろうと思っていた」
「いや、たまたまだよ。裂け目から転移したら、《霜雹公領》に跳んで。そこで出会ったゼルナンドの配下がさ、元々はデーヴァ配下の百夫長だったんだ。ナハトっていう奴。そいつがジルの下で働きたいって言ってて」
「ゼルナンドは統治に興味がないからな。広いだけの凍て地を持て余している。人間領にも近い重要地点だから、そのうち俺が手を入れるつもりだ」
「本当に、王になるつもりなんだな」
「いっそお前が統治してみるか? ヒュー。《夜冠公妃》として」
「なってねえって」
冗談だと思ってジルディウスの顔を見たら、その目はいたって真剣だった。
「あの凍て地は魔瘴が薄く、人間達との交易の拠点にも悪くない。ヒューなら良い統治者になると思うぞ」
「なんないよ」
「残念だ。――ゼルナンド配下は、ゆくゆくは俺が引き受けることになる。統治だけじゃない、すべてに興味が無さ過ぎる奴だから、構わんだろう」
「つまり、ジルの配下にしてやってもいいってこと?」
「どうせそうなるという話だ」
ヒューは少し安堵した。ナハトたちに良い報告が出来そうだ。
「いっそそういう魔公ばっかだと、ジルも改革がやりやすいのにな」
ヒューが少し笑って見上げると、ジルディウスも愛しげに一瞬目を細めた。しかしすぐに遠くを見て、眉根を寄せた。
その視線は、荒野ではない何かを見ているようだった。
「残った魔公の中で――ネメシアは俺でも少々持て余す」
「そんなに?」
「魔公から次の魔王を選ぶとしたら、純粋に力だけなら、俺かネメシアだ。力だけならな」
ジルディウスは他者を滅多に褒めない。その彼が、対等に近いと認めている。
「残忍な奴だって聞いたけど」
「悪趣味な奴ではあるな。元々、ヴェルゼはネメシアの下にいた。母親と共に、散々嬲られていてな。ほぼ死にかけていたとき、俺が引き受けた」
だからヴェルゼは人間だけではなく、魔族にも怯えていたのか。
弱いからではない。生き延びるために身に着いた“反射”だったのだ。
「ネメシアに野心はないが、深く、尽きない欲がある」
統治欲でも、支配欲ではない。
ただ壊れる瞬間を欲しがる、底の見えない乾き。
「奴に複雑な感情は無い。ゆえに、その欲求が強い。理性を知らん」
刹那、くすんだ青一色だった曇天に、微かな濁りが走った。
何かが脈打つように。
雲の奥に、嫌な赤色が見えた。
ヒューの腹の奥が痛んだ。思わず身を縮めると、ジルディウスがヒューを庇うように、抱く腕に力を込めた。
ジルディウスの翼がはためく。すると、立ち込めた嫌な気配が消えた。
「いま飛んできたのが、ネメシアの“感覚”だ。憶えたか?」
ジルディウスはわざとネメシアの気配を、ヒューに教えてみせたのだ。
「獲物を探し、蠢く瞳だ。人間の大陸にすら届くという。ガイアデイラ内では俺が許さんが、俺の目が届かない場所では気をつけろ」
「分かった。憶えた」
ヒューが頷いたのを確かめ、ジルディウスは広がるくすんだ大地を見つめた。
「俺の寿命は長い。最愛のお前が死んでも、生は続く」
ジルディウスがヒューのヴェールの裾を持ち上げ、まるで世界から隠すように顔の前に落とした。星屑のような小さな魔力がきらきらと輝く。
「長い生に、何もなくなってしまう。だから、ヒューが世界を愛するように、俺もこの大地を美しいと思ってみたくなった」
ジルディウスが淡々と、しかしどこか誓いの滲む、強い口調で呟いた。
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