世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ

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【61】強襲の報

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 ――カルドヴェイン帝国・魔境線駐屯地において、大規模な襲撃が発生。
 生存者は、確認できず。

 最悪の報に、ジルディウスは眉根を寄せることもなかった。

「先にヒューを休ませる」
「俺は別にいいよ」
 ヒューはジルディウスの胸を手のひらで押し返した。
「一緒に話聞くから、下ろしてくれ」

 ジルディウスは黙って頷き、ヒューの体を支えながら、そっと床に下ろした。
 まだふらつくが、立たなければならない。

 膝をついたままのヴェルゼを見下ろし、ジルディウスが告げた。
「……周辺に、俺の配下を置いていたはずだ。消されたか?」
「跡形も無く……」
「お前は何をしていた、ヴェルゼ」
「ジルディウス様に、一度報告にと。私が駐屯地を離れたのち、襲撃が起きました」
「お前がいなくなったタイミングで、か」
「ヴェルゼの関与が疑われる可能性がある。もしくは、帝国が開戦の主張をする口実にされるかもしれねーな」
 ヒューの言葉に、ヴェルゼは静かに俯いていた。
「良い、お前を責めているわけではない、ヴェルゼ」

 ジルディウスの言葉に、ヴェルゼがおずおずと顔を上げる。

「お前が無事で良かった」
「ジルディウス様……」

「しかし」
 と、ジルディウスは急に憎々しげな顔になった。

「ただ壊すだけではなく、俺まで脅かそうという気か……あのクソ女」

 ヴェルゼは右手を掲げると、一度握って、手のひらを開いた。
 すると、手の中に一通の書状が現れた。

「カルドヴェイン帝国軍司令部より、緊急通達が来ております」
「読み上げろ」
「は……」

 ヴェルゼは一度、喉を鳴らしてから、文書を読み上げた。

「――カルドヴェイン帝国軍司令部より、各関係勢力宛て緊急通達。本日未明、魔境線第二駐屯地において、大規模な襲撃が発生した。当該駐屯地は完全に壊滅。現時点において、生存者は確認されていない」

 ヒューは顔をしかめた。
 文字通りの全滅だ。軍事力の高い帝国の一師団が、こんなにもあっさりと。

「本件は、単独の魔獣暴走ではなく、明確な意思と統率を持つ魔族勢力による襲撃と判断される」

 ヴェルゼの声が、わずかに低くなる。

「なお、当該地域は、かねてより勇者の迅速な介入が想定されていた区域である」

「……勇者は来なかった、ってことを言いたいんだな」
 ヒューの呟きに、ヴェルゼは答えず、書状を握る手を震わせた。

「……よって帝国は、以下の点について、関係各位に速やかな説明を求める。――勇者の所在。ならびに、当該時間帯における行動記録」

 ジルディウスの表情が、わずかに険しくなる。

「また、勇者と行動を共にしているとされる人物についても、その身分および現在地の報告を要請する」

「……人間の浅ましさだな。勇者とその伴侶に責任転嫁か」

 吐き捨てるように、ジルディウスが言った。
 
「……これは、文面に書かれていない部分ですが」
 ヴェルゼは声を落とした。
「帝国内では、すでに噂が出回っています」
「どんな?」
 言いにくそうなヴェルゼを、ヒューは促した。

「――勇者が来なかったのは、“来られなかった理由があるからだ”、と。魔族側に身を置いているのではないか、という……噂です」

 ヴェルゼは再び書状に目を落とし、最後の一文を読み上げた。

「帝国は、事態の全容が解明されるまで、魔境線周辺の警戒レベルを引き上げる。状況次第では、魔族勢力に対する全面的な軍事行動も、選択肢から除外されない」

 読み終えて、深く頭を下げる。

「――以上が、通達の要点です」

「まどるっこしいなぁ、ヴェルちゃんよ」

 静かな居城に似合わない酒枯れた声が響いた。
 よたよたと千鳥足で歩いて来る大男の登場に、ヴェルゼが顔を引き攣らせた。

「勇者が来なかった、それを口実に帝国は戦がしたい――それだけの話だろ」

 下世話な大声に、ヒューはぱちくりと目をしばたたかせた。

「ガイン? もしかして、ヴェルゼと一緒にいたのって」
「……はい……護衛をしてくださると言って……ずっと……一緒でした……」
「それは……可哀相に」
「おい、ヴェルゼ。こんな奴をさすがに招くな」
 ジルディウスが心底嫌そうな顔をする。
「い、一応《七英雄》様ですので……」
夜冠公ドゥクス・ノクティス秘蔵の酒とかあるかと思ってよぉ」
 よく見れば、片手に酒瓶を持ち、下卑た笑みで頬ずりしている。
「へへ、エストラ産の最高級氷酒があったぜ……」
「俺の酒をよくも……」
「まあまあ、ジルちゃん。美味い酒はみんなで呑んだほうが美味いぜ。で、ヒューこそ何してんだ?」
 ぐい、と酒をあおり、ガインが美味そうに息を吐き出した。
「あー、男乗り換えたのか……なるほどな」

 ヒューの傍にふらふらと歩み寄り、酒臭い息を吹きかける。

「オメーのことだ。なりゆきで頼み事聞いてるうちに、ガイアデイラに深く関わっちまったんだろ? だがそれを、ネメシアと帝国に逆手に取られてるぜ」

「ガイン。お前、次の戦場が読めてたんだろ」
 ヒューはガインの酒で濁った瞳の奥を見つめた。

「そりゃま、俺は流れの剣士稼業だからな。勇者パーティーも解散しちまったし、次の戦場探すのは当然だろ? だから退屈な世界会議を眺めてさせてもらった。ああ帝国と魔族はすぐにやり合うなって思ったぜ」

「……内通者が、すでにあそこにいたのかよ」

 ヒューは一瞬目を閉じ、息を吐いた。

「ああ。愚直なラクトゥスよりも、高官たちの目つきさ。ヴェルゼが内情を開示しても、何人かは驚いてなかった。魔族と内通してる臭いがしたから、ヴェルちゃんにくっついて来たってわけ」

「なんでその稼ぎ時の戦場で、戦わなかったんだ? お前がいれば……」
「ガイン様は、皆を護ってくださったんです!」
 ガインを責めかけたヒューに、ヴェルゼが慌てて弁解した。
「襲撃は、一箇所ではなく、交易帰りの人間の隊商や、旅人の旅籠なども襲われました。ガイン様がいなければ、民間人にも死者が出ていた……」

「最悪だけは避けたということか……礼を言わねばならんな」
 ジルディウスが言うと、ガインは氷酒の瓶を傾けた。
「恩売って稼ぐのが、俺の仕事だからな」
 酒を流し込みながら、とろんした目を逸らす。
「悪かった、ガイン。八つ当たりして」
「いいさ。あとで尻でも揉ませてくれ」

 ガインの軽口が、ヒューの気分を少し楽にした。
 胸の中が重苦しい。
 アレクが世界のために戦ったのに。
 誰かが、利権だか私欲だかのために、同じ国の仲間を犠牲にしたのだ。

「ヴェルゼ……駐屯地の指揮官は誰だったんだ?」
「グラハム将軍です」
「……あのおっさんが……死んだのか……」
 知った人物の死に、さすがに揺らいだ。魔王を倒す旅の中、交流した人物だった。魔境線での戦いにも参加し、その副官も、部下たちも、よく知っている。

 抽象的だった『全滅』という言葉が、心臓に深く刺さるようだった。

「……あの人は、帝国内でも融和派の人格者だった……」

「ご遺体は、体が無く、首だけが駐屯地の門に晒されていたそうです。魔族にも理解を示してくださった、良い御方だったのに……」

 ヴェルゼが唇を噛む。その目がうっすら潤んでいた。魔族の青年が、人間の死を悼んでいるのに、同じ人間が、彼らを謀殺したのだ。

「その内通者にとって、将軍は邪魔だったんだろう」

 ヒューはヴェルゼの背をそっと撫でた。

「酒飲みの、いいオッサンだったのにな」
「晒された首は、ガイン様が取り返してくださいました……ですが、体は見つからず、他の兵士たちも、遺体の一部が消失していました」

「ネメシアやその配下がやりそうなことだ」

 静かに言ったジルディウスに、ガインが目を向ける。

「で? どうすんだ、魔族の皇子様」

「沈黙する。人間たちに向ける公式見解は保留だ」
「ま、そうなるわな。いま何を言っても、悪手なかんじするしな」
「魔境線の警備は強化する。交易は維持し、伯以上の魔族を配置する。これ以上、人間に手出しはさせん」

 慈悲ではない。
 王としての責任を、ジルディウスは口にした。

 次に、ガインはヒューを見た。

「帝国はよ、勇者の不在の理由を証明しろって、お前に言ってるぜ」

「……分かってる」
「勇者の代理人はお前だぜ。声明でも出すか?」

「俺は国家の代表者じゃない。声明より、やるべきことがある」

「ネメシア一派の強襲を止める。アレクの代わりにやらなきゃいけないことは、それしかない」

 ジルディウスが露骨に眉をひそめ、ヴェルゼの顔が蒼褪める。
 ガインは口笛を吹いた。

 ヒューは腹に手を置き、小さく撫でた。
 その仕草に応えるように、体の内からすり寄るような気配を感じる。

 間違いない。
 以前より、ミストとははっきり繋がっている。

 もう、ただの”幼い竜”ではない。

「俺のことを……父ちゃんか母ちゃんとでも思ってくれるなら、力を貸してくれ」

 その呟きに、”世界竜”はちゃんと応えてくれた気がした。

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