ヒロインに転生しましたけど、私、王太子より悪役令嬢が好きなんです。

ねーさん

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 ローゼが母の実家から居なくなってもう二日が経つ。
 いくら少年の姿をしているとは云え、どうやって夜を過ごしたのか。歩いている姿を目撃されていると言う事は辻馬車に乗れるだけのお金は持っていないのだろう。
 その目撃情報もいなくなった当日の物だけで、その後の情報はない。
 クレイグは湖の側で馬を止める。
「ローゼ、どこにいるんだ?」

 母を早くに亡くして、父が再婚し、妹が生まれた。
 あの事件の後、父から爵位を奪い、屋敷の地下へ幽閉した。妹を屋敷から引き離すため、行儀見習いとして公爵家に預けた。義母は心を病み実家に帰り、親戚とも疎遠になった。
 あの男は巧みに抜け出しては侍女やメイドや下働きの女性に子を産ませるため手を出そうとしたり、使用人の子供を部屋へ引き摺り込もうとしたりした。
 全て未然に防いだが、エンジェル男爵家に侍女やメイドなどの女性の使用人がいないのはそのせいだ。
 以前は使用人の家族が住む部屋もあったが、家族のいる使用人は屋敷から出して通いとした。
 そんな状況では自身の結婚などは到底考えられない。
 あの男が不治の病に冒され、余命幾ばくもないと知った時、クレイグは心の底から安堵したのだ。

 そんなクレイグにとってのローゼは、たまにしか会えないが、この世にたった一人の肉親。大切な家族だ。
 太陽の光にキラキラと輝く湖面を見つめる。
 この湖でローゼの母は死のうとした。
 …まさかローゼも?

 クレイグは父が病死した後、すぐにローゼをエンジェル男爵家に呼び戻そうかと考えた。
 しかしローゼがリリーをとても慕っていたので、リリーが王太子と結婚し王城に上がってから帰って来れば良いかと思い直していたのだ。
「早く呼び戻しておけば良かったな…」
 クレイグは湖を見つめながらポツリと呟いた。

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 ブラウン伯爵家に到着したリリーは、応接室でローゼの伯父のシドニーと対面していた。
「クレイグ様はもう出られたんですか?」
「ええ。マーシャル様…」
「リリーで良いです。ブラウン伯」
「シドニーとお呼びください。お言葉に甘えまして、リリー様。ローゼがご主人様にまでご心配とご迷惑をお掛けしているようで…申し訳ありません」
 シドニーが頭を下げると、リリーは首を横に振った。
「いえ。ローゼの主人は私の父でしたので…それにもうローゼはマーシャル公爵家で行儀見習いをしている訳ではありませんので、今の私はローゼの友人です」
「友人、ですか?」
「ええ。友人です。そしてローゼの友人として、今私は怒っています」
 リリーは真剣な表情で、テーブルに手をつき、シドニーを上目遣いで睨む。
「怒って…おられる?」
「はい。聞けばローゼのお母様は、ローゼを産んだ事を自分の中で無かった事にしてしまった、と」
「…ええ」
「事情を知れば知るほど、ローゼのお母様のお気持ちも分かりますし、どうする事もできないシドニー様のご事情も分かります。でも、ローゼの気持ちを思えば、私は腹が立って腹が立って…」
 リリーの眼に涙が滲む。
「…私も、アメリア…妹がローゼを忘れたままでいるのが良いとは思わないのですが、無理に思い出させてまた…死を選ばれるのが怖くて」
「ええ」
「クレイグ君にとってのローゼのように、私にとって妹は今となってはたった一人の家族なのです」
 借金のカタに娘を嫁がせた父は、アメリアが嫁いでから二年経った頃病に倒れた。しばらくの闘病の後、父が亡くなると、母が後を追うように旅立った。
 それでも両親は、あの男がアメリアを娶ったを知らないままだったので、それはそれで良かったのかも知れない。
 あの事件の後、シドニーの妻はこの家を去った。今は再婚し、幸せに暮らしていると聞く。
 ただ一人の妹であるアメリアは心を病んでここへ戻って来た。夫の事、娘の事、兄の離婚さえ自分が悪かったのだと思い悩み…湖へ向かったのだ。
 目を覚ましたアメリアは、夫の事も娘の事も忘れていたが…笑顔が戻った。
「妹が苦しむ様子はもう見たくなくて…やっと穏やかになった生活を手離せなくて…私は、私と妹はローゼを傷付けてしまった」
 クレイグにとってのローゼは、シドニーにとってのアメリアより、更に重い存在かも知れない。そんな存在を、もしかしたら奪ってしまったかも知れない、と、シドニーは苦しそうに言う。
「いいえ」
 リリーはそう言うと、ソファから立ち上がる。
「ローゼは、きっと無事です。私はそう信じています」
「リリー様…」
 毅然としてそう言うリリーを、シドニーは眩しそうに目を細めて眺めていた。


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