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 厩舎の側にいたポニーを厩舎の壁を背にして馬場の周りを取り囲む柵の外から眺める。
「ポニーって足が太くて短くてかわいいわぁ」
 マリアが柵にもたれて言う。
 競技用の馬や馬車を引く馬もかわいいけど、やっぱり小さいって無条件にかわいいわよね。
 シャーロットもマリアの隣で柵にもたれると、腕を柵に乗せて、腕の上に顎を乗せる。

 その時、シャーロットの視界いっぱいの黒い塊が上から下へ横切った。

「っ!」
 
 ガシャーンッ!!
 
 厩舎の屋根から落ちて来た瓦がシャーロットの額を掠めて、地面に落ちて割れる。
 その音に驚き、いなないてポニーが駆け出し、障害競技用の馬にぶつかり、その馬が女生徒を乗せたまま走り出した。
「きゃあああ!」
 女生徒の悲鳴が響き、ドカドカとした足音がシャーロットたちの方へ近付いて来た。
「ロッテ!」
 何かが視界を横切った恐怖でその場に座り込んだシャーロットの腕をマリアが引っ張る。
「足が……」
 力が入らない。
 と言う間もなく、馬の足音が近付いて来る。

 シャーロットは渾身の力を振り絞って、マリアを突き飛ばした。

 ガシャガシャーンッ!!
 バキバキッ!ドンッ!
 
 シャーロットが手で頭を庇いながらギュッと目を閉じると、凄まじい衝突音がして、馬が柵にぶつかり、破壊しながら厩舎の壁にぶつかる。
「ロッテ!」
 身体を柵に薙ぎ倒され、衝撃で気を失うシャーロットの視界に、紫色がよぎった。
 
 馬に乗っていた女生徒は投げ出され、厩舎の壁にぶつかり、土の上へと倒れ込む。馬は厩舎の壁にヒビを入れながらも立ち上がり、ブフンッと息を吐くと尻もちをついたマリアのいる方へ駆け出す。
「きゃあ!!」
「マリア!」
 マリアが身を縮こませると、男性がマリアを庇う様に覆いかぶさり、馬はヒラリとマリアと男性を飛び越えて行った。

 そのまま走り去った馬は厩務員が手綱を掴んでどうにかそれ以上の被害を出さずに止めたらしい。

「ルーカス様!?何でここにいるんですか!?」
 マリアは自分を庇った男性を見て声を上げた。
「ユリウス殿下にお伝えする事があってたまたま来たんだ。それより、マリア怪我はないか?」
 ルーカスがマリアの両腕を押さえて言う。
「私は大丈夫です。ロッテは?ロッテは大丈夫なんですか?」
 マリアはルーカスの服の鳩尾辺りを両手で掴んだ。
「それに、ルーカス様が庇うべきなのはロッテでしょう!?ロッテに何かあったら絶対助けるって言ってたじゃないですか!」
「いや。そうなんだが、私はマリアを助けたんだ」
 ルーカスは真剣な表情でマリアを見た。
「…はい?そうですね?」
 マリアはきょとんとしてルーカスを見る。
「私はロッテより、マリアを助けた。そして今、ユリウス殿下よりもマリアを優先している」
「…はい。そうですね。あの、ルーカス様?」
 首を傾げるマリアを、ルーカスはぎゅうっと抱きしめた。

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「ロッテ!」
 シャーロットを庇ったユリウスは、気を失って横たわるシャーロットを抱き起こす。
 ぐったりしてユリウスにもたれるシャーロットの額と腕と足から血が流れていた。
 
 馬から投げ出された女生徒を駆け付けたメレディスが介抱している。
「ルーカス」
「はい!」
 ユリウスがルーカスを呼ぶと、ルーカスはマリアを抱きしめたまま返事をした。
「怪我人を王城の医療棟へ。マリアに怪我がないならロッテはルーカスが運べ」
「はい」
 マリアを抱きしめる腕を緩めると、ルーカスはマリアに「大丈夫か?」と聞く。マリアは混乱しながらも頷いて「私も行きます」と言った。

「ユリウス殿下も怪我をされているではありませんか。一緒に王城へ…」
 シャーロットを横抱きにしたルーカスはユリウスへ言う。
 ユリウスの制服の背中には微かに血が滲んでいる。
「俺は大丈夫だ。事故の始末と、大会を締めてから戻る」
「ですが、先程も申し上げました通り…」
「わかっている。大丈夫だ」
 ユリウスはそう言うと、シャーロットの額の血を親指で拭った。

 シャーロットたちを乗せた馬車が王城へと向かうのを確認し、ユリウスは本部へ戻るべく歩き出す。
 馬車を遠巻きに見ていた生徒たちもバラバラと散らばり始めた。
「ユリウス殿下!」
 生徒たちの中からオードリーが駆けて来る。
「殿下!血が背中に…あ、そこにも」
 オードリーがユリウスの手を指差す。
 ユリウスは自分の手を見ると、親指にシャーロットの血が付いていた。
「…ああ、これは俺の血ではない」
 ユリウスは上着のポケットからハンカチを取り出すと、指の血を拭い取った。

「オードリー」
「はい」
「済まない」
 血の付いたハンカチを握りしめる。
「ユリウス殿下?」
 オードリーがユリウスを見上げる。ユリウスは眉を顰めて苦しそうに言った。

「俺は…もう王太子でいる事ができない」



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