婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん

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 セシリアに頭を撫でられると、震えが止まった。
 心臓はドクドクと大きく脈打っているが、嫌な動悸ではない。
 セシリアに撫でられるのはとてもしっくりくる感覚だ。何だか落ち着く。すごく安心して、心臓の高鳴りでさえも心地良い。
「…覚えていなくても、俺はセシリアが好きなんだな」
 そう呟いて、瞑っていた目を開けセシリアを見ると、耳まで赤くなり、涙目になりながらもセシリアは俺の頭を撫で続けていた。
 かわいい、な。
 目が合うと、目尻から涙が一筋流れる。
「…あの…嬉しいのと恥ずかしいのとで顔を隠したいんですけど、片手は動かせないし、撫でるのはやめたくないし…えっと、せめて目を瞑ったままでいてください」
 赤くなって顔を背けるセシリアが、すごくかわいい。
「わかった」
 頭を撫でるのをやめて欲しくなくて、シルベストは素直に目を閉じた。

-----

 鎮痛剤が効いて眠っているセシリアに、シルベストは一晩中付き添い、仮眠もベッドの傍らの椅子に座ったまま取った。
 時折りセシリアの手を握る。眠りながらも握り返してくるセシリアを愛しく思う。
 覚えていなくても、シルベストはのだ。

「お兄様、アルヴェル殿下がお見えになりましたけど…」
 クラリッサが寝室に顔を出した。
「アルヴェルが?」
 眠るセシリアの手にキスをして、シルベストは椅子から立ち上がる。

 廊下に出て並んで歩きながらクラリッサはシルベストを見上げた。
「お兄様…思い出したんですか?」
「いや」
「そうなんですか…何だかお兄様の雰囲気が変わった気がするのでセシリアの事を思い出したのかと思いました」
 一晩中セシリアに付きっきりだったし、今も手にキスしてたし。とクラリッサはシルベストの様子を窺う。
 シルベストは顎に手を当てて少し考えた。
「思い出してはいないが…いや、そうだな、ある意味思い出したのか」
「?」
 不思議そうなクラリッサに内心苦笑いをするシルベスト。
「マジョリカは、どうしてる?」
 クラリッサは呆れたように肩を竦める。
「ワーワー泣いた後は部屋に篭って落ち込んでます。お祖母様の所へも顔を出してなくて。本当に何しに来たんだか…」

 応接室の前でクラリッサと別れ、シルベストは扉をノックし中へ入った。
「シルベスト」
 ソファに座っていたアルヴェルが立ち上がる。
 アルヴェルの前でシルベストはスッと身を屈めて、片膝をついた。
「シルベスト?」
 どうした?と言うアルヴェルに向けて、頭を下げて胸に手を当てる。臣下の礼だ。
「アルヴェル殿下、申し訳ありません」
「改まって、どうしたんだ?」
 顔を上げてアルヴェルを見た。
「セシリアとの婚約は解消しません」
「……は?」
 目を見開くアルヴェルを、シルベストは真っ直ぐに見る。
「…記憶が戻ったのか?」
「いいえ。ただ、身体が拒否しましたので、素直に従う事にしましたら、目の前の霧が晴れました」
 表情に如実に現れている訳ではないが、確かにシルベストは記憶を失って以来、初めて晴れやかな顔をしていた。
 アルヴェルは天井を見上げると、ふっと息を吐く。
「言っただろ。僕はセシリア嬢が幸せになれないのを危惧していただけだと。それが杞憂なら、それで良いんだ」
 そう言うと、目を眇めてシルベストを見た。
「職務中以外でシルベストに畏まった態度を取られるとどうにも落ち着かないからやめてくれ。それに僕はセシリア嬢に会いに来た訳じゃない。ここに来た目的はシルベストのお祖母様の見舞いだ。マルセル前公爵夫人には僕だって世話になっているんだから」
「そうか…そうだな」
 シルベストは頷くと、すっと立ち上がった。

 祖母の部屋へ向かう廊下でアルヴェルはふと思い出したように言う。
「シルベスト『身体が拒否した』とは、どういう意味なんだ?」
「そのままの意味だ」
 短く言うシルベストにアルヴェルは
「さっぱりわからん…」
 と頭を抱えた。



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